活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

如是の法5

2018年06月20日 | 法理

「心」を探しても有(在)るかと思えば無いし、無いかと思えばどうも有(在)る

ような気がするものです。


じつに「不思議」です。

しかも、「縁」に応じて様々な形が出来ます。

それが「心の正体」です。


別の言葉で言えば「自分の正体」です。

「眼・耳・鼻・舌・身・意」という六根の働きは、全部そういうものです。


間違えると、「初めから人(六根)の機能が有(在)るという考え方」

強く持っている人がいますが、「そういうことを認める自分が有(在)る」

ということに気が付いてもらわなければなりません。


別の言葉で言えばどうしても「人の働き(六根)というものが始めから

有(在)ると思ってしまう」という大きな間違いがあることに気が付いて

頂かないと「修行」にはなりません。


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