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世界構造マニアからの苦言―感想:『ゲート1 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり <接触編>』

2012年02月20日 21時00分06秒 | ライトノベル
『ゲート1 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり <接触編>』を読んだ。現代の東京に突然ゲートが現れ、そこから大量のモンスターを含む軍勢が人々を襲った。それを退けた上で、自衛隊がゲートの先の異世界へと侵攻していく物語。

設定的に「迷宮街クロニクル」に近い。こちらは舞台が京都で、ゲートの先にあったのはダンジョンだったという設定。自衛隊ではコストがかかり過ぎるため志願者を募り探索に当たらせる。現代版ウィザードリィで群像劇を描くための設定だが、よく練られていた。

「ゲート」の場合、自衛隊をはじめとする現代パートの設定は著者が元自衛官ということもあり、ツッコミ所もあるものの比較的受け入れやすい内容だったが、問題は異世界の部分だ。

「ゲート」を読んで自覚したことだが、ハイ・ファンタジーのように異世界丸ごとを創作している場合はそれほどでもないが、現実世界と異世界をリンクさせているような作品だと異世界の世界構造への不満を強く感じてしまう。
これは高く評価されているような作品でも変わらず、「十二国記」に対しても世界観に関しては納得していない部分が多々ある。「ソードアート・オンライン」もWeb版を読み通せなかった原因はその辺にある。

「ゲート」の場合、異世界はあまりにもお約束の世界観になっている。何らかの狙いを持って意図的にそういう世界観なのだとしたら構わないのだが、少なくとも1巻を読んだだけではそうした意図は感じられない。
現実世界の描写は非常にステレオタイプなものではあるが、現実ゆえの世界の強度を保っているのに対して、異世界はとても薄っぺらに感じる。専制的な皇帝や無力な村人たちといったファンタジー像は確かにゲームなどでお馴染みではある。
だが、ゲーム的なお約束の世界をそのまま描かれても読むに耐えなくなってしまう。

例えば、盗賊。ファンタジーではお馴染みでも現実的に考えれば盗賊だけで食っていくのは難しい。現代社会なら盗みだけで生計を立てられるかもしれないが、文明レベルが低い世界では生活を維持するのは大変だ。
食糧と言っても保存が利くものばかりではない。アジトや山や森の中であれば輸送も大仕事だ。ある程度の集団になれば、戦闘員以外のメンバーも必要となる。

歴史上、海賊や山賊は存在するが、それらは略奪行為がメインなのではなく、交易を始め様々な仕事をしており、略奪はその中の一部に過ぎない。
また農業を始めとする一次産業従事者は体力があり、彼らが武装することで兵隊となった。日本では秀吉の兵農分離によって分けられたが、江戸期においても村の戦闘力は決して低いものではなかった(農具は武器となりうるし、害獣駆除のため猟銃も所有していた)。

「ゲート」の中では村民は領主から守られない存在として描かれているが、魔法で食べ物が無尽蔵に取得できるのならいざ知らず、そうでないのなら村からの徴税の安定確保は領主の最大の関心事である。
詳しくはないが、中世ヨーロッパでは領主と教会という異なる二系列の統治があった。『狼と香辛料』はその辺りをうまく描いている。

『スレイヤーズ!』のようなハイ・ファンタジーでは細かなツッコミを入れだしたらキリがない。特に魔法を扱う場合、その社会的影響力は計り知れず、細部まで気にしていたら物語を描いていられないだろう。
「ゲート」などもライトノベルなのだから細部に目をつぶるのが当たり前と言えば当たり前である。ただ繰り返しになるが現実世界の描写があるため、どうしても気になってしまうのだ。

「ゲート」内でもチラッと触れられている『七人の侍』の歴史設定は正しくないと言えるだろう。そのことが作品の質を貶めるものではない。映画史に残る傑作であることは間違いない。それでも、いや、それだからこそああいったことが歴史的にあったと人々に広まることは良くないのではないか。

お約束だから。それを分かった上で、ツッコミたい。例えば長命のエルフの村が古代龍の棲息圏にあるとかどうなのよ?
ご都合主義まで批判したりはしないし、細部に目をつむって読むべき作品だとは理解しているけど、ところどころに見られる著者のメッセージに信頼感が皆無となってしまうのはどうしようもない。

