神鳴り(アメジストネックレス)

難聴ゆえに家居の好きな主婦です。過去、心臓弁膜症、大腸がんの手術を受けました。趣味は短歌です

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高知城まで来たけれども

2017年03月31日 12時21分40秒 | 親戚
雨は本降りなので、お花見は止めてユーターン。

せっかく来たのに残念。
お城の斜め前にこんな建物ができていた。

高知県立高知城歴史博物館


お腹がすいたので、ひろめ市場へ




人気の明神水産へ



並んで、



おいしい\(^O^)/
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高知駅に到着

2017年03月30日 16時14分52秒 | 親戚
今からホテルのチェックインを済ませてから母の入院している病院へ。

片道5時間あまりのバスも結構くたびれます。でも、乗り換えがないからバスが一番楽なのです。

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母がまた入院したというので、帰省します

2017年03月30日 02時55分22秒 | 家族
とりあえずホテルは今日、明日二日分の予約をしました。

兄嫁によれば、先月無理やり退院したのがたたって心臓が悪化して肺に水が溜まって呼吸困難になっているとのこと。

が、家で死にたいから入院はしないと駄々をこね、主治医の先生に、「死ぬ時の苦しさはこんなものではない」と諭されてしぶしぶ入院したそうです。

入院して手当を受けたら元気になるかもしれませんが、しかしもしということもあるから帰省するのです。

兄が生きていれば、こんなにすぐに帰らなくてもよかったのでしたが、現在子供は私だけなので、帰らざるを得ないです。

もう少し主治医の先生の言うことを聞いて大人しくしてくれる人だったらいいのですが・・・。

  死ぬ死ぬと幾度帰省をさす母か十三年まへ倒れしのちは  biko

  倒れても幾度も復活せし母の生命力はただごとならず  biko

  子のわれも弁膜症に大腸がん鬱病をへて今生きてゐる  biko

  親である母か子であるわたくしか死に神どちらを先に死なすか  biko

  健康に生まれし兄が先に死に病弱なりし吾(あ)が生き残り  biko
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高血糖に悩む

2017年03月29日 10時51分04秒 | わたしのこと
昨日の午後は心臓の定期検診だった。

先月の定期健診で主治医に「糖尿病になっています」と言われて驚いた私であるが、このひと月おやつはあまり食べないで、おかずも質素にして気を付けて暮らしたつもりだった。

が、血糖値は先月と同じくらいであった。

先生は、「引き続き炭水化物を摂らない生活を続けてください」と言われて、さらに「インシュリンを増やすお薬も増やします」と言われた。

ああ憂鬱だ。

食べることしか楽しみのない私だから、それを奪われたら生きている甲斐がない。

しかし放っておくと目が見えなくなったりもするらしい。

そういえば最近本を読むのが捗らないのも、ひょっとしたら、もう少し悪くなっているのかも。

テレビも見えにくいときがあるぞ。

片目ずつで見ると見えているのに、両目でみると、かえって見えにくいのだ。

難聴の上に目まで見えなくなったらどうする私。

しかし、考えてみれば、なるべくしてなったようなところがある。

なにしろおいしいものが好きなだけでなく、運動嫌いときている。

趣味は、以前は読書、最近はパソコンでブロ友さんたちと交流することである。

これには、難聴という障害が絡んでいる。

リアルに人と会っても、よく聞こえなくて、自分がつらいだけでなく、相手にもしんどい思いをさせてしまう。

だから、つい家にこもって人に会わなくても済む趣味に傾いてしまうのだ。

かてて加えて、夫が家で仕事をするようになって食事の支度に束縛される。

合間にこうしてブログを書いたりするのが唯一の息抜きになる。

母が極端な外出好きで、それが反面教師になっている面も否めない。

外出も家居も、要するに、どちらも偏ってしまうといけない。

  検診で糖尿病と言はれしは先月のこと昨日も言はる  biko

  糖尿の専門紹介しませうと主治医は言ひぬいたく真面目に  biko

  帰り道そのことばかりを考へて何も買はずに帰宅しにけり  biko

  心臓の薬の上にインシュリン飲まねばならなくなりしこの身は  biko

  外出の好きな老母に悩まされゐるわたくしが糖尿病とは  biko

  義理母も外出好きの人なりきゆゑに糖尿病にはならず  biko

  かうなればご飯づくりは放り出し遊びまはらむ病なほすため  biko

  長生きはしたくなけれど生きてゐる間は元気でゐたし  biko
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3月歌会に出した歌

