さつき盆栽日記

さつき盆栽好きが手入れの合間に古刹名刹を巡ります。

イスタンブール観光

2018年04月11日 | 旅行

  

イスタンブールに戻り市内観光です!

「ボスフォラス海峡」

「アヤソィア博物館」

イスタンブールの街を代表する建物でオスマン帝国時代に

最も格式の高いイスラムモスクとして利用された歴史深い

建造物です

西暦537年に再建されて以来、ほぼ当時のままの姿を

現在まで保ち続けていて20世紀の前半にトルコ共和国が

誕生するとモスクから博物館へと姿を変えました

アラビア語で書かれた「カリグラフィー」

およそ1500年も昔にこんな凄い建物を造り上げた事に

驚き感心してドームとなった天井を見上げていました!

どこを見てもその建築構造とか装飾が素晴らしかった!

何よりも凄いと思ったのは博物館に入場する際、手荷物検査を

受けるのですが親日国家トルコでは日本人ツアー客は検査無し

のフリーパスで入場する処が多かったです 中国、韓国の客は

長い列を並び待たされている姿をよく見かけました 礼儀正し

くマナーの良い日本人を優遇するトルコは大好きになります

イスタンブールの街中を徒歩で散策です

ヨーロッパ風の建物が建ち並ぶイスタィクラム通り

世界最大の市場「グランドバザール」

イスタンブールのグランドバザールは兎に角、巨大で

迷路のようになった市場でした!

毎日、凄い人で賑わっていて基本的には"ぼったくり"

ですがバラエティーに富んだ品揃えは魅力でした!

人ごみの中で疲れたら広場のような処もあって

休み乍らの買い物が楽しめます

    

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アンカラからイスタンブールへ

2018年04月10日 | 旅行

    

この日も強行スケジュールで日の出と共に出発しました!

 トルコ共和国の首都アンカラからイスタンブールに

向かっての長~いバス移動でした

イスタンブールの人口は約1000万人でトルコ第一の都市であり

アンカラの人口は約450万人でトルコ第二位の都市なので首都は

てっきりイスタンブールと思っていました!

 アンカラが何故、トルコの首都なのかは歴史的背景があると

現地ガイドから教わりました イスタンブールはかつては

オスマン帝国の都でしたが、その統治を否定しトルコ人の

トルコを掲げたトルコ革命がアンカラの地から始まった事

により、この革命によって現在のトルコ共和国が成立した

国なので当然の如く、アンカラを首都に定めたそうです

 イスタンブールに向かう途中、日本企業の工場があり

懐かしくもあり誇らしくも見えました!

 バスは6時間ほど走り、イスタンブール郊外にやって来ました

 ボスフォラス海峡

 見覚えのある風景が広がり

イスタンブールの市街へと向かいました

 世界一美しい「ブルーモスク」

 トルコイスタンブール観光の目玉と

なっているオスマン建築の傑作「ブルーモスク」

内部の天井、壁、柱などの模様がほんのり青を帯びて

いることからブルーモスクと呼ばれています

 昔はもっと青が強かったらしく近年の改装で青が抑えられて

パステル調に様変わりしたそうです

 床には絨毯が敷き詰められ土足厳禁でモスクに入るときは

靴を脱いで入ります 絨毯には一人分のスペースが描かれ

イスラム教信者の真剣なお祈り姿も見る事ができます

 このモスクはメフメット・アーという人が1609年、建設に取り

かかり、7年を要して1616年に完成したと云われています

 モスクから海峡の景観も素晴らしかったです!

天井に突き刺さるように伸びた尖塔や建物の外観は

トルコ文化そのものといった感じがしてその存在感

が溢れ出ているようでした!

   

 

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古~い遺跡がありました!

2018年04月08日 | 旅行

   

トルコ周遊の旅はこの大型バスで走り回りました!

観光地での待ち時間ではドライバーがいつも洗車して

綺麗な状態を保ってくれていました!

一日に600~700kmも走行するのでドライバーは二人で

乗務し休憩時間はいつも仲良くチャイを飲んでいました!

一列が三人シートのゆったりとしたVIPバスは座席ごとにモニター

が付いていて道路地図とか映画などが見られて退屈しません!

しかも30人満席のところガイドに添乗員含めて11人での旅は

空き空きのゆったり感が満喫出来て、超・快適でした!

バスはカッパドキアからボアズカレへと進んで行き、ツアーで

お馴染みの専門店や土産物店にも立ち寄って行きました

陶器の店では絵付けの実演が見られました!

店内は有名作家の高額な作品が並んでいました

他に絨毯やトルコ石に革製品のお店にも立ち寄りしました!

 

         

トルコ中部のボアズカレという街の近郊に聖所跡のヤズルカヤと

都城跡のハットウシャという古代ヒッタイト帝国の古い古~い

遺跡を巡って来ました!

ヒッタイト帝国の聖所「ヤズルカヤ遺跡」

古代ヒッタイト帝国は初めて鉄器文明を興したと云われており

エジプトと覇権を競った強大な国であったと伝わっています 

 「神々のレリーフ」

とんがり帽子を被った12神像は鮮明な浮彫で神々が並んで

行進しているかのように見えます このレリーフがなんと

3000年以上も昔に彫られたとはかなり驚きでした!

 人類最古の帝国と云われるヒッタイト遺跡はエジプトのような

乾いた砂漠地帯ではなく、高度1000m以上の山岳地帯で風雨に

晒されて風化がかなり進んでいます   このヒッタイトの遺跡を

見る前まではいくつかの文明は大河の畔で生まれたという常識が

くつがえされた思いがした遺跡です

 都城跡の「ハットウシャ遺跡」

 「大神殿跡」

「ライオン門」 

 「礎石だけが残っている遺跡」

こうした大きさの礎石跡が右にも左にも広がっていてこの上に

建物が立っていたかと思うとヒッタイト帝国の凄さが解ります

紀元前18世紀にこうした文明が既に存在していたことを知ると

その頃の日本では縄文時代後期にあたり、鉄器とか石造りの建物

とかにはほど遠く、文明の進み具合の違いに愕然としました!

そんな凄~い 世界遺産の中を羊飼いの一行が

草を食みながら、のんびりと歩んで行きました

            

こうして世界遺産の敷地内で羊が草を食む現在の日常の光景と

気が遠くなるほど昔の紀元前18世紀に栄え滅んだ人類最古と

云われるヒッタイト帝国の姿を想像するとそのギャップに

驚きと凄さを感じ得た遺跡めぐりでした

       

 

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トルコの奇岩地帯カッパドキア

2018年04月07日 | 旅行

     コンヤの街で博物館観光した後、

バスはカッパドキアへと向かいました! 

 途中、車窓から「トルコの富士山」と呼ばれている

ハッサン山(3268m)が見えました!

(現地ガイドの説明を聞き間違えているかも・・・)

 トルコの「洞窟の家」

ホテルも警察署も民家もみんな岩で出来た住居が立ち並び

その中で一軒の洞窟民家を訪問して来ました!

 

 洞窟の中は奥様が編んだトルコ絨毯がびっしり敷かれて部屋

の中は年間を通じほぼ一定の温度が保たれて快適に過ごせます

しかし上下水道に難があり昔は遠くまで水くみに行ったそうで

トルコ紅茶の熱い熱い「チャイ」を頂きながらの楽しいひと時

を過ごせれました!

 ホテルに向かう途中、ライトアップされた洞窟住居が

幻想的で初めて観た光景でした!

カッパドキアで二泊した洞窟ホテル

ホテルにチェックインする前、ツアー客同士でジャンケンを 

して部屋決めするという風変わりな事をしました!

 洞窟の中に入り込んだ各部屋はそれぞれに部屋の間取りや内装が

全く異なり良し悪しの喧嘩を避けるためのジャンケンでした!

この添乗員の粋な計らいでいろんな部屋を見て廻る事が出来て

ツアー客同士の距離感が一気に縮まったグッドアイデアでした!

         

世界遺産のカッパドキアは奇岩地帯と呼ばれ、柔らかい地層と

硬い地層が重なり合い、侵食し合った結果、出来たキノコのよ

うな形をした不思議な巨岩が乱立する地域のことです

 「スリーシスターズ」 (三姉妹の岩) 

「パシャバー」 (しめじ岩) 

「らくだ岩」

「ギョレメの谷」

 4世紀頃、キリスト教の修道士達が掘り出した洞窟協会や

修道院跡があり、修道士たちにとって外敵から身を守り

信仰を続けながら生活する貴重な地域であったそうです

   

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内陸のコンヤで博物館めぐり

2018年04月05日 | 旅行

  温泉保養地のパムッカレから更に内陸へと

進んでコンヤという街に向かいました! 

 パムッカレを離れる時、かつてはトルコ観光の

目玉でもあった熱気球に出会いました

 日本の約二倍の広さの国土を持つトルコは

広々として解放感豊かな感じがしました

 延々と続く小麦畑・・・

バスが30~40分走っても同じ景色が続きました

「コンヤという街」

 トルコ内陸の主要都市で人口規模でトルコ第6の都市です

高層ビルが立ち並び、街の中を電車も走り、若い人が多い

活気ある街にみえました

 イスラム教徒独特の女性の服装姿が目立つようになりました

 「メヴラーナ博物館」

 イスラム教神秘主義のメヴラーナ教団の総本山で始祖の

メヴラーナの霊廟でもあり、熱心な教徒たちが思い思いに

真剣な祈りを捧げている姿がみられました

家族でお墓参りに来ている中で若い息子が年老いた両親を

連れて霊廟を案内する姿もありました  この光景を見て

日本の長野善光寺、高野山奥之院、比叡山延暦寺のような

聖地にお参りに来ているかの思いがしました

 館内は13世紀の装飾を基調に美しい天井や壁に目が奪われます 

外観ではトルコ石で出来た青い屋根が印象に残りました

 

メヴラーナは宗教を問わず人間として仲良くすべきと説き、人助けや

奉仕の心は惜しまずにと説いたことで広く国民から尊敬されている

指導者と聞き多くの人々が訪れる理由が解ったような気がしました

 

         

 そしてバスで同じ景色の中をまたまた走り続けました

 「インジェミナーレ博物館」

1267年に出来たイスラム教の神学校の建物で現在は彫刻の

博物館になっています  インジェ(細い)+ミナーレ(塔)と

名前が付けられたそうです   でもその細い塔は落雷で焼け

落ちて今は観ることが出来ませんでした

             

人助けや奉仕の心は惜しむことなく、流れる川のように・・・

情け深さと優しさは、太陽のように・・・

他人の落ち度や秘密には、夜のように・・・

苛立ちや怒りには、死人のように・・・

慎み深さには、大地のように・・・

寛大な心は、海のように・・・・

メヴラーナの霊廟を巡って教えられた気持ちの持ち方の数々は

日本の仏教の教えに通じるものがあり、なるほどと納得しつつ

バスに乗り込み次の観光地へと向かいました

  

 


 

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