古代四大文明のうち、メソポタミア、インド、中国の洪水大水害の神話をかつて書きました。連載「津波の歴史24」などです。
シュメールでも、ギルガメシュ叙事詩でも、大洪水のなか箱舟で助かったのは半魚神エアの警告のおかげでした。この神話は後の旧約聖書「ノアの方舟」の原型です。
またインドでは、人類の祖マヌが魚神ガーシャの予告で箱舟をつくり、洪水が起きたときには魚の角にロープをかけ、ヒマラヤの山まで運ばれた。これもメソポタミアの洪水神話に非常によく似ています。
古代中国では夏王朝をひらいた禹(う)。中国初代の王である彼は、黄河の氾濫を防ぐ治水にはじめて成功した。その姿は半人半魚で描かれる。
さてもうひとつの古代文明、エジプトの大水害神話はどうでしょう。紀元前5世紀の古代ギリシアの歴史家、ヘロドトスは次のように記しています。
「エジプトの地域は、いわばナイル河の賜物ともいうべきもの」「エジプトの土壌は、泥と、ナイルがエチオピアから運んできた沖積土とから成っている」「ナイルが国土に氾濫すると、水上に現われているのは町々だけとなり、その様はエーゲ海に浮かぶ島嶼さながらである。すなわちエジプトの全土は大海と化し、町々だけが水上に現れているのである。」
次に『古代オリエント集』をみてみましょう。
ヘロドトスの名言「エジプトはナイルの賜物」の通り、ナイルこそエジプト文明の生みの親である。降雨をほとんどみないこの国土において、毎年の定期的増水の恵みによって大地は豊穣な新土を得、含まれた水分と相まって、はじめて農耕を可能とした。人間の豊かな生活のための環境を、ナイルは毎年、更新してくれるのである。増水は毎年6月にはじまり、9月には最高水位に達し、10月に終わる。
しかしもし増水量が多すぎれば洪水となって被害をもたらし、少なすぎれば、水不足から飢饉が生じる。そのため古代エジプト人は、ただナイルの存在によってのみ生存が可能であることをよく認識しており、ナイルを「ハピ」<Hapy・Hapi>とよんで、神の列に加えた。また「神々の父」とも称される。ただハピは他の神々とはちがって、独自の聖所や神殿をもたず、各地で増水の開始を祝って祝祭が奉納されるだけである。
ところで英語ハッピーHappyですが、エジプトのハピHapyと、語源に関連があるのでしょうか? 同じ「幸運」であれば、大水害と霊魚が与える幸との関連を感じます。
「ナイル讃歌」という、4千年以上も前に記された文があります。これによると、豊穣という大地の幸い、あるいは大水害という災いをもたらすナイル・ハピに対して、「裁判のなされることはなし」とされ、ナイルの行為は人間界の正邪の基準でははかりえないとされる。以下、讃歌を紹介します。
ナイルの増水するとき
汝に犠牲がなされ
牡牛が屠られ 大いなる寄進がなされ
汝のために鳥は太らされ
砂漠に獅子が獲られ 火が準備される
ナイルのためになされるがごとく
他のあらゆる神々に対しても
最良の香料 牡牛 家畜 鳥
および炎も 供犠がなされん
万物の主なる彼の息子が
両岸を緑となしてつくりし威厳を怖れよ
かくて「汝は緑なり」
かくて「汝は緑なり」
かくて「おおナイルよ 汝は緑なり」
人と家畜と地の獣を生かしむるものよ
かくて「汝は緑なり」
かくて「汝は緑なり」
ところでヘロドトスは『歴史』で次のように述べています。
「エジプト初代の王<ミン>がナイルに堤防を築き、メンピスの地を安泰にした」
ナイル河が毎年最高位になる9月、古代エジプトでは「ミンの大祭」がとりおこなわれた。王<ミン>は古代中国の夏王朝の王<禹>、黄河の治水をはじめて成し遂げた半人半魚の姿で描かれる王に比肩できそうである。いつか王ミンのことを書ければいいのだが。またミンが霊魚とつながれば、ミンはわたしにとって最高のハッピイ―になるはずだと思う。
参考書
○ヘロドトス『歴史』上中下巻 1971年 岩波文庫
○『古代オリエント集』筑摩世界文學大系1 杉勇他訳 昭和53年
<2011年7月17日 南浦邦仁>
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