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インド旅(17) アーグラー城

2009-01-11 | 旅-インド
今朝の河津は冷え込みも一段と厳しく、冬本番!って感じでした。
そしてあちらこちらで、どんど焼きが行われています。
昔はまだ真っ暗な4時とか5時に行われていたそうですが、危険だからということで浜地区では今!9時過ぎに燃えはじめました!

***


1箇所見るだけでも、歩く歩数は意外と多い。
このアグラの町は滞在時間がわずか6時間ほどしかない。

南門から歩いてくると、朝食を食べたジョニーズプレイスにまた出る。
…食べてっちゃおうっと♪
扉を開けると「おっ!また来たの?」って感じの店主。
メニューを持ってくるときに「これめっちゃうまい!」と指差したのはなんだったか良く分からなかったが、私はコレを食べよう!と思っていたものがあったのだ。
「マライコフタとバナナラッシー!ください」
「オッケー!マライコフタとチャパティ?」
「じゃぁ2枚ね」
「それとバナナラッシーだね」

すぐに来たのはバナナラッシー。



朝ごはん食べているときに、隣の白人さんがお替りしてたんだもん!
絶対に頼まなきゃねぇ~。
かなり甘さ控えめのラッシーは濃厚でスプーンですくって食べるんですよ。
変わってますよね。
全部手作りなので、混んでると時間がかかるんだけど待つ価値あり!だと思う。
私のコフタはこんな感じで仕込まれてます。



出来ました~♪。
トマトベースのカレーの上にマッシュポテトのコフタ(ボール)が2個のってます。
素揚げですかね?スプーンでサクッ入るんですよ。
中はホコホコでアツアツです。



シンプルだけど絶品カレーでした!

隣に韓国人男性2人がいたので、食べてるものを聞いてみました。
なんとプルコギにキムチそしてオムライスでした。
韓国人が入店するとハングル文字のメニューがスッと出てきます。
書いてあるのは数種類だけ。なんでだろう?
残念ながらキムチは残してました…。

今度はオムライスも頼んでみたいけど…生きてる間にもう一度ここに来るだろうか?

サイクルリキシャマンに声かけて、アーグラー城まで行ってもらう。
オートリキシャは早いけど、自転車はのんびりしてて好きだな~。

このお城も赤い。
レッドフォートも赤かったけど…。



入口でチケットを購入。
タージと共通のADAは当日限り有効。
インドの観光地は外国人価格が驚くほど高い!

門をくぐると可愛いタイル張りの壁。



中学生くらいの集団を発見。
修学旅行か?社会化見学なのか?
次から次へと「撮って~!」攻撃、みんな元気いっぱいだ!



これはなんと1000年も前に使われてた木製の扉。



ここでもあちこちで落書きを発見!



一人真剣にロンリープラネットを熟読する旅行者。



シャー・ジャハーンが息子から幽閉された囚われの塔。
(何気にゴージャスなのがテンション下がったな)



ここからは愛しきムムタール・マハルが眠るタージマハルを眺めることができる。
(この日はガスでみえなかったけど…)



敷地内にはインコがいっぱい留まった木が印象的だった。
まるで童話の世界だ。



写真屋さんに頼むと、決まった場所で数ポーズ撮るらしく、座る位置から手の置き場所、目線まで指示されてモデル差ながらの撮影大会!
見てるほうが恥ずかしくなってしまった。



案内図が1箇所あっただけなので、どのように歩けばいいのか良く分からない。
もう少し詳しい説明が欲しいところだが、そうするとガイドの仕事も無くなるので永久に便利さは期待できそうにないな。

囚われの塔で出会ったのがなんと69歳の日本人男性でそれもバックパッカーだった。
話を聞くと、11月ミャンマーに入り12月~インド国内を観光し、スリランカまで行って4月ごろ帰国予定だとか…すごい気力と体力だ。
若いときから登山を趣味とし、足腰にはかなりの自信があるそうで…勝てそうにない。
すごく楽しそうに旅をしているのが印象的で、ミャンマーの素晴らしさにかなりお勧めされました。

出口で見たのが猿の集団!
バナナの差し入れに取り合いの大騒ぎ!
まるで波勝崎か!と思うほど。




インド旅(16) 続世界遺産その2

2009-01-10 | 旅-インド
風邪が流行ってますね。
帰国前から調子がいまいちだった…やっと良くなったてきたかな?
熱とか出ないけど、スッキリしない。
週末も冷え込みそうなので、皆さんもお気をつけてくださいね。

***

さすがに観光地だけあって、インド人観光客も多い。
迫力満点の軍人の団体さんにカメラを向けたら「撮っていいよ~」と言ってくれた。



大理石の上には裸足であがる。
外国人用に靴カバーをくれるのでそれでも大丈夫。
本当だったら裸足が良かったんだけど、寒くて靴カバーを使うことにした。



すべて大理石なんて!!!
それも中には天然石を填め込んだ彫刻もいっぱい!
考えられないなぁ~こんな建築物。



花をモチーフにしたものがほとんど。



中は真っ暗で、明かりはひとつだけ。
その下にはタージを作らせたシャー・ジャハーンと愛妃ムムターズ・マハルの棺がある。



外に出ると、ヤムナー川の景色が良く見える。
本当だったら、天気の良い日、ジャハーンが息子に幽閉されたアーグラー城も見えたのに…残念。



タージマハルを見て左側にモスクがある。
この建物も美しいです。
中ではお祈りをしているイスラム信者がいました。



女性が祈るための部屋も仕切りが大理石の彫刻!
これには本当に関心しましたね。



庭に出て、正面玄関へ向かう右手に博物館があります。
ここにもタイルやら、当時の食器、武器などが展示してあります。
そしてどこでもあるんだけど、見るたびショックを受けるのが「落書き」ですね。
インドは多かったなぁ~。
大理石にもあったから、こんな木の落書きはマシな方か?



↓私が入ってきた東門。ガラガラです。



↓出るとき通ってきた南門。長蛇の列。



この通りはお土産屋やスナック屋が並んでいる。
私はここでパパルというスナックを買ってみた。
豆の粉でできた揚げ煎餅でクミンやらスパイスが少し入ってる。
「ちょっともってて!」と写真を撮って……今気がついたけど、おっちゃん左手で持ってないか?



揚げたては美味しいですよ!

さ~て!お昼ごはんだ!