2017年03月28日 23時35分29秒 | 短歌
恒例の(?笑)歌会に出した歌のご紹介です。

3月のお題は「生」でした。

お題が出されたのは2月28日、私は3月1日から小豆島に行くことになっていたので、お題を見て、「生」の歌を即詠して出しました。

以下、その歌といただいたコメントを転記します。

         記


(詞書)九十一歳の母は心不全の体で
生きることすなはち旅である母は明日も旅立つ小豆島へと

この歌は、もうそのままの歌です。

〇〇さんが歌会のお題の出された2月28日の翌日、すなわち3月1日から母は高知から、私達夫婦は川西市から小豆島に向かいました。ですから歌の出詠は2月28日その日でした。

この旅には、以前このe歌会に参加されていたMさんもご一緒する予定でした。

が、入院中の母は肺に水が溜まっていて心不全を起こしているから退院はできないと言われたのです。

が、何でも自分の決めたことは決行してしまう母は主治医の先生のいうことを聞きません。

Mさんに話すと、「医者の娘であった私はその状態がどれほど危険かわかります。今回は見送りましょう」と言ってこられたのですが、やっぱり母は行くことをやめると言いません。

だいたい母は昔から旅行大好きで、時間ができると旅行していたような人ですから、病気になっても、死にかけても行きたいところへは行くのです。

それをそのまま歌にしました。

コメントくださった皆様、ありがとうございました。

              *
*四国に「西国八十八か所霊場札所巡り」がありますが、
同じように小豆島にも、ありますね。お母上も、霊場 巡りを、
なっさているのかな。と思いました。

*(選歌のみ)

-初めに結論を出してしまって損している。読むひとに「なるほど、人生は旅だな」
と思ってもらえるように作るのがいいと思う。

*健康が許せばそんな生き方が理想的、羨ましいですね。
そして最後の別れの時も ちょっと長い旅に出かけるように手を振って、、。

*カポーティ『ティファニーで朝食を』主人公ホリーが名刺住所欄を〈旅行中〉
としていたことを思い出した。芭蕉の〈漂泊の思ひ止まず〉にも通じるかも。
小豆島に思わず反応したが、小豆島でなければならない理由は何?



・母にとって旅はご飯を食べお茶を飲むのと同じくらい、当たり前のように生活の中にある。
病を抱えていることが旅に出ない理由にはならない。
人生を楽しんでいるお姿が浮かびます。

小豆島という固有名詞が入っていれば、読み手が「そうめん食べたのかな」など想像をふくらませることができるので、小豆島であることの必然を感じさせる必要はないのではないかとわたしは思いました。


・あらためて、この作品を眺めて。小豆島にはそのままミニ八十八ヵ所巡礼となる数々の霊場もある他、すごく古い神社形態を残す大野手媛をお祀りする阿豆枳(あずき)神社などもありまして、濃厚な神仏信仰の島の側面も持っています。〈明日も旅立つ〉とありますので、頻繁に小豆島に行かれていることが伺われますね。橋本さんが、この作品は〈初めに結論を出してしまって損してる〉とコメントされてますが、私も、そのご意見に同感です。

・自分の無知ゆえ河村さんのような深い読みが全くできていませんでした。というより読み違えていますね。大野手比売の名前だけは古事記の最初の方で見たことがあるような気がする。わたしの知識はその程度です。

小豆島という場所にまつわる諸々を踏まえると、なぜ病を抱えた体で小豆島に行くのかはとても重要ですね。

勉強になります。ありがとうございます。
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「屁をひって おかしくも無し 独り者」

