あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

雑感あれこれ

2012-01-29 20:09:55 | インポート

○ 星空を見上げて    

 厳しい寒さが続いていますが、その分だけ星の光が澄んできれいに見える気がします。我家の二階のベランダからは南側の空が見えるのですが、オリオン座や冬の大三角、西よりの空の木星の輝きが、ひと際鮮やかに見えます。冷気も身にしみますが、星空を見上げていると、背筋がスッと伸びるような爽快感も感じます。厚着をして、冬の星をながめるのもいいものです。

○ ラジオを聞いて    

   奈良県光明寺の女性住職であり、シンガーソングライターでもある:三浦明利<あかり>さんのインタビューと歌を聞きました。デビュー曲『ありがとう』は、澄んだ歌声も印象的でしたが、すベての出会いに感謝の思いをこめる歌詞を通して、仏と共に真摯に生きる三浦さんの姿が見えてくるような気がしました。歌は、ユーチューブで視聴することができます。

  朗読の魅力を漫画で表現している漫画家:片山ユキヲさんのインタビューを聞きました。特に印象に残ったのは、漫画の中で取り上げた宮沢賢治作「やまなし」について語った言葉です。~登場する沢ガニの背丈を1㎝とし沢の水の深さを40㎝としたら、沢ガニの目から見ると自分の背丈の40倍も離れた先に、水面が見えることになります。~「やまなし」の作品世界は、沢に住むカニの親子が見た水の中の世界です。その世界を漫画という視覚的な世界に表すことはとても難しいことだと思いますが、水中の世界をカニの視点から具体的にとらえていることに、とても感心しました。想像力が必要とされる難解な作品を取り上げ、漫画化し、しかも朗読の魅力まで伝えようとする 意欲と姿勢に、新たな漫画の可能性を感じました。是非読んでみたいと思いました。3巻まで発刊されていますが、1・2巻は中古でないと手に入れられないようです。

○ 映画 「ALWAYS 三丁目の夕日 64」 を見て

  5年前の前作を思い出しながら、今回の映画を見ていました。

  時代は、昭和39年東京オリンピックの年です。ブルーインパルスの飛行、カラーテレビの登場など当時の時代状況をなつかしく感じました。

  鈴木オートは、六ちゃんの他にもう一人従業員が増え、店は順調に大きくなっていました。茶川家も二階が増築され、一階の一画にはヒロミがおかみを務める居酒屋もできました。ヒロミは身重で、もうすぐ赤ちゃんが生まれます。淳之介も茶川家の大切な家族となり、三人家族で仲良く暮らしています。

  変わらないのは、登場人物たちの醸し出すあのなつかしく温かい三丁目の雰囲気です。茶川の気が弱くダメな性格、鈴木社長の一本気で怒りっぽい性格も、変わりません。何よりも変わらないのは、いざとなった時に 二人が見せる まっすぐな 愛情です。そんな二人を 茶川の妻:ヒロミ、鈴木社長の妻:トモエが しっかりと支えているところも、変わらない点です。

  今回は、六ちゃんの結婚、淳之介の作家としての旅立ちが 物語の柱ではありました。

  でも、私が一番印象に残ったのは、茶川が生まれた我が子を抱きしめ、夕日をながめている場面です。これから先もずうっと変わらず美しい夕日であってほしい……茶川の願いの中に、この映画のテーマが込められているような気がしました。この美しい夕日を 愛する家族と一緒にながめることのできる ささやかな幸せの中にこそ、本物の幸せがあるのだということ。それが このシリーズの映画に共通してある温かさなのかな……と思いました。

 今回も、知らない間に涙が出てしまう場面がたくさんありました。年をとったせいなのか、感性がまだ豊かであることの証拠なのかはわかりませんが、いい映画だったことは確かです。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダルビッシュ投手がレンジャーズへ

2012-01-22 13:25:36 | インポート

日本ハムのダルビッシュ投手が、大リーグのレンジャーズへの入団が決定し、昨日アメリカで記者会見がありました。プロスポーツの中でも野球が大好きな私にとっては、今年海を渡る日本人選手の活躍がとても楽しみです。

楽天の岩隈投手、ヤクルトの青木選手、ソフトバンクの和田投手、川崎選手も、アメリカでプレーすることになりました。所属チームがいまだに決まらない松井選手の動向も気になります。楽天の今年の躍進を期待し応援するのと同様に、海外でプレーする選手たちにもエールをおくりたいと思っています。

私の野球好きは、背番号3の長嶋選手への憧れから始まりました。ここぞという場面で打ち、華麗なフィールディングを見せる活躍を見ては、心がワクワクしたものでした。ただ悲しかったのは、引退のセレモニーをテレビで見た時でした。巨人軍は永遠に不滅です というメッセージを聞きながら、心のヒーローが不滅でないことがむしょうに悲しくなり、涙したことを思い出します。それだけ、私にとっては、長嶋選手は太陽のような存在でもあったのです。

長嶋選手には、楽しいエピソードがたくさんあります。

球場での練習に我が子を連れてきたものの、練習に夢中になり、そのことをすっかり忘れて家に帰ってしまったこと。電話でバッテイングに関する質問を受けた時に、こういうふうに打つんだよと電話の前でバットを振って見せたということなどがありました。

夢中になってしまうと、そのことだけに集中し、前後のことを忘れてしまうところがあったようで、私にはそんな人間的な一面も大好きでした。

野球をするのも、見るのも大好きになった理由は、そんな長嶋選手との出会いがあったからです。

そんな長嶋選手と同様な輝きを、アメリカで新たな野球人生をスタートする選手に期待したいと思います。イチロー選手やMVPを獲得した松井選手、かっての野茂投手や佐々木投手のような輝きを発揮することを心から願い、応援していきたいと思っています。

そして、我がチーム『楽天イーグルス』の 悲願の初優勝も 期待し、熱く応援していくつもりです。

球春の訪れが、今から楽しみです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小出裕章先生の話を聞いて

2012-01-21 23:22:41 | インポート

反原発の立場を貫いてきた京都大学の小出裕章先生の話を、インターネットで聴く機会がありました。その明快な話しぶりと科学者としての誠実な姿勢に、好感をもちました。

なぜ東京電力の原発施設が、東北電力のエリアにあるのか。原発でつくられた電力は、東京電力のエリアで使われるものなのに、どうして東京から離れた福島や新潟に原発を設置し、東京につくらないのか。

小出先生の論理は、明快です。万が一の原発の危険性を承知しているから、被害の及ばない離れたところに設置しているのだということです。恩恵だけは我がものとし、危険だけは他者に委ねるという身勝手な論理が、根底にあるからだというのです。そういった自分勝手な考えた方が許せないという思いが、反原発を貫く姿勢につながったとのことです。

原発はひとつの機械であり、機械は壊れるものである。その機械を操るのは人間であり、人間がその操作を誤る場合もある。その可能性を否定できないからこそ、原発は不必要である。

福島での今回の事故は、想定外の事故とすることで、責任の所在をあいまいにしてしまう面がありました。それだけ人間の手によるコントロールが難しく管理の及ばないものが原発なのだとしたら、なおさら原発そのものが危険な存在と言えるのではないかと思います。

小出先生はまた、事故が起きて以来政府が情報を提供する姿勢は、安全・安心であるから心配しないようにという感情面に働きかける情報が先行し、正確な情報提供が後回しになり、避難指示や対策が後手後手に回ったことを指摘しています。

正しく正確な情報提供こそが、被害を最小にとどめる有効な方法である。科学者としての誠実な姿勢を持ちつづけているからこそ、語ることのできる重い言葉なのではないかと思います。

放射能の除染作業が進められる中、二本松市のマンションの基礎部分から高度な放射能汚染が発見され、ニュースになりました。汚染された砕石の使用は、千か所以上にのぼり特定するのが難しい状況にあるとのことです。新たな汚染状況が発見され、また新たな対策が必要となります。汚染された瓦礫や土、焼却灰の行き先が見つからず、復興やゴミ処理対策の面でさまざまな支障も出ているようです。

私の住んでいる地域でも、米やキノコなどから国の基準を上回る放射能が測定されています。我が菜園も、測定はしていませんが何らかの汚染が想定されます。福島以外の地域でも、放射能による汚染は、さまざまな影響を与えていることを実感します。

事故によるコストは、どれだけになるのでしょうか。経済的な面だけではなく、汚染された土地が元にもどるのには、どれだけの年月がかかるのでしょうか。故郷にもどりたくてももどることのできない人々の精神的な苦痛は、どれだけのものでしょうか。安全だと言われる地域で生活する子どもたちの健康不安も一生涯消えることはないのではないでしょうか。

果たして原発は必要なのでしょうか。

小出先生は、そうは言っても電気は必要なのだから原発は必要なのだと 語る言葉を耳にし、落胆してしまうそうです。たかが電気のことなのに……。原発に依存しないでも、化石燃料<原油、石炭、天然ガス>や自然エネルギーを活用して電気をつくることはできるのに……。

今だからこそ、ドイツの英断を見習い、脱原発の方向へはっきりと踏み出すベきなのではないかと思います。40年という期限を設けるのではなく、原発に依存しないエネルギー政策へと大きな一歩を踏み出すことが必要なのではないかと考えます。

人の幸せとは何なのでしょうか。事故が起こる前に営まれていた日々の暮らしの中に、福島の人々は幸せを感じていたのではないでしょうか。その日常の幸せが、今は取り戻せない状況にあるのです。

事故が起こってからでは、大切な幸せを取り戻すことができないのだ ということをしっかりと心に刻んでおきたいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

二度目の震災で犠牲となった女性

2012-01-18 20:33:08 | インポート

今日<18日付>の新聞の社会面に、13歳の時に阪神大震災にあって助かったものの、今回の震災で津波にのみこまれて亡くなった女性を 取り上げた記事がありました。女性は、29歳で、妊娠3カ月だったそうです。兵庫県西宮市で阪神大震災にあい、結婚して暮らすことになった岩手県陸前高田市で今回の震災にあいました。