インド旅(15) 世界遺産その2

2009-01-09 | 旅-インド
冷えますね…ちらほら桜が咲いてる枝があったりするのですが、この寒さで止まりそうです。
まだ海側は雪が降ってませんが、きっと天城は雪でしょう。

来週、1月13日~16日までお休みさせていただきます。

***

朝6時過ぎに着く予定…一応5時半に起きてみる。
まったく気配はない。
暫くしてからトイレに行き、ドアが開けっ放しにしてあるので、覗いてみると橋の上だった。(コワッ!落ちたらどーする?)
カメラを構えると後ろにいた人が、前の人に「おい!写真撮るから退いてやれ!」と言ってくれる。
川には多くの人と牛。
そして洗濯物が干してあるロープは圧巻!
いったい何時から洗濯してたんだろう?
それにしても地面に洗ったばかりの洗濯物を干すっていうのが信じられない。
だってゴミがたくさん落ちてるし、牛も歩いてるし。



4時間半の遅れでアグラフォート駅に到着。
ぞろぞろとホームに降りる中、私はベンチで一休み。
「チャーイ!チャイチャイ」の声に惹かれ、ゆっくりとチャイをいただいた。



ちょうど後ろには香辛料の荷が山積みになってて、いい香りが漂ってくる。



ホームにほとんど人がいなくなる頃、「出口は!あっちだよ」と心配そうに声をかけてくれる人がいる。
「大丈夫、ちょっと休憩中なだけ」といってそちら方面を見ると、
ポツンとスーツケースを傍らに一人の日本人女性が立っていた。
「…小林聡美風だなぁ~」
どうしたんだろう?と思い声をかけてみた。
「どうしました?大丈夫ですか?」

「あっ!え~っと、ガイドがいないんですよ」と。
話を伺うと、頼んでいたガイドがホームで待ってるはずなのにいないそうだ。
「4時間以上遅れましたからねぇ~、ホテルにいるんじゃないですか?」
「私、これからタージまでいきますから、ホテルに寄ってみますか?」
「いいですか?」
ということになり、私はバックパックを駅に預け、リキシャと交渉してホテル経由でタージマハルまで頼んだ。
「もしガイドがいなかったら一緒に朝食たべません?」と言われ、嬉しい誘いに「ありがたいです!」と答えた。
道中、多少自己紹介と携帯電話の交換を済ませたところでホテルに到着。
「あぁ~!私のガイドだ」と一安心。
「よかったですねぇ~、また何かあったら電話してください」と別れた。
(この時、リキシャ代とおこづかいもらっちゃった!)
(これがまた不思議な縁でビックリすることになる)

私はお腹が空いてたので、タージマハルを見る前に腹ごしらえ。
■Joney's Place(5:00~22:30)



こじんまりした店内には欧米人旅行者と韓国人旅行者がいた。
さっそくメニューをもらうと迷っちゃうなぁ~。
「これめっちゃうまい!」といきなり日本語で言われた。
この人の口癖のようだ。(思わず笑っちゃった)
「じゃぁコレ!とマサラチャイください」と注文。



出来るまで読んでれば!とおじいちゃんに手渡されたものは…



日本語でびっちり書き込まれた情報ノートだった。
ゲストハウスなどには良くあるけれど、レストランで日本語の情報ノートにお目にかかれるとは…。
なかなか貴重な情報たっぷりで、ぜひこの店に訪れた際は暇つぶしに見ると面白いですよ。

出てきたのはなんとチーズとトマトのホットサンドウィッチ♪
てっきり名物のオムライスかとおもってたんだけどなぁ~。



これ本当に「めっちゃうまい!」かった。
なんか意外だな~、インドでホットサンドとは。

お腹も満足!さて念願のタージマハルへ!
入り口は全部で3箇所。
私はあえて東門から入ることにした。
チケットを購入し、靴カバーとミネラルウォーターを受け取って、ボディーチェックと荷物検査。
携帯は置いてきたし、メモ帳はちょっと注意された。
菩提樹のハブラシが入ってて「あなたインド人?」ってちょっとウケてた。

マシンガンを持った門番がシーク教の人で恐怖は2倍。



正門が見えてくると、想像していた世界が現実となってくる。
わくわく!どきどき!



おぉ~!



おぉおぉ~きたか~!



まさに世界遺産~!



残念ながら青空にタージは見られなかったけれど、霧の中のタージは本当に幻想的な景色でした。
あまりの存在感に写真を撮るのに一生懸命、気がつくとおっちゃんに「こっちが良く撮れるぞ!」とか「ここからが良いんだよ!」「こっちこっち!ここがベストショットだ」と案内されてた。
ふと気がつき「あなたはガイドですか?」と聞くと、
「違うよ!あなたを撮ってあげようか?」と言うので、
「いいです」と断ると、
「これは撮っておいたほうがいいぞ~!」と手をつまんで見せた。

あぁ~よくあるショットだなぁ~とは思いつつ、せっかくだから1枚頼んだ。
↓ものすごく上手に撮ってくれたおっちゃんの1枚。

(部分的にカットしてあります)

昔ピサの斜塔でもこんなの撮ったなぁ~って懐かしかった。

そしてお決まりの「アズユーライク!」
はいはい「じゃぁ~これで!」とそのまま渡して立ち去った。
ほんの気持ちだけ。
だいぶ慣れてきたんじゃないか?

まだまだつづく。


インド旅(14) さよならバラナシ

2009-01-08 | 旅-インド
久しぶりの雨でした…。
全国的に火事が多く、気をつけないといけませんね。
毎日、消防団の方が火の用心で周ってくれているので助かります。

***

その後、彼女とRの店に寄ってみた。
そしたら、別のインド少年に連れられて彼女もここで買った事があるそうだ。
私はチャイが欲しいと言ったけど、ショールなどを薦められパシュミナを1枚選んだ。(これもかなりの値段だった)
チャイは別の店だからと、タブラのレッスンに行く彼女と別れ私はRと一緒にお茶屋へ行くことに。
全部いい物なのかもしれないけれど、値段は高かった。
少しだけねといいながらも結構な値段になったので、
「今お金が無いんだけど」というと、
「後でいいよ。店によってくれれば」ということで商品は預かってもらうことに。
(ここで今までの経験が生かされたか?彼はすっかり私を信用してくれていた)
もう11時になろうとしていた。
「12時にホテルをチェックアウトするから、後でね~」とRと分かれた。

途中で、レッスン中の彼女を発見!
凄く真剣で、漏れ聞こえる音がその巧さを感じさせた。
やはり長く旅できるって羨ましいな~。



ホテルは半日分滞在を延長していたものの、なんとなく勘がよぎって早めに出ることにした。
シャワーを浴び、荷物を大急ぎでパッキングする。
フロントに行って、チェックアウトしたいというと、
「ここお座んなさいよ~」と相変わらずの調子で言われる。
残りの精算金額が「?」という値段。
内訳を聞くと、なぜか1泊分余分に入っていた。
ちゃんと払ったというと「ごめんごめん」といい、計算し直した。
面倒くさいから自分から内訳を言うことに。
「ガンガーボートでしょ?夜だけね、朝は乗らなかったから。サールナートとコンサートは直接払ったし、後はランチ代くらいかな」

結局このホテルには悪い人はいなくて、少し高めだけどかなり正当な値段で斡旋してくれていたようだった。
救われた瞬間。(インドも悪い人ばかりじゃない)

しか~し!
「明日のアグラはどうするの?友達の旅行会社紹介しようか?」
「いらない、だって泊まらないしタージマハル見るだけだから」
「荷物とかあるから、リキシャとかチャーターしたほうが楽だよ」
「駅に預けるから大丈夫!」とはっきり言った。
お前もうやめとけ!と島崎敏郎似のオーナーに言われると、ちょっとご機嫌斜めになった若いフロントの人。

さらにガイドが、
「今日はこれからどうするの?列車まで時間あるでしょ?パシュミナは?宝石は?占いはどう?」とインド人パワー全開!

