粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

高江の山賊たち

2016-09-28 20:48:20 | 沖縄の虚像と実像

沖縄北部の高江では今、反日左翼がヘリパット建設を阻止しようと乱暴狼藉を働き無法地帯と化している。そもそもこのヘリパット建設は、米軍がこれまで所有し使用していた膨大な北部訓練場の半分を日本側に返還する条件として米軍より提示され、日本側が了承したものである。返還される土地は約4000ha(40k㎡)であり、その代償として東村高江地区などに造られるヘリパット6か所の総面積は3.6haに過ぎず桁が三つ違う。(ウィキペディアより)

6か所のヘリパットのうちすでに2か所は完成しているが、残り4か所の工事を始めようとした今年になって、同じ沖縄の辺野古などで反基地活動をしている連中が高江のことで騒ぎ出した。「新基地反対」などと叫んで政府に全面対決している左翼活動家すなわちプロ市民がその北部にある高江にそのまま移動した状況だ。

約4000haの土地が返還されるのだから、沖縄のとっては喜ばしいはずに違いない。これに反対する理由がわからない。森林が破壊されるとか、オスプレイが危ないといか屁理屈を言っているが全く理由にならない。沖縄ではすでに自然破壊が進んでおり、米軍基地にこそ自然が残っているといってよいほどだ。今時オスプレイが危険だと騒いでいるのは沖縄の基地反対派だけであり、世界では安全性が極めて高いというのが常識だ。彼らにとっては日米同盟の軍事的存在が疎ましいだけであって、結局反対のための反対に過ぎず、絶えずその舞台を探しているわけだ。

高江では工事を進める防衛省関連の工事車両の搬入を阻止すべく、反対派の車両が工事現場入口の県道片側車線を塞ぐ。その周辺を活動家たち(多い時で200名程度)が監視を続けている。工事車両を見つけると車の前に立ち塞がり侵入を阻止しようとする。

沖縄県警や県外の機動隊も随時出動して反対派の妨害を排除しよとするが、その抵抗は言語を絶する。路上に座り込むだけなく、なんと工事車両の車体の下に潜り込んでそのまま伏す。彼らを排除するのに警官数人がかりで一人の活動家を引くずり出さなければならない。活動家と言っても組合 OB高齢者が多くて排除で負傷でもしたら警察の批判を免れないからだ。

しかしそんな座り込みも序の口だ。活動家たちはもっと機能的な?行動に出た。なんと「検問」を始めたのだ。県道や農道に「検問所」を設置し通過する車両をチェックして「怪しい」車両は通過させないようにする。ここに至って高江は無法地帯というより治外法権化してしまった。そこに君臨するのは反日左翼プロ市民という名の山賊である。沖縄がここまできたのかと仰天せざるを得ない。

これで一番迷惑を被るのは地元高江住民だ。高江は辺野古とは違い県道は1本だけが走りあとは農道だけという山村で、人口も200人程度でコンビニなどない。そこに反基地活動家が集計したのだからたまったものではない。日常の農務などでは車が不可欠であるが、反対派が道路で騒いでいるのでその通行がままならない。高江側は住民車両を証明するステッカーを貼って通行を認めてもらうことも考えた。しかし、実際高江の住民はヘリパット建設を容認していたのだから、今度の検問に及んではその怒りは沸騰した。検問で退却を指命じられて怒った高江住民が「検問員」を殴る事件も起きている。これも基地反対活動家の乱暴狼藉のなせる業であり、怒った高江住民に同情を禁じない。こんな山賊行為を許す気にはいかない。

江戸の昔、松尾芭蕉奥の細道(尿前の関)で昼間でも薄暗い東北の樹海を死ぬ思いで通過したlことを記していた。屈強の若者の先導があったとはいえ山賊の集団に遭遇したら命の保証はない。芭蕉は「今日こそ危ない目にあう日に違いない」と覚悟をしたという。現在の山賊こそ命の心配はないだろうが、その不気味さは300年前と変わらない。現代に芭蕉がこの沖縄を訪れたら、こんな句を詠んだかもしれない?

荒くれや道に横たふプロ市民

(芭蕉さん、失礼しました!)

 


コメントを投稿