かまくらdeたんか   鹿取 未放

「かりん」鎌倉支部による渡辺松男の歌・馬場あき子の外国詠などの鑑賞

 

渡辺松男の一首鑑賞 412

2017年06月30日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究49(2017年5月実施)『寒気氾濫』(1997年)
    【睫はうごく】P165
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉 真帆       司会と記録:鹿取未放
  

412 真空へそよろそよろと切られたるひかりの髪は落ちてゆくなり

      (レポート)
 散髪の場面だろうか。「そよろそよろ」という表現から、愛しい君が長い髪をカットしている場面のようにも感じられる。カットされた髪ははらりはらりと柔らかく真空状態のなかへ散ってゆく。君を想う心が、君の髪までも輝かせるのだろう。君をまえにすると「真空」になってしまう、そんな恋心なのではないだろうか。(真帆)


      (当日発言)
★松男さんの初期の相聞歌だと思いました。(真帆)
★この髪は真空へ落ちて行くんですよね。真空でないと髪はそよろそよろとは落ちないで、バサッ
 と落ちますから。君の髪が切られてもまだつやつやしていて光りを帯びて落ちていくという相聞
 歌を作る人はいるかもしれないけど、「真空へ」とは松男さん以外言わないでしょうね。リアル
 な相聞歌として読めば真空は絶対あり得ない想定で、その場合は何かの比喩と読むのでしょうが。
 私は、ひかりが切られて髪の毛のように細長い筋になって動いていることを詠んでいるのかと思
 っていました。普通ひかりは鋭角で速い速度を思いますけど、ここは柔らかい。(鹿取)
★半永久的な自分の心を言っているのかなあ。たまたま髪にしただけであって。(慧子)


渡辺松男の一首鑑賞 411

2017年06月29日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究49(2017年5月実施)『寒気氾濫』(1997年)
    【睫はうごく】P165
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
    レポーター:泉 真帆       司会と記録:鹿取未放
  

411 花蕎麦のしずもれる日よ天体の外側へ消えゆきしはたれか

     (レポート)
 作者の内側から「氾濫」してゆくものをあてどなく感じ怖れているのではないか。
「天体の外側へ」と物理的にとらえることで、自己の怖れを俯瞰し、得体の知れない怖れと対峙している作者の強い精神力を感じる。(真帆)


     (当日発言)
★消えていったのは光りではないでしょうか?蕎麦の花が咲いているんですよね。景がすばらし
 いですね。(A・Y)
★消えてゆきしは死のことを言ったのではないかなあと思います。(慧子)
★この歌があるから、さっきの410番歌(みずからのひかりのなかにわく涙きみのそとへそとへ
 あふれだす)の「そとへそとへ」が気になって抽象的な読みにも拘ったんですけど。松男さん、
 裏側とか外側とか拘ってたくさん詠っています。(鹿取)
★死ぬことを詠っているのですか?(T・S)
★煎じ詰めればそういうことかもしれないですね。「たれか」ってぼかしていますけど、特定の人
 を指しているのではないのでしょう。蕎麦の白い花が広がっている静かな光景の中でふっと死の
ことを思っている歌かもしれませんね。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 410

2017年06月28日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究49(2017年5月実施)『寒気氾濫』(1997年)
    【睫はうごく】P164
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉 真帆       司会と記録:鹿取未放
  

410 みずからのひかりのなかにわく涙きみのそとへそとへあふれだす

      (レポート)
「きみのそとへそとへ」が作者らしい表現だとおもう。前の歌を受け、山肌がすこしずつ崩れるように、君の内側から君の涙は外へあふれる。愛しい君の涙は「ひかりのなかにわく涙」と輝いてみえ、作者をもその光と一体になっているようだ。(真帆)


      (当日発言)
★上の句がいいと思いました。光りも涙も切り離せないものなのですね。(慧子)
★このきみはいとしい人なんでしょうかね。(A・Y)
★そうですね、「そとへそとへ」あたりを考えるともう少し抽象的な読みもできるように思うので
 すが。(鹿取)
★冷静に考えると主語はひかりなのかなという気がしてきました。ひかりみずからがひかりがひか
 りを生むように。(真帆)
★みずからは誰ですか? (T・S)
★ひかりです。(慧子)
★408番歌に「地球から遠ざかりゆく月の面君のおでこのようにかがやく」とあって相聞とも読
 めますから、恋人みずからが内面にたたえているひかりが持ちこたえられないようにいっぱいに 
 なる、思いの純真さが涙となってあふれ出てくるというように読んでもいいのではないでしょう
 か。また、この一連光りがテーマですから抽象的に読んでもいいと思います。そういう二重性 
 を持たせているのかもしれませんね。(鹿取)


渡辺松男の一首鑑賞 409

2017年06月27日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究49(2017年5月実施)『寒気氾濫』(1997年)
    【睫はうごく】P164
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
      レポーター:泉 真帆 司会と記録:鹿取未放
  

409 赤崩(く)えにまひるのひびく光さし山の顫(ふる)えはひそかになさる 

     (レポート)
 南アルプスの大きな崩壊斜面、赤崩(あかくずれ)をみつつ作者はいま山のこころになっている。遠目には聳える山であるが、白昼をくずれつづける震動がある。偉容を誇る山の内がわに秘かに震えるこころがあるように感じる。(真帆)


     (当日発言)
★「まひるのひびく光さし」のところ、どこにどうかかっていると読まれましたか?(鹿取)
★ここのところは随分入れ替えがしてあるのかなと思ったところです。「まひるの」は野原の野か
 とも思ったのです。後の方に光りが射す歌が次々と出てくるので、この歌も時間が今真昼であっ
 て、その光りが射していて、そんなふうに漠然と取りました。(真帆)
★「光さし」は「ひそかになさる」に掛かるのでしょうかね。「まひるの光」の形容として、その
 光りはひびくようだというのでしょうか。(鹿取)
★書いてあるとおりに読むとひびくような光線だったということですよね。(真帆)
★そうですね、光りって波動ですけど、それが音を出しているようだと。山は崩れ続けていて山全
 体もふるえているような感じなんですね。そのふるえが投影して山に射す光りまでがひびくよう
 に感じられているのではないでしょうか。(鹿取)
★「なさる」というのは尊敬ですか?(A・Y)
★いや、尊敬ではないです。「なす」+「る」で、「る」は自発じゃないですか。自然にそんなふ
 うに進行しているって。(鹿取)

渡辺松男の一首鑑賞 408

2017年06月26日 | 短歌一首鑑賞

  渡辺松男研究49(2017年5月実施)『寒気氾濫』(1997年)
    【睫はうごく】P164
     参加者:泉真帆、T・S、曽我亮子、A・Y、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:泉 真帆       司会と記録:鹿取未放
  

 「言葉はそれだけで自律した世界にあるが、同時に言葉を生みだしているのはこころである。言葉がなければこころはないのかもしれないが、こころがなければ言葉なはい。そして私はすこしだけこころの方に重点をおいている。そういう素朴な位置に立っているのだ。」(『寒気氾濫』あとがきp.168より引用)
この歌集もいよいよ巻末にきた。そこで今一度、あとがきの冒頭にある作者の「こころ」に思いをよせて鑑賞してみたい。(真帆)

408 地球から遠ざかりゆく月の面君のおでこのようにかがやく

     (レポート)
 額にみえるのだから上弦の月だろうか。宵に現れた月も日没頃には空の真上にのぼり深夜には見えなくなる。地球から遠ざかってゆく月を寂びしみながらも、作者は愛しいひとを思い浮かべたのだろう。「君のおでこのようにかががやく」とユーモアたっぷりに言いながら輝いているのは君に恋する作者の心なのだろう。月の引力にひっぱられて海が膨らむように、なんだか君のおでこも膨らみを帯て輝いているようだ。「君のおでこ」が抜群に効いている一首だ。(真帆)


        (当日発言)
★君のおでこに例えているのが近づいてくる月ではなく遠ざかっていく月であるところがいいなあ
 と思いました。(慧子)
★そうですね、近づいてくる月の面が君のおでこみたいだったら当たり前ですものね。遠ざかって
いく月に微妙なニュアンスが出ていますよね。(鹿取)

馬場あき子の外国詠46(アフリカ)

2017年06月25日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 5(2008年2月実施)
  【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P165~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:N・I       司会とまとめ:鹿取 未放


46 働きもののアフリカ男みてあればやさ男ほど多く働く

      (まとめ)
 ネパールではなぜか女性ばかりが働いていたが、アフリカでは男が働きものらしい。しかもやさ男がよく働くという。作者らしい視点である。しかし、「やさ男」を広辞苑で引くと①風流を解する男。みやび男。やさお。②柔弱な男。③風姿の優美な男。やさがたの男。と出ている。この歌では「風姿の優美な男」が当てはまるだろうか。筋骨たくましいイメージのアフリカ男性にも「風姿の優美な男」はいて、しかもそういう男の方が多く働くという。ふっと力の抜けた歌である。人生観や生活について重い問題を詠んできた後で、一連を軽やかに収める歌をもってきてバランスをとっている。(鹿取)


     (レポート)
 黒人特有の手足の長いバネのある鋼鉄のような身体がほうふつと出ていると思います。(N・I)


馬場あき子の外国詠45(アフリカ)

2017年06月24日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 5(2008年2月実施)
  【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P165~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:N・I       司会とまとめ:鹿取 未放

