あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

時代小説『一命』を読んで

2012-01-08 22:28:57 | インポート

滝口康彦(たきぐちやすひこ)さんの小説<講談社文庫・『一命』>を初めて読んで、深い感動を覚えました。藤沢周平さんの、江戸で暮らす庶民の悲哀を描いた作品と 共通するものを感じました。

権力を持つ側ではなく、弱い立場の側で生きる人々に焦点をあてているところや、武士社会の論理に与せず一人の人間として生きた人々の姿を描いたところに、共通した味わいを感じました。

中には六話の短編が収められており、どの作品も心に残るものがありました。その中の3編を次に取り上げて紹介します。

第一話 「異聞浪人記」  貧しい浪人たちが、大名家の門前で切腹することを願い出ることが流行した頃の話です。切腹は本意ではなく、仕官の道や小遣い稼ぎにつながる道として流行しました。この物語では、二人の浪人が主役となって登場し、切腹することが本意ではなかったのに、切腹することになります。その事情がわかるにつれ、武士社会の冷たい論理や、病床にある妻子を気遣いながら死んでいった若い浪人の無念の思い、その無念を晴らすために切腹に至った義父の心が、なんともせつなく心に伝わってきます。

この作品は、解説によれば、1962年に『切腹』というタイトルで映画化され、今も名作として評価される映画作品になっているとのこと。仲代達矢主演の映画だったそうで、是非映像でも味わってみたいと思いました。また、昨年に市川海老蔵主演で『一命』というタイトルで再映画化されたとのことで、こちらの映画の方も見てみたいと思いました。

第五話  「高柳父子」  子が、父の無念の思いを追腹を切ることで晴らそうする話です。主君の死に対して殉死することが美徳とされた時代に、父は仕方なく追腹を切ることになります。しかし、子の代になると殉死禁止の時代となり、子は父の無念の思いを禁止された殉死という形を取って晴らすというストーリーです。武士としての在り方を問うと同時に、父の無念を殉死という形で示して抗議する子の姿に心が打たれます。

権力を持つ側の都合で、武士としての生き方や価値観が変えられてしまう時代。それに順応する生き方を求められながら否とする態度を貫く親子。個としての存在が無にされる封建時代にあって、一人の武士としてその生き方や在り方を自らの命をかけて周りに問いかける姿に、作者の思いが込められているような気がしました。

第六話 「拝領妻始末」 藩主の側室となった女性が藩主から捨てられ、藩士に下げ渡されます。女性は、藩士との生活の中で幸せを得るのですが、やがて自分の生んだ子が藩主の後を継ぐことになり、生母として生きるために、藩士との別れを余儀なくされます。藩士は愛妻との別れを拒み幽閉されますが、二人の愛は離れ離れになっても心の内では変わることはありませんでした。

お家の都合で人生を変えられてしまう女性。その女性をひたむきに愛する藩士。藩士の思いを理解し共に幽閉される父。せつなく哀しい物語ですが、貫く愛に心打たれます。

どんな時代にあっても 一人一人が大切にされ 人間として背負う悲しみや苦しみ、辛さが 理解される社会。そんな社会を作者は求めていたのではないでしょうか。

作者の滝口さんは、2004年に逝去されたとのこと。

残された作品も限られており、もっとたくさんの作品を読んでみたかったと思います。

コメント
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