アヒルの義兄弟にあたる水禽の仲間は、ガチョウではないでしょうか。アヒル鶩は鴨のマガモを改良したもの。一方の鵞鳥(ガチョウ)は、雁のマガンを改良しています。
ところで、いつごろから両鳥は家禽として、人間と同居する仲間になったのでしょう? アヒルはすでにみたように、中国で3千年ほどまえに家畜化されたようです。
さて本日は、義兄弟のガチョウですが、最も古い記録とされるのは古代エジプトです。紀元前2900年~前2200年、旧王国時代にすでにガチョウが、家禽として飼われていたと判断されています。いまから5千年近くも昔の登場です。実に古い。世界最古の家禽とよばれています。
ヨーロッパではホメロスの詩「オデュッセイア」に、ガチョウがたびたび登場します。紀元前8世紀です。
また古代ギリシアの哲学者、アリストテレス(前384年~前322年)は、すでに動物学的にこの鳥のことを述べ、30日で孵化し、その間、雄鵞鳥が妻の雌鳥を助けないことを観察している。「ガチョウは雌だけで抱卵し、一度抱卵し始めたら、終わりまでずっと卵の上に坐ったままである。湖沼のあらゆる鳥の巣は沼地で草の生えた所にある。それゆえ卵の上に坐ってじっとしていても、何かしら自分の餌をとることができるので、まるっきり食べ物がないわけではない。」
ローマ人は最初、ギリシア人から鵞鳥の繁殖を知ったのだろう。前390年、敵に包囲されたローマの神殿を、番犬ならぬ番鳥をつとめていたガチョウたちは、夜中に激しく鳴いて急襲を知らせた。ガチョウのおかげで、ジュピター神は守り抜かれた。
念のため、ヨーロッパのアヒルは、2000年~1900年ほど前、ローマの文献に出現します。しかしローマ人よりも早く、まず中北部ヨーロッパのゲルマン人が、飼育を始めたと考えられます。渡り鳥のカモは、中北部で繁殖します。その育卵方法を観察して、ゲルマンの人たちは工夫したのだと考えられます。夏場は溢れるほどの数、カモは充満しています。ところが冬場、カモたちは南の国に移動してしまって、1羽もいません。冬用の食糧確保のため、家畜化のニーズは十分に考えられます。
ヨーロッパ中北部でいつごろに、アヒルやガチョウの家禽化が開始されたのか? 文献も絵画史料もありません。確定できません。ただエジプトのガチョウは、たくさんの絵画資料などで確定しました。
さて中国ですが、下記の情報には驚きました。ガチョウについての考古学資料で、国際研究グループ7者団体による発掘調査です。北大・筑波大・東大・蘭州大・浙江省考古研・金沢大・肅山博。長江下流域の遺跡から出土したガン類の骨から、同地での家禽化が7000年前に遡ると判断された。これまでのガチョウの最古記録、エジプトのおおよそ5000年前という記録を、大幅に塗り替えました。
同地は繁殖地ではないのに、幼鳥や留鳥化した成鳥、また食性の人的関与による変化。それらは人為的飼育の痕跡と判断されます。「研究グループは約7000年前にガン類が飼育されており、家禽化の初期段階にあったと結論付けました。」
詳しくはインターネットでご覧ください。「東京大学総合研究博物館 世界最古の家禽はガチョウ!?~約7000年前の中国遺跡からガン類の家禽化の証拠を複数確認~/2022年3月8日」
さて、日本のガチョウ史はどうなのでしょう。最も古い記述は『日本書紀』です。雄略天皇10年9月4日、呉(くれ)から帰った使者は、同国から献上された二羽の鵞鳥ガチョウを連れて、筑紫に到着した。ところが、地元の役人の飼犬に襲われ噛まれ、死んでしまった。使者は雄略天皇の怒りを恐れ、白鳥10羽と養鳥人(とりかい)を献上して赦免を願い出た。そして天皇は許した。
せっかく海をはるばる渡ってきたのに、ガチョウも相当無念の思いだったのではないかと同情します。
ところで、気になるのが「養鳥人」(とりかい)、別称「鳥官」。ほかに鳥取部、鳥養部、鳥甘部などの組織があったそうです。『節用集』原刻易林本には「鳥養牧」とりかいまき/とあります。アヒルやガチョウの牧場だったのでは、などと勝手に想像しています。
なかでも注目すべきが「養鳥人」とりかい/だと思います。アヒルやガチョウのことをいくらか調べてみましたが、両者とも養育はかなりむずかしい。プロの技が必要です。養鳥は重要な仕事です。また両鳥は同じ水禽の仲間ですが、性質は全く異なる。追々、改めて紹介しますが、ざっと記します。
(1)アヒル
雑食性なので食生活の心配は少ない。
就巣性を欠いている。種卵(しゅらん/受精卵)でもかまわず、地面でもどこにでも卵を産む。
抱卵をしない。いつも卵は散乱しています。
孵卵器がなければ現代ではプロでも、卵を孵すことを敬遠するそうです。
かつて「養鳥人」は28日間、孵化するまで毎日、一定の温度と湿度を保ち続ける。
そして日に数度、計25日間、温めている卵を回転(転卵)させる。
ヒナの時に、羽繕い訓練が欠かせない。
(2)ガチョウ
アヒルと違って就巣性があり、卵は親鳥がしっかり抱卵(30日~32日間)
孵化しても母親と親族仲間が、危険からヒナをしっかり守る。
ガチョウの仲間は大家族制社会。ただし守るのは自然育雛の親戚家族だけです。
人口孵化のガチョウには、親戚も家族もおらず孤立する。
アヒルと違って草食性。青草を好む。
冬場に新鮮な草が少なくなるのが問題です。牧草イタリアンライグラスなどが冬場は必要。
青草を十分にとらないと、卵を産まない。
ヒナの時に十分な栄養・緑餌を取らせる。特にミネラル分の不足に注意。
幼い時、体温調節ができないので、飼育場にヒーターを1週間ほど入れる。
イネを食べてしまうので、水田には放せない。
外敵も要注意です。たとえば、キツネ、タヌキ、アライグマ、テン、イタチ、カラス、タカなどなど。特にヒナが狙われます。
参考:『家畜文化史』加茂儀一/1793年 法政大学出版局
『アリストテレス全集 巻7』島崎三郎訳/1968年 岩波書店
『草刈り動物と暮らす/ヤギ・アイガモ・ガチョウの飼い方』高山耕二/2023年 農山漁村文化協会
<2024年9月11日 南浦邦仁>