現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

選挙

2021-01-14 14:59:51 | 作品

「それでは、これから後期の学級委員選挙を行います」
 前期の委員長である高橋が、教壇の上からみんなに言った。その横には、副委員長の村瀬と川口さんも並んでいる。今回の選挙は、この三人以外から選ぶのがルールになっていた。
「立候補者はいませんか?」
 お互いに顔を見合わせるだけで、誰も立候補するものがいない。
 受験も間近な中学三年の十月。こんな時期に、雑用ばかり押しつけられる学級委員に、わざわざ立候補するなんて物好きな奴なんているはすもない。
 これが、生徒会の委員だったら話が違う。受験の時の学校推薦ねらいの候補者が、けっこういるのだ。
 でも、学級委員なんて、中途半端で受験にはまったく役立たない。もちろん、隆治も学級委員なんかにはなりたくなかった。
「じゃあ、誰か、推薦する人は?」
 これにもみんなから応答がない。どうせ推薦しても辞退されてしまうから、やるだけ無駄なのだ。
「それじゃ、自由投票ということでいいですね」
 高橋が、みんなに確認するように言った。
「賛成!」
「意義なし」
 クラスの後ろの方から声があがった。
(おやっ?)
 なんだか、その感じが少し不自然な気がした。隆治には、声の調子が妙に積極的なように聞こえたのだ。
 でも、高橋は何事もなかったように、自由投票にしてしまった。

 トントン。
 後ろの席の田沢が、隆治の背中をそっとつついた。
 振り向くと、こまかくたたんだ紙を渡された。
 隆治が机の中でそっと開いてみると、
(山田和真に投票せよ)
 そう小さく書かれていた。
(誰の字だろう)
 隆治は、そっとクラスの後ろの方をうかがった。
 最後方に座っている自信満々の顔。
(あいつだ)
 こんな指令をみんなに出せるのは一人しかいない。
 瀬口だ。
 彼は、実質的なクラスのボスだった。でも、自分では、表立った動きをするわけではない。ただ、クラスの中でも乱暴な斉藤や田丸などの面々を手下にしている瀬口は、この三年二組を完全に牛耳っていた。
 今回の指令にも、きっとみんなは従うことだろう。
(どうしようか?)
 隆治は、しばらく迷っていた。
 簡単に瀬口の指令に従うのも悔しい気がするし、かといって面と向かって、例えば逆に(瀬口)などと書くのは、やっぱりはばかられた。まさか筆跡でばれるわけでもないだろうが。まあ、一番無難なのは関係ない第三者の名前を書くことだろう。
 でも、隆治は迷った末に、最後には(山田)と小さく書いて、投票用紙を二つ折りにした。

 けっきょく、たいした競争者もなく、山田が委員長に選ばれた。
 ところが、どういう訳か、隆治も副委員長に選ばれてしまった。
 もしかすると、これも瀬口の指令のせいかもしれない。もちろん、隆治には知られないようにして。
「それじゃあ、当選した人たち、前に出てあいさつしてください」
 高橋に言われて、女子の副委員長の水沼さんも含めて、三人が教壇に並んだ。
 まず山田があいさつを始めた。生真面目に、委員長になっての意気込みなどを話している。瀬口の陰謀も知らずに、山田は選ばれたのを喜んでいるみたいだった。
(あーあ)
 それに引き換え、隆治の方はすっかりしらけてしまっていた。あいさつの順番がきた時も、ペコリと頭を下げただけだった。

「学級副委員長になっちゃったんだ」
 夕食の時に、隆治はなにげなくおかあさんに話をした。正直言うと、そこには少しは自慢っぽい気持ちもまざっていたかもしれない。
「えっ、なんで?」
 おかあさんの顔がくもった。
「いや、自由投票になったら、なんとなく票が入っちゃって」
 わざとおどけたように、隆治は答えた。
「馬鹿ねえ。受験が近いっていうのに、学級委員なんか押し付けられちゃって」
 おかあさんは、かなり本気で隆治のことをなじりはじめた。ある程度予想していたとはいえ、まったく冷たい反応だった。
「学級委員程度じゃあ、推薦にだって使えないっていうじゃない。生徒会の役員ってならまだしも」
 おかあさんは、うんざりしたように顔をしかめた。
(血は争えないなあ)
 受験の学校推薦に関して、おかあさんが自分と同じようなことを考えているのが、隆治はなんだか無性におかしかった。
「ちゃんと塾には通えるんでしょうね。やっと成績が上向いてきたというのに、……」
 おかあさんは自分のことばに激したのか、だんだん興奮した口調になってきた。
「ごちそうさま」
 隆治は、いきなり食卓から立ち上がった。
「あら、まだ食べてる途中じゃない」
 そう言うおかあさんを後に残して、隆治は自分の部屋のある二階へ上がっていった。

 翌朝、教室に行くと、山田が近づいてきた。
「いやあ、まいったよ」
 山田は、ニヤニヤ笑いながら言った。
「なんだい?」
 隆治がたずねると、
「家で学級委員になったこと言ったらさあ。かあさんが大喜びしちゃって」
 山田はうれしそうに話していた。
「へーっ」
 隆治は、自分との違いにびっくりしてしまった。
「なんと、お赤飯まで炊いてくれたんだ」
「えっ!」
 驚きを通り越して、隆治は軽いショックを受けていた。まるで昭和時代のようなリアクションだ。ここにも血が争えない親子がいるようだ。
「吉野はどうだった?」
 山田に聞かれて、隆治はうろたえながら口ごもった。
「べつに、……」
「お互いにがんばらなくっちゃなあ」
 そう言いながら自分の席へ戻っていく山田を、隆治は呆然として見送った。

(やっぱり)
 隆治の予感通りに、その日から瀬口たちの嫌がらせが始まったのだ。
 山田のやることに、ことごとく影にまわってじゃまするのだ。
 例えば、山田が先生からの連絡事項伝えると、その反対のことをやったりする。
 そのくせ、山田が発言すると、
「そのとおり。委員長の言うとおり」
などと、大声で合唱したりする。
 面と向かって、山田の言うことに反対したりしないのだ。だから、山田もなかなか厳しく注意したりできなかった。
 もちろん、瀬口は表面に出なかった。新井とか、坂口といった連中がやっているのだった。
 でも、かげで瀬口が指令しているのは、見え見えだった。みんな、瀬口のグループのメンバーだったからだ。
 初めは、山田は嫌がらせをされていることに気がつかなかった。偶然が重なっているのだろうと、思っていたのかもしれない。
 しかし、そのうちに、それが山田に対する悪意に満ちた嫌がらせだということに気がついた。山田は、新井とか坂口に、直接注意をしていた。
しだいに、山田も、すべて瀬口が仕組んでやらせていることに気がつく。
 山田は、真っ向から瀬口と対決しようとした。そのために、クラスのみんなに協力を求めた。
 しかし、だれも協力しない。瀬口たちの暴力を恐れていたのだ。いつか見た古い西部劇で、保安官が住民の協力を得られずに孤立したように、山田もクラスで浮いた存在になってしまった。
 瀬口が直接手を出すわけではない。ただ、クラスでも腕力のある奴らは、みんな瀬口に手なずけられていた。
 山田はそれにもめげずに、一人で瀬口たちに対決していく。
 ただ、副委員長の隆治だけには、協力を求めてきた。
「二人で民主的なクラスを取り戻そう」
 山田は、そんな時代遅れの学園ドラマみたいなせりふをはいていた。
「別に、たいしたことないんじゃないか?」
 隆治はそう言って、山田を見捨ててしまった。たしかに、おそらく隆治が協力すれば、かなり話は違ってきていただろう。二人で注意すれば、瀬口の嫌がらせも、そんなにはおおっぴらにはできなくなったかもしれない。先生たちも、山田の話にもっと耳を傾けてくれただろう
 でも、そんなことにはかまっていられない。隆治は副委員長として、与えられた最低限のことだけをやっているだけだった。
 受験勉強も、だんだん忙しくなっていった。隆治は山田のことは忘れて、自分のことだけに集中しようとしていた。
 山田は、とうとう思い余って先生に相談してみた。
 でも、先生も山田の話に取り合おうとしなかった。瀬口の巧妙な根回しのおかげで、みんなが口裏を合わせたからだ。
 こうして、山田は瀬口のねらいどおりに、クラスの中で孤立してしまった。クラス中がそのことを知っていたが、誰も自分で行動を起こそうとしなかった。
 それでも、山田は、一人でクラスをまとめようとがんばっていた。いろいろな活動を提案して、クラスを活発にしようとしたのだ。
 でも、瀬口たちの山田への嫌がらせは、だんだんエスカレートしていく。

 ある日、山田をシカトするようにとの指令がくる。
 しかし、シカトは、はじめは瀬口のグループだけしか徹底しなかった。みんなは、山田に悪意を持っているわけではなかったからだ。
 瀬口は、グループの連中を使って、「山田シカト」を徹底させるように締め付けを続ける。
 そのおかげで、山田をシカトする者がだんだん増えてくる。隆治さえも、瀬口たちを恐れて山田を避けるようになってしまった。
 とうとう最後には、クラスの誰もが、山田と口をきかなくなってしまう。山田が何か話しかけても、みんなクルリと背を向けてしまう。
 しだいに山田が近づいていくだけで、みんなが離れていくようになってしまった。
 先生たちがいる所では、みんなは普通にふるまっている。学級会の時なども、山田の司会でスムーズに進行していく。一見、なんの問題もないクラスのように見えた。
 でも、生徒だけになると、みんなが山田を完全に無視するようになっていたのだ。そして、先生たちは、このことに少しも気がつかなかった。
 山田は、学校に来て一日中、誰とも話しができない。こんな時、他の子だったら、別のクラスに休み時間などの逃げ場を求めたかもしれない。
 でも、山田は、この苦しい状況から逃げようとしなかった。休み時間には、誰とも遊んだり、話したりせずにじっと本を読んだりしてすごしていた。隆治は、そんな山田の姿を遠くから見つめているだけだった。
 ある日、山田が学校に来なくなってしまう。
 数日後に、その理由がわかった。家で自殺をはかったのだという。カッターナイフで、手首を切ったというのだ。
 さいわい、発見が早かったので命には別状なかった。山田は救急車で運ばれ、そのまま入院した。そのため、山田の自殺未遂はおおやけになり、警察から学校に連絡が入った。
 責任を追及された学校側では、なんとか原因を究明しようとする。
 それに対して、瀬口はクラスみんなにかん口令をしく。
「みんなだって、同罪なんだからな」
 隆治は、瀬口の言うことはあたっていると思った。瀬口たちだけではない。隆治も含めてクラスの全員が山田を追い詰めたのだ。
 学校側の調査に対して、口を開く者はいなかった。けっきょく、原因はうやむやになってしまった。
 しばらくして、退院した山田が登校してきた。ただ、別人のように無口になってしまった。うわさでは、うつ病でまだ通院しているとのことだった。
 あいかわらず、誰も山田と話をしようとしない。シカトが続いていたのではなく、罪の意識を感じていて、どのように山田と接すればいいのかわからなかったのだ。
 ある日、とうとう思い切って、隆治は山田に声をかけた。せめて自分だけは、できるだけ山田に協力しようと思ったのだ。
 しかし、山田は、担任に頼んで、学級委員長をやめることになった。そして、繰り上がりで隆治が学級委員長になることになったのだ。そして、今度は隆治が、瀬口の新しい攻撃の対象になってしまった。

   

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