神鳴り(アメジストネックレス)

難聴ゆえに家居の好きな主婦です。過去、心臓弁膜症、大腸がんの手術を受けました。趣味は短歌です

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娘は高知空港から帰京

2016年03月31日 18時06分39秒 | 旅行
             空港の建物の横には 高知県出身の吉田茂元首相の像


雨も降り出したし、71歳の夫の夕方からの長時間の運転は危険なので、私たちと男孫2人は高知でもう一泊することに。

が、急なことでもあり、かつ春休みのせいもあって、なかなか4人が一部屋で泊まれるホテルが見付からなかった。

やっと高知駅前のビジネスホテルに泊まらせていただけることになり、やれやれ。
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牧野植物園 続き

2016年03月31日 16時16分08秒 | 旅行
牧野植物園が綺麗だったので、追加記事を。

この植物園は見応えがあるから、県外から観光に来られた方々にも、是非足をお運びいただきたいと思う。


春らしい柔らかい彩りの花々の間を縫って小川の流れるさまも、いい。

清少納言であれば、「美しきもの、春の花々の間を流れる小川の水」とか書くかもしれない。

目を上に転じれば、少し盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ満開の桜の花々。

「春の小川はさらさらいくよ~♪」と歌いたくなります。

↓綺麗でしょう?


↓桜が萌えているようです。


  老い枝にピンクの花の満ちをれば姥桜とふ言葉を思ふ  biko

↓ここから温室に。


熱帯の花は色が鮮やか。


今日は、入場者が少なめだったので、ゆっくり見させていただけた。


手入れも大変だろう。
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かるぽーと~桂浜~牧野植物園

2016年03月31日 15時53分56秒 | 旅行
高知の私の実家の近くに”かるぽーと”という愛称で呼ばれている文化プラザがある。

”かるぽーと”という愛称の由来は、カルチャー(文化)とポート(港)であるらしい。

私は何度か訪れたことがあるが、娘はまだというので、じゃ、この機会にと建物の中に。

”かるぽーと”には、漫画家の横山隆一記念まんが館が併設されていて、休館日である月曜日以外は見せていただけるようだ。

↓館内には横山隆一関係の書物が揃っている。

実は、横山隆一は私の母方の祖母の遠い親戚で、実家の母は氏の幼いころの写真を持っている。

と、また自慢する私。(苦笑)

横山泰三は横山隆一の弟で、主に風刺漫画の分野で活躍していた。

  母方の祖母の親戚、漫画家の横山隆一、泰三兄弟  biko

その後、高知県の、もっとも有名観光地のひとつである桂浜へ。

長宗我部元親の浦戸城跡に立つ国民宿舎、桂浜荘の横の展望台から太平洋を望む。


ちょうど昼食時だったので、ここからの景色を楽しみながら昼食を食べようということになり、桂浜荘のレストランに入る。

が、あいにくのお天気で、視界がよくない。

それでも窓外には桜の花が咲いていたから写しておいた。


浦戸城跡から下りて、桂浜の浜辺に。


↓子供の頃から数え切れないくらい訪れている桂浜なのに、ここに鳥居のあることには今日はじめて気づく。

鳥居には「竜王宮」とあった。

これは、桂浜の右手の岬に竜宮様が祀られてあるから、その鳥居だろう。

  いくそたび訪れたりし桂浜けふ竜王宮とふ鳥居を見つく  biko

桂浜観光のあとは、孫の希望で、牧野植物園に行くことに。


↓入り口近くで小さな瀧がわれわれを出迎えてくれる。


時節柄、桜の花を見とれてしまう。

高知県は暖かいので、桜は、もう葉桜になりかけていた。

牧野植物園は五台山という山の頂上近くにあるから、園内を歩くことは、すなわち山を歩くことにもなる。

この桃源郷のような別天地は少し窪んだところにある。


  五台山その山頂の桜花(おうくわ)には青葉萌えだし葉桜近し  biko
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高知市にある城西館の朝食は60種のバイキング&龍馬の生れた街記念館&高知城

2016年03月31日 09時29分21秒 | 旅行
だったが、私は、昨夜食べ過ぎたので、サラダをメーンに小さなパン(帽子パン)だけをお皿に盛った。

わずかしかいただかなかったが、どれもこれもおいしかった。さすが、城西館!

