Good FrIend!

気軽に集まれるみんなのブログサイト。

ランサー・エボリューションX。

2011年08月19日 09時23分24秒 | Weblog
最近、ちょっと嫌な噂を聞いてしまいました。

どうも三菱「ランサーエボリューション」がこの「X」をもって生産中止という噂です。

まだ、はっきりしてませんが、実際売れてないのも事実なので、

あり得る話しに思えてしまいます。

各社、永く続いた伝統のスポーツモデルのほとんどが販売中止に追い込まれ、

ラインナップからどんどん消えてしまってるのも事実。

パワーや速さを追求する時代はとっくに終わってしまい、

今は実用性や低燃費などエコカーが主流のご時世です。

ボクのようなスポーツモデルが好きなクルマ好きには残念な話しですが、

これも時代の流れ…、仕方ないことなのかもしれないですね。

この「ランサーエボリューションX」はエボシリーズの4世代目にあたるクルマです。

登場は07年でそれまでのシリーズでも最強マシンとして誕生しました。

ハイテクも充実し、エンジンも新開発のオールアルミブロックエンジンの4B11型を搭載。

軽量化や新しい装置でトルクも随分良くなっています。

トランスミッションもTC-SST 6速ATという2ペダルシフトが追加されていますし、

レカロシートやBBSホイールも標準装備となっています。

スペックで言えば素晴らしいクルマなのですが、

セダンという今では売れないスタイルやハイオク仕様で燃費も悪く不経済車でもあります。

客観的に見ればドライビングを楽しむ意外はメリット無しという感じですね。(笑)

このランエボが三菱から無くなってしまうことがあれば、

もう三菱にスポーツモデルと言えるクルマは存在しなくなります。

ある意味、最後の砦とも言えるクルマだと思いますね!




いすゞ・ピアッツァ。

2011年08月18日 08時53分36秒 | Weblog
81年に117クーペの後継モデルとして登場したのが、いすゞ「ピアッツァ」ですよ。

デザインは、あの巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロで、

ちょうど他のコンセプトカーのデザインを手掛けていたタイミングに、

この「ピアッツァ」用にデザインをリファインしたモデルとして採用されたんですよね。

それだけに「ピアッツァ」はショーカーのイメージが強く、

一般車両として販売にこぎつくまで、いろいろ苦労したと言われています。

それだけに「ピアッツァ」は実用性を持ち込んだととは言え、

当時はかなり先を行った先進的なデザインをしてたと言えそうです。

さらに国内輸入ディーラーのヤナセによっても「ピアッツァ」は販売され、

その際に使われた名称が「ピアッツァ・ネロ」と言いました。

これは、いすゞが71年以降ゼネラル・モーターズの傘下であって、

日本におけるゼネラル・モーターズの正式な輸入代理店として、

販売車種の拡大を目的としたヤナセとの提携合意の結果、実現したものでした。

ボクはこのヤナセで売られてた「ピアッツァ・ネロ」が好きですね。

角目4灯のブラックがステキに見えたものです。(笑)

いすゞ「ピアッツァ」はこれ意外にも他メーカーとのタイアップで、

いろんなバリエーションを展開します。

特に有名だったのは、

旧西ドイツのチューナーイルムシャーに足回りのチューニングを

依頼した「イルムシャー」や、

ロータス社との技術提携によりMOMOステアリング、

LOTUSチューンドサスペンション、

英国アームストロング社製ド・カルボン型ショックアブソーバー、

BBS社製2ピースアルミホイール、レカロなどを装備した、

「ハンドリングバイロータス」仕様があげられます。

日本車でありながら国際色豊かなクルマだったんですね!


スズキ・スイフトスポーツ。

2011年08月17日 08時55分47秒 | Weblog
小型乗用車が大人気のご時世ですが、

人気のホンダ・フィットやトヨタ・ヴィッツ、マツダ・デミオと並び、

スズキも同コンセプトとしてこの2代目「スイフト」を発売してます。

現在は3代目に引き継がれ、新たに新時代を築いていますが、

スズキ「スイフト」と言えばまだまだ、この2代目ですよね。

中でも「スイフトスポーツ」は小型ながら、他を圧倒するハイレスポンスを持った1台です。

一般的な「スイフト」は1.300ccか1.500ccエンジンを搭載していますが、

この「スイフトスポーツ」はジュニアWRC(世界ラリー選手権)を

目標も製造されたもなので、別格のパワーや足回り、そして装備を備えています。

エンジンはM16A型、1.600ccの直列4気筒DOHC-VVT搭載で最高出力は125ps。

タイヤは5穴でレカロを最初から装着、このクラスでは珍しい、

4輪ディスクにHIDも装備しています。

まさに速さや装備など、このクラスではトップクラスの性能です。

トランスミッションには5速MTも設定されていますし、

小型スポーツ車として楽しみたい人には持ってこいのクルマと言えそうです。

ボクはあまり小さなクルマは好きじゃないので、

この手の小型乗用車には特に興味はないのですが、

WRCジュニアクラスを走るこの2代目「スイフトスポーツ」の姿を見ると、

ちょっと心奪われる感じになってしまいますね。(笑)

改造パーツは豊富でスズキスポーツを筆頭に各社からスペシャルパーツが用意されています。

特にエンジン関係が豊富で後付ターボやスーパーチャージャーなども存在します。

200ps近いパワーを出して軽い車体で軽快に走らせるなら、

サーキットや峠、また普通に一般道を楽しむのも良いのかもしれないです。

中古市場では初期型で50万円~80万円あたり、後期モデルで70万円~120万円までが、

一応の相場のようです。

改造車も沢山出回っているので、乗り方が良くないものは避けた方が良いでしょうね。


トヨタ・ソアラ 初代。

2011年08月12日 09時55分40秒 | Weblog
トヨタ「ソアラ」の初代は国産車を世界水準まで引き上げ、

テクノロジーをふんだんに盛り込んだ次世代のクルマとして作られたものですよ。

しかも「ソアラ」は一般大衆向けに作られたものです。

まず、80年に大阪国際モーターショーで「EX-8」の名称で参考出品されます。

で、翌年の81年に発売開始。

前期型のフラッグシップモデルは5M-GEU型エンジン搭載の2.800GT。

2.000クラスには新設計の1G-EU型エンジンが搭載されます。

この1G-EU型エンジンは、

6気筒で4気筒並みの軽さを実現した当時としては画期的なエンジンでした。

それだけに、その後のトヨタ車に多く使われることになります。

83年にマイナーチェンジされ、新たに1G-GEU搭載の2.0GTが登場。

このクルマが初代「ソアラ」の中で一番のヒット商品になります。

またフラッグシップの5M-GEU型エンジン搭載車は6M-GEU型エンジンに変更され、

排気量も3.000ccまでアップされます。

初代「ソアラ」はそれまでに無かった世界初装備をふんだんに採用しています。

トヨタ・エレクトロマルチビジョン(TV&燃費・メンテ情報)が分かるモニターを装備。

他にも電動ドアミラー、室内オートミラー、空気清浄機、

4速ATにはオーバードライブスイッチなどなど。

今では、おもいっきり普通になっていますが、当時は相当画期的な装備でした。

まだまだ、ここまで充実したクルマは他に存在してなかったんですよね。

ボクはこの初代「ソアラ」が新車だった時代を知っているので、

とても懐かしく思うのですが、

当時はこのクルマが中古でポンコツになるなんて夢にも思わなかったです。(笑)

それぐらい凄いクルマに思えたんですよね。




ケンとメリーの愛のスカイライン。

2011年08月11日 10時41分34秒 | Weblog
「ケンとメリーの愛のスカイライン」とは、

4代目の日産「スカイライン」のCMチャッチフレーズですよ。

40代以上の人なら聞いたことがあると思います。

何かよく分かりませんが、

愛する2人だけのためのスポーツカーと言いたかったのでしょうか。

とりあえず当時の「スカイライン」はあくまで若い人を、

ターゲットにしてたことだけは分かりますね。

このコピーを略して4代目は愛称として「ケンメリ」と言われています。

で、この「ケンメリ」にもGT-Rが存在していまいした。

ある意味、ハコスカGT-Rより希少性が高いと言えます。

台数が少ないんですよね。

たったの197台しか生産されませんでした。

しかもそのうちの2台はレースで御釈迦にしてしまったので、

事実上は195台が正しいです。

原因は当時新しく決められた排気ガス規制によるものです。

発売開始時の73年はまだ大丈夫だったのですが、

その後すぐに規制強化され、生産を断念せざる終えなかったようです。

エンジンは先代同様でS20型、直列6気筒2.000ccのDOHCで最高出力は160ps。

まさに幻のGT-Rと言えるこの「スカイライン」ですが、

特長としては、この後の「スカイライン」に使われている、

あの丸いテールランプのデザインを始めて採用したモデルであるということです。

当時、流行っていた流れるようなクーペスタイルもこの時代を想い出させてくれてますね。

見た目に大柄な風にも見えますが実際はそんなに大きくはありません。

先代のハコスカとほぼ同じですね。

中古市場でこの「ケンメリのGT-R仕様」などレストア車が販売されていますが、

玉数は劇的に少ないです。

ホンモノとなると400万円以上するシロモノです。

もし今から購入してオーナーになるには至難の業が必要なクルマですね!


マツダ・ロードスター。

2011年08月10日 09時31分30秒 | Weblog
今回は「マツダ・ロードスター」の2代目にあたる「NB型」ですよ。

初代アンフィニ・ロードスターが空前の大ヒットを飛ばし、

それまで経営不振にあえいでいたマツダ社の息を吹きが返すドル箱カーとなり、

その後継モデルとして大注目の中、この2代目が登場します。

発売開始は98年で、先代と大きく違う点としては

それまでのリトラクタブルのヘッドライトが通常のタイプに変更され、

オープンカーの弱点ともいえる剛性を大きく強化、

また軽量化にも成功したモデルとなります。

外観デザインとしてはラウンド型のボディーラインが特徴的で、

当時のマツダデザインの方向性がよく分かるものになっていますね。

エンジンは先代とほぼ同じエンジンで、

1.600ccと1.800ccの2種類から選ぶことが出来まいした。

また最上グレードの「RS」には6速MTが設定され、

よりスポーティーなクルマに進化していました。

03年には「ロードスター・ターボ」や「ロードスター・クーペ」が追加されますが、

これは他の車種に比べかなり高額なもので、あまり売れていません。(笑)

最初はどうしても先代のイメージが強く、この2代目の良さが伝わりにくかったのですが、

最終的にはそこそこ売れたクルマになります。

好き嫌いがハッキリしそうなクルマですが、

女性からの支持が多かったクルマじゃなかったかと思いますね。

コンパクトで乗りやすく、パワーはそこそこに軽快なライトスポーツとして、

結果的には人気を博します。

中古市場では球数も多く、比較的安く売られていますね。

初期で30~60万円、後期で50~80万円あたりが相場になっています。

ノーマルはそんなに速さは感じませんが、

マツダスピードなど高性能パーツを組み込めばよく走ってくれて、

楽しい1台だと思います。

NOSエンジン搭載車。

2011年08月09日 09時11分24秒 | Weblog
「NOSエンジン」とはシリンダー内における「ガソリンの燃焼促進」を狙ったもので、

大気中の空気の1.5倍もの酸素を含んだ亜酸化窒素(ニトロ)を、

約300度まで加熱し、窒素と酸素に分離させる事で分離前の1.5倍の体積となり、

通常時と比べ約2.25倍もの空気をシリンダーへ送り込むことで、

より強い燃焼効果を得るという原理のエンジン・システムのことです。

多分、これを聞いてもクルマのエンジンに詳しくない人は、

何のことやら訳が分からないと思います。(笑)

簡単に言えば、たくさんの空気をエンジン内に送り込めば速く走るということで、

「NOS」はそれをしてくれるシステムのことです。

まぁ、ターボやスーパーチャジャーと似たようなものですね。

ただしこのシステムは多少リスクもともない、一般車両に搭載されることはありません。

あまりの空気圧力がエンジンにかかるため負荷が大きすぎて、

故障、またはエンジンが分解・爆発する可能性が高いと言われているからなですよね。

でも、実はボクらが考えてるほどでも無いとも言われています。

普及率が低いこともあり、後付で考えても相当高価なパーツになります。

分かりやすく説明すると、1馬力アップさせるに1万円かかる計算になるんですよね。

て、ことは100馬力上げるには100万円かかるってことです。

だったらターボの方が簡単にパワーアップ出来るので、

日本ではチューニングメーカーもあまり使用することはありません。

逆にアメリカとかでは最近、映画の影響もあって搭載車が増えています。

また、使用方法としてターボなどと違い、常時使われるものではなく、

ここぞという場面でボタンを押す仕組みで使う感じです。

使用時間が最高で20~30秒間しか有効じゃないからなんですよね。

理由は燃焼圧縮率が下がることと、エンジンの負荷がそれに耐えれないからです。

でも、何かカッコ良いですよね!(笑)




