アブリコのCinema散策

のんびり映画でも観ませんか

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

あるいは裏切りという名の犬 2004年 フランス

2007-12-28 | アクション
世の中には、卑劣な手段でのし上がろうとする者がいる。
ところが皮肉なことに、そういう者の方が世渡りがうまかったりするから質(たち)が悪い。
悪意をもち、冷酷に立ち向かうもワルになりきれず、人の良ささえ醸すような者が、返って損をするハメになったりする。

パリ市警、BRI(探索出動班)のレオと、BRB(強盗鎮圧班)のドニは、かつては親友同士であったようだ。
だが今では、権力争いで火花を散らす仲である。
汚い手を使ってまで、ドニはレオを獄中へと突き落とし、彼が7年の刑期を終えるまでには全てを掌中に収め、レオがなるはずであった長官の座に・・・

熾烈な闘いを見せたダニエル・オートゥイユとジェラール・ドパルデュー。
この二人の場合、“鼻 vs 鼻”という見方もできる(笑)
ドパルデューなんて、作品ごとに鼻の形が微妙に違ってるように感じるのだが。(欧米人は、鼻が高いからよく骨折するらしい)
二人とも更にシワも刻まれ、貫禄十分であった。
何かこう、安心して観ていられるってのもそのせいかもしれない。

その後、二人が共演した『メルシィ!人生』を再度鑑賞。
大笑い。
いやもうホントに、役者やのう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

愛のめぐりあい ’95 イタリア・フランス・ドイツ

2007-12-21 | ラブ・ストーリー
さまざまな愛の形はあれど、ミケランジェロ・アントニオーニの描くそれは、非常に難易度の高いものである。
一度観た限りでは、どうもすっきりとしない。
どう解釈したらよいのか解らなかったりする。
二度三度、間をおいて観てみると、うっすらと理解できたかのように感じたりもするのだが、やはり難解である。

四話から成るオムニバス映画 ―― 『ありえない恋の物語』『女と犯罪』『私を探さないで』『死んだ瞬間』
個人的に見れば、どれもありえなそうな話だが、アントニオーニ自身が書き上げたこの原作本は、彼の経験とイメージと、鋭い洞察力から成るものなのだろう。
言語で表現した著者が、映像表現する監督としてどう操ったか興味深かった。

彼の作品には、たいてい「不毛」の文字が書かれている。
代表作『情事』『夜』『太陽はひとりぼっち』は、〈“愛の不毛”三部作〉と呼ばれているが、本作品もやはりその類に入るだろう。
どうしてアントニオーニの作品は、そう呼ばれるのか。
雰囲気で何気なく理解できそうな気もするのだけど。

アントニオーニの言葉ともいえる台詞で幕を閉じる。
「映し出される映像の裏に、謎にみちた絶対の真実が潜んでいるはずだが、それは誰にも見えない」
哲学的な叙情詩のようである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

月曜日に乾杯! 2002年 イタリア・フランス

2007-12-10 | ヒューマン・ドラマ
毎日同じことの繰り返しで、これといった変化もなく、「あー、何か面白いことでもないかなぁー」と独り言を言ってみたり、どういうわけか他人の生活のほうが自分よりも楽しそうに映って見えたり、人はどうも、自分のほうが他の人よりも損をしているように思案してしまいがちだ。
隣の芝生は青く、隣で食べている人の料理のほうが美味しそうに見えるのも単純な心理なのだろうが。

毎日一時間半かけて仕事へ行き、帰れば妻には愚痴られ、雑用ばかり ―― そんな日々にうんざりしたヴァンサンは、退屈な日常から逃れるように旅に出てしまう。
訪れた水の都ヴェニスでは、新たな出会いもあって、ヴァンサンは晴れやかな気持ちで旅を楽しむのだが・・・

旅に出るのは楽しい。
現実を忘れさせてくれる。
でも家に帰れば、ホッとするのも事実だ。
ふと、夏目漱石の『草枕』を思い出した。
有名な書き出しの中で、“とかくに人の世は住みにくい。”とある。
だから我々も、旅を理由に逃避したくなるのである。

ヴァンサンの気持ちは解らないでもない。
でも、ごくごく平凡な日々が幸せなんだということを、普段我々が気づいていないだけなのかもしれない。
気楽さを求めていても埒が明かない。
先の小説で、こんなくだりがあった。
“気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。”
確かに。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

街の灯 ’31 アメリカ

2007-12-02 | クラシック
チャップリンのこの『街の灯』が好きで、もう何度も観ているが、鑑賞するたびに、彼はやはり偉大な人だなぁ、と思わされるのである。
時代を越え、誰もが笑い、誰もが涙ぐむ。
貧しくも、愛する人に尽力する彼の姿が人々の心を打つ。
細微に至るまで完璧な演出も手がけ、単なるコメディにとどめず、甘美なシーンもふまえ、観る者の心をしっかりと掴む。

我々が映画を観て感動するときというのは、その場面と台詞が一体となったときであろう。
しかし、サイレント映画の場合は視覚のみである。
だたし、台詞の代わりに効果音が流れる。(この音楽がまた各シーンによく合っている←これももちろんチャップリンの作曲。)
これで聴覚を刺激することになるのだろうが、そうなると、言葉(台詞)はそれほど重要ではないということなのだろうか。
難解なことかもしれないが、逆に台詞が多すぎて観るのに難儀することもあるし・・・(脚本にもよるだろうが。)

サイレントの場合、演技力は言うまでもないが、ストーリーも単純なようでいて、結構手が込んでいる。
様々な国の人でも、子どもでも、誰が観ても楽しめて感動できる、そんな映画を作ったチャップリンを天才と言わずして何と言おうか。

一枚の硬貨を男の手に包んでやる娘。
その手の温もりに覚えのある彼女は、じっと、男の顔を見つめる。
「あなたなの?」
情感溢れるラストは、まさしく映画史に残る名場面であろう。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加