AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

円形脱毛症に対する鍼灸治験例およびその考察

2022-06-21 | 投稿記事

柏原 修一氏 レポート  2022年6月21日
                                                                              
1.まえがき
 
本症例は、私が実際の臨床にて、初めて受け持った円形脱毛症患者で、見事に発毛し鍼灸治療の効果の大きさを実感した症例である。特に灸治療が有効であったような印象がある。

この症例報告および免疫学的観点からの考察は、2017~2018年にかけて在籍した明治国際医療大学通信制大学院で免疫学課題レポートとして提出した。ただ免疫学という性質上、臨床鍼灸師にとってなじみの薄い内容が多々あるものとなった。臨床にあまり関係のない部分を割愛し、趣向を変えて改めて症例報告することにした。

 
円形脱毛症はウイルスや細菌を排除するリンパ球が、毛根を「異物」と誤認し攻撃してしまう。毛根が炎症を起こし、毛の根元が細くなったり、途中で切断してしまう。脱毛機序は、ヘアサイクルとは無関係で男女の別なく全年齢に発症する。これはストレス→交感神経緊張→頭皮の血管収縮→末梢の血流障害という病態生理を想定したものである。現在では以前ほど精神的要因は重視されていない。


2.症例報告
【患者】40歳、女性
【主訴】①首の痛み ②通常型円形脱毛症(単発型)
【現症状】円形脱毛症は一年前に発症。原因はストレス。現時点まで無治療。花粉症あり。
【治療法】東洋医学的診断に基づく全身治療を行った後、脱毛部位に対し、集毛鍼で皮膚に充血が見られる程度に刺激し、のちに脱毛部位を囲むように糸状灸を施灸した。治療   間隔は週一回。
【経過】治療開始時を図1に示す。頭頂部付近に直径4㎝程度の単発型円形脱毛あり。10回目の治療で脱毛部に産毛様の発毛を確認。その後発毛速度が速くなり、16回目で脱毛部位はほとんど目立たたなくなったので治療終了とした(図2)。その一か月後に別主訴で来院したので確認したところ、さらに毛髪の密度が濃くなっていて、完全に正常状態になっていた(図3)。

図1

図2

図3

 

3.症例を通じて学んだこと

1)円形脱毛症に対する鍼灸の現状
   
本邦における円形脱毛症の鍼灸治療は、患部への刺鍼や灸といった局所治療中心で、中国においてもあまり情況は変わらない。どれも一応の効果を上げているようであるが、診療ガイドラインにおけるエビデンスの推奨度は、C2(行わない方がよい)と厳しい判定を受けている。これは鍼灸来院数としてはかなり少ない円形脱毛症患者を一元的に集めることが難しく、統計処理ができるデータ数に達していないためであろう。


2)円形脱毛症の現代医療

円形脱毛症は、脱毛が進んでいる「進行期」か、症状が落ち着いた「固定期」があり、その時期により現代医学の治療法が異なる。進行期に脱毛をすぐに止める治療はない。固定期には、自己免疫疾患による円形脱毛症の場合は局所免疫療法を行う。局所免疫療法とは、頭皮皮膚の脱毛部分にかぶれや炎症を起こすSADBE(サドベ)という物質を塗り、T細胞を毛根ではなく炎症部分に集めるのが狙いである。発毛が見られるまでは1~2週間に1度の頻度で塗布し、平均3ヵ月で発毛が見られるという。なおSADBE治療は自費診療になる。

最近の研究では、振動圧刺激が薄毛治療に効果があることが明らかになった(ヘアメデカルグループ・日本医科大学形成外科・株式会社アンファーの共同研究)。毛髪を生やそうとするシグナルを出す毛乳頭細胞に、超音波でブルブル…と振動圧を与えたところ、無刺激の場合と比較し、この細胞が約1.3倍に活性化したとのこと。以前から「マッサージで血行が良くなると髪にも栄養が行きわたって良い」ということは何となく常識として知られていたが、血行促進が発毛効果につながるのではなく、刺激そのものが細胞に働きかけ、効果をもたらすことが判明した。


3)円形脱毛症の鍼灸治療理論

脱毛症で鍼灸が有効なのは、円形脱毛症に対してであり、男性型脱毛症(AGA)には無効とされる。
脱毛症の病態生理や治療薬について現代医学が近年長足の進歩を遂げる中にあって、脱毛症の鍼灸はこの数十年ほとんど進歩していない。とはいえ、その脱毛部に対する鍼灸治療という従来的方法が結果的に現代医学の局所免疫療法と似たような考えになっているのが興味深い。
 
たとえば木下晴都著「最新針灸治療学」(昭和61年9月発行)では、<脱毛部が直径1㎝以内の時はその中央に半米粒大灸を3~5壮施灸する。脱毛部が直径2㎝大の時は脱毛面境界部を1㎝間隔で単刺し、半米粒大灸を中心あたりに2箇所行う。脱毛が直径3㎝以上の時は鍼で単刺を同様に行い、境界部に3~4箇所施灸すると数か月後に治癒する>というような内容になる。ここで木下氏の治療を例に出したのは、みな同じような治療をしているので、その代表例として妥当だと思ったからである。

 
お灸について五十嵐純知氏(麗明堂鍼灸院)(下記文献1)は「毛包組織を攻撃する過剰な免疫が、灸刺激による灸痕に攻撃の目標を切り替えることにより、脱毛部位の回復が起こるのではないか」との仮説を提唱している。ただ、その際脱毛部への過剰な刺激は新たな皮膚疾患の原因にもなりかねないので慎重に配慮するよう求めている。


【参考文献】
1)三瓶真一.症状の分類に応じた円形脱毛症に対する鍼灸治療.医道の日本.2014年3月:77-81
2) 日本皮膚科学会円形脱毛症診療ガイドライン2017年版
3) 東家一雄.灸療法による免疫学的効果の発現に関する検討.全日本鍼灸学会誌.2002:52(1):15-17
  

柏原 修一 Shuichi Kashiwabara
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