喫茶 輪

コーヒーカップの耳

別冊・コーヒーカップの耳 Kさん

2019-01-22 20:16:50 | 別冊・コーヒーカップの耳
今、~塀のうちそと~と題してK谷A久氏のことをこのブログに書いているが、
もう16年前に、わたしがデイリースポーツの坂本昌昭記者に紹介し、大きな記事になったことがある。
しかも、3回に分けての連載だった。
しかし、写真は困るとの本人の申し出で、菅原洸人画伯に似顔絵を描いて頂き、それが紙上に載った。
その第一回目の絵。

うちの店「輪」のカウンター席でのK氏の横顔。
やはり名前も本名はマズイということで、わたしが仮名を考えて、加賀繁躬さんとした。
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別冊・コーヒーカップの耳 24

2019-01-22 14:49:57 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
24「前科」

また自転車盗られてしもた。中古でも買うたら高いなあ。わしも盗んできたろかな。いやいや 自転車泥棒で捕まったら わしの前科に傷がつく。銃刀法と賭博ちゅう 黒光りしとる前科に傷がつく。
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別冊・コーヒーカップの耳 22

2019-01-22 13:46:27 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
22「小指」

小指 千切って放ってしもたら 真っすぐに走られしまへん。なんやしらん 自然に曲がってしまいますねん。え?それで両手の小指千切ったてか?マスター ええ加減にしなはれ。
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別冊・コーヒーカップの耳 17

2019-01-22 09:28:12 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
17「ゲンコツ」

俗にいう大阪戦争が起こる前やから 昭和50年ごろでしたやろな。うちの組長(オヤジ)が兄事していた通称「○○駅」で通る神戸の大親分の若頭補佐がおりましたんや。そこの組が 大阪のほかの組織と間違い起こしました。それがまた うちの事務所と目と鼻の先でした。その晩 うちのオヤジが幹部連中連れて○○駅に陣中見舞いに行きましたんや。そしたら 親分筆頭にハッピ姿に地下足袋履いた若衆30人ほどが 飯食うてたそうですわ。完全に昔のヤクザのケンカ姿です。その親分は△△が通ればぺんぺん草も生えんと言われた人の舎弟頭しとったくらいの人でっさかいに ケンカはお手のもんですわ。そこへうちのオヤジが入って行って 「大阪のことはうちでやりまっさかいに 兄貴は気楽にしとってください」と言うたそうです。大阪の事務所に帰って来て 幹部連中とマージャンしとったら ○○駅が撃ち込まれた ゆうて電話が入りましてん。それ聞いたとたん オヤジ 顔真っ赤にして「イケッイケッ!」言いました。そこでわしら 即招集ですわ。例の根性鉄板の頭(カシラ)登場です。「いわしてしまえ!」の一言で わしら兄弟五人が車に乗って 相手の事務所へカチコミに行ったんです。そしたら シャッター下りて 電気消えてて 誰もおらしまへん。そやから言うて 窓ガラス割ったぐらいで帰ったら どやしつけられますがな。五人で「どないしょう」ゆうて 頭寄せて相談した結果 そこの組はパンマ使うてしのいどるから 近所のホテル入って そこの女呼んで奴らの居所聞き出すことにしたんです。そやけど女ら 誰一人 奴らの居所知らしまへん。脅したりすかしたりしたんやけど ほんまに知らんみたいやった。金は二万五千円払うとるし もったいないから五人で 女 一発やりましてん。帰って頭に事情説明して「後日また自分ら行きます」言いました。そしたら「おう そうせいや」ゆうてくれるもんやとばっかり思てたら いきなりゲンコツ食らいました。「おのれら どのピストル撃ってきたんじゃ!」ゆうて。次の日には中に立つ人がおって○○駅の親分とこに
五千万円ほど詫び料が入ったらしいけど わしらに入ったんは ゲンコツだけですわ。
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心電図

2019-01-21 21:14:09 | 健康・病気
夜になって、なんか胸が痒いなと思ったら、こんなものが三つも、胸の端っこの方に残ってました。心電図の電極ですね。