『まおゆう』はWeb版をチラッと見ただけでちょっと合わないかなと思ってまだ読んでいないが、『ログ・ホライズン』はどうやら世界の構造が物語の軸になりそうなので今後の展開をとても楽しみにしている。大地人とモンスターと冒険者の間のパワーバランスにやや疑問を感じていたりもするが、さすがに世界の構造に関してはよく考えられてはいる。「ゲート」にこのレベルを期待するのは間違っているけれど、間違いだと分かっていてももう少しどうにかならないのかと思うのは致し方ない。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
話の構造が要請するバランス、みたいなものは意識... (名無し)
2012-02-21 00:34:21
エンタメだからラノベだから、何々だから、と言うのではなく、話として成り立ったとき、何に視点が合っていて、それを支える物語のディティールがあるか、ですが。
虐殺器官やハーモニーは当てられた焦点がテーマと直結する部分だったからこそ、過度に万能な医療などもそういうものだ、と読めたので(虐殺器官は社会と経済がもっと突き詰めて書かれていたら更に良かったのですが)。
「社会が書けている」というのは、その物語を対象とした場合、その構造内で何を軸に成り立っているか、読ませる事ができているか、だと思います。
くわえて、ジャンルとして求められているものがハリウッド的なアクションであるなら「フルメタ」くらいのディティールでも充分でしょうし、あれはあえてそうしているように読めました。
同じようなことは、人工知性の社会的な位置付けや、それが人間にどう思われているかのレベルでも感じたりします(異星人を違和感なく受け入れていい世界観とそうでない世界観や、極端にはギャグやコメディでしょうかw)。ハヤカワSFでは「スワロウテイル人工少女」シリーズがそうしたものを現在書いてますが、過剰なテクノロジーや情感重視の世界設定を、テーマを絞る事で他に目を向けないようにできているなと。

ハイ・ローファンタジーはどうしてもステレオタイプの踏襲と、その距離感の把握を軸に読んでしまいますが、ハイファンタジーに共通する世界観の徹底は元来閉じた物語であるからこそローファンタジーが
今の形で成り立つので、それを要素だけ摘む場合、ファンタジー側の要素をどう扱い、現実世界の要素と絡めるかが面白さに繋がるかなと(ハリポタの功罪もありそうですが)。
魔法や社会を相手にするような異界の生物を扱う場合、それを計算できる要素にしてしまうのは今に始まった事ではありませんが(ラノベのファンタジーの多くがそうですし)、これが「自分たちの住む世界」を主体に持ち込まれた差分(異世界)で、かつ現実世界の変容を書こうとすると、その徹底を読んでいく、という前提が読み方として生まれてしまうように感じます。
なので、書かれているような違和感は、「世界に影響するか」の部分でどうしても感じました。部分部分ではそうしたものが取り上げられているだけに、全体として見たときに徹底されてない面が見えてしまう、ということかもしれませんが。

というか、ソノラマの菊池先生や夢枕先生の伝奇を読むと、「そういうものだと納得させられる感」が凄くて、あれはもう文体とかキャラとか世界が読者を押さえ付けてしまえてるからなのかなあとかw
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自衛隊・軍隊系ファンタジーというと最初に思いつ... (coboze)
2012-02-21 01:11:06
アレは時代考証何それ?喰えるの?ってところから出発してますから何とも言えませんけどw

名前出てましたけど、福井氏の戦場のローレライも中々にファンタジーというか、ある意味美少女萌えのライトノベルと言っても差し支えないデキかもw
時代考証的には、ほとんど潜水艦の中ですので描写にどれほど意味ががあるかは・・・?ですけど(航行中の潜水艦の中って普通どの海軍でも最高機密なので)
自衛隊は隊員のベッドとか、食堂とか差支えない部分は公開してますけどね

あとは亡国のイージスぐらいしか読んでませんねー
ガンダムUCとターンAは読みましたけどw

海外だと、レッドオクトーバーとかレッドストームライジングのトム・クランシーものを少し読んだだけですけど
あれは兵器の描写がやたら細かいのと、破壊された戦艦の描写とか戦場の臨場感みたいなのに特化してますからねー
ドキドキしながら読んでた覚えがありますw
そういうの上手いですよね、向こうの人は後翻訳の人もうまいというか
軍隊モノなんかは専門用語飛び交いまくりですしねw

世界観のち密さでいったらファンタジーとしては指輪物語まで行っちゃうんでしょうけど
あれはもう細かすぎて、文庫の第一巻の半分ぐらいで挫折しましたw
情報量大杉w
魔法の世界観で凄いって思ったのは、やっぱり混希世界ボルドーですねぇ
何度も言いますけどw
大体小説ですらないんですけどw
でも時代考証と、世界の描写でコレていうのは中々そういう作品は難しいですねー

村上龍の半島をでよとか、麻生幾の宣戦布告とか対北朝鮮仮想シュミレーションものとかもある意味ファンタジーですけど
私は好きで読みました^^

なんか取り留めもないことながながと書いちゃいましたねすいません^^;
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ある意味この作品があれのファンタジー版だったか... (名無し)
2012-02-21 18:36:06
時代考証だと、歴史モノだと偽史をどう絡めるかとかどう小ネタが挟まれてるか、とかも判断基準になりそうですね。

>福井先生
ガンダムが元々好きで(?)始めたらしくて、YOやイージスの頃から秘密戦隊ノリはありましたねw
当初から戦闘美少女めいたキャラも出てましたし、一般エンタだとギリギリかなあ、と。ローレライはモロにNTでしたし。あのへんの、「視覚要素として補完可能な脚本」を小説の密度と、読みに耐えられる内容に仕立て上げられるのが福井先生の強みだと思ってますw
ローレライは映画脚本から出発したからか、船員同士のドラマに視点が当てられてたなと。うろ覚えですがw

クランシーは本人がモロですけど、読み手が軍事オタクなのを最初から見越してるのか、読者にテクニカルタームの説明一切しないのが割り切ってるなあと。福井先生の使う用語なら文脈からなんとなくでも読めますけど、翻訳な上に説明も殆どないからか、大御所なのにジャンルの初心者にはまったく優しくなくてw
内容的にはポイントを掴んでるのも多いので、専門家が「とりあえず読んどいていいんじゃない?」と言っちゃうくらいだったかと思いますが、最近の小説としての完成度は、以前にも増してバランス欠いてる気がw
あっちの作品は元軍人の作家よりもライターや記者の方が要点抑えてることもあったりして、『読者に何を伝えるか』の選択が重要だなとよく感じます。
話の要点になるネタはしっかり伝えて、そうでない、世界観を補完する用語は適度にちりばめて……という適度な配分で思い付く作家だと、やっぱりあまりいませんけど(でも、S・ハンターとか結構バランスいいかもしれません)。

指輪物語が小説ではない、というのは凄い同意ですw
作家から出発した訳ではないからか、お約束としての物語進行なんか意識されてなくて、世界をひたすら読者に叩き付ける、という内容が未だに唯一無二のレベルにあるなと。映画と小説で全く『別』の感想を得られるのは貴重だったと思います。
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レスというよりも雑記に近い感じですが(/ω\) (奇天)
2012-02-21 21:24:28
高橋留美子が人も異質なものもフラットになった世界観(=るーみっく・わーるど)を作り上げ、その後の何でもあり(例えばクラスメイトが人でなくても驚かない)が当り前の日本のサブカル作品群へと至りました。(子供の世界限定であれば藤子・F・不二雄という先駆がいますが)
確固たる世界観を作らずとも異質な存在を物語に投入できるので、コミックやライトノベルではこの手法は頻発されています。一般小説でも普遍的に使われていたりしますし。
その分、がっちりと世界観を築いてから物語を作る手法は少ないように感じられます。それが良い悪いではないですが、世界観の構築は現実の世界の相対化ですし、もう少しそうした狙いを持って描いて欲しいと感じます。
時代小説も現代社会の相対化としての描き方もできるわけですが、なかなかそうした描き方をする作品は多くありませんし・・・。

諸星大二郎に「生物都市」という作品があります。帰還した宇宙船では乗組員が機械と融合し一つの存在となっていました。その後、それは周囲に広まり、人々は機械・金属・プラスチックなどの人工物と共に取り込まれていきます。人々はひとつになり苦痛や苦悩からの解放でもありました。主人公の少年は逃げ延び、自然の中で生活するというエンディングでしたが、それが本当の幸せなのかどうかは分からないという等価な価値観を示すような描き方でした。
ハーモニーを読んで、この作品を想起したのは、そのラストが近いからでしょう。諸星の影響を強く受けているエヴァの人類補完計画なども類する流れです。百億の昼と千億の夜に描かれる夢の中で暮らす人々(マトリックスで描かれている世界でもありますが)や仮想現実とリアルの逆転なども大枠としては同じような意味合いを持っています。

魔法が存在する世界はどうなるか、とは単なる思考実験のようなものですが、同時に人間とはどういう存在なのかという考察抜きには成り立たないものでもあります。世界観とは人、或いは人でないものがどう世界をくみ上げていくかという想像です。その際に必要なのは現実の世界に対する洞察であることは間違いないでしょう。
フィクションにおいて複数の世界観を同時に描くことは、否応なくその差異を際立たせます。著者の世界認識の深さが如実に表れてしまうという意味では恐ろしい挑戦なのかもしれません。

>戦国自衛隊

原作未読で昭和版の映画しか見ていませんが、あれはアイディアの勝利ですね。インパクトもあって何より分かりやすいですしw
細部を描くよりもエンターテイメントとして楽しめれば十分な作品だと思います。

>福井晴敏

読みたいと思いつつまだ一冊も読んだことがないので・・・。

>翻訳もの

海外だとリアリティとプロット重視ですね。まあ翻訳ものは最近さっぱり読んでないですが(´Д⊂

>指輪物語

瀬田貞二訳版を持ってますが、翻訳が読みづらいため挫折しました<翻訳のせいにするなって感じですがw
いつか読みたいですね~(遠い目

>混淆世界ボルドー

こちらもいつか読んでみたいと思っているんですがw

>ガンダム

日本における架空戦記の大メジャーなわけですが、世界観としても傑作ですね。ただ「宇宙に生きるということ」という点で原作を超える展開というのがあまり見られないのが残念です。
その点で言えば「プラネテス」あたりが優れていますね。
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