アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

回遊魚

2009-12-30 09:51:14 | 思い出
雪が舞っていた。薄青い星明りを浴びて。 彼方の空に、星屑たちが白く光った。一塊の雲にも見えるそれはまるで金糸を縫いこんだ織物のように、小さな火花を散らしながら空の淵を静かに横切っていく。それは夜空を横断し、山の端の手前でひらりひらりと分列行進のようにターンしたかと思うと、今度は逆の方角に向かって静々と進む。翻るたびに皆いっせいにきらりと光を放ち、その都度徐々に大きさを増す。でも僕は、それが魚の群れ . . . 本文を読む
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石になった天使

2009-12-30 09:26:39 | 思い出
その子の顔は能面のようだった。 目、鼻、耳、口と感覚器官の集中する顔は、神経や血管が濃密に張り巡らされている上に、筋繊維の交差も仔細で複雑にできている。 また顔は意思や感情の伝達器官でもある。外界の情報を取り入れる窓というものは、えてしてその個体が外界から知覚される窓口ともなりうる。人は目で「見る」と同時にその目を通して「見られ」ているのである。犬や猫は互いに鼻をすり合わせながら互いの情報を交換 . . . 本文を読む
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小さな社会

2008-03-17 19:05:58 | 思い出
 もうだいぶ昔のことになるけれど、ふと思い出したことがある。  その時僕はある小さなグループの世話役を務めていた。ひとつひとつの細かいことは忘れたが、確か何かのプログラムを決める話し合いをその時していたのだと思う。五六人の子どもがテーブルを囲んで、期間中の行動計画を立てようとしていた。どの子もその日か前日に初めて会ったばかりで、洗いざらしのジャケットの上にみんなよそ行きの顔を拵えていた。 「できる . . . 本文を読む
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カワハギの食感

2007-10-03 09:08:04 | 思い出
 カワハギの顔を見たのは何年ぶりだろうか。無造作に重ねられた発泡トレイの中に、下唇をぐっと突き出した、あの思わず吹き出しちゃいそうな顔を見つけたのはある週末のスーパー、人でごったがえした魚売り場でだった。すかさす値札を見るに一尾198円。気持ちは即決した。僕の手は自動人形のようにそのパックを素早くかごに入れ、それに押し出されるかのように中に収まっていたホッケのパック(あまりに安かったので帰ったら猫 . . . 本文を読む
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酒屋のおやじとおかみさん

2007-01-22 10:09:03 | 思い出
あの時の酒の味は、まだ忘れてはいない。 あの頃飲んだ酒は、もう何という名前だったのかほとんどが思い出せなくなってるけれど、折りしも人並みの暮らしをうち捨てて、この先どこまで続くかわからない貧乏生活を決めこんだばかりの僕にとっては、一滴一滴が身から溢れ落ちる至福となり、苦しかった時も頑張れる力を与えてくれるかけがえのない宝であったことを、今でもこの体が憶えてくれている。 僕は脱サラして北海道に渡っ . . . 本文を読む
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白いコンニャク畑

2006-06-13 19:42:06 | 思い出
キャンプ地に向かうバスの中で子どもの声が響いた。 「あ、見て見て!雪が降ってるみたい。 ねえ、リーダー。どうしてここだけ白いの?」 今バスはなだらかな畑の続く赤城山麓を走っている。 窓を見た私は本当に雪が降り積もったような光景に一瞬驚いた。季節は春から初夏へと変わっている。もちろん遅霜など降りようはずがない。 「ああ、あれはコンニャク畑だよ。今ちょうど、農薬を撒いたばかりなんだね。」 種芋を植え付 . . . 本文を読む
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男性性・女性性

2006-01-25 10:22:16 | 思い出
          あなたの中の女性性が解放されたときに、それは起きます・・・                                そう、あれは何に対する答えだったろうか。彼女の口をついて出たその言葉は私の予想どころか明らかに人知を超えるものだった。私の脳は働きを停止しその時まで頭に詰め込んでいたたくさんの質問も一瞬のうちに管理可能領域から消え失せた。 静かに雪の降り積む山小屋。赤城下 . . . 本文を読む
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うたかたの記憶

2005-12-05 20:07:28 | 思い出
さて、音楽にまったく疎い私であるが・・・ しかしこんなことを言うとなぜかみんなあんぐりと口を開けて、まるで大和撫子に化けたタヌキを見るような風に私の顔を見つめるのだけれど、 実は私、昔モダンダンス部に所属していたことがある。 それは大学2年の青春真只中に砂浜で拾った小さな貝の化石・・・なんてロマンチックなことは決して、無い。でもたまたまついさっき思い出したので今宵は特別このBLOGを読んでくれる . . . 本文を読む
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炬燵は広くなったのか?

