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ミルコのひかり 2005年 イタリア

2009-06-30 | 伝記
目にしているものを、本当に欲しているとは限らない。
それが真実かどうか見定めることが、往往にしてできないことがある。
目から伝わるすべてが正しいとはいえない。
見ることができなければ、感性で見極めるしかない。

見えているのに見抜けない。
見えていないのに見通すことができる。
見えていても見過ごしてしまう。
見えていなくても心で見えている。

自然の音を、これほど丁寧に聞いたことがあるだろうか。
目を閉じて、じっと耳を澄ましてみる。
普段聞こえない音まで、そっと耳に入ってくる。
心で見、心で聞く。

先日の国際コンクールで優勝したピアニストの辻井伸行さんに、インタビュアーが「もし一日、目が見えたら何を一番見たいですか?」と訊いていた。
彼は、両親の顔、それから星を見てみたいと、丁寧に答えていた。
その後に、「でも心で見えているから、それで満足です」と付け加えた。
その言葉を聞いて、甚く胸が熱くなった。
音楽を聴く際、無意識に目を閉じるのは感性によるものだろうが、そうすることによって、より音が鮮明に聞こえてくる。
見えなかったものも“見える”ようになる。

不慮の事故により、10才で光を失ってしまったミルコ。
彼はイタリア屈指の音響クリエイターである。
そのずば抜けた才能は少年の頃すでに開花しており、それが優れた感性とともに、確固たる信念を貫かせた。
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コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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なるほど。 (豆酢)
2009-08-05 06:19:10
記事を拝読していて、映画「ブラインドネス」を思い出していました。
自分の目は見えているのに、周囲には自分を認識できる人間が1人もいないという状況と、このミルコの置かれた状況は非常に対照的ですよね。目が見えていることが必ずしも完璧を意味せず、物理的な暗闇は己の信念によって如何様にも変えられるということの、実例なのでしょう。

私事で申し訳ありませんが、ブログを引越しせざるを得なくなり、新しい住所をお知らせに参りました。名前のところに新アドレスを仕込んでおります。今後はこちらでよろしくおねがいしますね。
お久しぶりです。 (abricot)
2009-08-07 20:13:56
>豆酢さん
 
コメントありがとうございました。

完璧そうに見える人でも弱点はあるもので、だからこそ人は、その弱い部分を隠そうとするもの。
でも、あえてそれを強みに変えることもできるのですよね。 その信念は、自身次第だと。

ブログとともにお引越しされたそうで。
またゆっくりとお邪魔させていただきますね。
こちらこそよろしくお願いいたします。

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