さつき盆栽日記

さつき盆栽好きが手入れの合間に古刹名刹を巡ります。

空海が創建の慈尊院と神社

2018年03月11日 | 巡拝日記

   

高野山詣りは、先ず高野山の玄関と云われる「慈尊院」の本尊

弥勒菩薩にお詣りしてから山上を登り高野山へ本参りするのが

正式参拝とされており慈尊院は高野山の結縁寺とされています

慈尊院を先に詣でてから高野山に詣でることが正式参拝で

あるという事をある書物で知り得えました

今回で四回目となる高野山参拝でやっとその教えに従って

慈尊院を先に訪ねて詣でることが出来ました!

世界遺産 女人高野別格本山 「慈尊院」

慈尊院の創建は西暦816年 弘法大師が高野山を開創する折に

高野山参詣の要所に当たるこの地に表玄関として伽藍を配し、

高野山一山の庶務を司る政所を置き、宿所及び冬季の避寒修行

の場としたのが始まりとされています 

 弘法大師の御母は四国香川の善通寺で我が子の空海が開いた

高野山を一目見たいとの一念から高野山の山上を訪ねようと

されたが空海自らが高野山の七里(27Km)四方を女人禁制と

したために御母は山麓にある慈尊院に迎えられたそうです

弘法大師空海は月に九度は必ず高野山から山を下りて慈尊院の

母公を訪ねられたことから地名を九度山と称したそうです 

 女人の高野参りは慈尊院までという事に相俟って子宝、安産、

育児、授乳などを願って乳房型絵馬を奉納祈願することから

女人高野と云われるようになったと伝わっています

 慈尊院の境内から119段の石段が続く神社があります

 「丹生官省符神社」 (にうかんしょうぶじんじゃ)

空海が慈尊院を開創した西暦816年、この地が天と神に

通じる地として社を建てたのが始まりとされています

「高野町石」

119段の石段の途中、石造の鳥居の右側に建つ「高野町石」は 

高野山山上の根本大塔まで一町(108m)ごとに180個が建つ

五輪塔で山上までの距離を示しています

 「朱里の大鳥居」

 「拝殿」

高野山町石道の登山口 

山上の根本大塔に続く町石道の入口には真っ白な

梅の花が出迎えてくれていました!

   

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする