▼平治師匠が「文七元結」
何度聴いても「あの落語には泣かされる」ー。多くの落語ファンが決まってそう話すのが古今亭志ん朝さんの「文七元結」である。私も、いつの日かこの噺を演じてみたい、との思いから時々、CDを聴いている。その「文七元結」を平治師匠が高座にかけるというので、飛んで行った。
新宿の小さな居酒屋で27日夜、開かれた落語会は、狭い場所に4、50人がすし詰め状態。落語の学校の受講生も7、8人顔を見せていた。日ごろは滑稽噺が中心の平治師匠が人情噺の極め付け「文七元結」を演じるというのでみんな興味津々。
▼めずらしく言い間違え
噺の確かさでは定評がある平治師匠が、めずらしく言い間違えた。こんな師匠を見たのは初めてだ。1時間にわたる熱演を終えた師匠は、「数年ぶりに、この噺を高座にかけた。表現に間違いがあった」と率直に認めた。さらに、「人情噺の多くは(柳家)さん喬師匠から習った。私と口調が似ているので覚えやすかった」と言った後、志ん朝さんが演じる1時間半にのぼる「文七元結」を楽屋一同で聴き入った過去のエピソードを披露。
「文七元結」は“落語中興の祖”と呼ばれる三遊亭圓朝氏の創作。これまでにも三遊亭圓生、古今亭志ん生、林家彦六(八代目林家正蔵)さんなど歴代の名人が演じているが、私は志ん朝さんのが一番気に入っている。人物描写の情感、表現力が飛びぬけているからである。「志ん朝師匠は芝居の経験があるので、他の噺家には真似できない」と平治師匠。
▼努力に勝る天災なし
「名人、志ん朝」の稽古は半端ではなかったようだ。関係者の話によると、贔屓筋からのお呼ばれで、どんなに遅く帰ってきても、落語の稽古は欠さなかったという。しかも、納得がいくまで稽古を繰り返したそうだ。人はよく訳知り顔で「彼は才能があるから」などと決めつけたがるが、「努力に勝る天才なし」、なのである。
「文七元結」は素晴らしい噺である。これまでも歌舞伎や映画でたびたび演じられてきたほどの傑作。論より証拠。一度、古今亭志ん朝さんの「文七元結」を聴きいていただきたい。きっと「落語の魅力」が体感出来る。聴きたい方は当方までメールしてくださいまし。
何度聴いても「あの落語には泣かされる」ー。多くの落語ファンが決まってそう話すのが古今亭志ん朝さんの「文七元結」である。私も、いつの日かこの噺を演じてみたい、との思いから時々、CDを聴いている。その「文七元結」を平治師匠が高座にかけるというので、飛んで行った。
新宿の小さな居酒屋で27日夜、開かれた落語会は、狭い場所に4、50人がすし詰め状態。落語の学校の受講生も7、8人顔を見せていた。日ごろは滑稽噺が中心の平治師匠が人情噺の極め付け「文七元結」を演じるというのでみんな興味津々。
▼めずらしく言い間違え
噺の確かさでは定評がある平治師匠が、めずらしく言い間違えた。こんな師匠を見たのは初めてだ。1時間にわたる熱演を終えた師匠は、「数年ぶりに、この噺を高座にかけた。表現に間違いがあった」と率直に認めた。さらに、「人情噺の多くは(柳家)さん喬師匠から習った。私と口調が似ているので覚えやすかった」と言った後、志ん朝さんが演じる1時間半にのぼる「文七元結」を楽屋一同で聴き入った過去のエピソードを披露。
「文七元結」は“落語中興の祖”と呼ばれる三遊亭圓朝氏の創作。これまでにも三遊亭圓生、古今亭志ん生、林家彦六(八代目林家正蔵)さんなど歴代の名人が演じているが、私は志ん朝さんのが一番気に入っている。人物描写の情感、表現力が飛びぬけているからである。「志ん朝師匠は芝居の経験があるので、他の噺家には真似できない」と平治師匠。
▼努力に勝る天災なし
「名人、志ん朝」の稽古は半端ではなかったようだ。関係者の話によると、贔屓筋からのお呼ばれで、どんなに遅く帰ってきても、落語の稽古は欠さなかったという。しかも、納得がいくまで稽古を繰り返したそうだ。人はよく訳知り顔で「彼は才能があるから」などと決めつけたがるが、「努力に勝る天才なし」、なのである。
「文七元結」は素晴らしい噺である。これまでも歌舞伎や映画でたびたび演じられてきたほどの傑作。論より証拠。一度、古今亭志ん朝さんの「文七元結」を聴きいていただきたい。きっと「落語の魅力」が体感出来る。聴きたい方は当方までメールしてくださいまし。