新聞には、震災の半年前に家族旅行をした時の女性の写真と、竹灯篭のろうそくに火をつけるご両親の写真が 掲載されていました。在りし日のはつらつとした女性の表情と 祈るようなご両親の表情が 印象に残る写真でした。

一人の女性と一人の赤ちゃんの 尊い命が失われたのだという 事実の重さを 感じました。失われた多くの命に それぞれの人生があり それぞれの家族があり 残された家族や友人の哀しみがあるのだということを 改めて思いました。

昨日は、阪神大震災があってから17年目。1.17と3.11は、忘れることのできない日としていつまでも心に刻まれていくような気がします。亡くなった方々のご冥福を心から祈りたいと思います。

また、記事には我が子を亡くしたアメリカの女性がつくった詩が 全文掲載されていました。亡くなった女性もこの詩を朗読する機会があったとのこと。ご両親も、妹さんが図書館から借りてきたこの詩を読んで、心が打たれたそうです。アメリカでは、同時多発テロ事件の追悼番組や集会でも朗読された詩だったそうです。我が子に対する愛しい思いがあふれる、心にしみる詩です。

               最後だとわかっていたなら

                          作 ノーマ・コーネット・マレック  訳 佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが / 最後だとわかっていたら 

わたしは もっとちゃんとカバーをかけて / 神様にその魂を守ってくださるように 

祈っただろう

  あなたがドアを出て行くのを見るのが / 最後だとわかっていたら 

  わたしは あなたを抱きしめて キスをして / そしてまたもう一度呼び寄せて 

  抱きしめただろう 

     あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが / 最後だとわかっていたら 

     わたしは その一部始終を ビデオにとって 

     毎日繰り返し見ただろう 

       あなたは言わなくても / わかってくれていたかもしれないけれど 

       最後だとわかっていたら 

       一言でもいい……「あなたを愛してる」と 

       わたしは 伝えただろう 

         たしかにいつも明日はやってくる / でももしそれがわたしの勘違いで 

         今日で全てが終わるのだとしたら / わたしは 今日 

         どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

           そして わたしたちは 忘れないようにしたい 

           若い人にも 年老いた人にも 

           明日は誰にも約束されていないのだということを 

           愛する人を抱きしめられるのは 

           今日が最後になるかもしれないことを 

         明日が来るのを待っているなら / 今日でもいいはず 

         もし明日が来ないとしたら / あなたは今日を後悔するだろうから 

       微笑みや 抱擁や キスをするための / ほんのちょっとの時間を 

       どうして惜しんだのかと / 忙しさを理由に 

       その人の最後の願いとなってしまったことを 

       どうして してあげられなかったのかと 

     だから 今日 / あなたの大切な人たちを 

     しっかりと抱きしめよう 

     そして その人を愛していること 

     いつでも / いつまでも大切な存在だということを 

    そっと伝えよう 

 「ごめんね」 や 「許してね」 や

 「ありがとう」 や 「気にしないで」 を / 伝える時を持とう 

 そうすれば もし明日が来ないとしても 

 あなたは今日を後悔しないだろうから

大切な家族や愛する人に、今だから できること、今だから 伝えたいこと、今だから しておくベきことを 心のままに 実践することの大切さを 強く感じます。

明日は、誰にも約束されていないのだということを 自覚しながら、自分の周りにいる かけがえのない 大切な人への思いを 問いなおしてみたいと思います。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

石巻市立大川小学校を訪ねて

2012-01-15 11:58:09 | インポート

先日、3.11の津波で、たくさんの子どもたちと教職員が犠牲となった 大川小学校に行ってきました。鎮魂の碑の前の祭壇に、花をあげ、焼香をしてきました。

残された校舎は、建物の形はとどめているものの、むき出しになった天井や倒れた支柱などが、押し寄せた濁流のすさまじさを物語っていました。

校庭の一画にある壁面に、民族衣装をまとった世界の子どもたちが手をつないでいる姿、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に登場する銀河を巡る列車や賢治の姿などが描かれていました。そこだけが色鮮やかで明るい空間をつくり、亡くなった子どもたちの思いがそこに留まっているような気がしました。

亡くなった子どもたちと教職員の方々の心の内には、限りのない夢と希望があったことと思います。その未来を津波が一切奪い去ってしまったのだということが、重く心に覆いかぶさってくるようでした。

校庭に沿って裏山があり、倒れかけた竹林の間に人が通った跡があり、小道ができていました。もし、この道を通り裏山に避難することができたらどうだったのだろう…と思いました。

3.11を象徴するような あまりにも哀しく悲惨な出来事でした。

子どもたちの命と未来を守るために、今後どんな安全対策や避難方法が必要なのか、尊い犠牲にこたえるための方策がとられていくことを心から望みます。

学校のそばを流れる北上川は、広い川幅に沿って穏やかに流れていました。

この美しい川をながめながら、子どもたちはどんな夢や希望を語り合っていたのでしょうか。

031


009


019


022


026

017

015


040



コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする