神鳴り(アメジストネックレス)

難聴ゆえに家居の好きな主婦です。過去、心臓弁膜症、大腸がんの手術を受けました。趣味は短歌です

『冥土のお客』佐藤愛子

2018年03月25日 09時46分37秒 | 読書
また、買ってしまった。

それがタイトルにした本。

前から佐藤愛子は好きだ。

田辺聖子も。

瀬戸内寂聴も。

みな、亡母と同年配であるが、かわいい。

母も、見方によれば可愛い人であった。

猛烈でもあったけれども・・・。

名を挙げた人たちは、母の年代の人達だから好きということもあるのかもしれないが、
それだけじゃない。

彼女たちの生きざまには感心させられるし、
その言うことには納得させられる。

何度も書いているが、
私は一時期、精神薬によって変になっていた。

そのころ、どんな本も読めなかったが、不思議にスピリチュアル関係の本は読めた。

その最初がアメリカの映画女優シャーリー・マクレーンの書いた『アウトオン・ア・リム
であった。

これをきっかけにして私はスピリチュアルにハマった。

そのころ、佐藤愛子の書いたスピリチュアル系の本も読んだ。

佐藤愛子がこういう体験をしているなど、最初は信じられなかったが、
佐藤愛子だから、その体験内容が信じられると思った。

今回買った本も、ある意味、スピリチャル系である。

母を亡くして、まだその喪失感から立ち直れていない私にはうってつけの本だったことになる。

アマゾンの広告を見て、すぐにワンクリックで注文をした。

昨日届いたが、本の発行年月日が↓2018年4月3日になっている。

私は発行前の本を手に入れたことになる。

本の内容は、本の帯の後ろ側↓に書かれてある。



死後の世界はどうやらあるらしい。

死は無になることではなかった。

だとしたら
どう生きればいいか?


読んだら、読後感想を書くようにします。乞うご期待?(笑)

摂津鉄道、阪鶴鉄道、箕有鉄道(『かわにし「川西市史第3巻』より)

2018年02月15日 06時42分53秒 | 読書

最近はカテゴリー分けに苦労する。

今日これから書こうとする記事もそうだ。

昨日、夫が夕食不要と言って出かけたので、以前から調べたいと思っていた川西市を走っている鉄道について調べてきた。

図書館でその旨を話すと、司書の方がそれにぴったりの本を探し出してくれた。

ありがたくて手を合わせたくなる。

それは『かわにし「川西市史第3巻」』という本だ。

第3巻ということは、シリーズになっているようだ。

禁貸出しで閲覧のみ許される本だったから、司書の方の座っておられる大きな机で読ませていただいた。

その読んだ記憶を自分の備忘のために書くので間違ったことも書くかもしれませんが、間違いに気づかれた方はご指摘ください。

記事を書くために本の中の地図を私がケイタイで写していても何も言われなかったので、アップさせていただく。

と、前置きが長くなってしまったが、以前から、むかし尼崎や伊丹から川西(駅名は「池田」)まで走っていた軽便鉄道に興味があった。

上の写真は川西村にあった池田停車場の地図である。

なぜ川西村にあったのに池田駅かというと、当時は川西は無名の村だったし、もともとこの軽便鉄道は尼崎や伊丹から池田に物を運ぶためと同時に池田から伊丹、尼崎に物を運ぶための鉄道であったので、そう名付けられたようだ。

当時の池田は能勢の菊炭やその他の産物を出荷するターミナルであったらしいし、賑わっていた池田には尼崎港から陸揚げされた物産が必要ということでもあったのだろう。

伊丹は、当時、綿糸紡績、綿糸織物の産地であったらしく、これらの物産を尼崎港から出荷する必要があったようだ。

現在も川西市にあるJRの駅名が「川西池田駅」であるのは、こういう歴史があったからである。

現在の「川西池田駅」は川西の西の端の宝塚との際にあるが、昔の「池田停車場」は川西の東の端の猪名川西岸にあった(ようだ)。

といっても、そのころは川西市という地名ではなく、宝塚との際の地名は寺畑、のち花屋敷であった。

猪名川の西岸の地名は小戸と小花であった。

現在全部川西市になっているが、この川西市という市は南北に長く東西に狭いので、宝塚寄り、池田寄りといっても、どちらも散歩がてら歩いて行けるくらいの距離しかない。

実際、私や夫の散歩コースは、日によって宝塚、また日によっては池田であったりする。

と余談になってしまったが、

そういうわけで、

猪名川を渡れば池田だから、「池田駅」と名付けても、それほど不都合でもなかったのだろう。

が、その後、どんどん宝塚寄りの場所になったのに、相変わらず「川西池田駅」であるのは違和感がある。

池田駅が西に移っていったのには、川西村の住民(特に駅の所在地の小花地区の住民)の反対があったかららしい。

そのころは蒸気機関車だったので、走ると煤が出た、だったかな?

当時の鉄道は摂津鉄道と言い、私鉄である。

最初は馬車で走っていたらしい。

前身は「川辺郡馬車鉄道」。

現在の川西小学校の東側すれすれを通って呉服(くれは)橋の近くまで走っている。

その後、鉄道は大阪と舞鶴間を走らせるという目的のもと、「阪鶴鉄道」と改名される。

このころ、この阪鶴鉄道は国に撤収されて私鉄から国有になったらしい。

現在のJR福知山線、すなわち宝塚線の前身である。

↓下の写真は上の写真より古い写真だ。

尼崎から伊丹を通り、池田停車場に至る摂津鉄道の計画線路図である。

このころ伊丹から宝塚行きもできたのか、伊丹から二股になり宝塚方面にも鉄路が伸びている。

↓こちらは、その後、京都から山陰に伸びる鉄道も併せて図にした広範囲の地図の写真である。

阪鶴鉄道は、その名前でもわかるように、大阪から舞鶴まで走らせるのが目的だった。

が、京都から山陰に走る鉄道に先手を打たれたので、目的が知り切れトンボになった。

それでも頑張って福知山まで走らせたので、以後「福知山線」と名づけられたとか書いてあったような?

資料が私の手元にありませんので、正確に知りたい方は川西市立図書館5階の資料室でこの本をお借りしてお読みください。

この記事は、おおざっぱなご紹介、あるいは参考ということで・・・。

この阪鶴鉄道は国鉄になったが、その後、川西から梅田まで走らそうという人たちがいて会社を設立したらしい。

その会社の本社は川西の花屋敷駅に作ったらしいが、自分の町に鉄道を走らせたい池田の協力を仰ぐため、本社を池田市に移し、専務取締役に小林一三氏を選んだらしい。

それで小林一三さんの旧居は池田市なのですね。

と、これは私の推測。

この小林一三さんが、宝塚少女歌劇を作ったり、沿線に高級住宅地を売り出したりと、天才的な経営者だったから、現在の阪急電鉄の繁栄はあるのですね。

この箕有鉄道の繁栄に伴って、国鉄になった阪鶴鉄道が衰退したというのは皮肉なことだった。

現在もその歴史の名残りとして、阪急川西能勢口駅周辺が賑わっているのに比して、JR川西池田駅は駅周辺も含めてローカル駅な雰囲気である。

阪鶴鉄道にも池田駅と駅名はあったが、この新しく作られた鉄道の駅は偽池田の川西ではなく、正真正銘池田町にできた。

鉄道の名前は、この鉄道が池田から箕面に支線を走らせることと、有馬まで伸ばすことを目的としていたから、箕面と有馬の名から「箕有(きゆう)鉄道」と名づけられたらしい。

これが、その後の阪神急行鉄道、すなわち阪急電鉄になる。

その後、能勢妙見山まで鉄道を走らせようということになって、その駅は、阪鶴鉄道池田駅から箕有鉄道池田駅を通って能勢に向かう予定だったが、池田の住民が「そんなことをしたら池田がさびれてしまう」と反対をしたため、能勢に行く鉄道は川西小花に新たな駅を設けることにしたらしい。

↓下の写真は、その小花あたりの詳細地図である。


昔の川西は、ほとんどが田んぼだったことが上の地図でわかる。

*

・いにしへの鉄路たしかめ今を知る今も走れる阪急電鉄

・阪急は箕有鉄道より生まれ花屋敷駅に本社が

・池田市に本社移転をせし箕有鉄道箕面有馬鉄道

・歴史知ることは現在知ることの理(ことはり)なれば調べる歴史

『海からの贈りもの』

2018年01月04日 17時54分21秒 | 読書
これは今日届いた本である。書評を読んでいて読みたくなったから注文した。

また積読になるかもしれないから、記録のために記事にしておく。

英文学を学んだ人達が、むかしテキストとして読んだと書かれていたから、原書は優れた英文で書かれたものなのだろう。

これを読んで、英文でも読みたいと思ったら、原書も買って突き合わせて読んで、英文の勉強をするのもいいだろう。

なにしろ、昨日の『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります』ではないが、自分から学んで人生を面白くするのが一番賢い生き方になると思うから。

学生時代のような、試験のための勉強ではなく、純粋に自分のためにする勉強が面白くなかろうはずがない。

と、ちょっと格好つけたことを書いてみた。

*

・死ぬまでに読まねばならぬ本をまた買つて己の寿命を延ばす

・昨日来た本を開きて読み始め今日来た本は膝に乗せおく

・パソコンでブログ読みたし昨日きた本は読みたし今日きた本も

・目はふたつあれども一度に読めるのは一つであれば夜も徹して

・夜を通し本を読むなどできにくき齢となりて尚も本買ふ

・読み止しの本があちこち散らばりて主婦失格のわれとはなりぬ

・片付けの上手き夫に責められる片付けできぬ女のわれは

・稼がずに本ばかり読む嫁なれば立派な離縁の理由にならむ

・目の開いている間は活字見てゐたし耳の聞こえぬ代わりにせむと

60歳を過ぎると人生はどんどんおもしろくなるそうです

2018年01月03日 18時11分26秒 | 読書
『人生は歳を重ねると、どんどんおもしろくなる』という書名に惹かれて、また衝動買いしてしまいました。

ワンクリックで本が買える便利な世の中になりましたが、私のように本の好きな人間には、衝動買いが抑えられなくて、“積ん読“は溜まる一方で、末恐ろしいです。

読み終えたら、感想を書きますが、最近は積読ばかりが増えて、読書感想が書けないことが多いです。

この本は読みやすいので、たぶん読み上げられると思いますが・・・。

*

・また本を買ひてしまへりクリックで買へる世となりますます溜まる

・八十を過ぎた女性の挑戦を七十近きわれが買ひ読む

・まう歳とわれに言はせぬため買ひぬまうではなくてまだと思はす

・九十を超えて頑張るわが母も尺度変へればまだ頑張るに

・八十はまだ花盛り九十もまだまだといふ人も増えゆく

・七十になるのが怖くなくなるかこの本読みてそを確かめむ

注文してあったカズオ・イシグロの『日の名残り』が届きました

2017年10月19日 15時51分11秒 | 読書
注文したのがノーベル賞の発表された夜でしたから、ずいぶん日にちがかかりました。

送られてきた本には、「ノーベル文学賞受賞」と書かれた帯が巻かれていますから、注文を受けてから印刷したのでしょうね(^-^)。

秋の夜長、しばらく読書に没頭しましょうか?

  日の名残り秋の名残りに読みはじむカズオ・イシグロ書きしノベルの

昨夜さっそくカズオイシグロ氏の本を注文しました

2017年10月06日 07時12分58秒 | 読書
読まないといけない本は山をなしていますが、また注文しちゃいました。

だって同胞がノーベル賞を受賞と聞いて買わないでいられますか。

同胞と言ってもカズオイシグロ氏はイギリス人であられるようですが・・。

しかしその同胞でありながら異国で育つとどういうふうな感性を持つようになるかという、そのことに興味をそそられます。

比較される村上春樹氏の本はずいぶん読んできましたが、カズオイシグロ氏の著作は読んだことがありませんでした。

村上春樹氏の著書は、最初は夢中で読ませてもらっていましたが、正直に言うと、だんだん鼻についてきてというのがあったのですが、このカズオイシグロ氏のはどうでしょうね。

注文した本が届いたら、しばらく読書の秋になるかな?(笑)

注文した本は『日の名残り』で、10月18日から11月2日の間の配送になるそうです。

ブックレビューを読むと、『わたしを離さないで』のほうが評判がよさそうでしたが、私はイギリスの執事とかに興味があるから、まずは『日の名残り』のほうを。^^

私のような人間がいるから、彼の本の注文は殺到するでしょうね。

              *

  同胞のノーベル賞を寿ぎて読書に秋にカズオイシグロ

  日の名残り買ふかわたしを離さないで買ふか迷ふ真夜中

宮尾登美子さんと得月楼

2017年09月19日 16時32分09秒 | 読書
今朝の記事「言わざれば(書かざれば)問題は起こりえざりしことなれど」にコメントくださった方に、私の文章は宮尾登美子さんの文章と同じ匂いがすると言っていただいた。

お世辞でも、そう言っていただけると嬉しい。

もし、そういう傾向があるとすれば、いっとき私が宮尾さんに傾倒して、そのご著書を読みまくった結果かもしれない。

宮尾さんの代表作『櫂』や『陽暉楼』に出てくる料亭”陽暉楼”=現”得月楼”は、私の実家の近所である。もっとも、陽暉楼と呼ばれていたころは料亭ではなく、遊郭だったようだが。

私の実家は、祖父存命のころは、お正月とか”お客”(=宴会)をするときは、得月楼の芸者さん達に来てもらっていた。

だから、私は幼い頃から得月楼の芸者さんにはなじみがあった。

近くだったから、布に巻いた三味線を抱いて、歩いて来てくれていた。

そして、宴会が始まると、三味線を弾いてくれたり、民謡をうたってくれたりした。

踊りはあまり見なかったように記憶しているが、なぜだったろう。

一段落すると、お客さんたちにお酌して回ってくれたりもした。

けっこう年配の芸者さんが多かったように記憶しているが、その分愛想がよく、私などにも「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」と下にも置かぬように接してくれたものだった。

だから、幼い頃の私は芸者さん達が好きだった。(笑)

そういういきさつがあるから、宮尾登美子さんが売れっ子作家になられて、『櫂』とかの著作を出版されるようになって、初めて読ませてもらったときは、感動した。

なにしろ、実家の近所の料亭が舞台になっていたのだから。

得月楼の前身の陽暉楼のほうは、ずっと鏡川の下流のほうにあって、近所というほどは近くなかったが、それでも、大人になれば、自転車を走らせれば行けるくらいの距離であった。子供の頃は遠出することは許されなかったが。

それで、それまでは比較的箱入り娘だった私は、毎年のように見ていた得月楼の芸者さん達の実態を、宮尾登美子さんの小説で初めて知ることができたのであった。

それでいっときは、むさぼるようにその著書を読み漁った。

宮尾登美子さんが、母と同世代ということも親近感を抱かせた。

そんないきさつから、ひょっとすると、自分で意識しないまま、その文体から影響を受けたかもしれない。

宮尾さんは3年前に亡くなられたが、できうれば、生きていられる時に一度拝顔したかった。

私の高校時代の親友は、陽暉楼のあった地区の昭和小学校を卒業していたので、宮尾さんが昭和小学校で講演会を開かれたとき、聞きに行ったとか。

テレビで拝見するより、ずっとおきれいだったと言っていた。



               *

  生前に一度御目文字したかりし宮尾登美子さんの御すがた

  わたくしの母より一歳年下の宮尾さんなれば身近に思ふ

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得月楼は、今年5月に、先日亡くなった京都大学名誉教授だった友人と昼食を共にしたので、過去記事に、その写真が残っている。

宮尾登美子の『陽暉楼』こと「得月楼」で昼食~中江兆民の生誕地へ

昨日母の送ってきてくれた写真

               *

明日は、この得月楼の近くの実家に帰省するため、朝から出立します。

ですから、ブログはお休みするか、あるいは、ケイタイからの簡単投稿になると思います。

「屁をひって おかしくも無し 独り者」

2017年03月27日 23時40分53秒 | 読書
今日は図書館に予約してあった本の順番が回ってきたと連絡があったので、行ってきた。

借りてきたのは売れっ子医師の長尾和宏氏の『痛くない死に方』であるが、行ったついでに佐藤愛子氏のエッセーを3冊ほど拾い読みしてきた。

その中に今日のタイトルにした川柳を書いた箇所があって、思わず笑ってしまった。

佐藤愛子氏の作った川柳ではないが、文中に巧妙に挿入されているこの俳句が面白く、声を殺して笑い転げてしまった。

最近は読んでいなかったが、毒舌家の氏のエッセイは本当に面白い。

日常生活で笑うことの少ない私にとって、貴重な笑いである。

私は一時、佐藤愛子氏と田辺聖子氏にハマりまくっていた。

夫は、それを軽蔑していたが、真面目人間の夫には、両先生のユーモアがわからないのだろう。

帰宅してパソコンを開くと、gooブログから昨年の今日の記事が届いていた。

昨年の今日は「わかれ」瀬戸内寂聴『わかれ』よりという記事を書いている。

瀬戸内寂聴氏はユーモア小説ではないが、私の母と同世代の人なので、佐藤愛子氏などと共に大いに勉強させていただける。

  大好きな作家はたくさんゐるけれど母の世代の作家さらなり  biko

  佐藤愛子氏のエッセイの中の川柳に思わず笑い転げた
  古川柳おかしきかなや屁をひつておかしくもなし独り者  biko

『女が動かす北朝鮮』五味洋治 (2016年4月20日第1刷)金王朝三代「大奥」秘録

2017年03月13日 10時27分00秒 | 読書
本を読みだすと、本もブログに負けず、いやブログ以上におもしろい。

昨日は、まず図書館で借りてある本の中で一番薄く、しかも一日で読みあげられそうな本を読んだ。

期待した通り面白くて、食事以外の時間を没頭して読むことができた。

私は、韓ドラは見ないが、この本の作者によると、韓ドラそのもののような話が次々と明かされていく。

まさに「事実は小説より奇なり」である。

しかも、それが現在進行形なのだから、おもしろくなかろうはずがない。

この本は昨年4月に第1刷が出されているから、今年殺された金正男氏はまだ生きている。

しかし、金正恩の義叔父であった張成沢は既に処刑されているから、その経緯が詳しく書かれてある。

その経緯から金正男氏殺害はなるべくしてなったと思わせられる。

以上、あまりネタバレになりそうなことを書くと、これから読もうとされている方に迷惑になるかもしれないから、このくらいにとどめておく。

  今もなお儒教の国は男尊でかつ女卑なれば女あやうし  biko

  才覚が男の武器であることの女は器量がその武器となり  biko

  権力をもつた男に愛されることしかすべがなきか彼の国  biko

  チャングムの誓いそのもの五味洋治書きし北朝鮮の王朝  biko

  革命で共産主義の国になりどこより封建制度はびこる  biko

遠藤周作『マリーアントワネット』に書かれてあった言葉

2017年02月14日 11時11分41秒 | 読書
最近、遠藤周作原作の映画『沈黙』が評判のようである。

私は若いころ朝日新聞に連載されていた小説を読んだ。

重い内容だったから、かなり衝撃を受け、かつ影響も受けた。

最近、彼が、かのマリーアントワネットを小説にしていることを知った。

それで、図書館で借りてきて読んでいる。

もう終盤であるが、アントワネットの処刑に先立って処刑された元修道女が言い残した言葉が私の心に響いたので記しておくことにする。

「いつか、この馬車にアントワネット元王妃がお乗りでしたら彼女にこう言ってください。裁くのは神様だけ。人間じゃありませんって」

と処刑人に言い残したのである。

自らがこれから処刑されようとするせつな、このような言葉を言付ける元修道女。

それにしても可哀想だった王妃マリーアントワネット。

とともに、民衆の怒り嫉みの恐ろしさ。

それらをつぶさにを描いた小説だ。

  うつくしく生まれ高貴でありマリーアントワネット真闇に消えて  biko

  願はくば天にまします大神よ罪とが憂ひを取り去りたまへ  biko

  亡くなりてのちもわれらの魂を揺さぶりやまぬ遠藤周作  biko

渡辺和子著『置かれた場所で咲きなさい』・・・笑顔はエコ

2016年08月23日 08時50分49秒 | 読書
現在マイコンがダメなので、ガラケーからの投稿です。

今日タイトルにした本は、ハイジさんというハンドルネームの方に数日前にコメント欄で教えていただいた本ですが、とてもいいことが書かれてあったので、抜き出して投稿します。

それは「笑顔はエコ」。

逆に不機嫌は環境破壊だそうです。

苦しみという土壌に咲いた微笑みは、お金を払う必要のないものながら、ほほえまれた相手には大きな価値を持つものだそうです。

微笑みは、ほほえまれた相手を豊かにしながら、ほほえんだ本人も何も失わないどころか、心豊になるから、立派なエコなのだそうです。

以上、自分の備忘のために投稿しておくことにします。

現在、ガラケーからの投稿ですので、コメントはいただいても、お返事できないので、ご理解ください。

マイコンは、夫の仕事が暇になったときに一緒に電気店に行ってもらう予定です。

難聴でメカに弱い私では、電気店の説明に対応しきれないと思いますので。

『日本からあわストーリーが始まります』を読み終えて

2016年08月02日 19時34分26秒 | 読書
やっと読み終えることができました。

香川宜子著『あわストーリー』が届いて」の記事を書いたのが、5月12日だったから、ずいぶん時間を要したことになります。

もちろん、その間、短歌の評論賞応募、300首応募などもしましたが・・・。

別に難しい内容ではなかったのですが、読みあぐねました。

私が、5月8日に香川宜子著『アヴェ・マリアのヴァイオリン』の感想を記事にしたとき、著者の香川先生から直接コメントいただいて購入した本でした。

どうして直接コメントいただいたかということも記事中に書いてありますが、私が日本とユダヤの関係の本を探して読んでいるけれど、この「アヴェ・マリアのヴァイオリン」は、その範疇の本ではなかったと書いたから、「それならこの「あわストーリー』を読んでください」と直接ご教示くださったのです。

確かに私が期待した内容でした。

内容的に面白くもあったのですが、いかんせん今まで聞いたこともない「あわ(徳島)が邪馬台国であって、イエスキリストをはじめとするユダヤ12支族は日本に住み着いたという、初めて読む者には奇想天外なお話が書かれてありましたから、すぐに理解せよというほうが無理というものだと思います。

徳島は私が郷里の高知に帰るときの途中ですから、まったくなじみのない土地ではありません。

実際、出てくる地名は耳にしたことのあるそれが多かったです。

しかし何しろ初めてそういうお話を聞かされる側にとっては、すらすらと頭に入るほうが無理というものでしょう。

それでも、地図をそばにおいて読み進めました。

私も家事の傍ら、あるいはベッドで読みついでいくので、その込み入った内容を理解するのに、そのたびに手前に戻って読み返すという読み方になりましたから、余計時間がかかってしまいました。

この本は、香川先生の力作であり、資料的な価値のある本ですが、私のようなもののためには物語風に書いてくれたらと思いました。

切り口は違うけれども、以前、恐れ多くも贈呈していただいて読ませていただいた、

やはり古代の神様をテーマにした早川須美子氏の著された『ワカヒメさまの超復活』と『続ワカヒメさまの超復活』は物語にされていたから、すらすら読めました。比較してはいけないとは思いつつ、参考にしていただきたく思いました。

もちろん一話で語りつくすことはできないでしょう。

いくつかのお話にしてで結構ですから、順次、物語にして、著していただくことをお願いしたいと思います。

そうすれば、『ザ・ヴァイオリン』以上にヒットする作品になるのではないでしょうか。

何しろ日本の国の歴史がひっくり返ってしまうかもしれない内容ですから。

そんなことを思いながら読み終えました。

内容の感想については、また改めて書かせていただきたいと思います。

今日は、とりあえず、読み終えたというご報告まで。

ご参考までに、アマゾンの広告を添付しておきます。『日本からあわストーリーが始まります』

『日本固有文明の謎はユダヤで解ける』

2016年05月15日 18時35分33秒 | 読書
最近はまっている日本、ユダヤの関係を書いた本である。

さっき図書館の閉館間際に返却してきたが、写真だけは写しておいた。

著者は明治時代に日本に12年間住んだというノーマン・マクレオドというスコットランド人である。

時間切れで、飛ばし飛ばし読んだから、内容をご紹介するまでには至らないが、いかに日本の風習がユダヤのそれと似通っているかということを細かく調べて図解して検証をされている。

特に皇室に関わる話が面白いと思った。

最近は、日本人で、ユダヤとの関係を調べた本が多く出るようになったが、この本は、明治時代にヨーロッパから来た人が客観的に感じたことを書いているから、ある意味、信憑性が高いと思った。

いったん返却したが、また予約を取り直して、今度は精読しなければ!

とは言いながら、ほかにも読みたい本が山積している上に、なかなか読書が捗らないという状況なので、また読めるかどうかも心元ない。・・・しかし、読みたい。

  読む力おとろへたりし私に読みたき本は押し寄せてくる  biko

香川宜子著『あわストーリー』が届いて

2016年05月12日 19時46分54秒 | 読書
8日に「香川宜子著『アヴェマリアのヴァイオリン』」の記事をアップして、一昨日10日は著者の香川宜子氏から直にコメントをいただいた。

私が記事の中で、「私が最近探訪している、日本とユダヤの関係からは少し傾向の違う物語りであったが」と書いたことに対してだろう。「アワストーリーはいかが?」とコメントくださった。

そのコメント返しにも書いたが、私は、最近は本の置き場に困るので、めったなことでは本を買わないのだが、直接ご本人からのお奨めなのと、私自身読むべき本と思えたので、すぐにアマゾンに注文した。

それが今日届いた。本当に驚く速さだ。

で、さっきまでざっと読ませていただいたが、結論は買ってよかった。

私が知りたいと思っていることが押し寄せてくるように書かれてある。

日本とユダヤの関係のみならず、これも最近関心を持っているロスチャイルド家のことまで。

さらに、巻末に、5月22日(日)に東京のヒカルランドパークで講演会があることが書かれてあった。来週の日曜日だ。

私自身は行こうと思えば行けるのだが、しかし、また孫の中間テストの直前だ。これは遠慮しておいたほうが無難だろう。行きたいけれども・・・。

あ、でも、行っても聞こえないことを忘れていた。そうなのよね。(苦笑)

  講演を聴きに行きたし然れども聞こえぬわれが行ってだうする  biko

『シェーマス・ヒーニー』~5月25日発売予定の本のご紹介

2016年05月11日 02時21分30秒 | 読書
シェーマス・ヒーニーって詩人をご存知の方はいらっしゃいますか?

私は、残念ながら、知りませんでした。

なんでもアイルランドの詩人で、ノーベル賞を受賞された方のようです。

どうして、こんな知らない人のことを書いているかというと、歌友が、このシェーマス・ヒーニーを論じた評論を翻訳して、出版されるからです。

題して、『シェーマス・ヒーニー

評論を書かれた方は、ヘレン・ヴェンドラーというハーヴァード大学の教授です。

それを翻訳されたのは、村形明子、京都大学名誉教授です。

以上、ご紹介まで。

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以前にも、私は、『異文化との出会い』という本の中で、村形さんの書かれたヒーニー、それに付随した文章について感想をしたためている。私の記憶から抜け落ちてしまっていたけれども・・・。

蛇足だが、昨日の記事のおまけとして書けば、村形さんとお知り合いになれたのも、短歌という短詩のお陰である。

  ノーベル賞受賞詩人のイギリスのシェーマス・ヒーニー評論さるる  biko

  評論を書きしはヘレン・ベンドラー翻訳せしは村形明子  biko