始まりに向かって

ホピ・インディアンの思想を中心に、宗教・心理・超心理・民俗・精神世界あれこれ探索しています。ご訪問ありがとうございます。

動物は完璧に美しいが、人間は完璧ではない・・ホピ族と蛇(5)

2013-10-30 | ホピ族


ヴァールブルク著「蛇儀礼」のご紹介を続けます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。



               *****


              (引用ここから)


食糧確保という社会的行為は、こうしてみると分裂的です。

つまり、魔術と技術が合体しているのです。

魔術とロゴスの中間にある彼らが、状況に対処する手段は、「象徴」なのです。


サン・インデフォンソで「カモシカの舞踏」を見ました。

まずは音楽隊が大きな太鼓を持って現れます。

それから彼らは2列に並んで、仮装や体の動きでカモシカになりきります。

この舞踏の場合は一つの列は動物の歩き方を真似し、もう一つの列は羽が巻きつけてある小さな棒をカモシカの前足に見立てて、それを支えとして半立ちになり、その場で様々な身振りをします。

二つの列の先頭には、女性の像と猟師がいます。

動物になったふりをしている人々は、彼女に願をかけている様子でした。

「狩猟舞踏」にあっては動物の恰好をすることによって、当該の動物が、いわばあらかじめ捕まえられることになります。

狩りの現場における動物への攻撃が、模倣されるのです。


こうした「仮装舞踏」は、人間以外の存在と自らを結合させるプロセスであり、それは自分とはまったく違う存在に徹底的に服することを意味するのです。

インディアン達が仮装してそうした動物の表現や運動を真似するのは、自分の人格を変容させることによって、自然から魔術的な何かを奪いとろうとしているからです。

自分の人間としての人格を広げ、変えないかぎり、そうしたことは不可能だと思っているのです。

こうしたパントマイム的な「動物舞踏」における模倣は、人間とは異なる存在に恭順の意を示す自己放棄で、そういうものとして礼拝的な行為なのです。


動物に対するインディアンたちの心の内の態度は、ヨーロッパ人のそれとはまったく異なります。

インディアン達は、動物を人間より高次の存在と見ています。

なぜなら、動物はまさに動物であるというその完璧なあり方によって、人間という弱い存在よりもはるかに高い能力を持った存在となっているからです。

動物へと転成しようとするこの意志の心理的分析に関して、クッシング氏は、あるインディアンが彼に「なぜ人間が動物より高等だと言えるのか?」と聞いた時の話をしてくれました。

インディアンはこう言ったのです。

「カモシカを見てごらんなさい。走っているだけだが、走るのは人間よりはるかに上手ではありませんか。あるいは熊を考えてください。力そのものではありませんか。人間は何かがほんのちょっとできるだけです。ところが動物はそのままで完璧な存在です」と。

この夢のような考え方は、尊崇による恐れの気持ちから・・トーテミズムと言われるものですが・・一切の動物は自分たちの種族の神話的な祖先である、と信じることで、動物世界と関わっているのです。

彼らは動物世界と自分たちを恣意的に結びつけることで、自然の発展過程を説明しようとするのです。

こうした人々の生活を規定しているのは、神話的な親和力により自然の発展過程を説明しようとしているのです。

サン・イルデフォンソに残っている「カモシカの舞踏」は、明らかに「狩猟舞踏」です。

しかしこの地域ではすでに3世紀前にカモシカは絶滅しています。

それゆえこの「カモシカの舞踏」は純粋に魔術的な「カチーナ舞踏」への過渡期のものかもしれません。


               (引用ここまで)

 
                *****

関連記事

「ホピの祭り・ヤヤ祭り(1)・・アニマルピープルと人間

「ホピ」カテゴリー全般

「ブログ内検索」で

カモシカ   10件
トーテム   12件
カチーナ    5件

などあります。(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

上昇と下降の宇宙論・・ホピ族と蛇(4)

2013-10-25 | ホピ族


ヴァールブルク著「蛇儀礼」のご紹介を続けます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


                 *****


               (引用ここから)


こうしたまじないの中でも、我々から見てもっとも驚くべきは、生きた「蛇」を使うことです。

「蛇」がくねって稲妻のような形をしていることから、稲妻との魔術的な因果関係があるとされているのです。

階段状の破風屋根の「世界=家」、そして「蛇」の矢のように尖った嘴、および「蛇」そのもの、これらはインディアン達の象徴的なイメージ言語の構成要素なのです。

破風の階段状の模様は、疑いなく「コスモス」の象徴として、アメリカ全土にわたるもので、ひょっとしたら世界中に共通するものかもしれません。

スティーブンソンが撮影した地下礼拝所(キバ)の写真に、捧げものの儀礼の中心となる木彫りの「稲妻祭壇」が見えます。




四方を示す象徴と並んで、稲妻型の「蛇」が映っています。

四方八方からやってくる稲妻のための祭壇です。

また、ホピ族アコマ村の教会に行った時は、その壁には異教の宇宙論的なシンボルが描かれていました。



この絵は、階段状の屋根を持った宇宙を象徴しています。

ギザギザの模様は階段を表わしています。

しかも石を積み重ね、漆喰で止めた階段ではなく、もっと原始的な、つまり、木に切り込みを入れたものです。

プエブロ族ではまだこういうものが使われていたのです。



階段や梯子は、自然の生成や有為転変を視覚的象徴で表わそうとする者にとっては、人類の根源的経験を示しています。

それは空間の中での上昇と下降の関係を闘い取ることの象徴です。

また円環は、くねった「蛇」と同じに、時間のリズムの象徴であります。

4本足で動くことをやめ、垂直歩行を始めた人間は、上方を見て、重力を克服するためには補助手段が必要となり、階段という道具を発明したのです。

それによって、動物より低い能力をより高等なものに変換できたのです。

空を見上げるということこそ、人間の恩寵であり、また呪いでもあるのです。

そしてインディアン達は「世界=家」を、梯子を使って入る階段状の彼らの「家」と同じ形として想定することで、彼らの宇宙論に合理的な要素を生み出したのです。

しかしまたこの「世界=家」を、文化的に安定した宇宙論がそのまま形を成したものと見るには慎重でなければなりません。

というのも、この「世界=家」の主は、あの気持ちの悪い「蛇」という動物なのですから。


プエブロインディアンは農耕民であるとともに狩猟民でもあります。

彼らは生きていくために、トウモロコシ以外に肉を必要としています。


「仮面舞踏」も、魔術的行為を通じて行われる社会全体としての食糧調達の方策と見るべきでしょう。

こういう「仮面舞踏」は、その本質からすると生存闘争のための真剣な戦闘行為なのです。

その起源や意図から見れば、獲物をめぐる、そして生贄をめぐる「舞踏」だったのです。

狩猟民および農耕民である彼らは「仮装」によって、つまり、模倣によって、動物や穀物といった獲物や収穫物に「なる」のです。

この神秘的な「模倣による変身」を通じて、彼らは実際の狩猟と農耕にあたっての、冷静で用心深い働きを通じて得るべく努めているものを、あらかじめ確保できると考えているのです。

 
           (引用ここまで)


             *****


関連記事

「ホピ」カテゴリー全般

「ブログ内検索」で

雷神     5件
蛇     15件
稲妻     4件
仮面    15件
はしご   10件
キバ    15件

などあります。(重複しています)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

稲妻のような蛇は、雨を呼び寄せる・・ホピ族と蛇(3)

2013-10-21 | ホピ族


ヴァールブルク著「蛇儀礼」のご紹介を続けます。



                    *****

                  (引用ここから)