45 われ昔鍛冶屋の友ありその祖父の打つ鎌の火を見てうやまひき

        (まとめ)
 日本でも鍛冶屋は昔ありふれた職業でどこの町にもあったらしい。(私がものごころついた昭和30年代の田舎に鍛冶屋はなかったが。)そうして子供たちは鍛冶屋の前で飽きもせずにその仕事ぶりを眺め、尊敬の思いで見ていたのだろう。「村の鍛冶屋」という文部省唱歌があったが、「あるじは名高き いっこく老爺(おやじ)」「かせぐに追いつく 貧乏なくて」などの歌詞があり、一連の歌に重なるイメージがある。(鹿取)


     (レポート)
 古代から火を使い、農具を作る鍛冶屋は重要な地位にいた。故に争い事を収めるのは鍛冶屋であった。(N・I)


           (当日意見)
★レポーターは、「レポートの書き方」をよく読んで、まず歌の解釈をしてください。自分の感想
 とか意見を言うのはその後です。(鹿取)


馬場あき子の外国詠44(アフリカ)

2017年06月23日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 5(2008年2月実施)
  【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P165~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:N・I       司会とまとめ:鹿取 未放

44 アッラーは貧しき歎きを教へざりき名工の手のぼろぼろの老い

      (まとめ)
 「老い」の語を結句で使っているのでここでは「名工」と言っているが、先の歌にも登場した老爺なのだろう。アッラーは貧しい嘆きを教えなかったから、老爺らはささやかな収入に対して不平不満は言わず、感謝の祈りを捧げるだけである。しかし一生手業で暮らしを立ててきたその手はぼろぼろである。それを見る作者には複雑な思いがあるのだろう。
 宗教はえてして現実をありのまま肯定することを教えるが、それでは身分や貧富の差を解消することができない。宗教の教えは結果的には身分制度の上位にある者、政治を執り行う者、地主やお金持ちなどの既得権を守り、彼等に有利に働く。宗教には常にこの矛盾がつきまとうように思うが、それは世俗的に毒された考え方だと言われればそうであろう。しかし宗教にまつわる普遍的な課題ではなかろうか。少し横道に逸れたが、この名工はたぶん宗教の持つそういう仕組みに気づいてはいないのだろう。それに対してやはり作者は深い嘆息を禁じえないのだ。(鹿取)


     (レポート)
 神を信じ、日に何度も祈り服従している。名工であるゆえの証としてのぼろぼろの手の老い、少し哀しみを覚える作者、生ききっているという力強さも感じているのではないでしょうか。(N・I)


    (当日意見)
★日本から見た視線。この人たちは貧しい嘆きを持っていない。(藤本)


馬場あき子の外国詠43(アフリカ)

2017年06月22日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 5(2008年2月実施)
  【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P165~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:N・I       司会とまとめ:鹿取 未放

43 アフリカを耕し生くる祈念のこと知りたし金色にかがやくばつた

      (まとめ)
 世界から一般には不毛の大地ととらえられている大地を何とか耕して、わずかな咲くも得て人々は生きている。それは何かを念じての、民族の総和としての壮大な祈りのようだ。そのことをもっと知りたい。老爺の作る金色にかがやくばったは、そのことのひとつの象徴であるようだ。「アフリカを耕」す、と大きく出ているが概括的にならなかったのは作者の真摯な思索の結果だからだろう。逆にもっと絞って都市の名前などを入れていたら「耕し生くる祈念のこと」のフレーズを活かしえなかっただろう。(鹿取)


     (レポート)
 不毛の地を耕すことに民は希望があるのだろうか。と、心寄せしている。沙漠に抗して未来の都市建設するものとしての表現なのではないでしょうか。(N・I)


     (当日意見)
★原初的な人間の生き方を詠いたかったのではないか。都市建設とかは全くピント外れだし、近代
 化を詠っているのでもない。レポーターはきちんと解釈をしてほしい。(藤本)

    

馬場あき子の外国詠42(アフリカ)

2017年06月21日 | 短歌一首鑑賞

 馬場あき子の外国詠 5(2008年2月実施)
  【阿弗利加 2 金いろのばつた】『青い夜のことば』(1999年刊)P165~
  参加者:K・I、N・I、崎尾廣子、T・S、Y・S、高村典子、藤本満須子、
       T・H、渡部慧子、鹿取未放
  レポーター:N・I       司会とまとめ:鹿取 未放


42 暗き灯のスークに生きてアッラーに膝まづく一食を得し幸のため

     (まとめ)
 スークの暗い灯の下で、おそらく一生鏨を使って作品を生み出すことを生業にしている人々。インタビューしたわけではないだろうが「一食を得し幸のため」膝まづいてアッラーに感謝を捧げていると判断し、断定しているところが作者らしい。しみじみと老爺たちの一生を思いやっているのである。(鹿取)
    

     (レポート)
 侵略を防ぐようなスークの作りは迷路のようになっているのではないでしょうか。映画のワンシーンのような映像が浮かぶ。(N・I)


      (当日意見)
★毎回言いますが、レポーターはまず歌の解釈をしてください。(鹿取)
★日本人の生活は膨れているが、食を得ることも大変であるアフリカの人びとの心を歌っている。
    (崎尾)