今朝の神戸新聞の記事です。
大阪のマル暴のことが。
これに関連して。
「お礼参り」
今朝の神戸新聞の記事です。
大阪のマル暴のことが。
これに関連して。
「お礼参り」
暑くならないうちに、と、図書館まで自転車で。
いくら健康のためとはいえ、今の時期は歩けません。
用海町から石在町、そして久保町から鞍掛町を過ぎて、宮前町を通る時、その近くに『完本・コーヒーカップの耳』に登場する清水さんの家があるなあ、と思いながら走っていた。
清水さんは先日、わたしが神戸の眼科医院に行ってる時に、うちに大きな胡瓜を届けて下さったのだった。
山の向こうに畑を持っていて育てておられるのだ。
暫く会っていないので、会って話したいなあと思っていたのだったが、わたしの留守中で残念だった。
で、そばを走っている時、そうだ一度ハガキで礼状を出そうと思って、頭の中で文面を考えながら走っていた。
そして宮前町から建石町に入ったところで、向こうに見える人が、正しくその清水さんではないか!
車のそばでわたしを見ている。そしてあの人懐こい笑顔。
わたしを認めて待って下さっていたのだ。
わたし、手術痕の顔に問題があるのでサングラスをかけていたのだが、よく分かったものだ。
「今、清水さんのこと考えながら走ってたんですよ!」と言ったことだった。
こんな偶然あるんですね。
写真は図書館でお借りした村上春樹の本と清水さんにもらった胡瓜です。
imamuraさんの本。 『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。
昨日、7月17日は鹿塩豊さんの命日でした。
丁度25年です。
鹿塩さんは喫茶輪のお客さんの中で唯一親友といっていい人。
『完本・コーヒーカップの耳』にわたしこう書いてます。
《この人のことは本文には出てこないが「喫茶・輪」にとって忘れられない人。わたしと同年代。亡くなられた後、「高潔の人」と題した冊子を作り仏前にお供えした。》
この後、彼からのわたしと妻への死を覚悟した最後の手紙、そしてわたしの「あとがき」を載せています。
今思い出しても「いい友人だったなあ。あんな人とはもう出会うことはないだろう」と涙の出る思い。
ああ、もう25年も経ったのですね。
ネットに偶然見つけたのですが、拙著『完本コーヒーカップの耳』が点字本になってました。
出版されてすぐに点字化されてたんですね。知りませんでした。
これ、著者の許可は要らないんですね(㊟朝日新聞出版との契約書にはそれについての条件も記載されているらしいが、確認していない。)。
自分の点字本を一度手に取って見たいものです。
『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。
三か月ぶりのM病院。
M病院でのわたしの主治医Z先生だが、二年ほど前に前立腺がんを早期発見してくださった医師です。
まあ、早期発見するための血液検査を定期的に受けていて、それで見つかったのだったが。
その先生の今日は診察日。診察といっても尿検査と血液検査のデータを見ておはなしを聞くだけだが。
呼ばれて診察室に入って椅子に座ると、
「お伝えするのがすっかり遅くなったのですが…」と申し訳なさそうに切り出される。
わたしは、何か具合の悪いことが起こったのかとちょっと心配に。
ところが、
「前にいただいていた本ですが、非常に面白かったです」
え?と思った。なんの話?
もう何年か前に差し上げた『完本・コーヒーカップの耳』のことだった。
すっかり忘れていた。
「話し言葉であのように表現されていて…」と。
「私の知らない昔の話が、ありありと目の前に繰り広げられ…」などといろいろ感想を話してくださった。
そういえばこの先生、本が好きだとおっしゃっていたのだった。
それにしても今頃とは。
お忙しいし、それに「患者が書いた本なんて」と有難迷惑に思われていたのかもしれない。
それが、何かのはずみで最近手にされたのだ。そして読み始めたら…、というわけだ。
良かった。
帰りの「鳴尾 武庫川女子大前駅」です。
今、M病院は工事中で駐車場がないのです。
西宮図書館には拙著『完本・コーヒーカップの耳』が7冊架蔵されています。
たくさんお買い上げありがとうございます。
たまに貸し出し状況をのぞいてみるのですが、いつも何冊か貸し出されていて、
今日は4冊が貸し出し中になっていました。
出版されてから4年を過ぎましたが、長く可愛がってもらっています。
ありがとうございます。
本屋さんで買って頂けるともっとうれしいのですが。