7thスカイライン・GTS-R。

2011年08月08日 09時26分17秒 | Weblog
名前の通り、7代目にあたる「スカイライン」ですよ。

この「7thスカイライン」R31型は次のモデルR32型GT-Rの復活前のクルマになります。

で、「7thスカイライン」R31型の中で一番のパワーをもったモデルが「GTS-R」です。

6代目の「スカイライン」が並列4気筒であったものを、

伝統の並列6気筒エンジンに戻したモデルになりました。

この7代目「スカイライン」は85年から発売されていましたが、

「GTS-R」は87年に登場します。

限定モデルだったので総生産台数は全国で800台。

のちにオーテックバージョンも出ますが、それも限定で200台です。

速度が80kmを超えるとフロント下のスポイラー出てくる仕組みが特長でしたね。

エンジンはRB20DET型直列6気筒のDOHCターボで最高出力は210ps。

さらに4輪独立操舵システムであるHICASを始めて搭載したモデルです。

大柄な車体に角張ったデザインが印象的ですが、

スカイラインマニアの中ではその大柄が良くないと言われていましたね。

見た目は6代目のデザインをかなり意識したもので、

よく似てるようにも感じます。

裏話しですが、ここまでの「スカイライン」担当開発者は次のR32モデルで、

ほぼ全員が一新され、いわゆる伝統を重んじてきた古株な技術者たちの

最後の「スカイライン」になってしまいます。

時代の移り変わりに感覚がずれてきたのを日産全体で問題視されていたようですね。

まぁ実際、最盛期を考えると随分売れなくなっていました。

しかし、時代はまだまだこういったクルマを受け入れていたので、

起死回生が必要な時期だったのかもしれません。

しかし、逆に時代を超えて現在になると逆に希少価値も含め、

「7thスカイライン」R31型の人気が復活しているようで…。

オーナズクラブも沢山あり全国で大勢のファンが存在しています。

ともすればスカイラインシリーズでも忘れられがちな「7thスカイライン」ですが、

やっと味が出てきたって感じなんでしょうかね!(笑)


デ・トマソ・パンテーラ。

2011年08月07日 20時34分44秒 | Weblog
60年代にイタリアのデ・トマソさんとアメリカのフォード社が、

共同で開発したクルマが今回紹介する「デ・トマソ・パンテーラ」です。

このクルマの特長はイタリア製とアメリカ製とが、

混在したパーツで作られてるスポーツカーというところです。

基本的にはシャシーやボディーはイタリア製、

エンジンやサスペンションはアメリカ製と言った感じです。

デ・トマソ社のデ・トマソさんが、

フォード・GT40のイメージを踏襲するスポーツカーを

是非、自分の手で作りたいという願望から全てがはじまります。

元々、イタリアの小さなデ・トマソ社とフォードは親密な関係にあり、

その背景にイタリア系アメリカ人だったフォードの副社長が大きく関係しています。

しかも、このクルマには先代があって、

64年に「ヴァレルンガ」、68年に「マングスタ」というクルマが生産されて、

シリーズとしては3代目にあたるのが「デ・トマソ・パンテーラ」なんですよね。

エンジンはフォード・マスタングに搭載されていた、

5.800ccの水冷V型8気筒OHVエンジンで最大出力は330ps。

のちに同じエンジンをベースに何度もチューニングされ、

最高500psまでパワーアップされています。

レースに使うことが目的だったので、レースのレギュレーションに合わせて、

何度もマイナーチェンジを繰り返していたんですね。

さらに「デ・トマソ・パンテーラ」は、

一般販売もされていたので生産中止までに4.000台近く流通しています。

実は、91年まで少量ではあったのですが、かなり長く生産していたようで…。

ライバルはフェラーリやランボルギーニということですが、

純粋なメーカー車でなかったので、世間的には別物と見られる感じですね。

とても興味深く面白いクルマだと思います。



BMW-M1。

2011年08月06日 11時15分47秒 | Weblog
こんなクルマが、あったんですよねぇ。

70年代にBMWが作ったいわゆるスーパーカーですよ。

その名は「M1」。

通常の1~7シリーズとも違う、X、Z、シリーズとも違う異質な存在の1台です。

当時、行われていたグループ4、およびグループ5の

シルエットフォーミュラー・レースに出場するために作られたクルマです。

登場は78年からで一般仕様としても81年まで製造されました。

ボディデザインはイタリア人の巨匠ジョルジェット・ジウジアーロで、

ミッドシップの駆動方式はランボルギーニ社との共同開発、

シャシーはアメリカレース界では有名なジャンパオロ・ダラーラが担当しています。

そうそうたる面々で作られたこの「BMW-M1」は、

登場当時、世界中の注目を集めたようです。

それまであまりレースに参戦することが少なかったBMWだったので、

かなり特殊な例だったと言われています。

しかし、目標としていたシルエットフォーミュラー・レースの

参戦条項である「連続する12ヶ月間に400台の生産」には生産性の悪さから

到底及ばず、せっかくの計画が一時、暗唱に乗り上げてしまいます。

そこで、BMW社としては異例の「BMW-M1」によるワンメーイクレースを企画します。

そのレースは年1回の3回行われて当時のF1ドライバーだった、

ニキ・ラウダやネルソン・ピケもドライブし、ある種の成功を収めます。

結局のとこ「BMW-M1」の総生産台数は477台。

ドイツの大衆メーカーBMWの中にあっては非常に希少価値の高い、

特別のクルマとなってしまったんですよね!