歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

三入

2014年08月20日 | メモいろいろ
広島の被害の規模が大きすぎて愕然としてます。わたしの三入の知り合いは、無事だったみたい。そのことはひとまづ何よりだったのだけど、でもこれから復旧がたいへんそうですね。ていうか、泥水に阻まれて家に閉ぢ込められている災害弱者がたくさんまだいるはずなので、どうかどうか助けてあげてください。

あの三入、というのは古くからある地名で、あの熊谷直実の子孫が承久の乱後に賜った領地なのですよ。わたしも昔いちど行ったことがあるんですが、何もできずにすごすご帰ってきた思い出あり。

白蓮の母

2014年08月08日 | メモいろいろ
YOMIURI ONLINEの「カルチャー」に、「柳原白蓮、再び脚光」という記事が載っていました。その記事で知ったんですが、白蓮の母という人は、江戸幕府の外国奉行・新見正興の娘で、柳橋の芸者さんだったそうですね。新見正興というのは、幕末に幕府の遣米使節としてワシントン、ニューヨークまで行った人なんですよ。大統領にも謁見したんだって。お奉行さまだから偉いのよ。旗本。

白蓮さんは1885年生まれだそうです。芸者さんだったお母さんが白蓮をいくつで産んだかは分からないけれど、二十歳で産んだとするとお母さんは1865年生まれ。まあ、いづれにしても、お母さんはちょうど幕末のごった返しのころに生まれたとみていいでしょう。父の新見正興は瓦解ののちほどなく亡くなったそうですから、娘が柳橋で芸者さん、というのは、当時の身分意識としてはやはり「零落」って気配が濃厚だったろう。

この柳原白蓮の母のことを知ってわたしがただちに思い浮かべたのは、言うまでもなく『坊っちゃん』の清のことです。『坊っちゃん』の語り手によれば、「この下女はもと由緒のあるものだったそうだが、瓦解のときに零落して、つい奉公までする様になったのだと聞いている。」とのことである。

わたしは清の素性がずっと気になっていて、まあ御家人のお嬢さまくらいなのかなあと思っていたんですが、白蓮さんのお母さんみたいな例もあったのなら、旗本の娘、って可能性もありそうですね。