別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
16「犬」
うちの組長(おやじ)は犬飼うん嫌いでしてん。そやけどおやじの舎弟とこが土佐犬飼うてました。そこの姉(あね)さんがかわいがってました。若衆に散歩させたりして世話させてましてん。土佐犬 お粥さん食いまへんわな。そやから若衆にお粥食わして 犬に肉食わしよりました。その若衆 いっつもぼやいとりました。ある時 その舎弟とこで よその組ともめごとがあって ケンカになったんです。カチコミや!ゆう時 その若衆 言いよりました。「犬に行ってもらえや」て。
~塀のうちそと~
16「犬」
うちの組長(おやじ)は犬飼うん嫌いでしてん。そやけどおやじの舎弟とこが土佐犬飼うてました。そこの姉(あね)さんがかわいがってました。若衆に散歩させたりして世話させてましてん。土佐犬 お粥さん食いまへんわな。そやから若衆にお粥食わして 犬に肉食わしよりました。その若衆 いっつもぼやいとりました。ある時 その舎弟とこで よその組ともめごとがあって ケンカになったんです。カチコミや!ゆう時 その若衆 言いよりました。「犬に行ってもらえや」て。
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
15「ケンカ」
昭和50年ごろでした。東京のある組織と うちの親父の系列下にあった東京の組織が 金のことで間違いがおましてん。博打の金や言うてましたけど ほんまはアンポンタン(シャブ)のことやと思います。相手方は その組織の中でも一、二の力持ってたそうですわ。そやけどうちの親父も 前の年に神戸の親分の盃戴いてたし 四十歳過ぎの男盛りです。元々 殺しの〇〇ゆうて 大阪では結構売れてましたよってに イモ引かれしまへん。え?イモ引くでっか?ビビるゆうこってすわ。頭(かしら)も根性鉄板やったから 親父に負けんぐらいイケイケドンドンですわ。わしも今では高血圧で 冬の冷たい家風呂は 頭パンクするゆうて びびりのおっさんになってしもてますけど 当時は三十歳前後で 親父を男にするゆうて張り切ってました。頭は 枝の兵隊五、六人連れて 道具持って東京に上って行きました。それもチャカだけやったらかわいいもんやけど ダイナマイトまで持たされて。その時の若い衆 みんなウロコイテ泣いてましたで。あんなもん破裂させたら 最低でも無期でっせ。それでも奴ら 一人も逃げんと東京で頑張りよりました。その時の若い衆とたまに会うたら 笑い話になってしもてますけど 今の幸せ感じます。わしら居残り組は道具持って事務所の近辺の旅館に分散して泊まり 事務所守る者は道具持たれへんから(抗争になったら警察の取り締まりが厳しくなるから)コーラの瓶にガソリン詰めて火炎瓶作って泊まりですわ。事務所がビルの三階にあったから 敵が来たら窓から投げるちゅう手ェですわ。今とちごて当時の旅館の経営者は粋でした。見て見んふりですわ。まあ 親父の顔が利いてましたよってに ヒネ(警察)に歌うちゅうような野暮はしまへんでした。ケンカであろうとなんであろうと 商売になったらええ ゆうことですかなあ。大阪商人ですな。すでにうちの連中が東京で相手方の事務所入って行って チャカ弾いてまっさかい こっちにも絶対返しに来るおもて 腹据えて待ってました。そんな時のことやけど 三日ほどして 一人の若衆が「キョウダイ ちょっと銀行行って来るわ」ゆうて出て行ったまんま帰って来なんだことがありました。また別のケンカの時のことやけど 頭(カシラ)から命令受けて 「まかしときなはれ」ゆうて道具持ってカッコよう出て行った者(もん)がおりました。そやけどそいつ 嫁はんに頼んで ヒネに通報させて わざとパクられるように細工しよりました。そら 人殺すよりチャカだけでパクられる方が 懲役 安(やす)おまっさかいになあ。
~塀のうちそと~
15「ケンカ」
昭和50年ごろでした。東京のある組織と うちの親父の系列下にあった東京の組織が 金のことで間違いがおましてん。博打の金や言うてましたけど ほんまはアンポンタン(シャブ)のことやと思います。相手方は その組織の中でも一、二の力持ってたそうですわ。そやけどうちの親父も 前の年に神戸の親分の盃戴いてたし 四十歳過ぎの男盛りです。元々 殺しの〇〇ゆうて 大阪では結構売れてましたよってに イモ引かれしまへん。え?イモ引くでっか?ビビるゆうこってすわ。頭(かしら)も根性鉄板やったから 親父に負けんぐらいイケイケドンドンですわ。わしも今では高血圧で 冬の冷たい家風呂は 頭パンクするゆうて びびりのおっさんになってしもてますけど 当時は三十歳前後で 親父を男にするゆうて張り切ってました。頭は 枝の兵隊五、六人連れて 道具持って東京に上って行きました。