アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

バンテージポイント 2008年 アメリカ

2010-10-25 | ミステリー&サスペンス
アメリカ大統領が演説中に暗殺された。
その瞬間をさまざまな“視点”から映し出した異色作。
スペインで行われた国際テロ対策会議での最中、テロリストによる暗殺計画がまさに実行されたのである。

事件の23分前にカメラは戻り、8人のそれぞれの観点を導き出してゆく。
あらゆる角度から見せられる実態に観る者は惹きつけられるが、一つの章が終わると、また23分前に戻るこの繰り返しは、やや興味がそがれやすくもある。

中盤頃にはタネは明かされ、以後、ありがちなカーチェイスが続く。
この程度のカーチェイスは見飽きた感もあり、いささか興ざましな方向へ。
そしてラストは、大統領から「御苦労だった」とねぎらいの言葉を頂戴し、任務をまっとうした達成感に酔う一人のシークレットサービスの姿がそこにあったという、全くのお約束どおりで、一気に満足度は急降下してしまったのであった。

ほぼオープニングにしか登場しなかったシガニー・ウィーバーは、さすがの存在感。
もっと出番があるかと思ったのにこれだけとは・・・。
それなのに出演する(友情出演ではあるまいし)その寛大さが素晴らしい。
大統領を助け出したバーンズをデニス・クエイドが好演。
前は考えたこともなかったが、彼、歳をとったらハリソン・フォードにタイプが似てきたように思う。
顔は全然似てないのだが、感じが、ね。
フォードがもっと若かったらこれ、適役だったのでは?
正義に徹する心意気、何とも似通っておりました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

HACHI  約束の犬 2009年 アメリカ

2010-10-18 | ドラマ
ペットはペットとしてではなく、家族以上のものと認識している人が多いと思う。
かれらから見ても、我々を“仲間”や“同居もの”として感じ取っているはずだ。
その一部が欠けてしまうということは、悲しみ以上の何ものでもない。

『ハチ公物語』を現代のアメリカに置き換えた本作。
主人とハチの絆の深さに胸を打つ。
ハチは何でもわかっているんだよね。
ただ言葉を話せないだけで。

ハチは行くなと言った。
今朝のハチは様子が変だ。
今までできなかったボール遊びも、今朝になって初めて見せた。
「行かないで。 今日は行っちゃダメだよ」
懸命に御主人の気を引くハチ。
「時間だ。 ハチ、行ってくるよ」
・・・そして、いつもの時間に駅へ迎えに行っても、御主人は姿を見せなかった。

『グーグーだって猫である』で語っていた印象深い言葉がある。
“天寿を全うしたら、このわたしがグーグーを送ることができますように”
そう、このコを置いて先に自分が逝くなんてことはできない。
主人を失くすこと、それはどうしたって不幸なことに違いはないのだから。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ロイヤル・セブンティーン 2003年 アメリカ

2010-10-08 | ドラマ
わたしはダフネ、17才。
ニューヨークのチャイナタウンに住んでる。
ママはバンドのボーカリストで、独りでわたしを育ててくれた。
パパはイギリス貴族のダッシュウッド卿。
小さい時からパパとママの馴れ初めは何度も聞かされてきたけど、パパはわたしの存在を知らない。
ママはわたしがいるから幸せよって言うけど、時々さみしそうなのは知ってた。
だからわたし、パパに会いに行こうと思ってる。
今まではムリだって分かってた。
でももういいわよね! だってわたしはパパの娘なんだから!

“17才”というと最近では、英映画の『17歳の肖像』があったし、南沙織のデビュー曲もこれだった。
“セブンティーン”と言い方を変えれば、某ティーン誌が有名だし、伝説のロックバンド、キャロルの歌の中でも『レディ・セブンティーン』というのがあった。(歌に関しては例えが古めだ。)
16才(シックスティーン)や18才(エイティーン)でもいいじゃない?と思ってみても、10代のこの一年の差というのは微妙に大きいのである。
やはり10代では、青春のド真ん中の17才に注目が集まるのかもしれない。(余談だが、ジョニー・バネットのヒット作『ユア・シックスティーン』(後にリンゴ・スターがカバーした)は“16才”だが、個人的に好きである。 古くてすまないが。)
『ロイヤル・セブンティーン』は邦題だから17才に限ったことではないのだが、タイトルにはしやすそうな語呂だよね、“セブンティーン”って。

映画のストーリーに関しては何も語ることが無い。
ならばキャスティングに触れてみよう。

ダフネ役のアマンダ・バインズは米ドラマで人気を得たそうだが、あまり高感度が高そうには見えない。
本作品の制作時は、彼女も茶目っ気たっぷりな17才だったが、現在はだいぶクドそうな容姿に変貌している。(失礼、成長したということで・・・)
ダフネの母親リビーにケリー・プレストン。
御存知のとおり、ジョン・トラボルタの奥様ですね。
辛い出来事を乗り越え、また新しい命を授かったそうで本当によかった。
父親のヘンリー(ダッシュウッド卿)はコリン・ファースが演じた。
優柔不断ながらも、最後はキチンと締めるところが正に彼の見せ所。
『ブリジット・ジョーンズの日記』でもそうだったが、彼ってカッコイイんだけど、二枚目になりきれないとところがあるよね。
それで思い出したけど、この役をファースと同い年のヒュー・グラントが演じていたらどうだったかなあ。
というより、娘の父親役ってのにはそもそも合わないか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加