「修行(禅)の要訣」は自己を忘れるということです。
別の言葉で言えば「己れを殺すこと」にあるのです。
道元禅師は「坐禅は殺仏(ぜつぶつ)なり」と、はっきり述べられて居ります。
禅門で「殺す」という言葉の意味は、「同化」するということです。
自己を忘れれば「宇宙は皆自己ならざるはない」のです。
「宇宙」の「宇」は空間です。無辺の空間です。
「宙」は無限の時間です。
「己」が無くなったら宇宙は即ち「自(じ)」なのです。
「自」について大辞典によれば「自(じ)」は「おのれ、みずから」と訓じ、
「自」も「己」なりとあります。
この身体百年の寿命だと思っていたのが自己を忘れてみれば「無限」であったと
いうことです。
「槿花(きんか)一朝の夢」とのみ思っていたのが限り無い「火中の蓮」だったのです。
ですから、何時までも萎れないし、何時までも死なないのです。