2017年03月27日 23時40分53秒 | 読書
今日は図書館に予約してあった本の順番が回ってきたと連絡があったので、行ってきた。

借りてきたのは売れっ子医師の長尾和宏氏の『痛くない死に方』であるが、行ったついでに佐藤愛子氏のエッセーを3冊ほど拾い読みしてきた。

その中に今日のタイトルにした川柳を書いた箇所があって、思わず笑ってしまった。

佐藤愛子氏の作った川柳ではないが、文中に巧妙に挿入されているこの俳句が面白く、声を殺して笑い転げてしまった。

最近は読んでいなかったが、毒舌家の氏のエッセイは本当に面白い。

日常生活で笑うことの少ない私にとって、貴重な笑いである。

私は一時、佐藤愛子氏と田辺聖子氏にハマりまくっていた。

夫は、それを軽蔑していたが、真面目人間の夫には、両先生のユーモアがわからないのだろう。

帰宅してパソコンを開くと、gooブログから昨年の今日の記事が届いていた。

昨年の今日は「わかれ」瀬戸内寂聴『わかれ』よりという記事を書いている。

瀬戸内寂聴氏はユーモア小説ではないが、私の母と同世代の人なので、佐藤愛子氏などと共に大いに勉強させていただける。

  大好きな作家はたくさんゐるけれど母の世代の作家さらなり  biko

  佐藤愛子氏のエッセイの中の川柳に思わず笑い転げた
  古川柳おかしきかなや屁をひつておかしくもなし独り者  biko
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超高齢の時代

2017年03月26日 08時26分13秒 | 日記
きのう従兄から満中陰志が届いた。

この2月5日に亡父の長兄の奥さん、つまり義伯母が101歳で亡くなって、

49日のお祀りも滞りなく終わったという手紙も入っていた。

従兄は昭和17年生まれ、従兄の上には昭和15年生まれの従姉がいる。

昭和15年生まれということは今年の誕生日で76歳!

亡くなった義伯母は、その娘が後期高齢者になるまで長生きをしたのだ。

すごい時代になったものだ。

私の父は57歳で亡くなったが、この義伯母と同い年だった父の次兄は長生きで、2年半前、98歳で亡くなった。

父の両親は、祖母は48歳で、祖父は62歳で亡くなった。

母の両親は、祖父が83歳、祖母が90歳で亡くなった。

父方祖母以外は、もう十分生きたと思っていたが、100歳を超える長寿時代に入ると、早死にの部類にはいるかもしれない。

しかし私自身はあまり長生きしたくない。

聴覚に障害があるというのが一番大きい理由であるが、義母や母の老化を間近に見て、長生きが決していいものとは思えないから。

  百歳を超えて義伯母は逝きませり従兄の妻の介護手厚く  biko

  エプロンをつけてもらつてにこにこと座つてゐたりいつ尋ねても  biko

  あれほどの世話をされたる人はまれさう言はれつつ義伯母は逝きき  biko

   (詞書)六月が誕生月の私の母は百一歳まで生きられるかどうか
  六月になれば九十二歳なる母は九年生きられるかな  biko

  あと九年生きれば娘のわたくしに先立たるるか九十二歳は  biko

  誕生日二月であれば早々と六十九歳迎へし娘  biko

  九十を過ぎた母親七十に近づく娘いまも母と娘(こ)  biko

  あと十年たてば百歳母親と八十近づく娘のわれが  biko

(詞書)私の娘は七月に四十四歳になる
  四十を過ぎた娘と九十を過ぎた母とに挟まれてわれ  biko
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昨日録画しておいた証人喚問を見た&クロッカス&水仙

2017年03月24日 19時53分16秒 | ニュース
昨日録画しておいた森友学園の籠池氏の証人喚問を今日見た。

録画だと丁寧に見たければ繰り返し見られるし、つまらなかったら消せる。

つまらなくはなかった。

籠池氏は思っていたより紳士然としていた。

冒頭発言は余裕綽々のように見えた。

あの場で、ああいうふうに振舞えるのはなかなかな人物に思えた。

その後の質疑応答も、私には堂々と見えたし、嘘をついているようには見えなかった。

が、誰かが嘘をついているから、こういう事態に陥っているのだからと思いながら見た。

それにしても、証人喚問されるって、怖いなあ。

記憶があやふやなことを事実のように言ってしまうと偽証罪で訴えられるのだから。

先日の石原元東京都知事は脳梗塞を起こした体で危なっかしい足取りで証言台に立ち答えるさまは痛々しかった。

しかし、豊洲問題の最高責任者であるからには逃れられない喚問だった。

それから比べると、籠池氏は若いし、しっかりしていたから、気の毒という感慨はなかった。

が、建築中の新設小学校の建設が中止になって天文学的な負債を被らなければならなくなるのだから、見かけの落ち着きとは裏腹に心の中は・・・。

お隣の国では朴クネさんが長時間に及ぶ事情聴取を受けたところだ。

これらの事件はこれから解明されていく事件だが、性、年齢、その他が三者三様なので、その経過には興味をそそられる。

しかし、これだけの大きな事件であるからには、かかわった人も大勢いるわけだが、たった一人だけを喚問、あるいは事情聴取して追いつめていくことには、一方では割り切れない感もある。

