歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

コープマン『ヘンデル_メサイア』

2010年10月31日 | CD ヘンデル
Handel
Messiah
Kweksilber, Bowman, Elliott, Reinhart
The Amsterdam Baroque Orchestra
The Sixteen
Ton Koopman
0630-17766-2

1983年録音(8月のイタリア・リミニと、9月のオランダ・ユトレヒトでのライブ)。74分57秒/65分35秒。ERATO。2回のコンサートの出来のいい方の音を採ってつないだそうです。テンポは心持ちゆっくりめ。コープマンの表現はコクがあり、例によって通奏低音のチェンバロが雄弁で楽しい。シクスティーンは、技巧は完璧だがそれをひけらかさず、ナチュラルかつさわやかな歌いぶり。コープマンのゆっくりめなテンポにも適確に反応してすばらしい。合唱に関しては、今日なお、もっともすぐれた『メサイア』(少なくともそのひとつ)だと言っていいです。

しかしソロがやや落ちます。ソプラノのクベクジルバーが魅力に欠ける。ずっと不調だったのか、もともとこういう声の人なのか、声が美しくない。いまから30年近く前の録音であることを考慮しても点は辛くなる。他の三人はまあまあといったところ。エリオットは美声はいいんだけどやはりところどころ音程が微妙。まあホグウッド盤よりも意欲的な歌いぶりな点は買える。ラインハートによる〈Why do the nations〉と〈The trumpet shall sound〉は特に破綻もないかわりにやや小粒。

ザ・シクスティーンの録音としては早い時期のもの。メンバー表によると5・4・4・4。Sally Dunkley、Haward Milner、Mark Padmore、Simon Birchall、Francis Steele、Jeremy Whiteなどがいます。オーケストラは弦がVn6のほか、Va、Vc、Cb各1。あとOb2、Fg1、Tp2。リーダーはMonica Huggett。VaはTrevor Jones、VcはJaap ter Linden。さらにティンパニ、オルガン各1、そしてコープマンがチェンバロを弾きながら指揮をする。

版は面白いのを使っています。〈Thus saith the Lord〉と〈But who may abide〉はどちらもバス。第2部の〈How beautiful are the feet〉と〈The sound is gone out〉はソプラノのダカーポ・アリアとして、ひとつの曲になってます。中間部となる〈The sound is gone out〉は当然ながら合唱バージョンとはまったく違うメロディ。〈How beautiful〉から引き続くシチリアーノの上昇音型が美しい。この稿を、来日して『メサイア』を演奏したときにもコープマンは使っていた。バスの〈Why do the nations〉は、長いほうの版。第3部のAとTのデュエット〈O death, where is thy sting〉はめづらしく長いほう。〈If God is for us〉はソプラノ。

久しぶりに聴いたらまあまあでしたよ。なにしろシクスティーンはすばらしい出来。評価の分かれ目はクベクジルバーの地味ぃなソロに我慢できるかどうか、です。

Ich liebe dich.

2010年10月30日 | 気になることば
ドイツ語と英語とでは──とくに歌を歌うと分かりますが──口から吐きだす息の量が違う。たとえば〈Ich liebe dich〉と〈I love you〉。ドイツ語ぢゃあ「ヒ」の音が2回も出てくる。なんか、言うだけで疲れそうだ。にもかかわらず口にする。それだけ思いも深かろう。まあ「イッヒ・なになに・ディッヒ」の「なになに」には〈liebe〉以外にもいろんな動詞が入るわけで、となると「ヒ」を2回言うのは「愛する」ときだけぢゃない、ってことになるけれど、とにかく〈Ich liebe dich〉って言い方は「真正面に向き合ってます!」って風情があって、いいなあ。

ベートーベンの歌曲でまさに〈Ich liebe dich〉というのがありました。歌曲ほとんど聴かないわたしがなんで知ってるかというと、高校時代、音楽部で独唱の練習させられたときの課題曲の一つがこれだったから。わたし自身は確かこの曲を歌ったことはなかったんですが、音楽部のほかの部員がしきりに練習していたのを憶えています。とても素直な曲で、「へー、ベートーベンてこんな優しい曲も書いたんだ」って思いました。

