上の写真は一昨日ご紹介した小戸(おおべ)神社の前の小川から我が家の裏に流れてきている用水路です。
↓こちらは一昨日もアップした小戸神社前の小川。
ところで、昨夜は夫と大喧嘩してしまった。
私達夫婦は、近所でも仲のいい夫婦で通っているが、昨日は夫の虫の居所が悪かったようで、突然怒り出した。
怒った理由は、最近、私の補聴器の、たぶん繋ぎのパイプの劣化によるものと想うが、ハウリング(音漏れ)である。
着けている私自身は聞こえないので、言われるたびにパイプを挿入しなおして様子見していた。
それが昨日は、うるさくてたまらなかったらしく、私が夫のいうことを全然聞かないと怒り出した。
仕方ないので、夕方買った補聴器店に行ったのだが、あいにく6時を過ぎていたため、閉店した直後だった。営業時間を見ると、朝9時半から6時までとなっている。日曜日はお休みだそう。ということは今日の日曜日はやっていないということになる。
帰宅してそのことを夫にいうと、「さっさと行かないから、こういうことになるんだ」とエライ剣幕で怒り出した。
そのハウリングは私自身には聞こえないので、対応が遅れたのだが、しかし、補聴器から音が漏れるくらいで、こんなに怒らないといけないものだろうかと、私もむっとした。
それが態度に出たのだろう。
夫の怒りは増長して、私の掃除が行き届かないことなどにも怒りの矛先が向けられて、私もつい「そんなにうるさく言われるのなら、離婚します」と言った。
それからが大変で、夫はすぐに出ていけという。
私は頭を冷やそうと、夕方洗濯したものを干しに2階に上がった。
洗濯物を干し終えて食堂に戻ると、夫の怒りも少し収まったような様子だった。
それからも、しばらくお互いに対する不満を言い合ったが、夫も少し落ち着いて、2階に上がった。
一件落着というわけでもないが、とりあえず収まった。
夫が定年退職後、家にいるようになって、私は自由に外出することもできなくなった。
ま、もともと家にいるのが好きなので、そのこと自体はかまわないのだが、夫にうるさく言われるのはかなわない。
もともと私は掃除が苦手である。
それでも、夫が勤めているころは、夫が出勤したら、一通り掃除していた。
が、夫が定年退職してからは、こういうふうにブログに時間を費やすことは前からあったが、それに加えて三度の食事作りと夫との会話に時間がとられて掃除に手が回らない。
夫は綺麗好きで掃除も上手な人なので、定年退職してからは私の行き届かないところを掃除してくれたりするので、お互いに家事の棲み分けができていると思っていた。
が、今回の喧嘩で、そうではなかったことが判明した。
私は、ほとんど外出しないから、楽しみといえば読書、最近はブログということになる。
せめて、そのくらいは許してほしいと思うのだが、夫は、それが不満だったのだろう。
私は、まだ子供達が家にいるころは、自分の全精力を家族にささげつくしていた。体が丈夫でないから、健康な人ほどは完璧にできなかったかもしれないが、私なりに・・・。
夫は子育て中も、休みの日はテニスに行ったり友人に会ったり、割合好きなようにしていた。
私は、それは毎日通勤して働いてくれる夫の権利だと認めていた。私自身は出かけることは全くないという境遇ではあったけれども。
しかし、子育ても終わった現在、私も、楽しみの一つ二つは持ちたい。
その楽しみは、毎日家を空けることでもないしお金をたくさん遣うことでもないから、そのくらいはと思うのだが、現在も働いている夫からみると我慢ならないのだろうか。
結婚以来、我が家のお金は夫が管理していて、私は生活費をもらうだけである。
それが気楽でいいという面もあるが、しかし、お金を自由に使うことはできなかった。夫が自由にお金を使っていることにも、不満を言ったことはない。
私自身の稼ぎがないのだから、仕方ないと諦めて生きてきた。
私も、耳が悪くなければ、体がもっと丈夫であったなら、外で働きたかったと思う。
いや、過去に一度、障碍者手帳をもらった直後、さる大企業の障碍者枠の入社試験を受けて採用され、通勤したこともあった。
しかし私が勤めるようになっても、家事の負担は全部私にかかってくる。で、結局、続けることができなくなったと同時に、第三子の次男を身ごもってしまったので、退職した。
それからは一度も働いていない。経済的に困ったときは実家の母に助けてもらった。
しかし、自分の稼ぎがないことは、こんなにも立場が弱いものだろうか。
今度生まれ変わるときは、健康な体で生れたいと切実に思う。