湘南文芸TAK

逗子でフツーに暮らし詩を書いています。オリジナルの詩と地域と文学についてほぼ毎日アップ。現代詩を書くメンバー募集中。

「色ざんげ」に描かれた逗子

2023-08-05 07:59:10 | 文学

宇野千代「色ざんげ」に逗子が出てくることを逗子市立図書館の郷土展示「逗子が登場する文学~戦前編~」で知り、読んでみました。

東郷青児をモデルにした主人公の湯浅が、高尾という女性を連れ戻しに逗子のホテルへ赴く場面。舞台はなぎさホテルですね。

 

僕らは露台の側をぬけて海に面した広い芝生の方へ出た。「あそこにいらっしゃるわ。」つゆ子は立留って言った。西洋人の子供らを相手にきゃっきゃっと声を立ててボール投げをしているのだ。

(中略)

「支度が出来たから早く来ない? あ、お客さま?」「好いのよ。いま行くからちょっと待ってね、」言い捨てて間仕切りのカーテンの向うへ隠れたと思うと、間もなく白いセーラーに着替えて出て来たが、僕の方には一瞥もくれないで一緒に手を繋いでそのまま大股に廊下へ駆け出してしまったのだ。さっきから窓に向いて口笛を吹いたり手をあげたりしていたのはきっとあの男へ何か合図をしていたのだろうと、やっと僕は気がついたが、あのスポーツシャツを来た子供のような男は一体何だろう。しかしまだ一言も肝心の話をしない中に逃げられてしまった僕は階下の広間で待っているつゆ子のところへ飛んで行って一緒になって二人のあとを追って行ったが、もう砂浜のずっとさきの方まで駆け出してしまったあとでとても追っつけそうにはなかった。僕らは芝生のところで立留った。見ると岸に帆の赤いヨットが一艘つないであって、たちまちの中に二人は水の中へ押し出して海へ出てしまった。ヨットは一ぱいに風をはらんで走ってゆく。暫くの間僕らは呆気にとられてその行方を見守っているほかなかった。「すっかり出し抜かれてしまいましたね、どうします? 帰って来るまでここで頑張ってますか?」「そうね、」いかにも疲れた様子だった。「あっちで少しやすんでても好いですね、」僕はつゆ子の背に手をやるようにしてテラスへ帰ってゆくとそこの椅子にかけさせた。晴れた空の下にどこまでも青い海が続いている。一望のもとに湘南の海が見えるのだが、その青いグラウンドを沖へ出たり戻ったりしている赤いヨット帆の動きは、思いようによっては僕らを愚弄しているようでもある。

なぎさホテルは大正15年開業。その昭和3年頃の様子です。典型的モボ・モガがオシャレ最先端のなぎさホテルに集って海を愉しんでたのね~。

コメント
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