2005-10-27 10:17:29 | 思い出
こうして暖かい炬燵にあたっていると思い出す。 あれは4年前。引っ越して来て最初の冬だった。 その頃我が家には真四角い小さな炬燵がひとつあるだけだった。それと芯が燃え尽きそうな古い石油ストーブ。いつも調子が悪くて燃えたり消え入りそうになったりを繰り返す、暖房器具としてはまったく当てにならないストーブを横目で見ながら、僕らは小さな炬燵に丸くなっていたもんだ。当時猫家の家族は、僕と友人、そして猫3匹。 . . . 本文を読む
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ジャガイモの思い出

2005-08-04 20:05:45 | 思い出
朝には深い靄がかかっていた。 水の中にいるように涼しい。どんな重い二日酔いの日でもこの大気にどっぷりと浸れば10年分は精気を取り戻す、そんな爽やかな朝だった。 こんな朝の空気を全身に浴びながら、ジャガイモを掘ってみようか。 山を控えた猫家に朝陽が差し込むにはまだ間がある。炎天でもなく雨模様でもない、そんなあたかもジャガイモを掘る人のためにあつらえたようなステージの中で、今日はひと畝だけ掘り起こ . . . 本文を読む
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思い出と血

2005-07-11 20:59:35 | 思い出
土手で鎌を振るっていた時に指を切った。 ざっくり割れた傷口から薄桃色の肉が見える。深い。 なんとも無い場所なのにどうしてこんなヘマをするのかわからなかった。 すぐに鎌を置いて軽トラに向かう。指を傷口ごと口に咥えながら。 帰る道々血はハンドルにギアレバーに流れ落ちる。 脱いだ帽子で血の滴りを受け留めながら家に駆け込み手洗い場に立つ。 消毒し絆創膏を貼る間水垢の付いた洗面台は真っ赤に染まる。 こんな . . . 本文を読む
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餞別

2005-07-01 10:04:45 | 思い出
満州8月12日、第107師団長、安部中将は指令車両の座席に坐り沈思していた。 彼には師団を無事新京まで転進させる任務、並びに辺境に居住する在満邦人の生命を守る責務がある。部隊の移動を夜間に行うことによって道路を開放し、大方の邦人は既に先に逃れたとは思うが、未だ部隊の前後には相当数の満人非難民が列を成している。恐らくその中には身の周りを取り纏めるに時間を要し出立が遅れた開拓団員やその家族もいるに違い . . . 本文を読む
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対戦車攻撃

2005-06-28 08:20:55 | 思い出
ソ満国境付近より新京(満州国の首都、今の長春)まで陸路700キロの撤退作戦を開始した第107師団が、行く手を遮るソ連機甲師団との戦闘の口火を切ったのは撤退を開始して2日後、177連隊所属野沢大尉率いる第二大隊による。 当初野沢大隊は駐屯地五叉溝(ウサコウ)南方高地に布陣し、予測される敵軍の攻撃に対して陣地の死守を命じられていたが、ソ連軍はなかなか接近してこない。監視哨からの報告によればソ連軍機械 . . . 本文を読む
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開戦の朝

2005-06-16 10:04:35 | 思い出
その日は朝から雲ひとつ無い、抜けるような空だった。 軍馬に水を与えるためつるべから盥に水を移し変えていた佐藤正三郎は、その時耳奥に響く微かな唸りに顔を上げた。8月ともなれば満州では時折初秋を思わせる風が吹く。その日も早朝未だ日は昇らず、金露梅の花に朝露が玉を成す気持ちのよい朝だった。 見上げると北西の空に小さな機影が見える。やがてキーンという金属音とともに通り過ぎる刹那、飛行機は一瞬横腹を鋭く煌か . . . 本文を読む
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出征の歌

2005-06-13 20:18:16 | 思い出
「佐藤正三郎、行って参ります!」 菅生のバス停、菅生(かんしょう)院の門前で正三郎は敬礼する。取り巻く衆はふるさと芦沢の人々、郷里の同窓生、在郷軍人会の面々。 「おおっ! 頑張って来い!」 「体に気をつけて・・・」 「元気でな・・・」 様々な言葉が居並んだ人々の口から飛び出る。しかしそれぞれの願いを込めたそのひとつひとつの意味を正確に汲み取ることは、残念ながらその場ではできない。ただ彼の感じ . . . 本文を読む
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