歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

ロンドン・バロック『パーセル/4声・3声のソナタ集』

2008年02月18日 | CD パーセル
Henry Purcell
Ten Sonatas in four parts Z.802-811
Twelve Sonatas of three parts Z.790-801
London Baroque
HMX 2901438.39

1992,93年録音。74分35秒/70分26秒。HMFの、CD2枚で1枚分の値段ってシリーズです。「10の4声のソナタ集」「12の3声のソナタ集」ってタイトルですが、要はどちらも、vn2、vc、cemによるトリオ・ソナタってことです。はじめて聴いたパーセルの室内楽だったんですが、「へー、すごいぢゃん」て感じで、作品にも演奏にもすっかり心奪われました。

聴くまでは、軽い作りの音楽なのかなと思ってたんですが、なんのなんの、実に密度の高い曲ばかりです。たとえばバロックの室内楽のコンサートでも、じゅうぶんプログラムの中心に据えられると思いました。

専門的なことはなにも分かりませんけど、このソナタ集ってどこか18世紀を先取りしているような気配があるんですよね。パーセルの声楽作品が、どこかアルカイックというか、いかにも17世紀バロックらしいみずみずしさを湛えているのに対して、器楽曲はとてもアバンギャルドですよ。トリオ・ソナタの早い作例、ってことになるんですかね。

このパーセルをヘンデルと比べると、ヘンデルの場合、室内楽作品て、聴いてる分には充分楽しいんですけど、劇場声楽作品の副産物、ってイメージが払拭し切れないところがあるぢゃないですか。その点、パーセルのこのソナタ集は他のジャンルによりかかることなく、独自の世界を築きあげてます。

それにしても「3声のソナタ」と「4声のソナタ」が実はおんなじ編成、っていうのが腑に落ちない。こりゃいったいどういうことですか。トリオ・ソナタの歴史についてもぜんぜん知りませんが、当時のイギリスには「トリオ・ソナタ」って概念はまだなかったんでしょうか。

『日国』第二版・精選版

2008年02月17日 | 本とか雑誌とか
■『日本国語大辞典』第二版の「精選版」を勤め先で買ってもらいました。13巻の元版が50万語収録で、この3巻の「精選版」は30万語だそうです。それが届いて、初めて手に取って見たんですが、日によっては──あるいはわたしの体調によっては──活字が小さすぎてとても読みにくいことがあって困ります。というか実際にそうとう小さな字で組んであるので、これ用の薄いルーペを買おうかと思います。装丁は「精選版」のほうがいいですね。重厚な雰囲気を漂わせながらも、洗練されてます。わたしも「精選版」が出ると分かっていたらこっちを買ったと思いますよ。二年ほど前になりますかね、13巻本を、セールスの人に乗せられてプライベートで買っちゃったんですが、その後引っ越ししていまの住まいに移ってもう一年たったのに、いまだに段ボールの中から出してません。たはーっ。

■当り前?な一般家庭で買う国語辞典としては、この「精選版」がぎりぎり最大のものでしょうね。1冊ごとがずっしりと重いので女性やお年寄りには取り回しがしづらいかもしれませんけど。装丁がいいからオフィスにおいてもおかしくないですよ。昭和の『日国』はいかにも図書館で引く特別な辞書、って感じでしたけど──そして第二版の元版13巻本も日常的に引こうという気にはなれませんけど──、この「精選版」はちっとでも日本人の日常生活に溶け込んでほしいと思います。やっぱり辞書は大事ですよ。ほんとはわたしも13巻本を取っ払ってこの3巻本に買い替えたいんですが、いぜん、昭和の『日国』10巻本(縮刷版、てやつね)を古本屋さんに引き取ってもらったときに、涙が出るほどの二束三文でしか買い取ってもらえなかったので、わたしは13巻本でがんばります。っていうか、はやく段ボールから出さないとね。

「寝返る」

2008年02月16日 | 気になることば
■きょうの午後いつもの病院で療法士の先生にリハビリしてもらっていると、隣のベッドでやっぱりリハビリしていた別の先生が患者さんに「ぢゃあ○○さん、こっちのほうに寝返ってもらえますか」と言っていました。わたしは、「寝返る」っていうと「裏切る」の意味でしか使わないので、たまたま耳にしたこの言い方に違和感を感じました。