今朝の病院はよほど忙しかったんですね。途中で、他の検査も入ってややこしかったりで。
肌が赤くなって、ちょっとかぶれてました。
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別冊・コーヒーカップの耳 16

2019-01-21 13:41:02 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
16「犬」

うちの組長(おやじ)は犬飼うん嫌いでしてん。そやけどおやじの舎弟とこが土佐犬飼うてました。そこの姉(あね)さんがかわいがってました。若衆に散歩させたりして世話させてましてん。土佐犬 お粥さん食いまへんわな。そやから若衆にお粥食わして 犬に肉食わしよりました。その若衆 いっつもぼやいとりました。ある時 その舎弟とこで よその組ともめごとがあって ケンカになったんです。カチコミや!ゆう時 その若衆 言いよりました。「犬に行ってもらえや」て。
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別冊・コーヒーカップの耳 15

2019-01-21 12:53:33 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
15「ケンカ」

昭和50年ごろでした。東京のある組織と うちの親父の系列下にあった東京の組織が 金のことで間違いがおましてん。博打の金や言うてましたけど ほんまはアンポンタン(シャブ)のことやと思います。相手方は その組織の中でも一、二の力持ってたそうですわ。そやけどうちの親父も 前の年に神戸の親分の盃戴いてたし 四十歳過ぎの男盛りです。元々 殺しの〇〇ゆうて 大阪では結構売れてましたよってに イモ引かれしまへん。え?イモ引くでっか?ビビるゆうこってすわ。頭(かしら)も根性鉄板やったから 親父に負けんぐらいイケイケドンドンですわ。わしも今では高血圧で 冬の冷たい家風呂は 頭パンクするゆうて びびりのおっさんになってしもてますけど 当時は三十歳前後で 親父を男にするゆうて張り切ってました。頭は 枝の兵隊五、六人連れて 道具持って東京に上って行きました。それもチャカだけやったらかわいいもんやけど ダイナマイトまで持たされて。その時の若い衆 みんなウロコイテ泣いてましたで。あんなもん破裂させたら 最低でも無期でっせ。それでも奴ら 一人も逃げんと東京で頑張りよりました。その時の若い衆とたまに会うたら 笑い話になってしもてますけど 今の幸せ感じます。わしら居残り組は道具持って事務所の近辺の旅館に分散して泊まり 事務所守る者は道具持たれへんから(抗争になったら警察の取り締まりが厳しくなるから)コーラの瓶にガソリン詰めて火炎瓶作って泊まりですわ。事務所がビルの三階にあったから 敵が来たら窓から投げるちゅう手ェですわ。今とちごて当時の旅館の経営者は粋でした。見て見んふりですわ。まあ 親父の顔が利いてましたよってに ヒネ(警察)に歌うちゅうような野暮はしまへんでした。ケンカであろうとなんであろうと 商売になったらええ ゆうことですかなあ。大阪商人ですな。すでにうちの連中が東京で相手方の事務所入って行って チャカ弾いてまっさかい こっちにも絶対返しに来るおもて 腹据えて待ってました。そんな時のことやけど 三日ほどして 一人の若衆が「キョウダイ ちょっと銀行行って来るわ」ゆうて出て行ったまんま帰って来なんだことがありました。また別のケンカの時のことやけど 頭(カシラ)から命令受けて 「まかしときなはれ」ゆうて道具持ってカッコよう出て行った者(もん)がおりました。そやけどそいつ 嫁はんに頼んで ヒネに通報させて わざとパクられるように細工しよりました。そら 人殺すよりチャカだけでパクられる方が 懲役 安(やす)おまっさかいになあ。
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別冊・コーヒーカップの耳 あとがき(草稿)

2019-01-21 12:49:33 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
「あとがき」(草稿)

「塀のうちそと」の語り部、K谷A久氏と知り合ったのは、わたしが主宰する将棋会に彼が入会してきたことによる。いわば棋友である。その後、私の店「喫茶・輪」の常連客となり、毎日のように顔を見せるようになった。
カウンターを挟んでの彼の話は、私にとって驚くことばかりであった。先ず、その言葉に驚く。その世界の専門用語というのだろうか、チャカ、ヒネ、アンポンタン、イモヒク、ドウグ、シゴト、カチコミ、ユビチギル等々。そしてその言葉の後ろには、わたしのうかがい知れない世界が、黒々と尾を引いているのである。それをユーモアたっぷりに語ってくれる。興味の湧かないわけがない。いつしか私は、彼が語る話のメモを取り始めていた。
スキンヘッドの上に体重は、優に90キロを超える。堂々たる体躯である。そして両の手の小指が途中から無い。胸のシャツの間からは、時にチョロッとマンガが覗く。会社(組)を辞めてから何年も経つというが、ただならぬ気配を辺りに漂わせていた。
しかし彼は、頭の良い人である。だからこそ、その世界で一応の地位にいたのであろう。腕力だけではない、いわゆるインテリヤクザである。読書と将棋が趣味だというのだ。しかし事情があって足を洗う。カタギに戻ったのである。そして自らを「やくざの落ちこぼれ」という。だからこそ私が興味を持つのかもしれない。やくざの勇ましくカッコいい話など、私は大して興味がない。人間の陰の弱い部分にこそ、興味が湧く。それを彼はユーモアを交えて語ってくれていたのである。
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別冊・コーヒーカップの耳 14

2019-01-20 23:04:51 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
14「選挙権」

日本とブラジルがやる時は もちろん日本を応援しまっせ。ほんで 韓国とどっかがやる時は そら韓国応援しまんがな。そやけど 日本と韓国がやる時は ほんま困るんや。わし どっち応援したらええか分かりまへんねん。「シュート、入った!」言うても 「やったーっ」言いかけて 上げた手ェ そろーっと下ろして 考えてしまいますねん。見んかったらええんですけどな そんな試合に限って ごっつう見たいんや。わしの体には韓国の血ィ流れてるし 生まれ育ったんは日本やし 言葉も大阪弁やし。そやけどわし 選挙権 おまへんねん。
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たかとうさんの講演CD

2019-01-20 14:40:31 | アート・文化
昨日の神戸文学館でのたかとうさんの講演「兵庫・神戸を生きた詩人を語る」を録音させて頂いてました。
そしてCDにしました。

聴きたい人にはお分けしたいのですが、それにはたかとうさんの許可が必要でしょうね。
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別冊・コーヒーカップの耳 13

2019-01-20 08:25:04 | 別冊・コーヒーカップの耳
今、ぼちぼちと~塀のうちそと~をネット上でご披露しているのだが、このあたりで語り部のKさんのことを紹介する意味で2001年に出版した『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)に載せた「刑期」を上げておきます。

別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
13「刑期」(『コーヒーカップの耳』より再掲)

その頃 チャカ(拳銃)一丁一年が相場でした。わしは二丁で捕まって それに常習賭博が重なったもんやから 二年半でした。入れられたんが カレーライスの旨い刑務所で 卵が一個ついとりました。そこでも胴元になって その卵やティッシュペーパーなんかの生活必需品を賭けて博打やってたんです。あの中ではそんなもんをようけ持ってるもんが金持ちですわ。金では買えん ええ経験させてもろたおもてます。
父親はもう死んでました。韓国から十九歳で強制連行されて来た言うてましたけど 詳しいことはわしにも喋りたがりませんでしたなあ。おふくろは八歳の時 新天地を夢見た父親に連れられて日本に来た言うてました。そのおふくろがある日 家内と一緒に面会に来よったんです。胃の具合が悪いから手術することになった言うて。わしは一目見てガンかも知れんと思いました。家内の目ェ見て間違いないと思いました。そしたらやっぱり 後で手紙が来て 半年の命と言うことでした。刑期がまだ一年ほど残ってましたんで 家内が最後の別れに連れて来てくれよったんです。それからは真面目に務めました。本読むこと覚えて 山本周五郎が好きになりました。靴づくりの作業もさせられてましたけど 時間はなんぼでもあって 習字の通信教育も受けました。字 ちょっとは上手くなりましたけど これはムショ初段です。
やっと刑期終えて出てきたら おふくろまだ生きてました。わしが出てくるまで死なれへん言うて 待ってくれとったんです。見る影も無(の)うなってましたけど 執念で生きてました。顔合わせたら 黙って涙流すだけでした。それからまだ半年生き続けました。毎日看病に通いました。死ぬまで通いました。
チャカと賭博で捕まったんやけど わしは泥棒したり素人さんにケガさせたわけと違います。チャカと賭博は わしらの商売道具でした。それで捕まったんやから しょうがないとおもてました。そやけど 足 洗うてなかったら 今ごろは命無くなってるか 逃げ回ってるか また長い懲役暮らししてるかですやろな。
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Poem&ArtCollection