上の写真は咲き始めたクロッカスの花。

下の写真は先日より数を増やしたミニ水仙の花。



  最高の地位にありせば花の咲くときにも問はる過去のあれこれ  biko

  まだ寒き三月なかば咲き始むブロッカスと黄の水仙と  biko

  喚問とふ呼び出しかかる籠池氏東京都知事なりし老人  biko

  韓国の大統領は喚問にあらず聴取でありき朝から  biko

  まちがつたことを答へば偽証罪待ちゐる怖き喚問、聴取  biko

  喚問や事情聴取が行はれゐる間も春の花は咲きゆく  biko

  クロッカス、水仙咲きて三月のプランターに長けてゆく春  biko

  なにごともなければ春は華やかな季節なりしに何事かある  biko

  喚問の籠池氏にも元都知事なりし人にも春は来るべし  biko

  韓国の朴クネ氏にも遠からず春は来るべし花を掲げて  biko

誤解されるといけないので書いておきますが、別に彼らを擁護しているわけではなくて、どんな人にでも(たとえその人が罪人でも)季節は廻り、等しく春はやってくるということを言いたかったのです。
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明日は早稲田実業 対 明徳義塾らしいが

2017年03月23日 18時55分19秒 | 思い出
明徳義塾高校は郷里の高校だが、選手は全国から集められているらしいから、いまいち力が入らない。

さっきgooブログから昨年の記事が「甲子園、今日の第一試合は郷里の土佐高校」だったと教えてくれたが、土佐高校は亡父と亡兄の母校だったから、思い入れが強かった。

特に当時の野球部監督は、亡兄のクラス担任で、私も一度お正月に亡兄と一緒にお宅にお邪魔させていただいたこともあったので、よけい親しみがあったのだ。

亡兄と仲がよかった友人が四番を打っていたこともあって、燃えた。(笑)

母と従弟と一緒に甲子園球場まで応援に行ったりもした。

その後、高校野球は見ることもなくなっていたが、昨年は土佐高だけでなく、次男の奥さんの母校、神戸長田高校も出場したから、少しだけ燃えた。(笑)

いくつになっても、何か燃えるものがあることはいいことだ。^^

  亡兄も亡父も母校の土佐高よも一度われを燃え立たせてよ  biko

  嫁さんを娘と思ふわたくしに嫁の母校は娘の母校  biko

  長女嫁母校にサッカーゴンがゐて次女嫁母校に淀川長治  biko
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目に見えないものの力

2017年03月21日 15時57分29秒 | 私の意見
青蘊さんという方から、私の「今一度、天皇陛下の生前譲位について私見」にコメントいただき、そのコメントでご紹介していただいた記事を読ませていただいた。

その青蘊さんの「目に見えないものの力」に対して私がコメントしたものに対して、下記のようにコメント返しくださった。

招魂神社から靖国神社 (青蘊)
2017-03-20 08:11:28
幕末維新の名称変更と軍の変遷を考えなければ靖国は権力の功労者をただ祀ることにまります。
覇権により植民地化を守る戦いと植民地化する戦いを同じと考えることは同じ過ちをくりかえすことになります。
権力を持てば何をしても良いと考えるのは、どのような結果を招くかを今の権力者が見せてくれるようです。

幼稚園出身者の職業から判断することは、どのように仕事と向き合っているか知らずに語ることになり、今の医療や企業のかかえる歪みを助長することになると思います。

権力者として祀られる霊よりも名もなき霊の弔いに務める姿に統一する国作りのスメル精神を感じます。
危惧している私は、何を務めているのでしょう。

冒頭の画像は敵を弔う静男の舞 古への日本の敵を弔う精神から争いを収束する思考に感心します。


むずかしい問題なので、もうこのまま終わりにさせていただこうとも思っていたが、それも無責任のような気がするので、もう一度コメントさせていただく代わりに記事にすることにする。