鳥は、インディアンの神話的象徴の中で大きな役割を果たしています。

祖鳥は祖霊のすべての動物と同じに、想像上の祖先を表わす動物=トーテム動物として尊敬されていますが、それとは別に、鳥はまた埋葬儀礼において特別な尊崇を集めています。

先史時代のホピ族の地域の村(ホピの言葉では「黄色い家」という名)の発掘層では、神話的幻想の基礎的表象に、猛禽類の「魂の鳥」というのがあったようです。


また鳥に対する偶像崇拝的な崇敬は、鳥の羽の故でもあります。

インディアン達は、羽を結んだ「ハポ」と呼ばれる小さな棒を祭壇の前に置いたり墓に立てたりして、祈りの道具に使います。

飛ぶ存在である鳥の羽「ハポ」は、彼らの望みや願いを自然の中の精霊に与えてくれるのです。


フュークス氏の発掘によって、古い時代から土器の技術があったこと、しかもそこには紋章のような鳥が描かれ、その横には「蛇」の絵もあったことが明らかになっています。

そしてこの「蛇」というのは、ホピ族にあっては最も生き生きした象徴であり、宗教的崇敬の対象となるのです。

この「蛇」は羽をつけた頭で、現在作られている容器の表面でも、とぐろを巻いています。

容器の縁には、4か所に方形の上飾りがついていますが、それぞれに動物の絵が描かれています。

カエルやクモといったこうした動物たちは四方を表わしており、またこれらの容器が地下礼拝所(キバ)の祭壇の前に置かれていたことがわかります。

地下礼拝所では、「蛇」は「稲妻」の象徴として、崇拝の中心的存在となるのです。


当地の祭司であり、竈(かまど)部屋の鍵の保管者であるクレオ・フリオ氏とその子息に頼んで、「蛇」の絵を描いてもらいました。




古い絵に描かれているのは、天候を司る神格としての蛇でした。

この絵では「世界=家」の屋根は、破風が階段状になっています。そして壁の上に、虹が広がっているのです。

モクモクと出ている雲の塊からは、下に何本もの短い縦線が出ていますが、これは雨が滝のように降ってくることを示しています。



そして中央にこの「雷雨=世界=家」の本当の支配者として、祭壇が建っています。

これは「ヤヤ」もしくは「イエリック」と呼ばれるもので、「蛇」の形はしていません。

このような絵を使って、信心のあるインディアン達は魔術的なまじないで夕立の恵みを得ようとするのです。


              (引用ここまで)

                *****


関連記事

「動物霊たちと人間の行進・・ホピの祭・ヤヤ祭り(3)

「ホピ」カテゴリー全般

「ブログ内検索」で

トーテム      11件
ハポ         1件
蛇         15件
キバ        15件
稲妻         3件

などあります。(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はしごで屋根から入る家と宇宙・・ホピ族と蛇(2)

2013-10-18 | ホピ族


ちょっと時間があいてしまいました。

ヴァールブルク著「蛇儀礼」のご紹介を続けます。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


               *****

              (引用ここから)


この地域の、有史以前の、あるいは有史以後の住民たちが、自分達の故郷として選んだのは、全体として見ると自然の恵みの薄い土地でした。

リオ・グランデ、デル・ノルテがメキシコ湾に向かっている東北部の狭いうねうねと続く峡谷を別にすれば、この地域は基本的に台地状です。

つまり、どこまでも水平に広がっている巨大な岩石の塊です。

そしてその台地は頂部が平坦で、端は突然の崖になって終わっている卓上大地(スペイン語の「メサ」=机)となっているかと思えば、所によっては水流に浸食されており、1000フィート、あるいはそれ以上の険しい谷、いわゆるキャニオンになっています。

