喫茶 輪

コーヒーカップの耳

「羽化登仙」

2018-12-04 14:58:32 | 新聞記事
神戸新聞の夕刊の随想欄はいつも楽しみに読んでいるのですが、
今日の麻木久仁子さんの随想には大いに共感しました。
わたしども庶民にはなかなかそのようには行きませんが。

←クリック。

そして、文中にある「羽化登仙」という言葉に注目。
滅多に見る言葉ではありませんが、当ブログ「喫茶・輪」には度々登場しています。
というのも、「輪」の店内にこの言葉の短冊を飾っているからなのです。
https://blog.goo.ne.jp/coffeecup0816/e/01d296f112efd9ed43c9f78a228da8bf

麻木さん、いいところで使っておられますね。状況にピッタリです。
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貴景勝

2018-11-24 08:11:40 | 新聞記事
今朝の神戸新聞で知りました。
貴景勝が西宮と縁が深かったと。

←クリック。

越木岩神社の子ども相撲に出たのが相撲との出会い。
そして小学校は仁川学院。
さらに中学は報徳学園。
みんな西宮だ。
以前の西宮はマイナスイメージの話題ばかりだったが、
最近はフィギアスケートの紀平梨花の活躍があったりして、若い子が素晴らしい。
貴景勝は今日の高安戦に勝てば優勝!
兵庫県力士としては貴闘力以来18年振りとのこと。
ガンバレ!
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「読者文芸」の新選者。

2018-10-30 13:56:11 | 新聞記事
杉山先生が残しておられた新聞切り抜き。

←二段階クリック。

リード文を読むとこれはどうやら宮崎修二朗先生の仕掛けによるものと思われます。
この記事、じっくりと読んでいただきたいです。
その一部、
《 山本 文芸って名利を求めるものではありませんからね。それだけに初心者の多い「読者文芸」の選は責任が重いと思うんです。 
  足立 文学へ踏み出す第一歩ですから、うっかり間違えるとね。
  山本 そう、分岐点だから…。人生というか文芸への、ね。だから気負った言い方でなく、投稿者を大切にしたいと思っています。
  ―略―
  富田 投稿者の中には、規定もわきまえない、無礼というか―そんな方もいますが、悪気でなくて世間をまだご存じない方なんだから、勘弁してやって下さいよ。本当に「読者文芸」の選っていい加減にできない。責任が大きいんだから。》


これは「読者文芸」の選者が一斉に交代した時のことですね。ほかの新しい選者に、後藤比奈夫、伊丹三樹彦、時実新子の三氏の名前が上がっています。
 
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カタカナ語の氾濫

2018-09-27 16:53:02 | 新聞記事
今朝の「正平調」です。
神戸新聞文芸の川柳部門入選作を枕にしての話。強く共感します。
《脳味噌を掻き混ぜにくるカタカナ語》(堀正和)
←クリック。
いやホントに最近の印刷物にはカタカナ語が多すぎる。
当の、この神戸新聞、同じ誌面、第一面にもわたしの知らないカタカナ語がいっぱい出ている。皮肉ですね。
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ドリアン助川さん

2018-09-21 08:07:44 | 新聞記事
今朝の神戸新聞にドリアン助川さんが「樹木希林さんを悼む」と題して、
いい文章を載せておられる。
感動的な文章です。ぜひ二段階クリックして読んでみて下さい。

←二段階クリック。

「作家」とありますが、ドリアンさんは詩人でもあり歌手でもあり、パフォーマーでもあるマルチ人間です。
一昨年、尼崎に来られた時にお会いしましたが、素晴らしいお人でした。
家内も含めてスリーショット。

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樹木希林さんと坂本記者。

2018-09-17 08:18:15 | 新聞記事
樹木希林さんがお亡くなりになったと。

樹木希林さんとは、ごく薄いのですが間接的に縁があります。
その昔、「喫茶・輪」に何度もご来店くださったデイリースポーツの坂本昌昭さんが取材して記事にされて、その時のことを話してくださったことがありました。「彼女はマネージャーや付き人を持ってないんです」ということもその時に聞きました。2002年のことでした。
その前に坂本記者さんは拙詩集『コーヒーカップの耳』に共感して下さり、取材に見えたのでした。
上下二回に分けての掲載でした。
2001年でしたから、もう17年も昔です。

当時の坂本記者は、職人的な人を取材しておられました。
俳優なら、三国連太郎、緒形拳など。その中に樹木希林さんもおられたわけで。
取材から帰って来られたら「輪」に来て、その様子をお話ししてくださいました。
また、わたしが紹介した人も何人かあります。
菅原洸人さん、宮大工の小川三夫さん、そして元㋳のK谷さんなど。

で、その坂本さんが書かれた記事が久しぶりに今朝のデイリースポーツに載ってました。
←クリック。
懐かしい、新聞記者さんにしては個性的な文章です。
あ、そうだ、坂本さんとは、時実新子さんがお亡くなりになった時にもそのお別れの会にご一緒したのでした。
帰りに、坂本さんの行きつけの店で、空から下りてきた新子さんとも一緒に一杯飲んだのでした。


この写真は、『コーヒーカップの耳』がブルーメール文学賞を受けた時に
「喫茶・輪」でささやかな宴を催した時のものです。坂本記者こそが実は職人的な記者さんでした。

樹木希林さんのお陰で、昔のこといろいろと思い出します。

それから希林さんは、わたしのFB友達のドリアン助川さん原作、映画「あん」で主役を演じられましたが、その演技は秀逸でした。
ご病気だったとはいうものの、あまりにも呆気ないです。
わたしと同い年です。
ご冥福をお祈りいたします。

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「文章指導」

2018-06-04 14:54:32 | 新聞記事
今日の神戸新聞夕刊の、高橋順子さんの随想。

「文章指導」と題して書かれています。
彼女のご主人、作家・車谷長吉さんから受けた文章についての指導。
《私は現代詩の作者だが、詩人はえてして文章が書けない。あっさりして物足りない、と言われたりする。》
そこで車谷の指導が入る。
《念をおすように書くこと。何度くりかえしても、ちょっとずつちがっていれば、そのたびに前に進むのだと。》
そして、
《エッセイの登場人物には実名をつかえ、と言った。(略)そうすると、どんなにしまりのない文章でも緊張感が出てくるのだった。が、これは危険な方法だった。彼は名誉棄損で提訴されることにもなった。》
そうでしょうね、実名は危険でしょうね。
そしてもう一つ。
《忘れられないのは、自分の作品のよしあしを判断するには、書き上げたときに涙が出てくるかどうかだ、と言ったこと。どんなに心を集めて書いていたことだろう。》

勉強になります。
わたしがこれまで書いてきたもので、涙が出る作品はいくつぐらいあるだろうか?
そういえば最近、そんな作品、書けてないなあ。

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銀山ボーイズ

2018-05-29 08:43:40 | 新聞記事
今朝の神戸新聞。

生野銀山に関する記事。
この前、行った時にわたし、写真撮ってました。


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「発達障害の双子の歩み」

2018-05-02 09:55:57 | 新聞記事
神戸新聞さん、また記事拝借お許しくださいね。
一昨日の「泣いたり笑ったり」50回目です。

もう50回になるんですね。
充分、本一冊分はあると思いますので、そろそろ出版していただきたいものです。
きっと社会の役に立つと思います。
昨年のこの記事も合わせてお読み頂ければ幸いです。


検索したら、この森山さん、「お日さま日記」というタイトルで以前に本を出しておられますね。
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「たくましい」とは

2018-05-02 08:36:39 | 新聞記事
もう二日前の記事だが、「神戸新聞文芸欄」の選者特集。
毎週月曜日は読者の投稿欄になっているが、第5週目は選者特集になる。
昔々、足立巻一先生のころから、年に何回かあるこの特集を楽しみにしている。

各部門5人の選者のうち、男性は詩の部門の時里二郎氏のみ。
今回のテーマは「たくましい」だが、みなさん、単に「たくましい」だけの話は書いておられない。
その中でも時里氏は「たくましい」とは対極の弱い弱いギフチョウの話だ。
←クリック
さすがに詩人ですね。斜めからの視線を通して、「たくましさ」の一面を表現しておられる。
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「光でがん治療 治験開始」

2018-03-14 14:35:10 | 新聞記事
神戸新聞夕刊より。
←クリック

やっと神戸新聞が取り上げてくれました。
以前より何度か拙ブログで紹介していた、ガンの夢の治療法のこと。
人類がガンの悩みから解放されるのが夢物語ではなくなったということ。
何度も言うが、もう一度。この治療法を開発した小林久隆氏は西宮市出身です。
ノーベル賞に最も近い人ではないかと、わたしは思っています。
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「正平調」に柳田國男が

2018-03-05 18:26:26 | 新聞記事
今朝の神戸新聞「正平調」欄に、柳田國男と『故郷七十年』の話が。

柳田と宮崎翁のことは何度も書いたので今日は触れない。
文中の「いま辻川を歩くと機械仕掛けのリアルな河童や天狗が出迎えてくれる。著書「妖怪談義」にちなんだ町おこしが人気だが、それ以上に往時の街並みが醸す雰囲気に引き込まれる」が気になる。
あのグロテスクな仕掛けを柳田や宮崎翁が見たらどんな感想を漏らすだろうか?
決してもろ手を挙げての賛成はなさるまい。

ちなみに宮崎翁の著作『柳田國男アルバム 原郷』(版権を寄贈)には往時の辻川の写真がいっぱい載っていて、それは涙が出るほど懐かしい光景だ。
すべて宮崎翁が撮影した貴重な写真である。
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神戸新聞創刊120周年

2018-02-11 08:32:35 | 新聞記事
今日の神戸新聞朝刊。

創刊120周年だという。
おめでとうございます。

昨日の神戸新聞別冊に記念特集されていた。

2ページから23ページまで、びっしりと兵庫県の文学特集。




ほぼ馴染みのある文学作品、そして作家さんです。とは言ってもお会いしたのは司馬遼太郎さんだけ。それも頭を下げての挨拶だけでしたが。
玉岡かおるさんとはFB友だちということでちょっと接触があります。
ゆっくりと読ませていただこう、楽しみ。

120周年ということだが、宮崎翁はその昔、60周年記念事業で重要な役割をしておられる。
言わずと知れた、柳田國男自伝『故郷七十年』である。

この本のどこにも宮崎修二朗の名前はない。
しかし、30歳代の若き翁が抜擢されて担当者になった、いきさつやその後の経過は『触媒のうた』に詳しく書いた。
兵庫県の主な図書館にありますので興味のある方はお読みください。

昨日も書いたが、柳田國男は、一般には「やなぎだくにお」と思われているようである。
しかし正しくは「やなぎたくにお」である。「だ」ではなく「た」である。
やはり120周年記念の企画記事「クロスワード」を解いておられる人はこの機会に正しく覚えて頂きたいです。
神戸新聞さん、訂正記事は出されないのでしょうか?
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クロスワードに疑問

2018-02-10 19:15:07 | 新聞記事
神戸新聞創刊120年記念として1ページ全面のクロスワード問題が神戸新聞昨日の夕刊に出ている。

ちょっと解いてやれと思って始めたが、すぐに疑問の問題があった。

17のヨコ。□□□□國男。「遠野物語」などの著書で知られる福崎町出身の民族学者。
7のタテ。神戸新聞社が育児支援事業「スキップ21-みんなの□□□□」を開始(2003)。


ということで答は、17のヨコは「ヤナギタ」
7のタテは「コソダテ」となる。
しかし「ダ」と「タ」では違います。
出題者は「柳田國男」は「ヤナギダクニオ」と読むと思っているのですね。

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森山卓郎ほか

2018-01-31 10:17:53 | 新聞記事
千切り抜きから。

森山卓郎さんです。
宮崎翁、千切り抜くときに誤って破ってしまっておられます。
それを別の紙で裏張りして修復。
しかし上手く行かず、ボールペンで書き添えて下さっています。
なんということ!たった、わたし一人のために。
味わって、血肉にしなければいけません。

これは中西進。

《『万葉集』は、何と「雑」の文類から出発する。》
あ、そうなのか!と思う。
思い出すのは、足立巻一先生の詩集『雑歌』。
この本には足立先生から署名を戴いています。

「今村均史様」となっています。
「あ、間違った!」とおっしゃったのですが、
「いいです。これも思い出になりますから」とわたしは言ったのでした。
この『雑歌』の「あとがき」にこうあります。
《…これを『雑歌』と題したのは、数年来のくさぐさの歌を集めたからであるが、また、古歌集などを読んでいて「雑之部」が好きなことにも由る。》
足立先生らしい。

これは江戸川乱歩。

いかにも千切り抜きです。この時は当てる定規が手元になかったのでしょうか。
こんなのを見ると、反ってありがたみが増します。
さて江戸川乱歩。
わたしの読書遍歴の最初が江戸川乱歩でした。
あのノーベル賞候補に何度も上がっている村上春樹も子ども時代に通ったという西宮図書館で借りて読んだのでした。

これはシェークスピア。

これも涙が出るような千切り抜きです。
宮崎先生、ありがとうございます。
「どうして不幸というものはことば数が多いのだろう?」
さすがにシェークスピアですねえ。重い言葉です。

これは、「ある僧侶」とあります。

これも重い言葉です。
「人生は、手遅れのくり返しです。」
これは書物からの言葉ではなく、「母の年忌に、ある僧侶の言葉として住職から伺った。」とあり、鷲田清一さんが聞かれた直話です。

これは坪内稔典さん。

これも重い言葉です。
自分の人生を決めた年齢。
わたしならどうか。
多分、父親が病気になり、わたしの学歴が高校中退と決まった時なのでしょう。17歳だったかな?
今、その年齢の子どもに悩み事を相談されたら、ちゃんと答える言葉が用意できるだろうか?
出来なければならないのだろう。坪内さん、「もち得なかったら、何の書き手か」とおっしゃってる。


宮崎翁から戴いてきた千切り抜き、どれも心に残るいい言葉なのだが、その中でもわたしが特に心動かされたものを上げてきた。
その残りの一枚。
田中角栄です。
今、この時。日本にとって大事にしなければいけない言葉ではないだろうか。
その言葉があの田中角栄だとは!
「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」
abeさんは戦争を体験したか?

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