「友達とランチの約束してるから、ごめんなさい」

「じゃぁチャイは?買った?」
「さっき買っちゃった」
「いくらで?」というので、値段を言うと
「えぇ~なんで!そんな高いの買っちゃったの?」
「実はまだ払ってないんだ…お金が無いから後でって言って預かってもらってる」
「そりゃ賢かったな!良かったよ~」
「払わないほうがいいかな?」
「絶対払っちゃ駄目だよ!あのガイドだろ?」
と、鋭い突っ込み。
「そう」
「もう会わないほうがいいよ」
「そうだね…」

って、なんだかんだ言いながらこのホテルのガイドも悪い人じゃないんだろけど…インド人って難しいなぁ~。
100%信じるのはまず不可能だと思われる。

最後の最後で、また出た~!
「アズユーライク!」
「なんで~?」って聞くと、
「ぼくガイドだもん」だって。
「いくら欲しいの~?」と聞くと、
「500ルピー」
「ばっかじゃないの」ていうと、
みんなで大笑い。

でも、良くしてくれたから「ありがとう!100ルピーだけね」と彼のまだ若い両手の上にそっと乗せた。
すると、彼はお札にキスをして額に当て「ありがとう」と言ったのだった。
(これでだまされてても私はかなり満足感があったな)

結局はRに2度と会うことも無くここを立ち去る決意をした。

荷物を預かってもらい、モナリザカフェへ向かう。
ちょうど入口で彼女と会えた。
「何食べる?」
「お店のおっちゃんに(なんと日本語堪能だった)お勧めは?」と聞くと
「チキンカリーだな」って。
ここのおっちゃん可愛いですよ。
色々聞くと教えてくれるし、例えば…
「こんなお買い物バッグが欲しいんだけど…」というと、
「15ルピー以上で買っちゃだめだよ」とか。
(と、いってもインド人の彼なら買えるけど私は20ルピーが限界でした)

「シルク買った?良かったら工場に行って見ながら買う?昔働いてたんだよ」って言ってくれたんだけど、
「初日に買っちゃった~けど、たぶん高く買ったみたい」
「そりゃ高いな!残念だったなぁ~」
「私、またバラナシ来るよ!」
「君の事は絶対に忘れないよ!」だって。

もしバラナシいくことがあれば、モナリザカフェのおっちゃんに色々聞いてみると旅も楽になると思う。



相変わらず体調の優れない私は、ジンジャーハニーレモネードを頼む。
カレー美味しかったなぁ~。チャパ2枚でもお腹一杯。

夕食用にパンも購入。



旅人同士だから分かる話が出来て嬉しかった。
のんびりおしゃべりして、これからどうしますか?という話になり、私は荷物をピックアップしてきますというと、一緒に行こうかな?と言ってくれた。
……なんとネパールに行くまで、このホテルに滞在していたんですって。
ものすごく奇遇で、びっくり!
懐かしいなぁ~といいながら、ちゃんと道まで覚えてるあたりさらにビックリ。
さすが、旅慣れてるだけのことはある。
ホテルに入ると、何人もいたけど誰も知ってる人はいなかったみたい。
「僕のこと覚えてる?」と声をかけられた、
「あなたは駅でピックアップしたリキシャマンね」と、再会の挨拶。
握手しながら「いいホテルを紹介してくれてありがとう」と言うと、
「どういたしまして!良い旅を!」と言ってくれた。
私は台帳にサインし荷物をピックアップして宿を後にした。

こんなつまらない関係だけど、日本人の印象を良くしておけば、次来た人もきっと気持ちよく旅ができる。
人間同士の関係は歴史の積み重ねだと思いませんか?
…だからこそ、騙されるときはショックが大きい。
日本人は舐められてるな。私の責任も大きいぞってね。

ガンガーでも最後に見に行こうか!とガートに降りてブラブラするが、上から見たこと無いんだよね~というと私も!という事で、屋上レストランでお茶することに。
「すっかりバラナシで疲れ果てたなぁ~」
「でもインド人って憎めないんだよねぇ~」

穏やかなガンガーを眺めながら、最後のひと時をLotus Loungeで過ごす。
観光客に人気のあるレストランのようで、数組の欧米人アジア人がいる。
頼んだミントティーはイマイチだったけれど、眺めは最高。
(トイレが綺麗でなんとトイレットペーパーがあった!)



4時過ぎて、そろそろ行こうかな!というと、私も行こうかな?ということになり、彼女は1時間後の列車だけれど、一緒に駅まで行くことにした。
まずは彼女の宿まで行き、荷物をピックアップ。
私は途中で待ってました。
迷路のような路地を歩き、メインロードまで出るといつもはすぐによってくるリキシャがまったくもって捕まらない。
こんなの初めて。
すると彼女がおじいちゃんサイクルリキシャを捕まえてた…大丈夫か?
でかいバックパックとディパックの彼女、バックパックと買い物バックの私。
こんなおじいちゃんでもいけるのか?

かなり大変そうだった。
私たちも落ちないように荷物を背負ったまま足を踏ん張る。
駅まではとても遠く感じた…。
明日筋肉痛になりそう…。
こんなに頑張ってる背中を見るのも久しぶり…。
「がんばれ!おじいちゃん!」

無事に駅には着いたけど、随分と時間がかかった。
駅に入ると多くのインド人とバックパッカーが溢れかえっていた。
電光掲示板には私の乗る列車はなく、彼女の列車は始発だけに定刻通りの時刻だった。
ボーっと待つ時間。
意外とこれが嬉しい時間。

突然パッ!と真っ暗闇になった。
停電だ。(よくあるとは聞いていたが滞在中初めて!)
「ワァ~!ピュ~!ピュ~!」と一斉に声が上がる。



駅員さんに聞いても「そこで待ってて、来たら教えてあげるから」と言うだけ。
そのうち、彼女の列車が到着した。
「色々とありがとう!お世話になりました」と見送った。
ほぼ1時間半遅れて、到着した列車。
自分の車両を探すのに、みんな大変な騒ぎ。
結局座ってから動き出すまでに相当時間があった…。