このキャニオンの一番上の壁は、のこぎりで削り込まれたかのように、ほとんど直角に落ち込んでいます。

一年の大半はこの大地に降水は全くなく、キャニオンの大部分は完全に干上がっています。

ただ雪解けの季節と、短い雨期に、猛烈な水量がこの乾ききった峡谷を逆巻きながら流れていくのです。


ロッキー山脈のコロラド大地地域には、先史時代の住居跡があり、また今日インディアン達が暮らしている村々があります。

大地の北西地域のコロラド州に、今日ではもう人の住んでいない岩窟住居、つまり岩壁に掘り込まれた居住跡が残っています。


最も行きにくいが、しかしそれゆえに昔ながらの特色を最もよく残しているのが、ホピ族の村々です。

ホピ族の村は6つほどあり、並行して走る3つの岩の尾根上にあります。

このアルパカーキの近くにあるラグーナ村は、プエブロインディアンの集落のきわめてよい例です。


先住民の村は二階建てあるいは三階建ての家々から成っていますが、入口は上にあって、外から「はしご」で昇っていく様に作られています。

下の階には、出入り口のドアがないのです。

かつてはこういう造りの方が、敵の攻撃から守るのに適していたというのが理由でしょう。

このような家を造ることで、プエブロインディアン達は住居と要塞建築の中間となるものを造っていたわけです。

そしてこうした彼らの文明の特徴は、おそらくアメリカの先史時代にまで遡るものです。


テラス状に家を重ねていく作り方で、一つの家の上に更にもう一つの家を作ります。

このような家の内部には、人形が掛かっています。

しかしこれは遊ぶためのおもちゃではなく、いわゆる「カチーナ」人形で、「仮面舞踏」の時に使うものを忠実に模して作られています。

ホピ族やズニ族を中心に、プエブロインディアンは万物に潜む精霊(カチーナ)を信仰し、それを表現する人形や仮面を「カチーナ」と称しました。

「カチーナ」は神々と人間の仲介者とも考えられていました。

農作業のさまざまな年中行事に、人間と自然の魔術的な仲介者として、この「仮面舞踏」が行われるのですが、この奇妙な習慣は、この農業・狩猟民族の宗教性の極めて独特な表現なのです。


工芸上の産物として、実用的な目的にも宗教的な目的にも極めて重要なのは、粘土製の「壺」です。

これを使って、生活に欠かすことのできない乏しい水が運び込まれるからです。


こうした容器の表面の模様の特徴は、自然現象の骨格を象った形の紋章にしていることです。

たとえば「鳥」は、その重要な構成部分に分解した形で描かれていて、結果として紋章めいた抽象的形態になっています。

「鳥」の抽象的形態は、いわば一種の先史文字=ヒエログリフとして読み取られることを要求します。


ここにあるのは、現実の写像と記号との間の、あるいは写実的な鏡像と文字の中間的段階なのです。

こうした動物たちを描いた装飾の作り方を見ると、このような視覚の在り方、思考の在り方がどのようにして象徴的な絵文字を産むに至るかが分かるでしょう。


            (引用ここまで)


              *****


>「先住民の村は二階建てあるいは三階建ての家々から成っていますが、入口は上にあって、外から「はしご」で昇っていく様に作られています。

下の階には出入り口のドアがないのです。

そしてこうした彼らの文明の特徴は、おそらくアメリカの先史時代にまで遡るものです」


著者はこの本全編において、ホピ族のこの「家屋」の構造をとても重視しています。

そして、著者は遠い昔=先史時代からのインディアン文明に思いをはせているのです。


>「このような視覚の在り方、思考の在り方がどのようにして象徴的な絵文字を産むに至るかが分かるでしょう」


著者は、とてもわかりにくいインディアンの描く記号のようなデザインや絵を、どうしたら読み解くことができるかと考えています。

インディアンによって描かれたもの、創られたものから、彼ら独特の考え方を理解することができるはずだと考えています。


wikipedia「ヒエログリフ」より

ヒエログリフ (hieroglyph, 聖刻文字、神聖文字) とは、ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種の文字のうちの1つ。

エジプトの遺跡に多く記されており、紀元4世紀頃までは読み手がいたと考えられているが、その後使われなくなり、読み方は忘れ去られてしまった。

19世紀になって、フランスのシャンポリオンのロゼッタ・ストーン解読により読めるようになった。

一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指すが、広義にはアナトリア・ヒエログリフ(英語版)、クレタ・ヒエログリフ、マヤ・ヒエログリフ(マヤ語の象形文字)など、他の象形文字に対しても用いられることがある。

ヒエログリフの呼称

ヒエログリフの名称はギリシア語の ヒエログリュピカ に由来し、「 聖なる + 彫る」 を意味する。古代エジプト遺跡で主に碑銘に用いられていたためこう呼ばれた。

文字の歴史

ヒエログリフがいつ頃使われ始めたかについてはまだ解明されていない。

エジプト原始王朝時代以前の紀元前4000年のGerzeh cultureの壷に描かれたシンボルがヒエログリフに似ていることが知られている。

紀元前3200年頃、上エジプトにあったen:Nekhenの遺構から1890年に出土したナルメルのパレット(英語版)の文字を最古のヒエログリフとする立場が長い間一般的であった。

紀元前3000年頃にはヒエログリフとヒエラティックが使い分けられていた。

ヒエログリフは主に石碑に刻んだりするための正式な文字で、言わば漢字における楷書に相当する。

一方、パピルスへ手書きするときにはヒエラティック(神官文字)が使われ、これは行書に例えられる。

エジプト中王国時代(紀元前2040年-紀元前1782年)にヒエログリフの改革が行われ、使用する文字の数を750程度に抑え、単語の綴りも一定化された。

当時、古代エジプト語は中エジプト語に移行した時期で、古エジプト語よりも細かいニュアンスを表現出来る文章語としての完成度が求められたことも要因として上げられる。

この改革は、同時代の古代オリエント世界において楔形文字でも使用する文字数を減らす改革と、起こった時期が一致している。

もう一つの改革は、母音を表す記号がなく子音のみで音素を表現するアブジャドの原型となった使用法(ワディ・エル・ホル文字と原シナイ文字)が生まれたことである。ロゼッタ・ストーンのファラオ名表記はその一例である。

後に、この使用法から原シナイ文字から派生した文字体系にみられるようなアブジャド、アブギダ、アルファベットなどの文字体系が生まれた。

末期王朝時代のエジプト第26王朝(紀元前650年)頃にはヒエラティックの簡略化が進み、草書体とも言うべきデモティック(民衆文字)となった。


関連記事

「ホピ」カテゴリー全般

「ブログ内検索」で

はしご       9件
カチーナ      4件
プエブロ      7件
仮面       15件
キバ       15件

などあります。(重複しています)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホピ族と蛇(1)・・自然現象への呪術的崇拝

2013-10-08 | ホピ族


ヴァールブルク著「蛇儀礼―北米プエブロインディアン地域で見た様々なイメージ」という本を読んでみました。

著者は1923年に同タイトルで講演を行っており、それが書籍となったものです。

プエブロインディアンとして描かれているのは、ホピ族です。

著者は、ホピ族における「蛇」について考察しています。

ホピの研究書として、とても古いものでもあり、重要だと思いました。

リンクは張っておりませんが、アマゾンなどでご購入になれます。


             *****

 
            (引用ここから)


「プエブロインディアン」という名前の由来は、スペイン語で「村」を意味する語(プエブロ)で呼ばれる複数の集落に、彼らが定住していることにあります。

そのように呼ぶのはまた、現在プエブロインディアンが定住しているニューメキシコやアリゾナの同じ地域で何十年か前までは狩猟と戦いにあけくれていた流浪の狩猟民族と区別するためでもあります。

私が興味を引かれたのは、アメリカのいわば真ん中に、未開の時代の異教的な文化の飛び地が残っているという事態、そして彼らが農業と狩猟を目的とした魔術を、今なお断固として守っている点であります。

この地域では、いわゆる迷信と生活の活動とが相互に手を携えて生きているのであります。

この迷信とは自然現象に対する、そして動物や植物に対する呪術的崇拝です。

インディアン達はそれらが生きた魂を持っていると思い、しかも何にも増して、仮面をかぶって行う自分たちの踊りでこうした様々な魂に力を及ぼすことができると信じているのです。

このように狂信的な魔術と冷めた合目的的な行動が同居している様は、我々から見ると分裂の印にしか思えません。

ところがインディアン達にとっては、分裂でもなんでもなく、それどころか人間と環境世界との間に限りない結合の可能性があるという、解放の体験なのです。


この地域には固有の宗教形成のファクターがあります。

それは水不足です。

水不足と、水への渇望の故に、魔術的儀礼がなされたからです。

土器の装飾を見ただけで、宗教的象徴の基本的な問題が見えてきます。

見た目にはただの飾りに見える模様が、実は宗教的に解釈する必要があり、宇宙論的に解き明かし得るのです。

それを示しているのが、私があるインディアンからもらった一つの絵です。



この絵では、宇宙論的表象の基本的要素である「家」・・それは「宇宙」が「家」の形をしているという、宇宙論的な想念・・の近くに、非合理的な大きさで動物が描かれています。

謎めいた、そして恐ろしいデーモンとしてここに現れているのは、蛇なのです。


また、自然に魂を見るアニミズム的儀礼の最も激しい形態は「仮面舞踏」です。

これは純粋の動物舞踏であったり、あるいは木を崇める舞踏であったりします。

最後に重要なものとして、生きた蛇との舞踏です。


               (引用ここまで)


                *****


蛇を中心とした、ホピ族の魔術についての研究です。

著者は、ホピ族のことは、「彼らが農業と狩猟を目的とした魔術を、今なお断固として守っている」人々としてとらえています。

文中の絵は、「インディアンの学童が描いた蛇型の稲妻の絵」というタイトルがついています。

家の左右の上方から下りているものが、蛇なのだと思います。

この絵が、ホピ族の世界観を表わしていると、著者は考えています。

ホピ族は家と世界とを、相似形でとらえていると考えています。

そして、世界は、ただ一つ、蛇とつながりをもっていると述べられています。



関連記事

「ホピの祭り・・「蛇」宗団と「カモシカ」宗団の儀式(1)

「ホピ」カテゴリー全般

「ブログ内検索」で

蛇        15件
魔術       14件
仮面       15件
アニミズム     5件

などあります。(重複しています)




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログを始めて5周年・・これからもどうぞよろしくお願いいたします

2013-10-01 | 心理学と日々の想い



今日、10月1日で、このブログは5周年を迎えました。

昔から、文字に携わる仕事をしてきたので、読んだり書いたりするのは苦にならないのですが、継続するのはやはり気力と体力を要するものだと感じています。

書きたいことに、手が追いつかないし、きちんと仕上げたいという思いがあるので、書くのが苦痛な時もあります。

私がこのブログを書いているのは、いったいどういう動機からかと言うと、バラバラな記事に見えても、実は全体を通じて、全人類的な精神像を刻んでみたいという望みがあるのだと思います。

なので、「ブログ内検索」で、突拍子もない単語で、全く違うカテゴリーの記事がつながったりすると、私としては密かな喜びを感じたりしています。

また本来、トンデモ系の話も大好きなので、そちら方面も、これから鋭意書き進めてみたいと思っております。

どうかこれからも、いろいろな方に、お気が向かれた時に読みにいらしていただけますよう、祈念しております。

微力ではございますが、力のかぎり継続してゆきたく、精進してまいりたいと思っております。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

Veera拝

(写真はマチュピチュの風景・インカ文明展のパンフレットより)



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする