現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

武田勝彦「『フラニー』について」角川文庫版「フラニーとズーイ」解説所収

2019-08-24 10:17:47 | 参考文献
 「フラニー」(その記事を参照してください)について、以下の三つの観点で解説しています。

<女であること>
 著者は、フラニーの行動のすべてを、「女性」というひとくくりにして論じています。これは、いくらこの文章が五十年前にかれたものだとしても古すぎるジェンダー観だと思われます(私がこの本を初めて読んだのはこの本が出てから五年後ぐらいでしたが、そのころちょうどフラニーと同年代だったので「すごく古臭いなあ」と感じたことを覚えています)。フラニーを「女」としてではなく、一人の「人間」として論じなければ本質は見えてきません。また、フラニーが一般的な学生ではなく、特殊な環境で育った(長兄のシーモァや次兄のバディに、幼いころから哲学や宗教学や芸術の薫陶を受けています)一種のマイノリティ(シーモァほどの天才ではないにしろ、飛び級で大学へ進学しています)であることに注目しなければならないでしょう。さらに、グラス家の他の兄弟には、ウェイカー(この時点では、すでに戦争直後の日本で事故死していました)やズーイ(テレビの人気俳優)のようなユーモアに富んだ魅力的な兄たちもいたのです。こうした環境に育ったフラニーが周囲の世俗的な人たち(通っている名門女子大の学生や教員たち、それに恋人のレインのようなアイビーリーグのエリート大学生たち)になじめず、不適応障害を起こしたのは無理のないことです。

<男であること>
 著者はフラニーの恋人レインに対しても、「男性」というひとくくりにして論じています。五十年前の文章なのでしかたがない面もありますが、「男は働くために社会で競争するのでエゴが必要だが、女は家庭で子どもを生み育てるのでエゴを捨てられる」といった単純なくくりでは、この作品の本質には迫れません。サリンジャーが彼を通して描いたのは、戦後のアメリカ社会の空前の好景気の中では、それに伴う大学の大衆化も伴って、レインのような教養主義の遺物(もしかすると、著者自身もその一人なのかもしれません)のような人間がすでに時代遅れになりつつあることです。つまり、レインたちのような教養主義的なエリート学生は、もうあこがれの対象ではなくなっていて、その後に続く世代は目標を見失いつつある状況でした。その典型が、サリンジャーが「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(その記事を参照してください)で描いた、そうしたエリートコースをドロップアウトしたホールデン・コールフィールドだったのです。

<断絶と救済>
 ここで、著者が指摘している「断絶」が男女間だけでなく、その救済としてフラニー(彼女だけでなくシーモァを初めとしたグラス家七人兄妹(具体的に描かれているのは、他にバディとズーイだけ)、そしてサリンジャー自身も)が回帰したのが宗教であるとの指摘は重要です。


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長谷川潮「安藤美紀夫「でんでんむしの競馬」講談社文庫解説」

2019-08-24 08:53:31 | 参考文献
 児童文学者の安藤美紀夫の代表作(1972年に刊行されて翌年の児童文学関連の賞を総なめにしました)である「でんでんむしの競馬」について解説しています。
 型通りに安藤の紹介や作品の時代背景について述べた後で、以下のような指摘をしています。
・作品の舞台になっている京都の路地裏の閉塞状況は、当時(戦時下)の日本全体の閉塞感を表している。
・三人称で書かれている視点はカメラ・アイのようで、対象を至近距離から克明に描くとともに、短編連作をひとつにまとめ上げている。
・象徴的な表現を多用することによって、「個」を描きながら普遍性を獲得している。
 以上の指摘は、おおむねこの作品の特長を捉えていますが、なぜこの作品がここまで当時高く評価されたかについては、以下のような要因があったように思えます。
 第一は、この本が出版された1972年は、70年安保の敗北、革新勢力の分裂、さらに階級闘争への疑いなどが生じていた時期であり、そうした時代の閉塞感が、この作品が描いた戦時下の閉塞感と二重写しになって、大人も含めた読者たちの共感を生んだものと思われます。
 また、上記のような背景もあって、1960年代のような社会主義リアリズムを前面に出したような作品の評価がやや影をひそめて、この作品のような象徴性の高いファンタジー作品が評価されたのではないでしょうか。

でんでんむしの競馬 (少年少女創作文学)
クリエーター情報なし
偕成社
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