現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ポール・レヴィン「J.D.サリンジャー ― <適応できない人間> ― そのテーマの展開」アメリカ文学作家論選書J.D.サリンジャー所収

2019-09-03 10:13:07 | 参考文献
 1958年ごろに書かれた「(社会に)適応できない人間」という切り口で、サリンジャー作品を批評した論文です。
 切り口自体は面白いですし、当時としては新鮮なものだったに違いありません。
 なぜなら、そうした「社会に適合できない人間」が、まとまった数でアメリカ社会に初めて(ということは、世界で初めてといってもいいと思います)登場するのは、第二次世界大戦以降のことだったからです。
 ただし、60年も前の「社会に適合できない人間」に対する認識や対応が不十分な時代に書かれたので、「適合できない」理由を個人(この場合は主人公たち)に求めて、それが「社会的な問題」であるという認識に欠けているのは仕方がありません。
 つい10年ほど前でも、日本では専門家であるべき精神科医にも、年配の人たち(はっきり言ってその分野の権威者たちです)には、そういった考えの人たちが結構いました(詳しくは、双極性障害に関する記事を参照してください)。
 そのため、「サリンジャーの読者は、彼の愛好家か、一般に悩める若者たちに限られてしまうのである」「彼の読者層は熱狂的な崇拝者だけとなり」といった誤った結論を導き出してしまっています。
 同じころに、「年齢とは精神的なものであって、時間的なのものではない」として、サリンジャー作品がアピールする「若者たち」もまた「精神的なものであって、時間的なのものではない」(「愛の求道」の記事を参照してください)としたダン・ウェイクフィールドのような先見性は著者にはありませんでした。
 そうなったことの理由としては、著者がサリンジャー作品をきちんと読んでいない疑いがあげられます。
 翻訳者も、注釈の中で、彼の読み間違いを二か所指摘していますが、それ以外にも数か所、まともなサリンジャー作品の読者なら決してしないであろう読み間違いに気づきました。
 この論文は、1962年に出版された「J.D. Salinger and the Critics」に入っていたようです。
 きっと、その当時は、サリンジャーについて何か書けば、簡単に活字になったのだと思われます(そのおかげで、当時の様子が分かるのですが)。
 本人がかたくなに沈黙を守っているので、余計に勝手な解釈の文章が氾濫していたのでしょう。
 このことからも、当時のアメリカにおけるサリンジャー・ブームのすさましさが分かります。
コメント
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