転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



以前の録音だが、この1月13日に数枚のディスクが再発売され、
広島の某楽器店でも、それらポゴレリチの「新譜」が店頭に。
久しく見なかった光景に、涙が出る
(画像提供・仮装ぴあにすと様。感謝します)。
これで、彼の本当の意味での新録音がリリースされれば、
ファンとしては更に感涙にむせぶことになるのだが。

ときに、昨夜、東京の友人と電話で話をしていたら、
音楽ファンの彼女いわく、
「やっぱり演奏会はヨーロッパで聴くのがいいわよ。全然違う」
とのことだった。
我々は普通、来日公演でしか、演奏家の実演に触れる機会がないが、
ヨーロッパに住んでいるアーティストの場合、
日本は最も遠い地域にあり、半日以上のフライトをして来るので、
旅の疲労や時差によるコンディションの変化などから、
日本にきてベストの演奏をすることは困難らしい。

「ウート・ウーギをイタリアで聴いてみたら、
日本で聴くのと全然違って、別人よ。
ゲリンガスだって、むこうだったら家から車で来るから、
心身の安定が違うのね。伴奏の奥様にしてもね。
シモーネだって、そう。日本でもいいなとは思うけれど、
彼らのホームグラウンドに行って聴いたら、もう、凄いわよ」
と、彼女は語ってくれた。

その、彼女の話で、何より笑ってしまったのが、
「アファナシェフも、ベルリンで聴いたら、遅くなかったのよ」
という件だった(^^ゞ。
ヴァレリ・アファナシェフと言ったら、個性的な演奏で有名で、
日本で聴くと、とにかく速度が遅く、濃い演奏、という印象だが、
ヨーロッパでの演奏は、少なくとも来日公演ほど遅くないらしい。
13時間の飛行機の旅と、日本の湿気た空気とが、
彼の心身に少なからぬ影響を与え、演奏を重くするのだろうか。

だったら、ポゴレリチもあちらで聴けば、軽やかだろうか。
・・・・あり得ない(爆)。

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少子化対策で出産無料化??? 猪口氏独走、強い意欲 安倍長官ら即座に否定(産経新聞)

閣内の意見調整のことよりも、私としては、
「出産がタダになったら、人は、喜んで子供を生むのか?」
という根本的なことのほうが疑問だ。
出産費用が高いから、皆さん出産を躊躇しているわけ?
やってみなければわからないが
(現状では、やってみられるかどうかもわからないわけだが)、
私は、フリーバースなんてあんまり効果はないと思う。
『政府は取り組んでいる!』
という意志表示には、大いに、なるとは思うけれど。

前も書いたが、私などの感覚では、金銭的なこともそうだが、
それ以上に、育児には「人手」が欲しかった、というのが実感だ。
のちに姑の在宅介護を全面的にするようになって、私は、
「こっちのほうが育児よりは楽やな」
と思ったものだった。
これは姑が介護度5で、徘徊などの心配がなかったからこそだが、
介護保険のお陰で、私にとって介護は、
少なくとも孤軍奮闘の育児よりは、スタミナの配分が可能な仕事だった。

介護には、育児などにはない、社会的なバックアップがある。
常に相談窓口となってくれる、一定のケア・マネージャーさんがいて、
困ったことがあれば、電話での相談に加え、訪問もしてくれるし、
予算の範囲で、様々な内容のケア・プランを提案してくれる。
介護に関わる事柄や要望は、すべてケアマネさんに言えばいいし、
ケアマネさんと相性が悪ければ、別の事務所に訊ねてみてもいい。

介護保険の範囲で、介護用品の購入やレンタルの斡旋があり、
所得によっては、一定量の紙オムツの支給もある
(これは区役所だか市役所だかの仕事だったかも)。
訪問看護や、24時間体制のヘルパー派遣も希望すれば受けられ、
家で待っていれば、決まった日時にそうした専門家が来てくれる。
留守番や見守り、通院介助、家事支援も、オプションで用意されている。

また、バス送迎つきのデイ・ケアやデイ・サービスがあって、
半日なり一日なり、専門の施設に頼んで、食事や入浴の面倒をみて貰える。
その際には、日頃介護者が気づかなかったような体調の変化の指摘や、
介護の仕方に関する助言も受けられる。
一定期間のショートステイもあり、その費用は、
これまた所得に応じての上限が定められている。

私はもし、これだけのことが揃っている「育児保険」があったなら、
転勤先でも、もうひとり育てることが可能だったと思う。
何ひとつ理論的に詰めて考えてみたことはないので無責任だが、
少子化対策としての私の提案は、「育児保険」の導入だ。
介護と違って、「幼稚園入園まで」などと期限の見える制度だし、
例年の出生率などから、およその利用者数も算出できそうだから、
検討の余地があるのではないかと思うのだが、だめだろうか(^_^;?

専業主婦で子育てだけに24時間拘束されている母親は勿論助かるし、
母親が仕事を持っている場合でも、ホームヘルパーによる、
家事支援や見守り、夜間の訪問サービスなどは、
結構、力を発揮してくれるのではないかと思う。
母親や子供の病気や障害など、育児が困難になる要因がある場合は、
特別に優遇措置を取るとか。
勿論、保険料を払いたくない、または私はひとりでやるほうがいい、
という判断もアリだから、加入するかどうかは、自由ということで。

育児における私のシンドさは、「頼める人がいない」という点につきた。
主人は大変によくやってくれたと感謝しているが、
サラリーマンで平日昼は必ず居ないのだから、限度があって当然だった。
私が熱があるとき、受診をしたいとき、に、
ちょっと二時間くらい、赤ん坊を見ていてくれる人が欲しかった。
たまには、半日くらい、赤ん坊の心配をせずに、
たまった家事を片づけたり、自分が休んだりしたかった
(遊びに行きたい、などとは最早、思わなかった。その元気もなかった。
育児中にポゴレリチが三度来日したが、三度とも見送ったくらいだ(^_^;)。

乳児院に預けるとか、家政婦紹介所に人を頼むとか、
育児の相談テレホンを利用するとか、
個別の方法があるにはあったが、
それらは制度化されていない、ごく個人的な次元の話だった。
利用しないで済めば、そのほうが迷惑をかけずに済むからいい、
という気持ちが、どうしても働いて、頼みづらかった。
また、気の利いたベビーシッターさんなどがいるのは、
都会だけの話で、地方にはそんなものは普及していなかった。

子育て経験のある友人たちは、皆、本当に親切で、
「大変なときは、いつでも言ってね?」
と優しく声をかけてくれたが、
そういうママ仲間は、その人たちだって子供たちを抱えて忙しいか、
仕事で駆け回っているかのどちらかだったから、
そのような善意にいつもすがって良い訳がなかった。

「昔は、四人も五人も育てたんだ。甘えるな」
という意見はわかるし、私が人一倍、怠惰な人間なのは認めるが、
しかし、「昔はエアコンも自家用車もなかった」という理由で、
今更、扇風機だけで暮らせないし、車を手放すこともできないのと同様、
「昔は、できた」のだから「耐えろ」、
という方向では、状態は改善して行かないと思う。
それに、前提となっている育児内容が、今は昔と違っている。

私は娘一人を夫婦だけで育てて、そのシンドさを本当に思い知った。
退院した途端から、沐浴だってふたりでやったのだ。
一ヶ月検診に出かけようとしたとき、
着替えやらオムツ一式やらを背負って、
首も据わっていない娘を抱いたら、私ひとりでは、
かばんから財布も出せない状態になるとわかったので、
家政婦紹介所(のお嫁さんと産婦人科で友達になった・爆)に電話して、
家政婦さんをひとり頼んで、今で言う通院介助をして貰ったけど(..;)。

こんなこと、二度も三度もできない、私の心身が保たない、と思った。
私は今でも、複数の子供さんを育てている(育てた)方々のことを、
心から尊敬している。あの育児を繰り返したなんて、凄いと思うし、
私にはない逞しさであり、心身の強健さ・柔軟さだと思う。

ただ、もしかしたら、育児をこれほど負担に思ったのは、
逆に、娘ひとりしか育てていないからだろうか?
ということも私はときどき考えてみるのだ。
一人目の育児は、何をどうしたらいいかわからないために、
よけいなことに労力を費やしたり、どうでもいいことにおろおろしたり
要領が悪く、過剰な心配をしすぎて疲れた面はあるだろうと思う。

案外、二人目、三人目、ともなれば、
家で乳幼児がごろごろしていても、もう、慣れたもので、
母親側は育児能力が上がっているから、
適当な加減ができて、最初ほど疲れないで、出来るのだろうか。
あるいは、大きくなった上の子が面倒をみてくれるとか。
これだと、「問題は出産費用が高いことだけよね~」となるのか
(でも、育てて行くにも年々、費用はかかりますよね???)。
ともあれ、そのあたりが、一人しか育てていない私には未知の世界で、
ぐじゃぐじゃ思い煩うより、やってみたら結果オーライだったのかな、
という可能性も考えないでは、ない(^_^;。

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