■それでうちに帰ってから、MacBookに入れてある『大辞林』──これはegbridge(!)のおまけでついてきました。ほんとに重宝しています──で「寝返る」を引いてみました。すると、「(1)寝たまま体の向きを変える。寝返りを打つ。(2)味方を裏切って敵方にまわる。裏切る。」とありました。意外でした。わたしは「寝返る」という言葉を(1)の意味では使ったことがないし、(1)の意味で使われた例を目にしたこともないように思います。わたしにとって「寝返る」ってことばはこれまで(2)の意味しかなかったんです。だから、今日、リハビリの先生の言葉遣いを聞いて、「あ。それ、ほんとは間違い」と思ったんですが、『大辞林』によれば、リハビリの先生のあの言い方は間違っていなかったということですね。

■しかしどうなんでしょうか。わたしの語感では、実際に「寝たまま体の向きを変える」という動作については、「寝返りを打つ」ということばを使うのがデフォルトなのですよ。そしてわたしの中では、「寝返る」のほうは「裏切る」の意味しかないんです。これは面白いことだと思いました。「寝たまま向きを変える」という実際の動作に対して「寝返りを打つ」という長たらしい言い方をし、「裏切る」という比喩的な意味には、「寝返る」というより直截な表現を対応させているわけです。これってわたしだけですか?

『ディドー』で好きな場面

2008年02月16日 | 音楽について
■『ディドー』でいちばん好きなところは第2幕の後半の森の場面。シンプルで優美なリトルネロからはじまって、まづベリンダがソロで、次いで合唱が"Thanks to these lonesome vales"って歌っていくところはこたえられない。17世紀バロックにおけるもっとも美しい音楽の一つだとすら思います。こういう静謐な美を感じさせる曲は、リュリには書けないね。

■この森の場面は楽譜が一部失われていて、この場がエネアスのアリアで突然終わってそのあとすぐ第3幕の船の場面になるのは、楽譜を見ながら聴いているとたしかに変です。エネアスのアリアのあとに少なくともこの場を締めくくるリトルネロがないと。現にたいていの指揮者はここに何らかの曲を持っていて欠落を埋めています。ただし、いっさい補訂の手を入れずに現在残っている楽譜だけを録音しているピノックのCDを、楽譜は見ずに音だけ聴いてると、さほどの違和感もないんですよ。かえって新鮮な感じさえする。

石原千秋さんのカミングアウト

2008年02月15日 | 本とか雑誌とか
■石原千秋さんは、小学一年の二学期に狛江市に転校し、その秋の父親参観日に担任の先生が、教室の端から順番に生徒を立たせて父親の職業を言わせた(!)とき、「僕の父は去年飛行機事故で亡くなりました」とだけ言って、座ったそうです。これはNHKブックスから出た『小説入門のための高校入試国語』という本に載っている話で、石原さんの文脈としては、実はその「父親参観日」に石原さんのところはお母さんが見えていて、「こういう僕の姿を教室の後ろで見ていなければならなかった母親の気持ちを、僕の背中で痛いほどに感じ取った。」と続くのである。

■担任教師が、よりによって保護者さえいる中で生徒全員に父親の職業を発表させたことについて、石原さんは「いまだったら絶対に許されないような」授業だと言っているけれど、当時だって、これ、問題になったんぢゃないのかなあ。この担任の先生は想像力がなさすぎる。まあこういう鈍感な感覚の人は世の中にはよくいますよね。先生がこんなだと、教え子は当然傷つきますけど、しかしいっぽうでは往々にして、これを文字どおりの反面教師にして、けっこう成長していくものですよ。子どもってそんなもんですよね。

■で、石原さんのこの話ですが、こういうのをカミングアウトといいますね。石原さんはここで、母子家庭に育ったことと、小学一年でこのような劇的な体験をしたということと、それから、少年時代のその体験を今にいたるまで鮮明に記憶していてそれをこうして自分の本に書きつけてしまうという自分自身のキャラクターと、それらをまるごとカミングアウトしている。この気合いがすごい。

『晩課』のCDただいま4種類

2008年02月13日 | 音楽について
■みなさんモンテベルディの『晩課』はだれの演奏でお聴きですかね。わたしは80年代に出たパロットの演奏をずっと愛聴してまして、これは今でも好きです。編成は室内楽的な小ぢんまりしたものですが、パロットらしい、生気あふれるいい演奏で、カークビー、ロジャースらソリストたちも調子いいです。その後、わりと評判のよかったヤーコプス盤を買い足したんですが、買ってすぐ聴いたときはあまりピンとこなくて、その後もパロットばかり聴いていました。最近になってヤーコプス盤を久しぶりに聴いて、「ああいいな」とやっと思えるようになりました。

■そもそもパロットとヤーコプスと、聴いた感じがわりと近いんですね。どちらも輪郭のハッキリした、聴いていて元気の出てくる演奏です。ただし、パロットのが演奏人数をしぼって、(後でわかったんですが)独自に曲順も入れ替えて、個性の強いCDに仕上がっているのに対し、ヤーコプスのは人数も曲順も一般的なもので、よりスタンダードな感じがします。