2019-01-19 17:19:49 | 
実は午後も将棋教室(鳴尾)があったのですが、勝さんに無理を言って休ませてもらいました。
そして神戸文学館に行ってきました。




これがあったのです。


詩画や詩書が展示されていて楽しみました。
その中に異質の展示物がありました。

増田まさみさんの造形です。「かくれんぼ」と名付けられています。材質はなにか分かりませんでした。
増田さんは俳人として実績のある人ですが、詩人でもあるんですね。
そして拙著『触媒のうた』を「半どん」誌上で評価してくださった人なのです。

さて、将棋教室を勝手させて頂いてでも行きたかったのはこれのため。
たかとう匡子さんによる「兵庫・神戸を生きた詩人を語る。杉山平一」の講演。
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一時間半、たっぷりと杉山平一の世界に浸らせていただきました。
ただ、詩の解釈で一部わたしと違うところがあったりして、それがまた興味深くもありました。
会場で何人かの人とご挨拶させて頂きました。
演者のたかとうさん、お世話なさってる神田さん、杉山先生のご息女H美さん、元「火曜日」の朝倉さん、三木の山崎さんとそのお連れの中村さん、神戸新聞記者の平松さんなど。そして、元「火曜日」の北野さんとはちょっと離れた所から目礼。
さらに、「喫茶・輪」のお客様で本好きのT石さん。
良い刺激を頂きました。たまには詩人の会にも出かけなければなりません。
それにしても「兵庫県現代詩人協会」も昔と比べて顔ぶれが大きく変わってきています。
以前の重鎮の顔が次々と見えなくなってきて淋しい気がするのはわたしだけでしょうか?
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宮水ジュニア・将棋教室 2019年1月19日

2019-01-19 17:09:40 | 将棋
いいお天気でしたが、今、西宮ではインフルエンザが急激に蔓延していて心配でした。
2,3人の欠席はありましたが、思ったより多くの出席でした。

みな真剣でいい緊張感が漂っています。
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別冊・コーヒーカップの耳 10

2019-01-19 07:34:49 | 別冊・コーヒーカップの耳
別冊・コーヒーカップの耳
~塀のうちそと~
10「慰問」

おもろないのんは 慰問に来る演芸を観なあかんことです。あれは嫌やった。趣味でやってる奥様族の発表の場にされとるようで。特に子どもの合唱なんかの慰問は苦手やった。わしも家に三人の子ども残しとったんや。お涙の押し売りみたいでな。あの中は悪人の坩堝です。あらゆる悪人がいてます。そんなとこに子どもを連れてくること おまへんやないか。女の子に悪さして掴まった奴もおりまんがな。なに考えてるか分からん連中ばっかりや。慰問観てる間があったら わしは本読んでる方がよっぽど良かった。ただし 鳥肌立つような プロの芸観るのは良かったけどな。
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有田光甫さんのこと

2019-01-18 11:45:52 | 本・雑誌

今読んでいる本は『失くした「手」を探して』だが、書家、有田光甫の名前がよく出てくる。
このページもそうだ。←二段階クリックで。
こんな文章がある。
《私を扱う大半のマスコミは、書家の上に手がないという飾り言葉をつけている。(略)しかし有田光甫は作品の墨線に感心を持ち、それを解明することから取材が始まった。この手紙は有田光甫が、一人の書家としての私への気遣いであると思うと、気恥ずかしさはあっても、その何倍も嬉しさがあった。》
有田はたしか昔、うちの店にも来店されたことがあったと思う。宮崎先生の繫がりだったかと。そうか、そういう人だったのか。
因みに有田の大作が西宮神社会館ロビーに展示されている。
色んなところに縁がつながっているものです。
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