歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

「寝返る」

2008年02月16日 | 気になることば
■きょうの午後いつもの病院で療法士の先生にリハビリしてもらっていると、隣のベッドでやっぱりリハビリしていた別の先生が患者さんに「ぢゃあ○○さん、こっちのほうに寝返ってもらえますか」と言っていました。わたしは、「寝返る」っていうと「裏切る」の意味でしか使わないので、たまたま耳にしたこの言い方に違和感を感じました。

■それでうちに帰ってから、MacBookに入れてある『大辞林』──これはegbridge(!)のおまけでついてきました。ほんとに重宝しています──で「寝返る」を引いてみました。すると、「(1)寝たまま体の向きを変える。寝返りを打つ。(2)味方を裏切って敵方にまわる。裏切る。」とありました。意外でした。わたしは「寝返る」という言葉を(1)の意味では使ったことがないし、(1)の意味で使われた例を目にしたこともないように思います。わたしにとって「寝返る」ってことばはこれまで(2)の意味しかなかったんです。だから、今日、リハビリの先生の言葉遣いを聞いて、「あ。それ、ほんとは間違い」と思ったんですが、『大辞林』によれば、リハビリの先生のあの言い方は間違っていなかったということですね。

■しかしどうなんでしょうか。わたしの語感では、実際に「寝たまま体の向きを変える」という動作については、「寝返りを打つ」ということばを使うのがデフォルトなのですよ。そしてわたしの中では、「寝返る」のほうは「裏切る」の意味しかないんです。これは面白いことだと思いました。「寝たまま向きを変える」という実際の動作に対して「寝返りを打つ」という長たらしい言い方をし、「裏切る」という比喩的な意味には、「寝返る」というより直截な表現を対応させているわけです。これってわたしだけですか?

『ディドー』で好きな場面

2008年02月16日 | 音楽について
■『ディドー』でいちばん好きなところは第2幕の後半の森の場面。シンプルで優美なリトルネロからはじまって、まづベリンダがソロで、次いで合唱が"Thanks to these lonesome vales"って歌っていくところはこたえられない。17世紀バロックにおけるもっとも美しい音楽の一つだとすら思います。こういう静謐な美を感じさせる曲は、リュリには書けないね。

■この森の場面は楽譜が一部失われていて、この場がエネアスのアリアで突然終わってそのあとすぐ第3幕の船の場面になるのは、楽譜を見ながら聴いているとたしかに変です。エネアスのアリアのあとに少なくともこの場を締めくくるリトルネロがないと。現にたいていの指揮者はここに何らかの曲を持っていて欠落を埋めています。ただし、いっさい補訂の手を入れずに現在残っている楽譜だけを録音しているピノックのCDを、楽譜は見ずに音だけ聴いてると、さほどの違和感もないんですよ。かえって新鮮な感じさえする。