■その後、ごく最近ですが、ディエゴ・ファゾリスのと、コルボの新録音を買い足しました。それぞれに面白く、モンテベルディのこの『晩課』って曲はいろいろ聴きくらべるだけの価値のある曲だなあと思い知らされているところです。

ジェームズ・アレクサンダー・ブラッチリー

2008年02月07日 | 音楽について
■トリニティ・クワイヤのカウンターテナーでJames Alexander Blachlyという人がいるのですがね。この人、去年の『アーサー王』ではアルトの合唱に加わるほかに、テナーに助っ人してソロをちらっと歌ったりもしていました。例によって自分のサイトを持っていて、それはこちらです。1980年生まれだそうですよ。この人も他の何人かのメンバー同様、多彩な才能の持ち主で、サイトのバイオではまづもって、"a composer from New York City"と書いてあります。で、パフォーマーとしてはダブルベースやビオラ・ダ・ガンバを弾いたりもするそうです。

■確証があるわけではないんですが、このブラッチリーさん、あのポメリウムを率いるアレクサンダー・ブラッチリーの息子さんではないかとわたしはにらんでいます。名前も名前だしね。ポメリウムのサイトの舞台写真ではこのジェームズの姿は確認できませんが、息子は息子で独立独歩、でもやはり父と同じ音楽の道を進んでいる、ってとこぢゃありますまいか。

■サイトのギャラリーやトリニティ・クワイヤでの映像を見てもらえば分かるとおり、このジェームズ・アレクサンダー・ブラッチリー、なかなかシュッとした二枚目です。

■ところで、ポメリウムのCDが軒並み入手しがたい状況になってしまっているのはどういうわけですか。このグループのCDがアルヒーフからリリースされるようになったころ、わたしはアメリカの古楽演奏というものに対してまだ懐疑的だったので、買わずじまいだったのですよ。でもいま試聴できるサイトで聴いてみるとなかなかいい。ポメリウムのジョスカンなんか、聴いてみたいんですが、外盤すら品切れ状態である。ユニバーサル・ミュージックはなんとかしなさい。

トリニティ・クワイヤ『モンテベルディ/晩課』

2008年02月06日 | 音楽について
■で、現地時間1月29日に行われたTrinity Choirの『モンテベルディ/晩課』なのですが、演奏そのものは悪くなかったですよ。合唱団はもともと力量があるわけだし、声のソリストも楽器のソリストも立派でした。映像でみると、この『晩課』は奏者に高いレベルの技術を要求する曲であることがあらためて分かりますが、みんなよくやっていました。ニューヨーク・タイムスも演奏そのものについては好意的な批評を出しています。

■声のソリストでは、第1テナーのMarc Molomotだけは初めて聴いたような気がする。ほかの人はTrinity Choirの今シーズンのコンサート、『アーサー王』と『メサイア』ですでに出演済みの人たちばかりです。ことにテナーのソリストの出番が多いんですが、Marc Molomotも、第2テナーのDaniel Mutluもよく歌ってました。Daniel Mutluは人気のある歌い手のようで、演奏後も拍手をいちばん多くもらっていました。

■客演指揮したAndrew Megill(アンドルー・メギル?)は、わたしはこの人のこと知らないのですが、古楽から現代ものまで幅広くレパートリーにしている合唱指揮者だそうです。それにしてもメギルはどの程度今回の曲作りに参加していたんでしょうかね。昨年12月の『メサイア』ではこれまでどおりバーディックが振って、そのバーディックの退任が発表されたのが1月の半ばで、今回のこの『晩課』のコンサートが1月末というタイミングだったわけですが。

オーウェン・バーディックが突然の退任

2008年02月04日 | 音楽について
■Trinity Choirの指揮者であったOwen Burdickオーウェン・バーディックが、この1月、指揮者の任を退いたそうです。ニューヨーク・タイムスのweb版にも"Director of Music at Trinity Steps Down"と題して記事が出ていましたのでご覧ください。

■1月29日の演奏会、モンテベルディの『聖母マリアの夕べの祈り』ではAndrew Megillという人が客演して指揮をしていました。Trinity Churchのサイトのコンサート予定によると、この先、3月(ハイドンのミサ)、5月(フランス・バロック)のコンサートも客演指揮者の名前がすでに告知されてます。

■事情はわからないのですが、急な辞任であったことは確かです。だって、今回の『晩課』はもちろん、3月、5月のコンサートも、バーディックが指揮するものとしてついこの間までアナウンスされていたのですからね。

■それにしても…。エルゴソフトの次はバーディックさんですかっ。