              *


(塚本幼稚園)出身者の職業のみから判断することは単略だったかもしれませんが、しかし、(世間的に)立派な職業に就いていられる(私の知り合いの)塚本幼稚園出身者達は、職業が立派なだけではなく、人間的にも立派な方々です。

その人たちが、いまの医療や企業のかかえる歪みを助長することは、私にはまず考えられません。

そこまでは踏み込んで書かなかったのですが、私としては、そこまでの気持ちを込めて、例に挙げさせていただきました。

ニュース等で見ている限りでは、「いいところは何もない幼稚園」であるかのように報道されていますが、私が間接的に知る塚本幼稚園は、そこまで極悪非道の幼稚園ではなかったといことを書いたまでです。

その後、情勢が変わって、そういう幼稚園になったのかもしれませんが、私の知る限りではという前提のもとに書かせていただきました。

私は、最近のマスコミの、付和雷同的な報道には少なからず疑問をもっているものですから、たまたま、今回知っている幼稚園が槍玉にあげられている?ことから、少し疑義を呈してみたまでです。

また一人の人間として、たとえ罪を犯した人々に対してでも、あたかも自分は完全無欠の人間だと言わんばかりの姿勢で(罪を犯した)人々を攻撃するのは、どうかと思うところもあります。

人間、神様でなければ、完全無欠の人間などいません。

人を攻撃する前に、まず自分という人間を顧みるという姿勢も忘れたくないと思います。

それからもう一点、天皇陛下が名もなき御霊の慰霊に、というくだりですが、私が言いたいのは、日本を貶めようと画策する国々の慰霊に出かけられるのなら、それより先に、天皇陛下が守るべきこの国の「お国のため、天皇陛下のために戦った御霊の慰霊」をこそと書いたのです。

日本は、日本を貶めようと画策する国々がいうほど悪いことはしていません。

間違った自虐史により、洗脳されている国民が多いことをこそ嘆かなければなりません。

それなのに、天皇皇后両陛下は、その日本を貶めようと画策する国々に対して謝罪の旅で出られます。

これほど日本を貶める行為が許されるわけはありません。

まして、国民の血税によって立っていられる方々でありますれば、余計に。

私は皇室は必要と考える者ですが、しかし、この国のためにならない慰霊の旅などを今後も続けられるのでしたら、皇室不要論が国民の間から湧き上がってきても、これはもうとどめようもないことかと。

青蘊さんの記事からは話が逸れてしまいましたが、物事を深くお考えになられる青蘊さんなら、私のこの気持ちはご理解いただけるかと。

  国民の国民による皇室であれば持つべし国守(も)る御意志  biko

  国民を思う陛下と思ふゆゑわれらは仰ぐ天皇陛下  biko

  慰霊する旅とはすなはちどの国の慰霊をすなる天皇陛下  biko

  皇室が必要なりと思ふゆゑ人は皇室尊崇すなり  biko

  皇室を不要と思ふことあらばこれほど皇室あがめざらめや  biko

  祭祀なき皇室なれば皇室の存在意義はもはやあらざり  biko

  外国(とつくに)に出かけるひまに心込めこの国祈ることが肝要  biko

  災害の多き遠因祭祀なきお上のせいと思ふ国民  biko

  これ以上災害起こらぬ国にするために祭祀をしたまへお上  biko
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夢に癒される私

2017年03月21日 12時28分34秒 | わたしのこと
私は夢を覚えていないことが多いが、今朝は二度寝して、目覚める前に夢を見ていた。

目覚めた直後はその夢を覚えていたが、もう忘れてしまった。

が、悪い夢ではなかった、という記憶だけは残っている。

私は夢で癒されることが多い。

現実の私はペシミスト傾向人間なので、暗いことを考えることが多いが、夢はそれを打ち消してくれるようなのが多い。

が、鬱になっていた一時期、夜も眠れないくらい悩んだので、精神科に駆け込んで精神薬を処方されて、それを服用して余計体調が悪化して、断薬したあとに怖い夢ばかり見た(見させられた?)ことがあった。

あまりの恐ろしさに悲鳴をあげて目覚めてしまうこともあった。

現在は心の健康を取り戻しているが、皆さんも、安易に精神薬を服用することは絶対にやめていただきたいと思う。

というより、少々の悩みでは安易に精神科にかかったりしないでいただきたい。

で、夢の話の続きだが、この鬱のきっかけになった事件にかかわった人ですら、その後、心の健康を取り戻した私の夢では懐かしい人のように思われた。

夢の中の私は、ペシミストではなく、楽天家になるのであろうか。

今朝も内容は忘れたが、癒されるような夢だったことだけが記憶に残っている。

人は、普通に生活している限りは、夢は楽しいものではないだろうか。

これは、たぶん神様の目論見なのだろう。

神様が、夢で、「人生はそんなに辛いことばかりじゃないよ」と教えてくれているようにも思う。

  朝方に見る夢われを癒さむと明るき夢が多しと思ふ  biko

  恐ろしき精神薬の副作用、離脱症状経て今の幸  biko

が、私は、怖ろしい思いをしたからこそ、いまの平和が有難く、いまの幸せをかみしめることができる。

長い人生、悪いことばかりではない。

今朝は二度寝したと書いたが、これは毎日のことである。

最近の私は就寝する時刻が早い(午後8時から9時)ので、早朝というか真夜中の1時か2時に目覚めてしまう。

夕食の時刻も早いので、空腹で目覚めるということもある。

そんな時は、軽いものを食べて、眠くなるまで起きている。

次に眠くなるのは午前4時ごろである。

3時間くらい二度寝して、午前7時くらいに起きるというのが最近の毎日のパターンである。

これは、私が、(自分ではそう思っていないが)老人になった証しなのだろう。
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お彼岸なので梅花の中山寺へ~その後、有馬温泉へ

2017年03月20日 04時42分39秒 | お出かけ
昨日はお彼岸の中日だったので、義父母や、夫の幼くして亡くなった義兄、義弟を分骨して祀ってある宝塚市の中山寺にお参りに行った。

↓お彼岸であることと連休であることで、大勢の参拝者が来ていた。


↓右手後方に見えるのが最近できた五重塔。

このお寺は安産祈願のお寺なので妊婦さんのためかエスカレーターが設置されている。

↓拝殿

拝殿の横のテントでは、この寺の梅林の梅で作った梅酒が売られていた。

拝殿の脇のこの座像は木造薬師如来坐像?

白い布は妊婦さんの安産祈願が書かれた腹帯?

私が長女を身ごもったときも長男を身ごもったときも、義母はこのお寺で腹帯をいただいてきてくれた。

最近の妊婦さんは腹帯を巻かないと思って私は長女やお嫁さんにいただいてあげなかったが、こういうふうに大勢の人が来ているところを見ると、来るべきだったかもしれない。

お参りを済ませたあとは中山寺の梅の段へ。

左の道を行くと中山寺奥の院に。

ひょっとしたら、もう散ってしまっているかもしれないと思ったが、まだまだ見ごろだった。


お天気に恵まれて暖かくて、まさに梅見日和であった。


近づいてパチリ。


きれいなので、いくらでも写したくなる。


赤い梅の花、白い梅の花。


梅の植わっている山の斜面を降りて、また一枚。


下の広場には大きな観音様が。


近づいて写したが、逆光で黒い観音様に。


しつこいけれど、もう一度梅の段を振り返って撮影。


  三月も半ばを過ぎて梅の花まだ盛りなり中山寺は  biko

  あたたかき梅見日和を喜びて欲張り写す梅の紅白  biko

  いつしらに中山寺は駅名を変へて中山観音駅に  biko

その後、温泉に入りたくなって有馬温泉までドライブ。

有馬温泉簡易保険センターで温泉に入ることにした。入浴料1000円は高いか安いか。


温泉は建物の3階にあって、「金泉の湯」の暖簾が。

金泉というときれいな感じだが、お湯は黄土色の濁り湯だ

温泉は大変な人出で、洗い場には列が。

私は、並ぶのが面倒なので、湯船の湯で掛け湯をして、湯船にゆっくり浸かっただけで出てきた。

連休の中日だったせいで、有馬温泉街全体が賑わっていた。

われわれ年寄りは、わざわざこんな混んでいる日にくることはないのだ。

帰途回転ずしで夕食を済ませて帰宅した。

安上りな休日だった?(笑)