で、せっかくなのでこのベートーベンの〈Ich liebe dich〉を今になって聴いてみたいなあと思って、CDを探したんですが、ベートーベンの歌曲のCDって存外出てないものなんですね。国内盤では、フィッシャーディスカウとプライのいづれも60年代の録音がかろうじて入手可能みたいです。ベートーベンの歌曲、わたしは、この「君を愛す」以外には「アデライーデ」くらいしか知らないんですが、端正で、いいよねえ。しかしたしかに地味かもしれない。買う人が少ないから流通量も少なく、国内盤が出てもすぐ品切れになるのだろう。

Alles klar?

2010年10月27日 | 気になることば
ドイツ語のドラマを英語字幕で見ると、英語についてもドイツ語についてもいろんなことが教えてもらえる。とはいえ、学校でちゃんとドイツ語を教わったことはないので、まるでとんちんかんな誤解をしてるかもしれません。

《Alles was zählt》を英語字幕で見ているおかげで、ドイツ語って面白いなあとちょっと思いかけています。わたしだってバッハのドイツ語のカンタータとかオラトリオを少しは聴くし、自分でドイツ語の歌もちょびっと歌ったことがあるから、「ヤア」がyesで、「ナイン」がnoだ、くらいは知ってます。それから「イッヒ・リーベ・ディッヒ」が〈I love you.〉にあたる、くらいはね。いやほんとに、《Alles was zählt》を見てると「イッヒ・リーベ・ディッヒ」ってせりふがよく聞こえてくるんですわ。Deniz & Romanもお互いに言うけど、Annette & Ingoもよく「イッヒ・リーベ・ディッヒ」って言いあってます。わたしはNadjaがMarianに言った「イッヒ・リーベ・ディッヒ」が耳に残ったな。

よく出てくる間投詞みたいなドイツ語も面白い。「ズーパー!」とか「クヴァッチ!」とか。いちどだけですがフィギュア・スケートのトレーナーであるMikeが「オイオイオイ」と言ったことがあって、これはどうも日本語の「おいおいおい」っていうのと似たようなニュアンスだった。

それから、仲間どうしの挨拶として「アレス・クラー?」「ヤ、クラー」というやりとりがある。何日か考えて、「クラー」ってのは英語でいえば〈clear〉らしいと気がついた。しかしどうも「すべて明らかですか?」「はい、明らかです」って気配ではまるでなく、「順調?」「ん、まあね」くらいの意味合いらしい。英語の〈clear〉はこんなふうな使い方はしませんよねおそらく。

今のドイツ語には、外来植物のように英語が入りこんで幅を利かせている、って話は、ほんとうだった。「オーケイ!」とか。「クール!」とか。そういえばドラマの舞台であるフィットネス・クラブの名前も〈Steinkamp Sport and Wellness Centre〉と思いっきり英語なのだった。「ゲイ・ゲームズ」なんてことばもそのまま使っていた。

イゴール・ドルガチェフ

2010年10月25日 | 演ずる人びと
《Alles was zählt》でDenizを演じるIgor Dolgatschewは、1983年11月、ウクライナ生まれだそうです。ということは、2007年2月に《Alles was zählt》の230回で初登場したとき、23歳。このとき劇中のDenizはまだ17歳の設定で(もうすぐ18だ、と父親のMarianが言ってたような気もするが)、さすがに17歳にしてはIgor Dolgatschewは大人に見えた。Marianが当時つきあっていた女性Nadjaも、Denizがまだ17歳と聞いて「大人びて見えるわね」と言っていた。

しかしそもそもあちらの人はわれわれ日本人から見ると実年齢より上に見えることが多いから、Igor Dolgatschewの演じるDeniz少年が17歳にしては老けて見えても「まあそんなもんだろう」と思ってしまう。不自然には感じなかった。それにIgor DolgatschewはDenizの若さ未熟さを、演技の巧さで表現していた。自分の性指向にとまどい、同性のRoman Wildに心ひかれてしまう自分自身に気づいて当惑する表情とか、視線が宙に泳いでしまう風情とか。

問題は、Denizがそのままずっとレギュラーとして《Alles was zählt》に出つづけているということですね。いやまあ人気があるから出つづけているんでしょうよ。めでたいことだ。文句はない。ただ2010年10月現在、劇中のDenizはまだ21歳のはずなのに、演じているイゴール・ドルガチェフはもう26歳なのである(11月生れだそうだから来月には27歳)。これはさすがにきびしい。最近のDenizはどうみても成熟しきった大人の男だ。Denizのファンの人たちは、「Denizかっこよくなったよねー」とか思いつつ、「でもほんとはDenizはまだ21歳なんだよね」と心の隅で当惑しているだろう。

長岡輝子

2010年10月21日 | 演ずる人びと
長岡輝子死去。102歳。わたしにとってこのひとは小津安二郎の映画の人。『東京物語』『早春』『東京暮色』『彼岸花』『お早よう』と、小津映画に五本出ているそうです。『東京物語』では十朱久雄の奥さん役でした。これは憶えている。『お早よう』では新興団地の文化住宅に住む奥さんで、三宅邦子、杉村春子、高橋とよといっしょに出て、長岡さんの夫は東野英治郎でした。出番が多かったのは『お早よう』かなあ。でもいちばん印象的なのは『彼岸花』の、佐分利信・田中絹代夫婦の家の家政婦役ではないでしょうか。京都の旅館の女将の浪花千栄子がかねて知り合いのこの家を訪ねてきて、おみやげを長岡輝子に渡す。そのとき浪花千栄子が「あんたやおへんで。おうちにどっせ」とつい一言口走る。そしたら長岡輝子は慌てず騒がず、「は、わかっております」って言うのよ。なんてことないやりとりなんだが忘れられない。『彼岸花』はたしか小津安二郎初の総天然色映画だったと思います。有馬稲子がきれいです。むかしの映画に出てくる美人女優はほんとにきれい。

しかし『早春』と『東京暮色』での長岡さんの記憶はない。まあちゃんと見てない、ってこともあるからな。『早春』には先日亡くなった池部良も出ている。DVDを引っ張りだして見てみるか。

Mac OS X Lionていうのが来年の夏に出る、というのを今朝知った。とにかくね、わたしとしてはegword universal 2が無事に動きゃ文句はないのよ。でもシステムのインターフェイスが刷新されるようで、それに対応のしようがないegword universal 2はなんかしら不具合が出そうで鬱。

ニーナ・ボット

2010年10月20日 | 演ずる人びと
《Alles was zählt》に出てくる女性たちのなかでいちばんセクシーなのはCelineだと思います。Nina Bottという女優さんがやってました。と、過去形なのは1007回をもって(ひとまづ?)降板したから。

Nina Bottはハリウッドに進出する計画とかないんだろうか。ただきれいなだけぢゃなくて、匂い立つような色気があるんですよ。ほかの女優さんとはオーラが違う。たぶんそれを踏まえてだろう、Celineはなにしろもてた。十代のときに娘Zoéをもうけ(娘の父親はIngo)、その後Maximilian von Altenburgと結婚、そして離婚。Maximilianの継父であるRichiard Steinkampとも関係があった。その後、センターの専属医のOliverと恋愛関係になって、彼とオーストラリアに移住していきました。Maximilianとがいちばんお似合いでした。Maximilianはコテコテのラテン顔の美男子で、Celineとのツーショットもさまになった。

「みずほ」と「さくら」

2010年10月17日 | 気になることば
九州新幹線の愛称の件。山陽新幹線と相互直通するのが「さくら」で、さらに新大阪と鹿児島中央をむすぶ最速列車を「みずほ」にしたら、「みずほ」って名前は「さくら」より格下だ、なんで最速便が「みずほ」なのかと異論が出ているとのこと。

鹿児島の知事さんとしては、熊本止まりで西鹿児島始発でもなかった旧特急の名を最速便の愛称にするのは気にくわん、とのことである。しかし言わせてもらえば旧「さくら」は長崎─東京間の寝台特急だったのに、九州新幹線の「さくら」は長崎県をかすりもしないのよ。長崎県人としては納得いかん。

物の名前に格がある、っていうのは面白いことだと思う。むかしの日本海軍の軍艦とかもそうね。わたしはプラモデルは作らなかったけど軍艦の本は買って「勉強」しました。戦艦の名前は旧国名、空母は吉祥動物、重巡(「巡」とは巡洋艦のこと)は山、軽巡は川。駆逐艦は自然現象。たとえば空母信濃は、もともと大和級の戦艦として計画されたから旧国名の艦名を持つが、途中で変更されて空母となった。大和級は大和、武蔵、信濃。いづれも重要な大国で、格が高い。しかし海軍には薩派が多かったと聞いていますが、少なくとも第二次大戦のときには、戦艦薩摩も戦艦大隅もなかったねそういや。沈むと困るからかな。

奥女中の名前も面白い。幾島、とか瀧山、とか言われるといかにも重々しい雰囲気がみなぎるし、廣川、高山、だとどういうわけか、それほどでもない「そこそこ」の名前、って思う。やはり名前の格が違うのだ。

Deniz & Romanとその周辺

2010年10月16日 | 演ずる人びと
《Alles was zählt》でゲイのフィギュアスケーター(後にトレーナー)Roman Wildを演じているDennis Grabosch(デニス・グラボシュ?)は、自身オープンリーなゲイであるそうです。

Graboschはべつにびっくりするほどではないけれどまあまあ美形です。しかしスタイルはそんなによくない。演技もさほど巧くはない。30歳を超えておなかに肉がついてきて、ドラマの中のベッドシーンでも、彼の演じるRomanは、相方のDenizにおへそまわりの肉をつままれてそのことをからかわれていた。Dennis Graboschはからだをしぼるべきだと思う。むしろ相方Deniz役のIgor Dolgatschew(イゴール・ドルガチェフ?)という俳優さんのほうが、すらりとした筋肉質で、若いけど演技も巧い。ただしDolgatschewはプライベートではヘテロセクシュアルであるそうな。

Romanは280回だったか、そのあたり(いいかげん)でホモ狩りに遭う。Steinkamp Sport and Wellness Centreのホッケーチームの選手であるホモ嫌いのマッチョ男が、覆面をしてRomanを襲う。その襲われるRomanを、オープンリーなゲイであるGraboschが演じる。これってセンセーショナルなキャスティングだと思うなあ。で、このBulleと呼ばれる卑怯な男は捕まって収監されるんですが、のちに出所してふたたびDenizとRomanの前に姿を現すことになる。

そういう筋は織り込まれるんですが、それにしても、このドラマ全体を見ると、ホモセクシュアルに対する寛容さにちょっとびっくりする。さっきのホモフォビア男以外では、Denizの父親のMarianが明らかな拒否反応を示すくらい。これにも、Marianがトルコ系で(Marianはたまにトルコ語を口にする)イスラム社会では同性愛はより禁忌だから、という背景が説明される。それをのぞけば、DenizとRomanの友人たちは自然にふたりの性関係を認めている。フィットネス・クラブのガラス張りのトレーニング・ルームで抱きあってキスするふたりを(いやもちろんまじめにトレーニングもするんですけどね)、「あれまあ」って感じで眺めながら通りすぎる。ふたりの関係がぎくしゃくしたら相談にも乗る。ドイツってそうなのか? セクシャル・マイノリティへの理解がそんなに進んでるの? それとも舞台のエッセンて街になにかそういう事情でもあるのか?

ホグウッド『ヘンデル_合奏協奏曲集Op.3』

2010年10月15日 | CD ヘンデル
Handel
Concerti grossi, op.3
Handel & Haydn Society
Christopher Hogwood
444 165-2

1988年録音。60分18秒。Decca/L'Oiseau-Lyre。ヘンデルのOp.3はCD1枚におさまるコンパクトな合奏協奏曲集。ヘンデル・ハイドン・ソサエティはホグウッドの指揮でOp.6も録音していますが、このOp.3のほうが早く録音されています。オケの音色がAAMとはやっぱり違う。この曲集はOp.6とはちがって管がけっこう活躍するわけですが、弦も管も、ヨーロッパのアンサンブルとは違った、鄙びた奔放な音を出している。その勢いのよさにひかれて聴きとおしてしまう。ホグウッドの指揮はOp.6の場合と同じく保守的で、意表を突くような奇手を用いるわけでもなく、身もふたもない言い方をすれば藝がないけれど、オケの奔放さのおかげで怠惰に流れることから救われている。

Op.6ではさほど思いませんが、Op.3を聴いてると「あれ、この曲はオラトリオの序曲っぽいよ」とか「この曲はシャンドス・アンセムからの転用だわ」とか、「ここはまるでオーボエ協奏曲ですな」とか、いろいろつぶやきたくなる。6番は『エイシスとガラテア』の序曲を思わせますね。

ホルスタインの癒し

2010年10月14日 | 演ずる人びと
《Alles was zählt》は、例外もあるけど主要な登場人物がたいてい美男美女かあるいは気さくでひとを惹きつける人たちなんですよ。とくに女性はほぼ全員がそれぞれに魅力的。たいしたもんだよドイツ。これがたとえばイギリスのドラマだと、わたしは『名探偵ポワロ』のDVDをけっこう買い込んでたりするんですが、原作では美男美女のはずなのに「うーん」て唸りたくなるような微妙な役者さんが出てくることがよくある。

長丁場の連続ドラマによくあるように《Alles was zählt》でも途中降板とか新キャラの登場とか、さらには、ある同一のキャラクターを演じる役者が途中で交替するとかいろいろあります。Diana Sommerというフィギュアスケーターの役でTanja Szewczenkoという金髪の女優さんが出ていて、わたしは昔オリンピックに出て人気者だったジャネット・リンを思いだしたんですが、じっさいこのSzewczenkoという人はプロのスケーターでもあって、そっちのほうの仕事のために途中降板したんだそうですよ。この人のこと、わたしは知らなかったけど、かつてはフィギュアスケートのNHK杯でも優勝したことがあるそうです。結婚式の最中に当の新郎に急死されるというとんでもない不幸に見舞われる役ですが、ほかの俳優とのアンサンブルも違和感なく、達者に演じていました。

《Alles was zählt》でいちばんなごむカップルがAnnetteとIngoのふたりです。Annetteはフライドポテトの屋台の従業員であねご肌。その妹のLenaはSteinkamp Sport and Wellness Centreでバレエのインストラクター。Ingoのほうはシュタインカンプのアイスホッケーのコーチで、陽気でさばけた男。はじめのほうではIngoはLenaとつきあっていた。Ingoがずっと好きだったAnnetteはそれを複雑な思いで見ていたんですが、LenaがIngoと別れてからAnnetteとIngoは接近し、400回あたりでむすばれます。結婚するなら、Annette。そしてIngoは劇中でギター弾いて歌も歌うし、この役を演じているひとは俳優兼歌手兼コメディアンみたいなマルチタレントなのかもしれません。

Steinkamp Sport and Wellness Centreのオーナーであるシュタインカンプ家のふたりの娘。姉のJennyはとんでもないトラブルメイカー、いっぽう妹のVanessaはごつい体つきをしていてセンターのホッケーチームのメンバーで、でも愛嬌のある性格で、頭がいい。行き違いがあってRomanと切れたDenizと一時つきあったりする。

美男美女もいいんですが、AnnetteとかVanessaとかのホルスタインみたいな女につい注意が行くのは、わたしが疲れてるせいかもね。癒されたいよ。