ところで帽子パンというのは、高知独特のパンで、その表面や帽子の縁になるところがカステラのような味のするお菓子パンである。

  帽子パン今も帽子の形してホテルバイキング会場に並(な)む  biko

子供の頃から、私は、このパンが大好きであった。

  忘却をせしにあらねど帽子パンお目にかかるは久しぶりなり  biko

二人の男孫や夫は朝から食欲旺盛だ。


  まだ小(ち)さき孫らであるに食欲は小さくあらず大盛りをせる  biko

おいしいコーヒーをいただいてからは館内を散歩した。


売店には鰹関係の土産物が多かった。


  売店に並べられゐる鰹節、鰹チップス、鰹のたたき  biko

その後、この城西館の裏側にある「龍馬の生れた街記念館」に行った。

坂本龍馬の家が再現されてあって、そkには、

土佐の皿鉢料理を盛り込む皿鉢の展示された部屋や


  カラフルな九谷焼きとふ焼き物の皿鉢かざられ龍馬の実家  biko

龍馬とお龍さんだろうか、夫婦のような人形が飾られていた。


  こちら向く龍馬とお龍の人形の並びて坂本龍馬の実家  biko

こちらは、龍馬関係の本が集められたコーナー。


これが、「龍馬の生れた街記念館」の外観。


  歴史的屋号となりぬ才谷屋坂本龍馬の生家であれば  biko

一渡り見て、また城西館に戻ってきた。


エレベーターで最上階に上がって、昨日見なかった展望室から高知城を見る。

高知城は小さく見えているが、お分かりいただけるだろうか。

  北東に見ゆるお城の遠ければレプリカめきて見ゆる高知城  biko
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高知の城西館ホテルの夕食は部屋食でした

2016年03月30日 20時37分03秒 | 旅行
めったに泊まれる宿ではないので、記録しておくことに。

今日は、ちょうど孫の誕生日でもあったので、その記念にもなると思うので。

↓土佐風前菜です。


↓刺身の盛り合わせ


夕方実演を見せてもらった鰹たたき


↓メニューも写しておきました。


↓メニュー続き


↓このドロメは鰯の稚魚のことで、土佐ではポン酢などをかけて生でいただきます。

去年春、帰省したとき、このドロメを食べたくて産地の赤岡町をうろうろしましたが、その日は漁がなかったとかで、結局食べられなかった苦い思い出が。

今日は食べられてラッキーでした。(^^)

↓ジュンサイの入った汁物と若竹煮など。


↓この蒸し物は、おいしかったらしいんですが、私は満腹になってしまっていたので、食べられませんでした(涙)。



↓野菜のてんぷらとご飯。

これも食べられませんでした。

私も年取ったせいか、すぐに満腹になります。そして、すぐにまた空腹になります。

だから、食べられなかったことが非常に残念でした。

このあと、柚アイスと苺などの果物が出ましたが、こちらは食べられました。

デザートの写真等は、食べることに忙しくて、撮影することを失念していました。

どれもこれも、とても美味だったこと、お伝えさせていただきます。

城西館のお料理をしてくださった方々にお礼申し上げます。

おかげさまで、孫の13歳の記念誕生会になりました。

  名にし負ふ城西館のお料理にまた会はむかな長生きをして  biko
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母の見舞いに来たけれど食事中でした

2016年03月30日 18時13分54秒 | 家族
母は、首の骨が折れたため、頭を肩に固定するための金具が取り付けられていた。

が、2月の事故直後の集中治療室での姿からすれば、大きく回復していた。

これも主治医の先生や、お世話くださる看護師の皆さん、リハビリの先生方のおかげだと感謝の念を禁じえない。

しばらく黙って様子を見ていたが、食事も終わりかけたころにやっと声をかけた。

  老い母の夕食を摂る後姿(うしろで)を娘のわれは静かに写す  biko

母も最近は老人性難聴になり、少しの物音には反応しない。

が、声をかけてからは、母の孫である私の娘や、その子である私の孫たちを見て心底嬉しそうだった。

が、いかんせん、話が長い。

聞いていたらきりがないので、明日また来ることを約して病院を後にした。

  長男を亡くし長女のわれ遠くあれば話を聞く人もなし  biko

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病院には、もっと早い時刻に来るつもりだったが、鰹のたたきを作る実演ショーがあるというので、それを見てから病院にきたから、遅い時刻になってしまった。
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藁焼き鰹たたきの実演(於、城西館ホテルで)

2016年03月30日 17時13分30秒 | グルメ
今日は夕食前に総ガラス張りの部屋で実演して見せていただける鰹たたきの実演作りショーがあった。

大きな鰹切り身が準備されて、藁を燃やした炎の中に串刺しにされて入れられる。

出来上がった「鰹たたき」が切り分けられる。おいしそう!


ショーが終わった後、ロビーにあった、この城西館の藤本楠子初代女将の彫像を撮影させていただく。左側は吉田茂、元宰相。

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今日泊まる旅館、城西館

2016年03月30日 17時07分35秒 | 旅行
天皇、皇后両陛下もお泊りになった老舗旅館です。



高知県出身の宰相、吉田茂氏も常宿だったとか。

通された部屋には次の間があって、


南向き縁側つきの12畳の部屋でした。

ということで、窓からの眺めは筆山側でした。

反対の北向きだと、高知城側になりますが、どちら向きであっても、それぞれのよさがありますね。

私達は、いったん荷物を降ろしてから、母の入院先の病院へ。
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まだ三月末ですが、大歩危峡谷の鯉のぼり

2016年03月30日 15時39分27秒 | 旅行

ここはラフティングのメッカです。
〇急峻な四国山脈その間(あひ)を流るる川は四国三郎 biko

〇奈良にある吉野川とは兄弟の吉野川なり四国三郎は biko
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新神戸駅で娘と孫と待ち合わせ

2016年03月30日 11時40分24秒 | 旅行

新神戸駅には初めてきました。

駅前の桜の花がほころびかけていました。

これから淡路島に向かいます。

淡路島のパーキングエリアで昼食後、一路高知に向かいます。

南国高知の桜は満開になっているかもしれません。

それでは!(∧∧)
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お金を払って叱られにいく通院日?

2016年03月29日 16時14分37秒 | 日記
                (病院の向かいの桜が丘小学校の桜)

今日は、心臓検診の日であった。

私は、先生のいわれる「食べ過ぎないでください」「運動をしてください」を実行できないダメ患者である。

特に今日は、「昼食は食べないできてください」も守らず、昼食を摂ってからいった。

だって、空腹は我慢できないから。

若い頃は、そんなことはなかった。

多少お腹が空いていても、しなければいけないことがあれば、片付けてから食事を摂るくらいの我慢はできた。

が、最近はこらえ性がなくなって、空腹を我慢できない。

また、空腹であっても、食べたくないものは絶対食べたくない。

逆に、何かをどうしても食べたくなれば、時間に関わらず近くのスーパーに走る。

これもたぶん老化現象だと思う。

私よりはるかに老人の母を見ていて、そう思うのだ。

母は、我が家に来ているとき、自分が空腹になっているのに食事の支度ができてないと酷く文句を言う。

ま、たまのことだから、私も黙って、母の食べたいものを一生懸命作る。

が、出来上がると、やれ歯が痛いから食べられないとか、ほかのものでお腹が膨れたからもういらないとか言い出す。

そういえば義母も、この家を建てたとき、義母のために私達は手伝いに来ていたのに、おでんを続けて出すと、「続けて同じものは食べたくない」とのたまった。

私はかちんときた。

義母の引越しを手伝いに来ているのだから本当は義母が食事の準備をするか出前をとってくれるかすればいいところを私が替わりに作ってきたおでんを「続けて同じものを食べたくない」とはと。

が、今になると、義母の気持ちが分かる。

最近は、私も、お昼に食べたものを、また晩ご飯で食べたくないのだ。

それから、義母が、牛肉を食べるとき、高い和牛を買っていたのを贅沢だと思いながら見ていたが、私も、この歳になると、栄養価は同じといわれても、まずい牛肉は食べられなくなった。

安い牛肉を食べるくらいなら、鶏肉か豚肉がましと思う。

年取ると、こういうふうにわがままになってくるということを自分がこの歳になって分かるようになってきた。

また話が逸れてしまったが、そんなわけで、いくら主治医の先生が食べ過ぎないでくださいと言っても食べる量を減らすことはできないし運動も無理してしようとは思わない。

ということで、病院に行くたびに、同じ注意をされてしまう。

子供の頃は先生に叱られるとかは絶対にないというくらいお利口さんだった私なのに・・・。

  今日もまた叱られてこしこのわれも子供のころはよい子でありき  biko

  食べすぎをやめよ運動ぐわんばれと言はれてできるならしてゐます  biko

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明日から、また「箱入り娘状態の母」のお見舞いに帰省します。

ブログアップは、できたらしますが、できない可能性大です。

あさって帰宅の予定ですので、どうぞよろしく。
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乙武 洋匡さんについて

2016年03月28日 07時23分31秒 | ニュース
乙武 洋匡さんが『五体不満足』を出されたときは拍手喝采しました。

なぜなら、私も聴覚障害という障害を持っているから、彼の堂々とした生き様に感動したのです。もちろん、『五体不満足』は、すぐに買いまして、現在も持っております。

その彼が現在、不倫で叩かれているという。

え、乙武さん、不倫するほどお元気なの?と私は驚きました。

不倫は確かによくないことなのでしょう。

だけど、最近は、騒ぎすぎではありませんか?

昔は、もっと大らかだったのではないかと思うのですが・・・。

現に私の母方の祖母の叔母さんなど、嫁いだものの子供ができず、結局、その嫁ぎ先では別の女性が子供を産んで同じ敷地に暮らしていたそうです。子供達を産んだ女性は「裏のお母ちゃん」で、祖母のおばさんは「表のお母ちゃん」と子供達から呼ばれて、何の問題もなく、暮らしていたらしいです。実際、その家の子供達は、私の母とは血のつながりもないのに、よく我が家に来たりしていました。つまり、普通に親戚づきあいをしていたのです。

また、同じ祖母の家のことですが、祖母には嫡男のお兄さん以外に庶子のお兄さんがいました。祖母のお父さんが若い頃、正式に結婚する前に、とある女性との間に子供ができてしまったらしいのです。が、その女性は、お嫁にもらうには問題があったので、子供は認知したけれど、結婚はしなかったそうです。その後、別の女性と正式に結婚をして生れた嫡男が長男のお兄さんでした。が、祖母は庶子のお兄さんとも親戚づきあいをしていました。祖母は嫡男のお兄さんより、むしろ、優秀だったその庶子のお兄さんを尊敬している様子でした。その庶子のお兄さんには子供が生れなかったので、養女を育てたのですが、その養女の方と私の母は従妹として現在も仲良くしています。

今から考えると考えられないことかもしれませんが、昔の方が、現在よりもっと大らかだったのでは?

乙武氏のことから話が逸れましたが、私は、五体不満足ながら、不倫までしていた乙武氏の元気を嬉しく思ったくらいです。

不倫はよくないことですが、しかし、止められないのが、これも不倫という代物かもしれません。

  世の人のすなる不倫といふものをしたり五体は不満足ながら  biko
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「面会」~瀬戸内寂聴『わかれ』より

2016年03月27日 19時57分25秒 | 読書
この小説は、死刑になった永山則夫や国際テロリストとして現在獄中に囚われている重信房子の弁護士(女性)とのことを書いている。小説というより、実録か。

小説の中には、弁護されている重信房子や、重信房子の娘さんの話も出てくる。

「面会」の題名は、瀬戸内氏の重信房子との面会を指しているのだろう。

私は、これら事件の内容を、テレビニュースなどで垣間見ただけなので、詳しいところは知らなかった。

この小説を読んで、重信房子のことも知ることができたし、その弁護士、大谷恭子さんのことも知ることができた。

そして、それより何より、瀬戸内さんが、こういう政治犯の人たちに同情して、彼女らの心の支えになっていられることに感心した。

これは、瀬戸内氏その人が、過去、夫と子供を捨てて若い男と駆け落ちした、その良心の呵責からきているものか。

氏は、確か連合赤軍事件の永田洋子(ひろこ)の支援もしていられたと記憶している。

こういう犯罪を犯して世間から疎まれている人たちの気持ちに寄り添ってあげることは、なかなか誰にでもできることではないと思う。

それが、私が瀬戸内氏を尊敬する所以である。
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「道づれ」~瀬戸内寂聴『わかれ』より

2016年03月27日 19時25分28秒 | 読書
ごく短い小説である。

が、長い小説にも負けないくらいの余韻を残してくれた。

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よし枝が68歳のときのことだ。京都から乗った徳島行き高速バスの座席で隣り合った男は、ほとんど眠りっぱなしであった。

目覚めたその男の声は、よし枝の亡夫、伍朗とそっくりであったから、よし枝には過去の苦い思い出が蘇ってきた。

約60年前、よし枝は、当時シベリアに抑留されたままだった前夫の帰国が待ちきれず、5歳年下の伍朗と駆け落ちして以来、故郷に足を向けることができずにいた。

終点の徳島駅前についたとき、男はよし枝のキャスターバッグを下ろしてくれただけでなく、バスを降りようとするよし枝の手を受けてくれた。

その後、肩を並べて歩きはじめたが、よし枝は、つかのまのこの道連れと、どこで別れようかと思ったとき、阿波踊りのテープ音が流れてきた。

それを聞いて、その音の軽快なリズムとは裏腹に。よし枝の目には涙が。

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この小説は、瀬戸内氏の自伝に近い小説と思っていいだろうか。

小説家としては、あれほどの成功を納めた瀬戸内氏も、過去の己の行動に対しては、永久に苦い思いが消えないのだろうか。
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「百合」瀬戸内寂聴『わかれ』より

2016年03月27日 17時04分00秒 | 読書
レズビアンの物語りである。

私は、世間の人並みにしか、同性愛のことを知らなかった。

が、この小説を読んで、「目から鱗」であった。

異性との交わり以上の快楽がこの世にあるということを教えてもらった。

瀬戸内氏は、どうしてここまで細かく同性愛のことを書けるのだろう?

ひょっとして、体験者?と思わないでもないくらい実感がこもっていた。

人の幸せは見た目では計れないということも学んだ。

読ませてもらって、またひとつ世界が広がったような気分だ。
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