  お彼岸の有馬温泉来てみれば入浴客は芋あらふごと  biko

  金泉は黄土色した泥湯なり身を沈むれば見えなくなりぬ  biko

  並ぶのは嫌ひなわれであるゆゑに湯に浸かるだけで上がりぬ  biko

  平日に来ればよかりし温泉によりにもよりて三連休に  biko
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森友学園の母体・塚本幼稚園について

2017年03月18日 10時35分58秒 | 思い出
いま森友学園が大問題になっている。

私は、そのことに逆に驚いている。

なぜなら、その母体となった塚本幼稚園は、以前私どもが住んでいたマンションの近くだったから。

塚本幼稚園は決して評判の悪い幼稚園ではなかった。

我が家は我が家の事情で通わせなかったが、長女の友人も、次男の幼馴染も通っていた。

教育熱心な家庭が通わせていた幼稚園という印象だった。

実際、塚本幼稚園に通わせていれば、他の稽古事とかわざわざしないで済むと、通わせていた友人は言っていた。ほめていたというか自慢していたというか。

そしてその結果か否かはわからないが、長女の友人は医師になったし、次男の幼馴染は東大大学院を卒業してJR東日本に就職した。

次男の幼馴染のお母さんのほうは私と同学年(歳は彼女が一歳上)ということで、子供達より母親同士が仲良しで、私が川西に引っ越してからも何回も来てもらっている。

最近も遊びに来たいというメールもらったばかりである。

一方の長女の友人のほうは森友学園の籠池理事長が毛嫌いするといわれる国の、たぶん帰化されてはおられると思うが、通名でない、その国の名前で通されている。

長女の友人のご両親はご夫婦とも医師で、その友人兄妹も三人とも医師になったという優秀なご家庭である。

特に長女の友人のお兄さんは東大の医学部を出られて、そのまま東大に残っていられるような優秀さであられる。

籠池理事長が、もし差別のようなことをしていたのなら、その賢明なお母様がそのお子さん三人を通わせられることはなかったと思う。

別に森友学園の肩を持つわけではないが、塚本幼稚園を間接的に知っている者として、そういう事実もお伝えしたかった。

  子供らの友人たちの通ひゐし幼稚園はも有名になり  biko

  特別に悪い評判あらざりし幼稚園なり突如ニュースに  biko
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やっと咲き出した水仙

2017年03月17日 11時43分43秒 | 日記
ここ川西市は阪神地区では寒いほうなのだろう。やっと我が家のプランタの水仙が咲きだした。

この水仙は昨年植えたものではなく、数年前に植えた球根が花を咲かせてくれたのだ。

昨年秋は、チューリップとか花の球根をたくさん埋めたから、これから順次咲いてくれるだろう。

で、球根を埋めてあるプランタに踊り子草とかカラスノエンドウとか、いわゆる草草がたくさん生えてきていたから、先日ほとんど抜いてしまった。

が、考えてみると、私は変なことをしている。

これら草草も春になれば、かわいい花を咲かせてくれるのに、自分が埋めた球根のためにかわいい花を咲かすべく生えてきている草草を抜いたのだから。

抜きながらも、心が痛んだ。

が、放っておくと、いかにもなまけものの主婦のようだ。

いや実際なまけものだから、そう思われていいのだが・・・。

私たちは、いつからこんなふうに草草を抜く傲慢を身に着けたのだろう。

もうすぐお彼岸だ。

郷里のお墓には昨年夏以来行っていない。

そろそろ行かないと草が茂って大変なことになる。

が、遠方なので、行けるときにしか行けない。

つる性の草が生い茂ると手こずる。

我が家の墓地には、こうしたつる性の草だけでなく、ドクダミも生い茂る。

初夏に行くと、ドクダミが白い可憐な花を咲かせている。

が、これらも一気に抜いてくる。

植物は植物で子孫を増やそうと、どんどんその領域を広げようとする。

人間は、その領域を守ろうと必死になって抜く。

お互いかけがえのない地球に生まれ合せた者同士、お互いに譲り合って生きていくことはできないかとも思ってしまう。

そもそもお墓って必要なものだろうか?

草に覆われてしまっても、縁ある人々の心の中に住んでいれば、それで十分ではないかと思う時もある。

  プランタの黄の水仙は咲きだして春の彼岸の近づく気配  biko

 墓参りせよと近づく春ひがん墓遠ければすぐには行けぬ  biko

水仙の話から逸れてしまったが、水仙の花言葉は「うぬぼれ」なのだそう。

昔ナルシスという美少年が自分の顔の映った水面を見て、その顔に恋い焦がれて死んだ後に咲いたのが水仙だったとか。

自己愛も、過ぎると自分を殺してしまうのですね。

  梅の花すぎて水仙さきだしぬ自惚れといふ謂れをもちて  biko
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疲れやすい私

2017年03月16日 10時32分51秒 | わたしのこと
最近の私は異常に疲れやすい。

昨日の朝は、夫がよく早朝登山をする宝塚市の長尾山の山の仲間から野菜をたくさんいただいてきた。葉つき大根、葉つきニンジン、水菜など。

素人が育てた野菜なので、見た目はよくない。

まあ、それはいいのだが、もう終わりと思われる水菜は枯れた葉も混ざっていた。

それら泥付きの大量の野菜を丁寧に水で洗った。

水菜は特に丁寧に枯れた葉を除きながら・・・。

疲れやすい私は洗い上げただけで、へとへとに疲れてしまった。

しかし、せっかく新鮮な野菜をいただいたのだから、早く調理をと続けて台所に立ち続けた。

大根は豚バラ肉と味噌煮にした。

大根の葉は合いびき肉と一緒にごま油で炒めて甘辛味の佃煮風にした。

水菜はフレンチドレッシングを作ってシーチキンと和えてサラダにした。

ニンジンは彩になるので、サラダにも入れたし、大根の煮物にも入れた。

ニンジンの葉は今日てんぷらにしようと新聞紙に包んで冷蔵庫にしまった。

新鮮な野菜だったせいか、どれもこれもすごくおいしかった。

おかげで、野菜もたくさん摂ることができた。

近所にもあげればいいのだが、普段からあまりそんなことはしていないので、やめた。

  大量の野菜いただき料理するただそれだけで疲れるわたし  biko

話が長くなるが、昨日は夫が伊丹に私の友人の大学名誉教授に母から届いた荷物を持っていってくれることになっていた。

彼女が月に一度だけ伊丹市に来て、その所属している短歌結社の歌会に出られるからだ。

夫は毎週水曜日にシニアカレッジがあるので、いつもはわざわざではなくて、ついでに行ってくれる。

が、昨日は春休みでシニアカレッジがないのに行ってくれることになっていた。

が、母から名誉教授に届いた荷物が大きいのと、私は最近体調の悪いという友人に晩御飯を食べにきてもらおうと思いついて、一緒に行くことにした。

彼女は母からの荷物を見て、そんなにもって帰れないからと一部を自分のリュックに収めた。

私は彼女がしんどそうなのが気になった。

それで、伊丹駅まで送ってあげる予定だったが、京都の彼女のマンションまで送ってあげることにした。

彼女もよほどしんどかったのだろう。辞退しなかった。

そうしたことは彼女のためにもなったし、私たちも久しぶりで京都までドライブができた。

まではいいのだが、私は思った以上に疲れていた。

夜も早く寝たのに、朝は8時過ぎまで寝てしまった。

名誉教授のほうは昨年暮れに本を上梓してから風邪をひき、それが悪化して肺炎様の症状を呈しているのだから、疲れるのもわかるが、私のこの疲れは何だろう。

確かに膝の痛さはある。

が、これほど疲れるのは異常ではないか。

  疲れたる体で彼女を見送りぬ肺炎もどきになりし彼女を  biko

それにしても、夫がこういうふうに協力してくれることには感謝の気持ちでいっぱいだ。

  運転のできぬ私のためにわが夫は運転して京都まで  biko

が、これで母の彼女への気持ちをお渡しすることができたし、彼女にも喜んでもらえて万事よかった。

  ファンである母の気持ちを届けたり見事な訳書出されし人に  biko

ここでまた、彼女の訳書の宣伝を。

「図書新聞」(2月25日号付)に『シェーマス・ヒーニー』が書評されました!

彼女の訳書は、訳書の専門家にも評判がよかったようである。
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