アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

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スティング ’73 アメリカ

2005-07-29 | ドラマ
ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの共演による痛快ドラマ。
’69の『明日に向って撃て』から、二度目のコンビ作品である。
息の合った演技で、見る者を魅了してくれた。

この映画は、1973年度のアカデミー賞を総ナメにした作品なだけに、今のアカデミー作品と違いスカがなく、すべてにおいて納得のいく出来ばえである。

二転三転する予想もつかない展開に、ラストではすっかり騙されてしまった。(笑)
ヒネリの効いた演出や台詞には、思わずうなってしまうほど。
老若男女、楽しめる作品だと思う。

こちらのテーマ曲も有名ですねぇ。
軽快なリズムで、なんだかアミューズメント・パークにも似合いそう。

曲を聴いてウキウキ、映画を観てワクワク。
後味もよろしく、今のハリウッドではなかなかお目にかかれないほどの傑作である。
 
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道 ’54 イタリア

2005-07-25 | ドラマ
評価をつけると、たいてい満点がつけられるほどの、有名な作品であります。

ザンパノは大道芸人。
「鉄の男」をメインとした芸当を見せている。
そして、家族のために僅かなお金で買われていった、子供のようなジェルソミーナ。
ザンパノの業の深さ、エゴ、愚かさに対して、ジェルソミーナに見る無欲さと、純粋さ。

ラスト、悔やんでも悔やみきれない想いで号泣するザンパノの姿と共に流れる、ジェルソミーナの曲が哀愁を誘う。

役者二人の演技は、この上なく素晴らしい。
ジェルソミーナをジュリエッタ・マシーナ。
本作品の監督である、フェデリコ・フェリーニの奥さんである。
監督が亡くなってから、ほどなくして、彼女も後を追うようにして亡くなってしまった。
生前仲がよかったから、淋しかったんだろうな。
そして、ザンパノを演じ、名声を不滅にしたアンソニー・クイン。
彼も存在感たっぷりな名優であった。
本当に惜しい人たちである。 

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死刑台のエレベーター ’57 フランス

2005-07-21 | ミステリー&サスペンス
オープニングから、マイルス・デイビスの、耳をつんざくようなトランペットが印象に残る。

ちょっと頼りなげな若い医師ジュリアンをモーリス・ロネ、魅惑的な社長夫人をジャンヌ・モローが演じている。
上記に関しては語らずとも、この二人の関係がわかるだろう。

余談だが、日本のおじさまたちのかつての憧れといえば、イングリッド・バーグマンか、このジャンヌ・モローかといわれていたくらいである。
確かにお美しいであります。

さて、サスペンス映画の中では必要な要素となる殺人計画。
むろん、この被害の対象となる人物は、彼女の夫である。
しかし、ジュリアンがあるミスを犯してしまうところから話がこじれ、どんどん状況が悪化していってしまう。

巧く切り抜けそうに見えるのだが、ある一枚の写真が動かぬ証拠となってしまい・・・
その写真のアップで幕は閉じられるのだが、そこにはうっとりするほど、幸せそうな二人が写っている。
そのはかなさが、この作品の要ともなっている。

これがルイ・マル監督の、初の長編作品らしい。
しかも当時25歳! 
脱帽です。 
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ディナーラッシュ 2001年 アメリカ

2005-07-16 | アクション
マフィア映画にしてはそれらしくない、ちょっと変わった趣向でおもしろい作品だ。

舞台が、ニューヨークのイタリアン・レストランである。
その内外で、様々な人間模様をホイップさせながら、多岐にわたる展開を見せる。

厨房から流れるように出来上がる料理の数々。
賑わう店内でサーブされる芸術品のようなそれらは、十分に我々の目を楽しませてくれる。

個人的には、料理人はやはり男性であってほしい。
なんといっても手際のよさ、スピードが違う。
見ていても小気味いいのである。
’01の『マーサの幸せレシピ』では、フレンチ・レストランが舞台だったが、女性向の作品らしく、料理よりも恋愛に重きを置いていた。

本作品では、ソースのようにサスペンスをうまくからめているのだが、映画の終盤、なんと客のひとりが・・・!
驚きました!
無駄な推理場面や泥臭さがなく、料理が仕上がるスピードと同様に飽きさせない。
ラストへのもっていき方や、カメラワークも粋でよかった。

演出やテンポもほどほどに、腹八分目って仕上がりでよろしいのではないでしょうか。  
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パリのランデブー ’94 フランス

2005-07-14 | ドラマ
エリック・ロメール監督お得意の、恋にまつわる三話のオムニバス。

第一話の〈午後7時のランデブー〉
ボーイフレンドの浮気を心配する女学生のアステル。
ある偶然から一念発起して、彼を吹っ切る彼女の姿は潔い。

第二話の〈パリのベンチ〉
うんちくを並べる男と理屈を並べる女。
パリの公園で、逢引を重ねる二人。
しかし、ひょんな事で、女はあっさりと男と別れる。
今までの過程はなんだったんだ!?

第三話の〈母と子 1907〉
ピカソ美術館で、ある女性に一目惚れしたひとりの画家。
人妻であるその女性は、彼の告白にも微動だにせず、とっとと去ってしまう。
暗い色を好んでいた彼がキャンバスに加えたピンク色は、彼の心の変化を表しているようだ。

どれも最後は「別れ」で終わっているが、後味は悪くない。
国民性なのか愛に限りがないのか、この作品に出てくる女性たちは、実にきっぱりさっぱりとしていた。

「恋に狂う女を演じさせたら、右に出る者はいない」といわれるイザベル・アジャー二が、本作品でオファーされることは間違ってもなかっただろう(笑) 
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眼には眼を ’57 フランス

2005-07-10 | ミステリー&サスペンス
手術を終えたフランス人医師パルテルは、助手に訊く。
「時間はどのくらいだったか」

『白い巨塔』の財前教授を彷彿とさせるセリフだが、自信があるからこそ出る言葉だろう。
しかし、この名医といわれている自分が、ある失態から悲劇への道をたどることになるとは、思いもしなかったに違いない。

勤務を終えたパルテル医師が、部屋でくつろいでいると、診てほしい患者が来ていると告げられる。
だが、彼は診ることをしなかった。
翌日、病院でその急患を診た医師から、患者は亡くなったと聞く。
やや動揺したものの、平静を装うパルテル。
それからというもの、ある男の存在が、彼を苦しめていく。

男は、亡くなった患者の夫であった。
彼の周到な罠にはまっていってしまうパルテル医師。
男に会うため彼は、街から砂漠の地へと車を走らせていく。
それも罠とは知らずに。
そして、そこから彼の本当の地獄が始まっていくのである・・・

じわじわと医師を追い詰めてゆく男の策略に、不気味さを覚えもするが、その執念も亡き妻を想ってのことである。

「わたしの妻は、あなたに殺された。
あなたも同じように苦しめばいい」

苦しみの果てに、彼はいったい何を思ったであろうか・・・ 
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トーマス・クラウン・アフェアー ’99 アメリカ

2005-07-05 | ミステリー&サスペンス
本作品は、’68のスティーブ・マックイーンが主演した『華麗なる賭け』のリメイク版である。

今回はニヤケ顔のピアース・ブロスナンが、ルパン三世も驚くような盗人を演じている。
『007』で見せた肢体や、あざやかな腕前を惜しげもなく披露していた。

それよりもカッコイイのが、ヒロイン役のレネ・ルッソ。
役柄は地味目に、保険会社の調査員である。(彼女はちっとも地味ではないが。)
アップになると、やや老婆顔が入っているが、いやいやなんの、あんなシースルーのドレスを堂々と着こなせるんですから、あっぱれです!

いわゆる敵同士となる二人が恋におちてしまい、無駄な駆け引きをし合っていた。
あんなに強気だった彼女が、どんどん恋する乙女(!)に変わってしまうのだから、このニヤケ・・・いや、トーマス・クラウンさん、男冥利につきることでしょう。(笑)

さて、本作品の大事なところ。
盗んだ絵画をどうやって、美術館へ戻したのか!?
へぇー、そういう手がありましたか!

このニヤケ・・・いえ、ピアース・ブロスナンさん、最後までお相手をハラハラさせる心憎いやり方は、『007』だけで十分です。(笑) 
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アバウト・シュミット 2002年 アメリカ

2005-07-01 | ドラマ
クセ者俳優ジャック・ニコルソンが、珍しくどこにでもいそうなフツーのおじさんを演じた作品。

これから定年を迎える、あるいはすでに迎えられたお父さんたちには、共感を得るところがあるのではないだろうか。

突然妻に先立たれてしまったシュミット。
家の事はすべて妻任せにしてきたため、一切何もわからない。
日が経つにつれ、現役時代の風貌からはかけ離れ、家の中は物で散乱していく。
無気力になりながらも、イラ立ちを抑えられない彼は、自家用キャンピングカーである目的の旅に出るのだが・・・

娘の婚約者を腹立たしく思いながらも、結婚式では内心を隠しながら(笑)、完璧なスピーチを披露して、父親の責任を全うするあたり、娘を想う気持ちがよく表れていた。

妻もいない、娘も離れていってしまった。
もう誰もわたしを頼ってくる者などいない。
わたしの存在などもう・・・
悲観にくれていたところへ、一通の手紙が届き・・・

ラストで見せる、「これでわたしは救われた・・・」そんな思いであろう彼の表情は、この上なく幸せそうであった。

心のどこかでつながっている。
そう気づくと思いのほか、人は強くなれるものだ。 
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