それもチャカだけやったらかわいいもんやけど ダイナマイトまで持たされて。その時の若い衆 みんなウロコイテ泣いてましたで。あんなもん破裂させたら 最低でも無期でっせ。それでも奴ら 一人も逃げんと東京で頑張りよりました。その時の若い衆とたまに会うたら 笑い話になってしもてますけど 今の幸せ感じます。わしら居残り組は道具持って事務所の近辺の旅館に分散して泊まり 事務所守る者は道具持たれへんから(抗争になったら警察の取り締まりが厳しくなるから)コーラの瓶にガソリン詰めて火炎瓶作って泊まりですわ。事務所がビルの三階にあったから 敵が来たら窓から投げるちゅう手ェですわ。今とちごて当時の旅館の経営者は粋でした。見て見んふりですわ。まあ 親父の顔が利いてましたよってに ヒネ(警察)に歌うちゅうような野暮はしまへんでした。ケンカであろうとなんであろうと 商売になったらええ ゆうことですかなあ。大阪商人ですな。すでにうちの連中が東京で相手方の事務所入って行って チャカ弾いてまっさかい こっちにも絶対返しに来るおもて 腹据えて待ってました。そんな時のことやけど 三日ほどして 一人の若衆が「キョウダイ ちょっと銀行行って来るわ」ゆうて出て行ったまんま帰って来なんだことがありました。また別のケンカの時のことやけど 頭(カシラ)から命令受けて 「まかしときなはれ」ゆうて道具持ってカッコよう出て行った者(もん)がおりました。そやけどそいつ 嫁はんに頼んで ヒネに通報させて わざとパクられるように細工しよりました。そら 人殺すよりチャカだけでパクられる方が 懲役 安(やす)おまっさかいになあ。
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
「あとがき」(草稿)
「塀のうちそと」の語り部、K谷A久氏と知り合ったのは、わたしが主宰する将棋会に彼が入会してきたことによる。いわば棋友である。その後、私の店「喫茶・輪」の常連客となり、毎日のように顔を見せるようになった。
カウンターを挟んでの彼の話は、私にとって驚くことばかりであった。先ず、その言葉に驚く。その世界の専門用語というのだろうか、チャカ、ヒネ、アンポンタン、イモヒク、ドウグ、シゴト、カチコミ、ユビチギル等々。そしてその言葉の後ろには、わたしのうかがい知れない世界が、黒々と尾を引いているのである。それをユーモアたっぷりに語ってくれる。興味の湧かないわけがない。いつしか私は、彼が語る話のメモを取り始めていた。
スキンヘッドの上に体重は、優に90キロを超える。堂々たる体躯である。そして両の手の小指が途中から無い。胸のシャツの間からは、時にチョロッとマンガが覗く。会社(組)を辞めてから何年も経つというが、ただならぬ気配を辺りに漂わせていた。
しかし彼は、頭の良い人である。だからこそ、その世界で一応の地位にいたのであろう。腕力だけではない、いわゆるインテリヤクザである。読書と将棋が趣味だというのだ。しかし事情があって足を洗う。カタギに戻ったのである。そして自らを「やくざの落ちこぼれ」という。だからこそ私が興味を持つのかもしれない。やくざの勇ましくカッコいい話など、私は大して興味がない。人間の陰の弱い部分にこそ、興味が湧く。それを彼はユーモアを交えて語ってくれていたのである。
~塀のうちそと~
「あとがき」(草稿)
「塀のうちそと」の語り部、K谷A久氏と知り合ったのは、わたしが主宰する将棋会に彼が入会してきたことによる。いわば棋友である。その後、私の店「喫茶・輪」の常連客となり、毎日のように顔を見せるようになった。
カウンターを挟んでの彼の話は、私にとって驚くことばかりであった。先ず、その言葉に驚く。その世界の専門用語というのだろうか、チャカ、ヒネ、アンポンタン、イモヒク、ドウグ、シゴト、カチコミ、ユビチギル等々。そしてその言葉の後ろには、わたしのうかがい知れない世界が、黒々と尾を引いているのである。それをユーモアたっぷりに語ってくれる。興味の湧かないわけがない。いつしか私は、彼が語る話のメモを取り始めていた。
スキンヘッドの上に体重は、優に90キロを超える。堂々たる体躯である。そして両の手の小指が途中から無い。胸のシャツの間からは、時にチョロッとマンガが覗く。会社(組)を辞めてから何年も経つというが、ただならぬ気配を辺りに漂わせていた。
しかし彼は、頭の良い人である。だからこそ、その世界で一応の地位にいたのであろう。腕力だけではない、いわゆるインテリヤクザである。読書と将棋が趣味だというのだ。しかし事情があって足を洗う。カタギに戻ったのである。そして自らを「やくざの落ちこぼれ」という。だからこそ私が興味を持つのかもしれない。やくざの勇ましくカッコいい話など、私は大して興味がない。人間の陰の弱い部分にこそ、興味が湧く。それを彼はユーモアを交えて語ってくれていたのである。