ふろむ播州山麓

京都山麓から、ブログ名を播州山麓に変更しました。本文はほとんど更新もせず、タイトルだけをたびたび変えていますが……

コンピュータは勝負師? (3) プロ馬券師

2013-06-22 | Weblog
 先月のこと、大阪地裁で画期的な判決が下されました。史上はじめて「プロ馬券師」が認められた。競馬の当たり外れは棚ボタで、長期にわたって継続して正確に当落を予想することはできないはずだ。宝くじと同じで、相場師などはあり得ない。という常識がくつがえった。裁判所は「競馬はコンピュータ予想で継続的に利益を出すことが可能である」という判断を下した。判決は実質無罪。

 5月23日午前10時、大阪地裁で最も大きい201号法廷には判決を聞こうと競馬ファンら傍聴希望者が詰めかけた。ダークスーツ姿の被告男性は緊張した表情で入廷。西田真基裁判長に促されて、ゆっくりと証言台の前に立った。
 裁判長が主文を言い渡す。
 「被告人を懲役2月に処す。判決確定の日から2年間、刑の執行を猶予する」
 有罪宣告。だが、その後に地裁が認定した所得額と税額が読み上げられると、法廷の空気がにわかに緊張を帯び始める。検察側が起訴した金額からいずれも大幅に減額されていたからだ。
 男性は競馬で稼いだ所得など約14億6千万円を申告せず、2009年までの3年間で所得税計約5億7千万円の支払いを免れたとして、2011年2月に在宅起訴された。
 ところが判決の認定所得額は約1億6千万円、所得税額は約5200万円。検察、国税側が事実上、「敗北」した瞬間だった。
 男性にとっては、競馬に翻弄された日々だった。
 彼はインターネットを利用しながら、過去10年間のデータを入れた独自の競馬予想ソフトを市販ソフトから改良した。2004年から100万円を元手に、JRAのネット購入システムIPATで勝負を開始した。もしもこの資金がなくなればあきらめる覚悟であったという。元手は翌年には数百万円の利益を上げることに成功した。その後も毎年増え続ける。……
 公判を分けたのは、男性の馬券の購入方法だった。
 検察側は、競馬の勝敗は偶然に左右されるもので、もうけは一時的に生じる所得である「一時所得」だと主張し、外れ馬券は経費と認められないと主張。一方、弁護側は、男性が長期間、継続的に大量の馬券を購入していることから、「一時所得には当たらず雑所得」と反論していた。
 一時所得は給与所得や不動産所得などでなく、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外のもの。懸賞や福引の賞金、パチンコのもうけなどで、経費にできるのは「収入に直接要した金額」となっている。年90万円以上の一時所得は申告の義務がある。
 一方、雑所得は税法上のいずれの分類にも当てはまらないもので、先物取引や外国為替証拠金(FX)取引によるもうけが該当する。控除できるのは、「所得を生むための費用」と比較的緩やかだ。
 そして、大阪地裁判決。
 西田裁判長は男性のケースについて、「一般とは異なり、長期にわたって網羅的に馬券を購入している」と指摘。「金額も多額で、娯楽の域にとどまらない利益を得るための資産運用の一種」として、一時所得に当たらないと判断した。この結果、男性の購入した外れ馬券も経費と認められ、支払うべき税額は約10分の1にまで大幅減額された。……
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130527/dms1305271531002-n1.htm

 彼は確かに、起訴された3年間で30億円をこえる払い戻し金を得た。しかしはずれ馬券や当たり馬券の購入費用を差し引きすれば、実質利益は2億円に届かない。6億円近い税金など払えるわけがない。
 競馬の収入は宝くじ同様に非課税にすべきだろう。JRAはこの問題について、改善の努力をこれまで一切していない。当事者責任を疑います。

 彼は刑事被告人になると勤務していた会社からは退職勧告を受け失職。手持ちの資金は納税用にすべて預け預貯金も尽き果てた。「妻は毎日泣いている」とインタビューに答えていた。
 国税当局はなぜはずれ馬券を経費として認めようとしなかったのか? その答えは競馬場に行けばわかる。あたり一面にはずれ馬券が山ほど捨ててある。経費に認めれば、ゴミが宝の山に変身してしまう。

 気になるのが彼の構築したコンピュータソフト。まず過去10年間のデータを入力したのだが、元資料はJRA-VANやJRDB(電子競馬新聞)。データを独自に分析し、回収率に影響を与えるファクター、前走着順や血統、騎手、枠順、牡牝、負担重量など40項目以上を機械的に自動判断する材料にした。また回収率の高い馬をあぶり出す計算式を作成。
 彼の作った独自ソフトの中身は裁判でも明らかにされていない。気になる点ですが、ひとつ分かっているのは「前回のレースで5~7着に入った馬は、好走する確率が高い割に人気になりにくく、高いリターンが期待できる」
 馬券のオンライン発注も完全に機械任せのシステムを開発した。2週間以上もパソコンを放ったらかしにしていたこともあるが、その間にも資産はどんどん増えていった。中央競馬のピンハネは25%。ふつうに馬券を延々と買っておれば、払い戻し率の75%しか返ってこない。彼の成果は5年間で104.4%という驚異的な数字であった。ほぼ30%オーバーである。
 1レース約百点、1日ほぼ千点、毎日千万円以上の馬券を購入し続けた。そして購入と当落の記録はすべてPCに残っている。はずれを経費と認められたのもこの証拠あればこそである。

 さて馬券界のこの寵児は「マスター」と尊称され、競馬ファン垂涎の相場師であった。伝説のギャンブラーは「競馬はもうこりごり。卒業しました」。判決からまだ1ヶ月。近いうちに勝負師として、別の相場に再び登場してほしい。ちなみに彼は、2008年リーマンショックで七千万円も損をしたそうです。株式で雪辱戦をやりましょう。わたしは喜んで提灯持ちをつとめます。
<2013年6月22日>
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コンピュータは勝負師? (2) 1000分の1秒!

2013-06-15 | Weblog
 株式や円相場の乱高下はあいかわらず、ジエットコースターのようでスリル(恐怖?)満点です。ひとによっては、バンジージャンプ並みとか言っています。コンピュータ取引について、専門家の解説を引用紹介します。

 最近の株式市場などの相場変動では、コンピュータで自動的に株を高速取引するHFT(high frequency trading=高頻度取引)という手法が問題にされる。1ミリ秒(1000分の1秒)に1回の売買が成立するという。人間のまばたき(300~400ミリ秒)をはるかに上回るスピードだ。
 6月3日の米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数では、トムソン・ロイター社が15ミリ秒早く伝えたことで、2800万ドルもの売買が成立した――。シカゴの調査会社ナネックス社が米国CNBCを通じてこんな調査結果を発表した。HFTの威力を感じさせる話だが、当のISM側は否定している。
 ナネックス社によれば、その1ミリ秒の間に米S&P500種株価指数ETF(上場投資信託 )3万株が売買可能という。6月3日も発表直前に369社の株価が下落した。このときの数字は予想より悪かったため、発表15ミリ秒前にそれを知って売りをかけたプロたちがいたことが想像できる。
 さらに12日にはトムソン・ロイター社がミシガン大学消費者信頼感指数を、一部の「会員」機関投資家に対しては発表直前に伝えてきたことが発覚した。発表は10時だが、「普通会員」は9時55分、「エリート会員」は9時54分59秒、「ウルトラ・エリート会員」は9時54分58秒にそれぞれこのデータにアクセスできるというのだ。これもCNBCが報じたのだが、トムソン・ロイター社は正式に認めている。
 トムソン・ロイター社はミシガン大に年間100万ドル程度を支払っていた。「有料会員」がトムソン・ロイター社にいくら払っていたかは不明だ。
 高頻度取引で浮かび上がってきた、投資指標発表を巡る公正・公平性。投資家の間で問題視されそうだ。(豊島逸夫「日経web版」6月13日<株変動だけじゃない 高速取引の波紋>)
 

 例えば米雇用統計の発表時に雇用者数の前月比がプラスだったら円売り・ドル買いを出すプログラムを組み込んだとする。プラスの数字が発表された途端、瞬時に円売りが殺到して相場が円安に跳ねる。それを見た市場参加者が慌てて円売りに加わり、円安が一気に加速する仕組みだ。
 米量的緩和の縮小に言及するかが注目された5月22日のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB )議長の米議会証言。冒頭、性急な緩和縮小に否定的な発言が出た途端、瞬時に円買い・ドル売りが殺到した。だが証言では縮小の可能性についても述べており、少し間を置いて今度は一転して円売り・ドル買いが強まった。
 ある市場関係者は「いくつかのキーワードに反応するプログラムが組み込まれ、冒頭の否定的な発言に瞬時に機械が反応したのではないか」と推測する。(小栗太「日経新聞」6月12日<円相場惑わす新要因 ファンド新規参入・高頻度取引…中長期的な運用を>)

 そもそもコンピュータ売買はどのようなアルゴリズム(計算手順)になっているのだろうか。ヘッジファンド と長く取引し、今年5月に病気で急逝した草野豊己氏によれば「コンピュータによるロボットトレードの基本は4パターン」と分類している。一つ目は「トレンドフォロー型」。相場が上昇すると買い上がり、下落すると売る、相場の流れに追随する取引方法。人間と異なりコンピューターは「震えない、喜ばない、疲れない」。相場が1000円、2000円と大きく下げたときにも怖くなって売れなくなったり、値ごろ感から買ったりするという「投資家心理」を挟まずに、機械的に追随売りを出す。5月23日以降の下げ局面で中心となったプログラムといわれている。
 2つ目がブレイクアウト型。相場が新高値を更新すると買い、新安値で売るなど、相場が節目を突破するとさらに同じ方向に勢いづかせるプログラムだ。日経平均は3カ月間の平均売買値である75日移動平均(1万3034円)に接近しており、この節目を下回るようなら、「ブレイクアウト型」がさらに売り乗せしてくる可能性が大きくなる。売買高や価格の変化率上昇に応じて売買を拡大してくる「ボリューム・モメンタム型」も値動きを激しくするのに一役買っているようだ。
 今後、調整局面が落ち着き、株価が反騰する局面で登場しそうなのが「カウンタートレード型」だ。トレンドフォロー型の逆のタイプで、上昇トレンドのもとで買われすぎたり、下落トレンドが続いて売られすぎたと判断すると、安値買いや高値売りを繰り返しながら、トレンドの最後に起こる反落、反騰を利用して収益機会を広げようとする。
 CTA (先物投資顧問)とも呼ばれる、こうしたコンピュータ売買のマネーは世界で数十兆円あるとみられている。ヘッジファンドに詳しい市場関係者によれば、そのうち1~2割が現在、日本株に向かっているという。安倍政権の経済政策「アベノミクス」を機に、海外投資家の注目度が一気に高まり、収益機会がぐんと増えたためだ。
 コンピュータ売買が増幅した日本株相場の急落は、グローバルマクロ型など人間の相場観も加味して投資判断を下すヘッジファンドも「日本株の持ち高をいったん圧縮する」(ゴールドマン・サックス証券の宇根尚秀エクイティデリバティブトレーディング部長)要因となった。投資家は一般的に、保有する株式の価格にボラティリティー と呼ばれる予想変動率を乗じてリスク量をはじいている。市場が織りこむ相場の先行きの変動率を示す日経平均ボラティリティー・インデックスは5月半ばの20%台から37.4%と急上昇。相場に強気の投資家でも、リスク許容度の低下で日本株を持てる量が上限に達し、機械的な「投げ」が出て、さらに値が下がるという循環になっている。
 コンピュータは過去の相場の「ビッグデータ」を機械的に学習し、従来は人が「勘と経験」でこなしていた判断を身に着けているだけではなく、注文スピードも早い。10~20年の経験に裏打ちされたベテランディーラーも「もはや日中に場中の一瞬のサヤを狙う売買は太刀打ちできない」と舌を巻く。
 プログラム売買が相場の振幅を大きくする環境は当面続くだろう。では、投資家はどう身を守ればいいのか。コンピュータが持ち合わせないのは、想定外の規制発動という突発事態などに対処し、総合的な判断で戦略を変えていく柔軟性かもしれない。中川氏は「高速取引とは時間軸を変え、コンピュータが持たない中期的な相場観で持ち高を形成して勝負する」と話す。個人投資家にとってはコンピュータ売買が演出する短期的な変動に動揺せず、デイトレードより中長期の視点に立った投資で着実に収益を上げる道を探るほかなさそうだ。(藤原隆人「日経新聞web版」6月3日<プログラム売買>)

 今春にプロ将棋師5人が5種類のコンピュータソフトと対戦しました。結果は人間の1勝3敗1引き分け。ただひとり勝った阿部光瑠四段についての記事です。
 勝利は、いわば相手のソフト「習甦」(しゅうそ)の「癖」を利用したものだった。習甦の開発者は事前に、阿部にソフトを提供(貸し出し)していた。それを相手に200局ほど指した阿部は、習甦にはある展開になると「自爆」ともいえる無理な攻めを仕掛けてくる癖があることを見抜いた。そして本番で、みごとにその仕掛けを誘って完勝した。
「強かったです。人間は、自分が不利になりそうな変化は怖くて、読みたくないから、もっと安全な道を行こうとしますよね。でも、コンピュータは怖がらずにちゃんと読んで、踏み込んでくる。強いはずですよ。怖がらない、疲れない、勝ちたいと思わない、ボコボコにされても最後まであきらめない。これはみんな、本当は人間の棋士にとって必要なことなのだとわかりました。僕は習甦のおかげで強くなれたと思っています。コンピュータのおかげで人間が進歩すれば、またコンピュータも進歩する。そんな関係でいいんじゃないでしょうか。」
 引き分けに持ち込んだ「将棋界の武蔵」三浦弘行8段は、「コンピュータには大局観はありませんが、どの局面なら攻めが成立するのかを、ひとつひとつ深く読んでいる。だから正しいのですね。」(山岸浩史「現代ビジネスWeb版」4月29日・5月15日<人間対コンピュータ・頂上決戦の真実>)

 今日は引用ばかりになってしまいました。1000分の1秒には勝てません。
<2013年6月15日>

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

6歳の6月6日 続編

2013-06-07 | Weblog
昨日は6月6日でした。ずいぶん前に「6歳の6月6日」と題して、子どもの芸事始めについて書いたことがあります。
 http://blog.goo.ne.jp/0000cdw/e/00fa36e0985f35ad146a8b7ca1567e57

 昔の子どもたちは数え年6歳のこの日に、親に連れられ芸事のお師匠さんの家に行ったものです。しかしなぜ数え年の6歳なのか? どうも人間は滿5~7歳のころから学習能力が発露し、習得を開始する適齢期がこの年齢のようです。歴史に残る偉人伝をみても、才能の開花はそのころから始まっているようです。

 それから、昔から「7歳までは神の内」ともいいます。7歳以下は人間でもまた正式な家族の一員でもなく、我が子は神属であって神界から預かっている存在である。六はロクで魂・霊の意味があるようです。7歳からはじめて人間世界に加入する揺らぎの年齢、昔はそのように考えていました。

 七という数字は神聖でした。七不思議というのは、何も七個の不思議を数えないのです。七という数が不思議なのです。七曲がり、七重、初七日そして七七の四十九日などなど。七月七日の七夕もそうでしょう。七は不可思議です。

 江戸時代からといわれる童謡「通りゃんせ」。七歳という神世界から人間界に移行する怖さを歌っているのでしょう。6歳の神の子、そして人間界に加入を開始する7歳の子。この2年間は微妙な年齢移行期です。

♪通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細通じゃ
 天神様の 細道じゃ
 ちっと通して 下しゃんせ
 御用のないもの 通しゃせぬ
 この子の七つの お祝いに お札を納めに 参ります
 行きはよいよい 帰りはこわい
 こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ
<2013年6月7日 南浦邦仁>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コンピュータは勝負師? (1) 電脳と是川銀蔵翁

2013-06-01 | Weblog
株価はその後も乱高下しています。専門家の判断では、いちばんの原因はコンピュータによる超高速取引であろうといいます。超高速でコンピュータが自動的に行うアルゴリズム取引で、1秒間に数百回にも及ぶ注文と取り消しを繰り返す。ポジション(建玉たてぎょく)保有時間は短いとわずか数ミリ秒。HFT(超高速取引)ではほとんどが当日中にポジション(売買)を解消してしまう。
 エコノミスト5月28日号で平塚崇氏は「外国人(ヘッジファンド)の正体はコンピューター 千分の1秒単位で取引 超高速が市場の撹乱要因にも 取引市場の高速化に伴い、海外から日本市場に参入しやすくなり、日本市場は外国人投資家に席巻されている」(投稿の見出し)

 馬券ではふつうのサラリーマンが、勝馬予想パソコンソフトを駆使して5年間で37億円近い払戻金を得た。大阪国税当局は無申告で脱税したとして9億9千万円(加算税・地方税込み)を課税した。しかし彼は購入したハズレ馬券30数億円を経費とみなすべきだと裁判になり、結局大阪地裁は5月23日、1億4千万円を雑所得とし被告の主張を認め、5200万円を納税額と判断。ただし単純無申告罪で懲役2月・執行猶予2年の判決。
 将棋の世界では今春、プロ5人と異なる5種類のコンピュータソフトが対戦した。この電王戦の結果は人間が1勝3敗1引き分け。ただひとりの勝者は若干18歳の阿部光瑠4段。彼はかつてコンピュータプログラマになりたかった人物です。勝負の前に公開されたコンピュータソフトを徹底的に研究しバグを発見した。勝因はそこにあったと阿部氏は語っています。

 人間の判断を凌駕するコンピュータとは何か? 典型的な文系で、PCにもITにも音痴のわたしですが、この問題に踏み込んでみたいと、最近の株価乱高下をみて切実に思うようになってしまいました。
 まず是川銀蔵(1897~1992)さんの自伝『相場師一代』(小学館文庫)をみてみます。93歳で記した唯一の自伝ですが、是川さんは「最後の相場師」と呼ばれた日本を代表する稀代の庶民投資家です。なお旧題は『自伝波乱を生きる』1991年講談社刊。同書まえがきを引用します。なお(カッコ)内はわたしの参考書きです。

 これまでいくつもの出版社から、自伝の出版を依頼されたが、どのような申し出に対しても断ってきた。私が自伝を世に出すことは、大勢の犠牲者(株式投資の失敗者)を出すことになるという自戒から出版を避けてきたのである。ところが、あるライターが止めるのも聞かず、私の投資一代記なるものを出版してしまった(津本陽著『裏に道あり』1983。後に改題『最後の相場師』)。すべて真実のまま書いてあればいいが、非常に真実とはかけ離れたことも書かれている。まして、私の一代記を読み、それを真に受け株は大儲けできるものと錯覚し、危険も省みずに株式投資に大金をつぎ込み、人生を棒にふるような人達が出てきては困る。これでは私がこれまで出版を拒んできた意味がなくなる。
 そこで私は自らの手で綴ることにより、株で成功することは不可能に近いという事実を伝える使命があると思い、筆をとることにした。
 世間の人達は、私があたかもこの“不可能”を覆して株の売買で成功し、巨万の富を得たと思っているであろう。しかし、決してそうではない。私は実際、今でもすっからかん。財産も何も残ってはいない。このことを著書で警告したいのである(驚き信じられない方も多いでしょうが、詳しくは自伝をご覧ください)

 ブラックマンデーという株の大暴落が起きました。1987年10月20日、日本市場はパニックに陥りました。NY株式市場は現地19日月曜日に、ダウ平均で508ドル安、前日比で22.6%も暴落しました。
 是川は数ヶ月前からアメリカ市場に危惧を覚え、周辺の投資家たちに「持ち株はすべて売れ」と指令していました。彼の読みは的中したのです。アナログ人間のはずの彼は、この急激な下げを次のように記しています。先日の乱高下に似ているように思えます。

 (ブラックサンデーの急落は)実態経済に起因していない以上、このパニック現象は一時的なもの、と(私是川は)見ていたのだ。
 ニューヨーク市場のコンピュータによるシステム売買は、株価に連動して、下げに入ればポートフォリオ・インシュアランス(PI)が売りの指令を出し、株価指数の先物が下がったところで現物の株を売るセル・プログラムが始動するシステムなのだ。ただ、現物の株が売られ、株価が下がっていくと、さらに先物まで下がるといった、相乗的に相場を下げていくというデメリットがあるのだ。
 株式と債券の運用比率を機能的に変えて投資元本を保証しようという投資手法なのだが、私にはどうしてもこのPIというコンピュータに頼った投資手法は、首をかしげるものがあった。

 26年も前に彼はこのように分析しているのです。だが当時パニックに陥った一般投資家に向かって是川は「絶対に狼狽売りをしてはいかん。原因はコンピュータの売買システムの欠陥だから暴落現象は一過性のもの、株価はすぐに元に戻る」
 相場は彼のいう通り上昇に戻ったが、その2年後の1989年12月29日の大納会に日経平均38915円という歴史上の最高値をつける。しかしここで日本のバブル相場は終了した。年明けの大発会とともに暴落を続ける。失われた20年の始まりでした。

 ブラックマンデーのとき、是川さんは90歳でしたが、米国のコンピュータ売買システムに精通しておられる。さらにバブル崩壊に対しても平均株価33000円ころから警告を発しておられた。
 さてなぜいま是川銀蔵なのか? 先日このブログにコメントを寄せてくださった「職人太郎」さんの記述がきっかけです。太郎さんはかつて是川銀蔵翁のカバン持ち兼ガードマンだったのです。そのころのことを『職人暮らし』(原田多加司著・ちくま新書)に余話として記されています。次回は「職人と是川翁」とでも題して、この本を紹介しようかと思っています。
<2013年6月1日 南浦邦仁>
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする