現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

庄野潤三「浮き燈台」庄野潤三全集第四巻所収

2020-04-25 15:10:47 | 作品論
 1961年に発表された作品です。
 巻末の坂田寛夫による解説によると、その二年前に発表した「ガンビア滞在記」(ロックフェラー財団によってアメリカの田舎町ガンビアに派遣された経験を綴った作者の代表作の一つ)の成功により、日本の田舎町(志摩の安乗だそうです)の生活も描こうと取材(当時は巨大だったテープレコーダーをリュックに詰めて通ったとのことです)した作品です。
 そばに海の難所があるのでよく起こった船の難破の思い出話とイソドと呼ばれる海女の暮らしを中心に、老人たちの人情豊かな田舎町の暮らしを、取材で得られた方言を生かして描いています。
 この作品では、兄に不義理をしたために実家にも顔を出しにくくなっているという設定(作者の弟の友人の話をもとにしているそうです)を主人公に加えて、田舎町の老人たちの人情によって心の傷を癒していくという感じで書こうとしていますが、主人公の状況説明の部分が作為的であまりうまくいっていません。
 作者は、こうした主人公の危機や不安を日常生活の背後に描くことで知られるようになりました(代表作は芥川賞を受賞した「プールサイド小景」(その記事を参照してください)でしょう)が、この作品のように技巧的過ぎてうまくいかないこともあり、次第に実際にあったこと(家庭生活が中心)を素直に描く(といっても、普通の人ならば見逃すような心の機微を鮮やかにとらえた)作品が増えていくようになり、晩年は身辺雑記のような作品ばかりになっていきますが、彼の一見平穏そうに見える日常の中に潜む繊細な感情の動きをとらえた作品は、作者が2009年に88歳に亡くなるまで一定の読者(私もその一人ですが)を魅了し続けました。
 なお、この全集は、作者がまだ盛んに作品を書いていた1973年に刊行されたものです。
 当時は、こうした全集の刊行は、ちょっと知られた作家ならば当たり前のことだったのですが、今はほとんどなされていません。
 作者も、2009年に亡くなっても、新しい全集は刊行されませんでした。
 当時と現在とでは、文学は恒久財と消費財との違いがあるようです。
 それが児童文学でも同様なことは、後藤竜二について書いた記事の通りです。


庄野潤三全集〈第4巻〉 (1973年)
クリエーター情報なし
講談社

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