今日は、ponsunさんのブログに触発されて晴耕雨読と題して書きます。
私は、基本的には一人でいるのが好きなのですが、しかし、同時に人懐っこいところもあって、耳が十分聞こえていた頃は、人との会話も大好きでした。
が、神様から難聴という試練をいただいてからは、もっぱら読書に歓びを感じるようになりました。
一時期、パソコンの操作を習得したばかりのころは、パソコンにも歓びを感じていたのですが、こちらは、ただ読んでいるだけの段階では問題ないのですが、発信すると、様々な人と関わることになり、問題も生じることを学ばせていただきました。
今日のテーマにした「晴耕雨読」は、言うまでもなく、晴れの日は畑を耕して雨の日は家で読書するということなのですが、私の場合は、都会で生活していますので、耕す畑がありません。
そこで、晴れの日は、散歩ということになるのです。
幸い、近くを猪名川という川が流れており、散歩をすれば、大自然に抱かれていることを実感することができます。
読書も散歩も一人でできることなので、自分のペースで楽しむことができ、私は、生きている歓びを双方から味わわせていただけるのです。
雨なので自宅前の小路を撮影しました。この突き当たりを左に曲がると、先日ご紹介した表通りに出ます。遠景に見えるマンションの向こう側が猪名川です。
私は、基本的には一人でいるのが好きなのですが、しかし、同時に人懐っこいところもあって、耳が十分聞こえていた頃は、人との会話も大好きでした。
が、神様から難聴という試練をいただいてからは、もっぱら読書に歓びを感じるようになりました。
一時期、パソコンの操作を習得したばかりのころは、パソコンにも歓びを感じていたのですが、こちらは、ただ読んでいるだけの段階では問題ないのですが、発信すると、様々な人と関わることになり、問題も生じることを学ばせていただきました。
今日のテーマにした「晴耕雨読」は、言うまでもなく、晴れの日は畑を耕して雨の日は家で読書するということなのですが、私の場合は、都会で生活していますので、耕す畑がありません。
そこで、晴れの日は、散歩ということになるのです。
幸い、近くを猪名川という川が流れており、散歩をすれば、大自然に抱かれていることを実感することができます。
読書も散歩も一人でできることなので、自分のペースで楽しむことができ、私は、生きている歓びを双方から味わわせていただけるのです。
雨なので自宅前の小路を撮影しました。この突き当たりを左に曲がると、先日ご紹介した表通りに出ます。遠景に見えるマンションの向こう側が猪名川です。