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「英語の次に中国語」有益

2013-12-16 | アジア



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「英語の次に中国語」有益
              
              読売新聞2013年5月12日 山内昌之「地球を読む」

            (中略)

これから重要になるのは、学問や芸術の領域を別として国際競争をリードするグローバルエリートを国内において育てるのを怠った日本において、グローバルリーダーとして名実ともにふさわしい人材を、大学がいかに養成するかといった問題であろう。

あえて語学に関してのみ提案しておこう。

それは、日本の大学が東アジアに存在しながらグローバル化している現状を踏まえ、外交安全保障や経済活動、ひいては文明論的な重要性を理解しながら、中国語を英語の次の語学として重視することだ。


すぐに英語と同じ水準や能力をもつ必要はない。

とりあえず、入試やそれ以後の英語の成績でトップレベルの希望者を相手に、ネイティブ教員によって、中国語を集中的に教えればよいのだ。

その結果として、日常会話から司馬遷や杜甫や「三国記」といった古典まで読み込み、エリート教養人として将来の安全保障論争や多国間の商取引といったタフな交渉や議論の基盤を鍛えるのである。


日本の企業では、中国人やシンガポール人の採用が増えている。

母語に加え、流暢な英語と、日常会話に不自由しない日本語の3か国語を駆使するグローバル人材と、英語力も教養も貧弱な日本人大学生のどちらを採用するか、雇用側からすれば自明であろう。


中国は今、外交安保の脅威となっているが、広大な市場でもあり、文明論的に日本が無視できない歴史的実在であることも否定できない。

中国は尖閣諸島の領有権主張にあきたらず、新たに沖縄帰属が未解決とまで言い始めた。

情緒的な批判や感性的な共感では、中国と長期的かつ戦略的に対峙していくことはできない。

大学でグローバルリーダーに不可欠な資質として、健全な愛国心とバランスのとれた中国の言語や歴史に関する教養を身に着けることは、中国本土人だけでなく、中国系外国人の間に人脈を作る利点にもつながる。

それは企業利益のみならず、将来の紛争解決に寄与する交誼を個人的に深める意味で、日本の公益、ひいては国益を根本から支える道すじである。

プルタルコスはその教育論で次のような詩を紹介していたではないか。

「まだ子供の間に 立派なわざを教えねばならない」


               ・・・・・

大学の本質的な意義を文明論的な視野で論じていて、面白いと思いました。

今時の大学生、、と呼ばれて久しいですが、天下国家の人材の育成機関にもなりうることを改めて認識しました。

そして、今起きている日中間の軋轢といった問題を解決するには、中国文化と日本文化の深い理解が鍵になると、改めて思いました。

どうあがいても、漢字を用いずに、自分の思うところを述べることは、不可能なのですから。

日本の文化に誇りを持ち、かつ、中国の文化にも敬意を持つことが、根本的に大切なことであろうと思います。


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コメント (2)
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