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中国映画『宇宙探索編集部』~『流転の地球2』の裏で作られた秀逸なローカルSFファンタジー

2023年05月16日 | エンタメの日記
4月1日に中国劇場公開された映画『宇宙探索編集部』が非常に面白かったです。劇場公開前に国内外の映画祭で上映されており、多数の賞を受賞しています。1990年生まれの若手監督・脚本家により作られたセンスの良い中国映画です。
『宇宙探索編集部』(Journey to the West) 公開日:2023年4月1日 118分
監督:孔大山 監修:郭帆  主演:楊皓宇、艾麗婭、王一通、蒋奇明、盛晨晨


~あらすじ~
唐志軍は1980年代に創刊された科学雑誌『宇宙探索』の編集長。何十年も変わらないスタイルの雑誌は完全に時代遅れであるが、唐志軍は「地球以外にも文明世界は必ず存在する」と固く信じ、異星人からのメッセージを待ち続けている。雑誌社は経営に行き詰まり、精神病院の慰問の仕事なども受けているが大した収入にはならない。そんな中、唐志軍は旧型テレビのノイズ、四川の山間部の町で目撃された火の玉から異星人の接触を直感する。唐志軍は同僚、“読者”とともに北京の編集部を離れ、異星人の痕跡を追うため四川に向かう。

雑誌「宇宙探索」の編集長・唐志軍。「宇宙の専門家」として生きているが、まともな資金や設備はなく権威もない。ひたすら宇宙の力を信じ続けている。


唐志軍を演じた楊皓宇は舞台出身の俳優。1974年生まれで中年役を演じる年齢になってからドラマ・映画への出演が増えた実力派。

物語の鍵を握る謎めいた少年・孫一通。頭に持病があり前触れなく倒れるためか、調理用の鍋をかぶっている。唐志軍はその鍋が異星人からのメッセージを受取る役割を果たしていると思っている。山奥の村役場でラジオ放送を担当し、四川訛りで自作の詩を詠む。


孫一通役に扮した王一通(ワン・イートン)は映像作家(監督)で本作の脚本も担っています。
王一通:四川出身。西南大学新聞伝媒学院卒業。監督としてショートフィルムを多数制作。「宇宙探索編集部」では主要キャストで出演するとともに脚本も担う。郭帆監督の「流転の地球2」に出演している。本業は監督ですが、俳優として十分通用する眼力の持ち主。

映画の英語タイトルは「Journey to the West」(西方への旅)です。「宇宙探索」の編集部がある北京からみると四川は西側に位置し、四川は中国の西部に属します。撮影地は四川省の宜宾(イービン)、楽山、雅安、涼山地区などで、中国少数民族の一つ彝族(イ族)の文字が書かれた看板や民族衣装を着た地元民が出てくるシーンがあり、涼山のどこかであることが明確に分かります。
中国の場合、ドラマよりもこの種の実写映画の方が現実に近い風景が登場します。
ただし、実際には田舎だからといって素朴とは限らず、荒涼とした山奥でもスマホやWiFiの電波は届き、住民たちは現実的でドライです。


監督・孔大山(コン・ダーシャン)
四川伝媒学院卒業後、北京電影学院大学院に進む。在学中からショートフィルムを制作。
過去に公表されたプロフィールによると1990年生まれで今年33歳です。長編映画では「宇宙探索編集部」が初監督作品。
在学中に制作したショートフィルムをきっかけに映画監督郭帆と知り合い、郭帆監督作品「流転の地球2」(2023年1月公開)に補助監督・出演者として参加。

監修・郭帆(グオファン)
郭帆(グオファン)自身も1980年生まれの若い映画監督ですが、中国映画界で商業的に大成功を収めたヒットメーカーです。
代表作は中国SF大作映画「流転の地球」(2019年公開)、「流転の地球2」(2023年公開)。「流転の地球」は日本字幕付でNetflix配信中。
「宇宙探索編集部」では郭帆が監修を担い、本人役で出演もしています。
主要登場人物がわずか5名の映画ですが、カメラワーク、編集、特殊効果などは非常に洗練されており、監修者である郭帆がバックアップしているとみられます。
郭帆は本人役で出演。映画の小道具に使うために編集部に長年保管されていた年代物の宇宙服を安値で買取っていく。現実とフィクションがクロスオーバーするカメオ出演。


~興行収入~
「宇宙探索編集部」の興行収入は5月16日の時点で6667万元(日本円約12億円)です。
4月1日に公開されたばかりですが、5月9日から動画サイトでの配信が始まりました。劇場公開から1ヵ月余りで配信に踏み切るのはタイミングとしては早い方です。中国では「ロングラン」で収益を伸ばすというモデルは成立しにくく、早い段階で配信が始まります。

興行収入6667万元というのは、中国映画の興行収入としては微妙な数字です。
公開日が近接する他の作品と興行収入を比較すると、次のようになります(5月16日時点の累計)。
「忠犬ハチ公」(中国実写版)3月31日公開 2.87億元(約54億円)
「宇宙探索編集部」4月1日公開 6667万元(約12億円)
「名探偵コナン劇場版 ベイカー街の亡霊」4月4日公開 5643億元(約10億円)
「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」4月5日公開 1.64億元(約31億円)

興行収入を比較すると、同時期に公開された「名探偵コナン劇場版 ベイカー街の亡霊」とほぼ同じレベルです。
しかし、「ベイカー街の亡霊」は20年前に作られたアニメ映画の復刻上映で、それと同じレベルというのは喜ばしい成績とは思えません。
(コナンがすごすぎるとも言えますが・・・)
ですが、別の見方をすると、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の約半分の数字に達しています。
観衆の心理としては、評価が定まっているものには気前良くお金を払っても、未知のものには慎重になるので、新人監督のオリジナル実写映画が興行的に難しいのはどの国でも同じだと思います。

「宇宙探索編集部」はロッテルダム映画祭、香港映画祭、北京映画祭などで評価されており、もし日本で開催される映画祭に「アジア映画」として招待上映されれば歓迎されると思います。いわゆる映画祭向きの映画です。
中国映画には珍しく「生活保護」というキーワードが出てきたり、向精神薬の服用に関するシーンが出てきますが、いずれも洗練されたカメラワークの中でさらっと描かれています。
俳優陣の演技の上手さと哲学的で文芸性のある脚本によって、秀逸なファンタジー映画に仕上げられています。
北京から成都、四川省の山間部に入ってまた北京に戻るというリアルな世界軸で物語が進みますが、現実社会に対する風刺や批判的なメッセージはありません。同時に、国の主流価値観を提唱するような表現もありません。
「宇宙探索編集部」は「監督が撮りたい映画を撮っている」と感じられる数少ない中国映画で、全編を通じて宇宙と人類に対する夢とロマンに満ちた作品です。


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