永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(929)

2011年04月21日 | Weblog
2011.4/21  929

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(11)

 薫のおっしゃるのをお聞きになって、中の君は、

「宿をばかれじ、と思ふ心深く侍るを、近く、などのたまはするにつけても、よろづにみだれ侍りて、きこえさせやるべき方もなく」
――私はこの邸を離れまいと思う心が深いのですが、あなた様までが、上京を促がされていずれ近くにお移りになるなどと仰っしゃいますので、ますます心が乱れて何と申し上げてよいのか分かりませんので――

 などと、途切れ途切れのお言葉をたいそう心細げにおっしゃるそのご様子に、薫は、

「いとよう覚え給るを、心からよそのものに見なしつる、といとくやしく思ひゐ給へれど、かひなければ、その夜の事、かけても言はず、忘れにけるにや、と、見ゆるまで、けざやかにもてなし給へり」
――なんと亡き大君に似ていらっしゃることか、それなのに自分の心一つで、これまで中の君を他人として見てしまったことよ、と、口惜しくお思いになりますが、今更甲斐のないことでもあり、あの夜、手違いで中の君と語り明かしたことなどまったく口に出されず、そんなことはお忘れになったかのように、さわやかに振る舞っていらっしゃる――

「御前近き紅梅の、色も香もなつかしきに、鴬だに見過ぐしがたげにうち鳴きて渡るめれば、まして春や昔のと、心をまどはし給ふどちの御物語に、折あはれなりかし。風のさと吹き入るるに、花の香も客人の御にほひも、橘ならねど昔思ひ出でらるるつまなり」
――庭先に近い紅梅の、色も香もなつかしい立木に、鶯さえこの里を見棄てがたげに鳴き渡るのは、まして「春や昔の春ならぬ」と亡き大君の思い出にお心を乱しておられる薫と中の君との御物語に、折からのあわれをひとしお添えるようです。風がさっと吹き込んでくるにつけて、花の香も客人(薫)の御衣裳の薫物も、「五月まつ花橘」ではありませんが、昔の方の袖の香のなつかしいきっかけとなっているのでした――


◆宿をばかれじ=古今集「今ぞ知る苦しきものと人待たむ里をばかれずとふべかりけり」

◆その夜の事=薫が大君の寝所と思って忍び込んだが、大君は逃げてしまった。何も知らず一緒に寝ていた中の君はびっくりする。薫は大君ではないと知って浮気は出来ぬと、一夜をただ物語などして明かした。中の君とは実事はなかった。しかし当時の男性優位の社会では、一緒に夜を過ごせば、男性は世評を有利に動かし、女性の言い分は通らない。
この場面では、薫は中の君を口説く材料でもありながら、ぐっとこらえた。

◆春や昔=伊勢物語・古今集「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」

◆橘ならねど=古今集「さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」

では4/23に。

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