これで朝にはアグラに着いてるはず。
ホッとして、夕食用に買っておいたパンとバナナを食べ、薬を飲み早めに就寝しよう。
下のインド人夫婦はカレーのお弁当を広げて食べ始めた。
意外と少食なんだな…。
コンパートメントはすべてインド人。
今回は一ランク下げた席でカーテン無しのエアコン3段シーツ2枚枕毛布付。
一番上は思ったよりも狭かったけれど、暑いくらいに利いたエアコンに毛布は朝方まで必要ないほどだった。
カメラのバッテリーをチャージしながら私は熟睡していた…。



インド旅(13) 昇らない朝日

2009-01-06 | 旅-インド
今日のブログで登場する彼女から、素敵な年賀状が届きました。
さすがフラワーアレンジメントのお仕事をしているだけに芸術的なデザイン。
またどこかでお会いできるのを楽しみにしています!
(大阪に遊びに行ったときにはよろしくお願いします)

***

バラナシの最終日。
今日も5時半に起きた。
まだ真っ暗な中、ホテルの門の鍵を開ける。

外に出るとやはりRはいた。
ホテルの近くには寄ってこない…。
(きっと寄ってこれない理由があるんだろうな)
とりあえずガンガーまで行く。
今日も朝日は昇りそうもない。



メインガート近くでチャイを飲む。
熱くて甘いチャイは本当に美味しい。

ガートにはいろんな人がいる。
もちろん沐浴する人もいるが、こんな風に体を洗っている人も多い。
あまりに早い動きのため、シャッターが追いついていない…。



私はインド人が使う歯ブラシが欲しかった。
菩提樹の枝を切っただけの物だ。

露店のおっちゃんに「いくら?」と聞くと「10ルピー」という。
Rは「信じられない」と言った。
一言おっちゃんに言ったらしいが値段は頑として下がらなかった。
Rが「他で買おう」と言うので、ついていくと「ちょっと先を歩いてて」というのでRを追い抜き歩き続けた。
しばらくして「買ってきたよ」と2本の枝を持ってきた。
「いくらだったの?」と聞くと、嬉しそうに
「2本で1ルピーだった」という。
私はRに1ルピー払った。
1回使い捨てのこの枝は歯でやらかくして、木の繊維をブラシのようにして歯磨きするんだそうだ。

インド人と外国人。
見えない大きな壁が見えた気がした。

Rに出来ても私には出来ない事があり、Rに出来ても私といたら出来ないことも多いみたい。



朝のお祈りも始まった。
軽い金の音とともに火は欠かせない。

私はRに話してみることにした。
「ちょっとここに座って話さない?大事なことだから」とベンチに座らせて、
「私はあなたの信じているお坊さんに会う気はないんだよ」
「なんで会ってみればいいのに!」
「まだインドに来て4日目で、今日私はバラナシを去るんだよ…時間が無さすぎるよ!分かるよね?」
「でも1回会えば変わるかもしれないよ」
「私は今の自分が好きだし変えたいとも思わないんだ…いい人なのかもしれないけどたった1回しか会えないんだったら会わないほうが私はいいな~。分かるかな?」「Rなら分かってくれるよね?」
と思いを伝えると、「あなたの好きにしたらいいよ」と意外とあっさり納得してくれた。
「後で店に来る?美味しいチャイの入れ方を教えてあげるよ」

そんな話をしている横で、チャイを買ってる日本人を発見。
声をかけてみた。
ちょっと疲れているようだった。
列車で置き引きにあったそうだ。
インド人を信用していない目をしていた。

「お前の目、なんか怖いな~」とRに言った。

「○○○ハウスって知ってる?」
「昨日泊まってる人と話したけど…ドミで50ルピー(2食付)だって。でも(○麻)やんないならあまりお勧めしない」
「どこかいいゲストハウスないかなぁ~」と宿を探しているようだった。

少しガートをぶらぶらして、店で蚊取り線香とトイレットペーパーを彼は買っていた。
一緒にチャイも飲んだ。(チャイはいつもRのおごり)

そして私はお腹がすいたのでホテルに戻ると彼らと別れた。
日本人の彼はさっそくRに「どこのゲストハウスがおすすめ?」など色々きいていた。
私と違ってインド人との付き合い方を熟知しているようだった。

途中で見たジャンベの演奏。
ガンガー沿いでこんな太鼓の音を聞いてるだけの1日もいいだろうなぁ~。



ベンガリートラを歩いて昨晩行ったモナリザカフェへ行ってみる。
メニューを見てトーストと珈琲というシンプルな朝食にしてみた。
ちなみに12ルピー(24円)。



久しぶりの珈琲はネスカフェだった。
ハガキを書きながらの朝食は、やっと自分の時間を持てたというホッとしたひと時。

気がつくと後ろの席に日本人の女性が一人で座ってた。
せっかくなので、声をかけて相席させてもらうことに。
1ヶ月もネパールとインドを旅してて、明後日デリーから帰国するということと、今夜バラナシを発つというので「私もなんですよ!」と話も弾む。
これからタブラを習いに行くので、良かったらランチしましょうか?
ということになり、13時にここモナリザカフェで待ち合わせの約束をした。

朝早起きすると1日が長くて得した気分!



この通りにはネット屋、カフェ、レストラン、床屋、郵便局、雑貨屋、などなどありとあらゆるものが存在し、わき道に入れば多くのゲストハウスがある。
タブラやシタールなども1時間100ルピーほどで習うことができ、楽器も買って日本へ送る人も多いようだった。(日本ではものすごく高価な楽器だから)

汚い細い道も、よく見るとゴミ収集車が存在した。
先にごみを掃いて集める人がいて、その後を荷車が行き、板2枚でごみを拾うという仕組み。
……しかしながら、ごみは数分で増えてしまいどうしてこうなるんだろう?と思った。




インド旅(12) 音色に癒される

2009-01-05 | 旅-インド
今日からお仕事の方が多いですね。
お疲れ様です。
そろそろ桜祭りの準備が始まります。
またこの季節がやってきてしまいました。
私の年明けは3月までお預けです。

***

Rはお布施や寄付の話になると熱く語りだした。
「君がおばあさんにあげたと思えばいいことだよ」「インドにも悪いやつが多いんだ」と。
せっかく寄付しても正当に使われないことに腹が立つらしい。

そこで彼は自分の信じているお坊さんの話をし始めた。
(この坊さん?という人物は、旅行者の間では有名人なのだが…)
どんな人かと事細かに話し、凄い人で…自分の家族はみんな信じていると。
そして多くの寄付をしたんだ…だいたい9万円くらい。(凄い高額で驚いた)
さらにこれから会う日本人(Yちゃん)も彼に会うためにインド中捜し歩き、
やっとバラナシで僕から紹介することができたんだと。

怪しい…こりゃ怪しすぎる。

渋谷や池袋で会う人たちより怪しいんじゃないか?
(たまにドキッとするくらい怖い目をするときがあるし)
自分では巧いこと話せていると思っているのかもしれないが、新興宗教にはまった若者にそっくりだ。
でも、カルマについてとか信仰についてなど、真剣に説教するあたり真面目なのかもしないが…。
私が一番苦手とする、周りが見えてない考え方に寒気さえおぼえた。



ガートを永遠と歩きながらそんな話を聞いていた。
小さな火葬場まで歩いた。
すると昨日案内してくれたホテルのガイドが日本人と一緒にいた。
「おぉ~!今朝はどうした?」
「朝、待ってたけど迎えに来なかったんだけど」
「えっ!そうなの?サールナートは?」
「行って良かったよ~」
「そりゃ良かった。ところでヤツはだれ?」
「あぁ、今朝知り合った人」
「そうなの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。--こんにちは、今日着いたんですか?」
「どうも~、列車遅れてね~ヘトヘトですよ」
と、少し話して
「一緒に行こうよ!」と言われたけど、これから夕食食べに行くので…とお断りした。
(ちょっとYちゃんにも会ってみたかったし)
彼らは去っていった。

「こんばんは」
「彼女Yちゃん、ヨガとサンスクリットを勉強してるんだ」
「凄いですね~」(サリーを身に着け、色白でベジタリアンな彼女は独特のテンションだった)
と挨拶しながら、ご飯食べに行きましょうよということに。

突然彼女は友達を見つけたといい、サドゥーと一緒にいる人のところへ行ってしまった。
(この焚き火を囲んだ集団はかなり怪しいんだな…○麻をやってる人が多い)
しばらくしてもどってきたら、寄付させられたと言ってた。
ちょっとこの人も良く分からん。

ベンガリートラにある「モナリザカフェ」という店に入った。
ここ、とっても雰囲気がいい。
一人の人も多いし、明日も来ようと思った。
彼はなぜか「親子丼」彼女は「ベジコフタ」私は初挑戦の「チョウメン」という中華をオーダー。

ベジコフタ(野菜団子カレー)美味しかったなぁ~。



このチョウメンは普通に焼きそば。
かなり普通に美味しい。



とてもRは楽しそうにしていた。
電話がかかってきて、ヒンドゥー語でしゃべっている彼を見ながら私はYちゃんに、
「彼にお坊さんに会えと言われてるんだけど、会ったことありますか?」
「一度だけ会った」
「どうでした?」
「いいんじゃないかな?でも高いよ」

あぁ~やっぱりなぁ。
想像通りの返事でRへの信頼度は急降下。

Yちゃんは会いたかったのではなく、会わされたのだった。

電話が終わった彼がちょと心配そうに、
「何の話?」
「ヨガの話を聞いてたの」と答えた。

若いインド人の彼はいったいこの先どんな人生を送るのだろうか?
そして彼に騙される日本人もきっと多いんだろうな…残念なことだ。
(本人が信じていれば問題ないんだろうけど)

「明日の朝、起きれる?」
「大丈夫だよ、ガートで待ち合わせる?」
「でも起きれないと困るでしょ?じゃぁ携帯渡しておくよ」
「それじゃ悪いから、ホテルの前で待っててよ」
と、約束をしないと放してくれそうにない…Yちゃんを店に残しホテルまで送ってもらった。
微妙な関係…友達になりつつ、でもいいカモなんだろうなぁ。

今日も色々あり過ぎた…。
かなり疲れていた。

ホテルに入るとオーナーが「今夜コンサート行く?」と言ってきたので、「疲れちゃった」というと、「ノープロブレム!聞いてるだけだよ」
またぼったくられるのか?
どうなの?
ぜんぜん判断できないよ。
「コンサート何時間で幾ら?」
「2時間150ルピー。送り迎えはしてあげるから大丈夫」
「ちょっと考えさせて…」
と、いったん部屋に戻る。

ベッドに横になりあんまり回転しない頭で考えても答えは出ない。
「行ってみよう!」と、すぐに決めそのまま部屋を出る。
するとレストランに戻って来ていたガイドが「どこに行くの?」と言ってくるではないか!
油断も隙もない。
「コンサート行って来るよ!」というと、
じゃぁ送ってあげるといい、ノーヘルでバイクの後ろに乗り、どんなテーマパークのライドよりも恐ろしい経験をした。
(それにしても運転が巧いな)

15分ほどで到着!
周りには明かりがまったくない路地の中にポワンと明かるいところが。

靴を脱いで中に入るとすっかり準備の整った舞台があった。
くつろいだ欧米人観光客たち。



ここ座れば!といわれ、一番前に座らせてもらう。
胡坐をかいて、クッションに寄りかかりすっかりリッラックスモードに…。

最初は笛とタブラで3曲ほど。
次にシタールとタブラで2曲ほど。



太鼓2つがタブラという楽器。
この音色がたまらなく好きになる。
シタールは恐ろしいほど難しそうな弦楽器。

1時間ほどの楽器演奏のあと、舞台に上がったのがまるで歌舞伎のような化粧をした踊り子だった。
私はてっきり彼女だと思っていたのだが、後で聞いたら彼だということが分かる。

伝統的な踊りを説明を交えて踊ってくれるのだが、生楽器とのコラボには鳥肌が立った。
くるくる繰る回ってピタッ!と止まる。
そのときに私を指差してじ~っと見つめられた…音楽が続いている。
数秒後、ニヤっと笑いながらまたダンスを始めた。
これをしてもらえると幸せになれるんだとか…かなりドキドキした。



全身汗まみれになった彼の笑顔は神々しかったなぁ。

2時間で随分浄化された気がする。

インドの凄さを体感している…そんな3日目が終わろうとしていた。

インド旅(11) 試練の時

2009-01-04 | 旅-インド
インドから出したハガキがちゃんと届いた。
約8日というところ。
なぜかスタンプも無く、自分の字の汚さだけが目立った…。
(こんな時、通信講座でもやろうかなぁと思うのだが)

***
ホテルを出て、午後のガイドを断ったことにホッとしていた。
細い道だけどバラナシで観光客が集まるといわれている「ベンガリートラRd」を歩いてみる。
この通りに郵便局があったはずだ。

分かりにくいよ…赤いポストが無ければ絶対に分からない。
小窓をのぞくと奥に誰かいる!
「ナマステ~! 日本までの切手ください」
すると、おっちゃんが寄ってきて普通に購入することができた。
ぼったくられたハガキもあるし、これで出せる…しかし疲れててなかなか書くことが出来ないのが現実。



郵便局の前を一人の日本人らしき人が通った。
思わず「すみません!日本の方ですか?」と声をかけた。
このあたりの地理感がまったくなかったので、少し教えて貰えればなぁ~なんて思った。

「えっ!あぁ日本人ですよ」
「ちょと教えていただきたいのですが…」と言ってるそばから若い女性2人が合流。
皆さんお知り合いで一緒にお茶しましょう!って事に。

「初めてですよ、日本人とお茶するの」
「どこのホテルですか?この通りだと5分に1度は会うけどねぇ~」

「実はこの後、ある人の送別ご飯会なのでお茶だけにします」というので、私はお腹が空きすぎてたからご飯を注文させてもらった。
お店はガイドブックにも載ってる観光客向けの有名店。
■スパイシー・バイツ(6:30~22:30)
とにかくどんな料理でも食べられるレストラン。
私が頼んだのは、マサラチャイとインド風炊き込みご飯のビリアニ。
コリアンダーのソースがポイント♪



さっぱりしてて食べやすく美味しい。
そこでは彼らの旅道中物語を聞き、羨ましくもあり楽しくおしゃべりできた。
たまたま彼らも遅れている列車を待つ駅で出会って、なんと10時間も一緒に駅で過ごしたんだとか…。

私は満腹になり、待ち合わせの場所「メグカフェ」へとみんなと同行させてもらった。
■MEGU CAFE(メグカフェ)
住所:D8/1, Kalika Gali, Varanasi
アクセス:ヴィシュワナート・ガーリーを入って徒歩5分。
看板のあるところを右にまがって道なりに行くと右側にあります。
営業時間:10時~22時
定休日:日曜日

入るとすでに3人の男性がいて、全部で7人の団体となった。
こんなインドの町で知らない者同士でお茶できるなんて…凄いな。
彼らは美味しそうな日本食(かき揚丼など)を注文し、食べていた。
このカフェを経営しているのは日本人の女性なのだ。
長くインドにいるとムショウに和食が食べたくなるんだとか。
私の頼んだ、ジンジャーハニーレモネードも濃い味で美味しかった♪



3時半になり、ラジャスタンへと旅に出る彼を道端で見送り解散。
私はメインガートへと歩いていた。
今朝出会ったインドの少年Rと会うためだ。
彼は、私がサールナートへ行く時も「いくらだった?」とか「気をつけなきゃだめだよ」とか心配してくれる。
メインガートに行くと、すでにRは待っていた。
「どうだった?」
「すごく良かったよ」
「リキシャいくらだった?」
「全部で4時間弱で300ルピーだったよ」
と言ったらちょっとホッとしてた。
少しブラブラして、また色んなことを話した。
頑なな考えにちょっと若いのに早いんじゃないかなぁ~と思う部分も多かったけど、凄くまじめなのが分かる。
Rも私が約束を守ったことに少し信頼してくれたようだった。

一人の僧侶がお経をあげていた。
真っ黒の袈裟はどう見ても中国より東側のものだ。
(インドから東へ行くほど袈裟の色が無くなっていく)
「日本人なの?」
「彼は韓国人さ、誰とも話さないんだ」
ここが彼の定位置らしく、何度となく見かけることになった。



ローラースケートをしている人がいたり、絵を書いてる人がいたり、見ているだけで飽きない。(物売りには困るけれど)
「チャイ飲みたいな~」
「じゃぁ行こうか」
とメインガート近くのぜんぜん店っぽくないチャイ屋へ行く。
すでにおっちゃんとサドゥーの集団がいた。
私はその輪の中に座らせてもらい、チャイができるのを待つ。
一生懸命おしゃべりしているおっちゃんたちは、何を言ってるのか分からないけどとにかく真剣でたまに笑いも起きる……しかしサドゥーは無表情のまま。
チャイはなぜか私にはガラスのコップで、彼らは素焼きの小さな器…この器は飲み終わると地面に叩きつけて割ってしまう。
やはり人の使ったものには抵抗があるのかな?



チャイには無くてはならない牛乳。
未だにこんなミルク缶で運ばれている。
とにかくよく見かけたなぁ。



これはガンガーの水を持ち帰るためのポリタンク。
今は軽くて便利な物に変わりつつある。



野菜市場には多くの種類が並び、お馴染みの野菜も多い。
ベジタリアンにとってはこんなに過しやすい国はないかも。



Rは6時に日本人の友達と待ち合わせをしてると言った。
私にも一緒に行こうという。
それまでまだ少し時間があったので、マニカルニカー・ガート(大火葬場)に行く?と言われたので行ってみたいというと……
Rはとても小さい声で「お金は払っちゃだめだよ」と言った。
そしてガイドらしき人に「あの人から説明を聞いてね」…
「だけどお金は払っちゃだめだよ」と繰り返し小声で言った。

ガイドの人は英語で自己紹介し、私はボランティアでガイドをしているので安心してくださいと言った。
火葬場はカーストによって焼く場所が違うそうだ。
1日に300体以上の遺体が火葬され、24時間休まることは無い。
1体燃え尽きるまで3時間かかる。
男性は心臓が残り、女性は腰が残る。
(仕事をする男は心臓が強く、子供を生む女性は腰が強いから)
亡くなった人との関係によっては頭を剃らなければならなかったり、遺体を包むもの、一緒に燃やすもの(薪を含む)などお金が随分と必要だそうだ。
火葬されない遺体もある。
①子供
②妊婦
③サドゥー(僧侶)
④事故や疫病で死んだ人
⑤コブラの毒で死んだ人
人生をまっとう出来なかったり、すでに解脱した人はそのままガンガーに流すそうだ。
大きな火葬場では一度に30体ほどが火葬されていた。
そして輪廻転生を信じるヒンドゥーの世界ではこの場での涙はありえないそうだ。

最後におばあさんのいる部屋に案内され「あなたのために彼女が祈ります」といって、私の名前を聞き、私の頭にシワシワでガリガリの手をのせて祈りだした。
祈りが終わるとガイドは、
「彼女は自分を火葬する薪代が足りないので寄付してほしい」と言ってきた。

あぁ、彼が言っていたのはこの事だったんだな!とすぐに分かった。

私はお金を持ってないから…というと「こんなに可哀想なのに?彼女よりもあなたはお金を持っているでしょ!」とちょっと脅迫じみてる。
私は100ルピーをおばあさんに渡そうとした!その時!
「たったそれだけ?薪は1キロ10ドルするんだぞ!5キロ?10キロ?」口調がキツくなる。
ちょっとキレ気味のガイドは彼女に私の頭に手をのせ祈らせ続けた。
涙が出てきた。
おばあさんがあまりにも可哀想で…こんなヤツに使われて。
早くその場を立ち去りたかった。

寄付を上乗せして、小さい彼女の手の中へ握らせ、その上からギュッと握り締めた。
(このお金が彼女の物になりますように…)

火葬場を後にするとどこからともなくRが現れた。

「どうした?」って聞くから「寄付しちゃった」っていったら、「渡しちゃダメだっていったじゃん」といわれた。
「でも彼女があまりにも不憫でねぇ」
「また勉強したね」と少し呆れ顔。

勉強ついでに本当のことを教えて?というと、

「彼女がもらえるのはたった20ルピーだよ、残りはヤツの遊ぶ金さ」

まぁ色々とショックな事もあったけど、20ルピーは彼女の物になったのだから…。


それよりも辛かったのが、Rの立場だ。
この地で生きるためとはいえ、言ってることとやってることにギャップがありすぎる。

とても信用できるものではない…まだ若い彼は自分で気がついてはいないようだが。

この後もさらに試練はつづくのだった。





インド旅(10) サールナートへ

2009-01-03 | 旅-インド
正月休みも明日まででしょうか?
皆様どんなお正月をお過ごしですか?


***

バラナシに来たならぜひ行ってみたいと思っていた「サールナート」の町。
インドの中でも仏教の聖地としてとても有名だ。
ブッダ・ガヤーで覚りを得たブッダは多くの宗教者が集まるバラナシを目指す。
その郊外サールナートに着いた後、かつて共に修行していた5人の修行者に出会い、自分の覚った真理を初めて語ることになる。
初めて説法をした場所ということもあり、今でも各地から修行者の巡礼が耐えない。


10キロほど離れた町なので、バスで行こうかとも思ったけれど、行った先でもそれぞれの見所を歩くので、オートリキシャをチャーターした。
前金を払い、なんとそのお金でガソリンを入れにスタンドへ直行。
ちょっと遠回りだったけど、関係ないんだな。
オートリキシャの燃料は何なんだろう?
普通のガソリンを入れた後、コップ一杯の「なんちゃら」を入れてた。

運転手のおっちゃんは口の中が真っ赤なんだ。
途中で何度となく立ち寄って、葉っぱの上にのってる何かを口に入れ、しばらく噛んだ後「ピュ~!」って口から吐き出す。
もちろんその液体はレンガ色なのだ。
名前はパーンというのかキンマと呼んでるのか分からないが、ヒンドゥーと深い関わりのある趣向品。
噛みタバコというのか?
かなり依存性が強く、頻繁に買って口に含んでは「ピュ~!」って吐いてた。

サールナートまでの道のりは埃っぽくて、排気ガスもすごい。
近づくと交通量も減ってきたけれど、着くまでにはすっかり喉をさらにやられてた。
インドに行くときは絶対にマスクが必要だ!

駐車場にリキシャを入れて、おっちゃんと別れ一人でムールガンダ・クティー寺院へ行く。
お寺は基本的に裸足で入らなければならない。
必ずといっていいほど靴の見張り番がいて、小銭は必要。
2~5ルピーといったところだ。



美しいでしょ?
スリランカから来たお坊さんがいて、ちょっとおしゃべりしてみた。
日本には来ないんですか?ってきいたら、とっても行きたいんだけどまだインドで修行し始めたばかりだから…いつかきっと行くよ!と若い坊さんらしいお返事でした。



このお寺の内壁は淡い色彩の絵で一面覆われている。
なんとこの絵は1930年代に日本人画家、野生司香雪がブッダの生涯を描いたもの。
繊細な美しい絵だった。

外へ出ると一人のおっちゃんが寄ってきた。
「私はブッディストなので、お寺を案内してあげる」と。
「ガイドじゃないの?」というと、
「私はブッディストだからちがう」と繰り返す。

ストゥーパ見たいんだけど…というと「こっちこっち」と案内してくれる。
「このお寺の絵は日本人が描いたんだよ!」
「うん、知ってる。綺麗だった」

「これだよ!ストゥーパ!」

霧の中に現れた大きな土の塊は迫力があった。



ストゥーパはサンスクリット語で「土を盛り上げたもの」という意味がある。
ブッダの遺骨を土を盛った塚に収めて崇拝する対象としたそうだが、それがこのストゥーパの始まり。ただの象徴だからここのストゥーパに埋まっているわけではないですよ。
「卒塔婆」と漢訳され、日本にも伝わって墓地で供養のために立てる卒塔婆(そとうば)や、仏教寺院の五重塔などの塔の起源はこのストゥーパなんだそうだ。

次に見たのが隣にあるお寺。
2体のお釈迦様がいるんだけど、右が本物で左がイミテーションなんだとか。
ぜんぜん違いが分からなかった。



そして鹿公園には鹿を見ることができました。
それにしても霧がすごいなぁ~。



中国寺などの寺めぐりも大体終わって「博物館に行こうかな?」っていったら、おっちゃんが「アズユーライク!」と言うではないか?
でた!必殺技。
ここで普通なら無視するのだろうか?
私は出来なかったんだな。
「じゃぁ60ルピーね!」って渡したら、
「あと20頂戴!」だって。
言い訳が、ほかのガイドみたいに100とか200とか言ってるわけじゃないんだからさぁ~。
ってお前はガイドじゃないっていったじゃん!

またインド人にしてやられた私であった。

160円でガイドしてもらったら安いよねぇ~。
とか自分に言い訳しながら、これでいいんだろうか?と考える。

リキシャのおっちゃんに断りを入れて、博物館に向かう。
ダメークストゥーパモニュメントサイトの外から見たら、ちょうどお坊さんたちの巡礼者がいた。
ひとしきりお経などをあげた後、高いダメークストゥーパを見上げ感慨深げにしていた。



考古学博物館へ行ってみた。
途中、太い輪ゴムで出来たボールのようなものでリフティングして遊んでいる少年たちがいた。
横を通ったら、「蹴って~!」ってそれが私に飛んできた。
思わず足が出て、渾身のリフティングが成功し一人の少年に帰ると、次々私に飛んでくるようになった。
しかしボールを蹴ったのなんて何十年ぶり?最初の1回は奇跡だった。
「ごめんねぇ~」っていいなが輪から抜ける。
やはり何でもやっておくべきだなぁ。
世界の中田はさすがだと思った。

博物館は入場料わずか2ルピー。
携帯電話とカメラを預けて、中へ入ると…日本からきている団体観光客の皆様。
日本語ガイドが付き、15人はいただろうか?
添乗員さんが暇を持て余してたので、久しぶりに日本語でおしゃべりが出来た。
おばさんやおじさんに「一人で来たの?」
「どれくらいいるの?」
「どこへ行くの?」
など次々に質問を受けながら、「お気をつけて~」となぜか握手して分かれた。
この親しみ感は海外旅行ならでは。
彼らは物売りに囲まれながらゴージャスなピカピカの観光バスに乗り込み去って行った。

最後に見たのは、日本寺
ちょうどお経を上げていたので、静かにお参りして失礼した。
瓦などは日本から持ってきたものらしい。
こちらのご住職はインドの貧富の差が酷いので、無料の学校を作られました。
もちろんカーストは関係なくだれでも学ぶことができます。
地味なお寺だったけど、日本人としてはやはり一番落ち着く感じがしたなぁ。



残念ながらこの日は霧が晴れることはなく、ず~っとどんよりしたまま。
今度来るときには青空の中を散策してみたいなぁ。

あっという間に2時間は経過し、バラナシに戻ることにした。
また帰りに彼はパーンを口に入れ、埃と排気ガスの中を走り抜けた。
ホテルの前でお金を払い、さっそくシャワーを浴びることに。

気持ちよくスッキリした所でランチに出かける。

お腹すいたなぁ~何食べようっかな?


