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「ゆっくり寝かしてやれよ」・・・いい時代に粋な客!

2017-07-21 17:09:27 | 落語
のちの名人と言われた噺家の古今亭志ん生が酒に酔っぱらって高座で寝ちまった。客は文句も言わず、「ゆっくり寝かしてやれよ」―。

粋な客がいたんですねー。

「ご存知ですか? 7月21日は古今亭志ん生が寄席で伝説の“失態”をしでかした日です」と、近藤正高さんがこんな記事を載せた。まことに結構なお話なので転載させていただいた。

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いまから70年前のきょう、1947(昭和22)年7月21日、戦時中に満州(現在の中国東北部)に渡っていた落語家の古今亭志ん生(5代目)が、東京・日本橋の寄席・人形町末広に帰国後初めて出演した。

 結城昌治『志ん生一代』によれば、大の酒好きだった志ん生は、この日も朝から飲んでおり、昼席のあと贔屓に呼ばれてまた飲み、夜席のトリに上がるときにはそうとう酔っていたという。

それでもこのときの演目「ずっこけ」は酔っ払いの噺とあって、無事に務めた。彼が伝説に残る“失態”をしでかしたのは、このあとの大喜利での席だった。

 大喜利では、客席から帽子やマッチなどを借り、落語家たちがそれらの品をシャレに織り込んで噺をつなげ、最後の演者がサゲをつけるというお題噺が披露された。

ところが、志ん生まで番が回ってきたところで、噺が止まってしまう。

下を向いたきり顔を上げないので、最初はどうしゃべるか考えているのだろうと皆は思ったが、そのうち軽いいびきが聞こえてきた。

何と、志ん生は酔っぱらって、坐ったまま眠ってしまったのだ。

客にもやがて気づかれ、笑い声が起こる。

共演していた桂文楽(8代目)があわてて「志ん生は満州の疲れがとれておりません。なにとぞご勘弁のほどを――」と頭を下げると、客は文句も言わず、「ゆっくり寝かしてやれよ」という声がいくつもかかったという(結城昌治『志ん生一代(下)』小学館)。

 戦時中、旧満州へ慰問のため三遊亭圓生(6代目)とともに渡った志ん生は、その後、ソ連軍の侵攻で九死に一生を得る。

終戦から1年以上経った46年末にようやく引き揚げ船に乗りこみ、この年1月に帰国した(圓生は3月に帰国)。

戦前からの貧乏暮らしで働かねば食っていけず、帰国後6日目にして、体がまだふらついたまま新宿末広亭に出演。

3月31日には上野鈴本で独演会を開き、昼も夜も大入の客を集めた。

帰国後の志ん生は「芸が大きくなった」と言われ、人気も高まっていく。

「大きいやかんは沸きが遅い」と大器晩成を自認した志ん生は、57歳にして大輪の花を咲かせたのである。

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