つづく。


インド旅(9) 朝のガンガー

2009-01-02 | 旅-インド
晴天が続いています。
すごしやすいお正月でなによりです。

ブログですがまだまだインド旅が続きそうです。


***

朝5時過ぎに起きて、6時に迎えに来るボート屋を待つ。
しかし6時過ぎても来ないので、自分でガンガーを目指すことに。

宿から程近い一角にチャイ屋が店を出していた。



まだ真っ暗なので1杯飲んでから行こうかと思っていたら、
「ちょっとここで留守番しててくれない?」と言われた。
「私?」
「そう!すぐ戻ってくるからさぁ~」って店番頼まれたのは初めて。

ベンチに座って数分後、「お待たせ~」って戻ってきた。
そしてチャイを作り始めた彼。
これがポイントさ!と教えてくれたインスタント珈琲を半パック投入。
う~ん、店によって随分作り方が違うんだな。

そのうちポツポツ人が集まってきた。
3人くらいの客と一緒に出来立てのチャイをいただく♪
美味しい~。
前を牛が3頭横切っていった。
そして少し離れたところで「ジャ~~~」と凄い放尿。
永遠と続くかと思った…。

ガンガーまでの薄暗い路地を一人で歩いていると、どこからともなく「ウゥ~ッ」といううなり声が聞こえ、犬が2匹後ろから近づいてきた。
インドに入ってからこんなに怖かったことは無い。
吠え立てながら走ってくるので、つい私は「ギャァ~」という奇声を上げながら走り続けた。
すると前から二人の男性がやってきて、犬を追いやってくれた。
「大丈夫?走っちゃだめだよ!じっとしてなきゃ」
そんなこと言ったって凄く怖かったんだもん。
最後まで「大丈夫?」と心配してくれて…いい人なんですよね。

少しずつ明るくなると、気持ちも落ち着き「あぁ~狂犬病にならなくてよかった~」と心から思った。
だってこのあたりの犬ったら、皮膚病が多いらしく、自分の体を噛んで毛はぶちぶち無いし、酷いと血だらけになってたりするんだから……野良犬は恐ろしいです。



こんな状態だったらどうしますか?
私は牛の肛門を凝視しながら、後ろをすり抜けました…。



この牛の家は私にとって大切な目印。
たまに牛が留守の時があるんだけど、この壁の糞燃料がポイントね。
子牛は可愛いです!

ガンガーに下りると、残念ながら朝日は出そうに無い。
「ボート乗る?」と1度だけ声をかけられるが、地元色が強い。
さっそくサドゥー登場!
まるで映画のワンシーン。
地味なサドゥーでしたが、本物っぽかったです。
たまに、派手な人の写真などを撮ろうもんなら、「お金ちょうだい!」って必ずいわれるもんなぁ。



そして暗いうちから働く「洗濯屋」の人々。
板の上に洗濯物をたたきつけて洗っている…寒そうだ。
出来上がった洗濯物はこんな感じで干されるんだけど…また汚れちゃうんじゃないの?と思ってしまう。



すぐ近くには牛糞燃料工場だったし。



誰にも邪魔されずにぶらぶらする心地よさ。
やはりガイドもいいけど、一人がいいな。
午後は断ろう!と心に決めた。

メインガートまで行くと、観光客狙いの族がとたんに増えた。
どこからともなく「ボートは?」「チャイは?」「ハガキ買って!」なんて凄い数になった。
ここで初めて「やっちまったなぁ=」な事。

ハガキが欲しくてつい「いくら」って聞いた。
相場が分からなかった。
ついでにお土産にいいよといわれ、スタンプ式のヘナを出してきた。
確かに子供が喜びそうなものだ。

結局、しつこさに負けて買っちゃった…これが大失敗。
なんで分かったかというと、購入した後知り合った日本語の上手な少年に「本当は幾らなの?」って聞いたら6倍の値段だった。
と、言っても数百円なんだけどインドにしたら大変な値段。

その少年に「勉強したね!」って言われちゃった。



その後もこの少年(名前はR)とは仲良くなって、随分と色々なことを教えてもらうことになった。
「僕は悪い商売をするインド人が嫌いだ」といっていた。
この言葉は果たして信じられるのか?


インドに行くと、人生勉強に事欠かない…いつも試される自分がいるのだ。


つづく。

初日の出!

2009-01-01 | 伊豆
今年もよろしくお願いいたします。


今朝5時に出発して、八丁池へ行く途中にある青スズ台という場所で初日の出を見てきました。
空には満天の星!そして真っ暗な中、ヘッドライトだけで歩く山は富士山以来。
ぜんぜん道も分からないので、先導についていくのがやっとでした。

今回はかなり冷え込むとの情報があり、完全防寒をしていきました。
途中、汗をかきましたがやはり寒さは下界以上で、日の出を待つ間がとても寒かったです。
しかし、お酒をいただき、お茶をいただき、お雑煮(ちょっとアクシデントもありましたが)もいただき!本当にありがたかったです。



だんだん明るくなる空…遠くまで島々が見えました。

日が出ると撮影大会です。
皆さんすごいカメラをお持ちで…びっくりしました。

完全に明るくなったところで、八丁池へ向かいます。
まずは展望台からの眺め。
富士山も良く見えて、アルプスも美しかったです。
真下に八丁池(うっすら凍っているように見えました)



トイレをお借りして(相変わらず綺麗だったです)、池まで降りてみることに。

すると思ったよりも随分と厚く氷が張っていて上に乗っても大丈夫なようでした。



さっそく靴で滑ってみると、怖い怖い、場所によっては「ミシミシッ!」といってひびが入ります。
それでもほぼ全面(中心以外は)歩くことは可能なようでした。

気泡の入った氷の美しいこと!
そして結晶を纏った小枝。



自然の美しさを体感できる元旦となりました。



今回参加させていただきました、関係者の方々!
本当にお世話になりました。
とても楽しく、貴重な体験をさせていただいて感謝です!
お天気にも恵まれ、こんな嬉しいことはないですね。
お雑煮・お酒・お茶・おにぎり・お菓子などご馳走様でした。