おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

あなたを抱きしめる日まで

2024-04-07 08:08:46 | 映画
「あなたを抱きしめる日まで」 2013年 フランス / イギリス


監督 スティーヴン・フリアーズ
出演 ジュディ・デンチ スティーヴ・クーガン
   ソフィ・ケネディ・クラーク
   アンナ・マックスウェル・マーティン
   ミシェル・フェアリー バーバラ・ジェフォード

ストーリー
若き日のフェロミナはある少年と恋に落ち、未婚のままで妊娠した。
修道院で男の子アンソニーを出産し、その後も修道院で働きながら息子に短い時間だけ面会を許される日々を過ごしていたのだが、息子が3歳になったある日、養子を探しに来た夫婦にフェロミナの意思とは関係なく息子は引き取られていった。
そして50年の歳月がすぎ、フェロミナは娘に失った息子の秘密をうちあけ、そして娘のすすめでアンソニーを探し始めることにした。
元エリート記者のシックススミスの助けを借りながらフェロミナの息子を探す旅が始まった。
修道院でその当時を知る修道女もかなりの高齢になり、修道院側はその修道女の面会すら許そうとせず、手がかりはないままだった。
それでもシックススミスの力で息子がアメリカの夫婦のもとに養子に出されたことを知り、二人はアメリカへ向かうことになった。
アメリカに向かう飛行機の中でフェロミナはお酒がタダで飲めることを喜び、シックススミスとの会話に楽しみを感じていた。
そして息子がゲイであり、ホワイトハウスで働いていたこと、すでに死んでいることを知る。
息子のパートナーに会うため、さらに旅を続けることにするフェロミナ。
パートナーは、彼が母親を探していたことを伝え、病気で死んでいく様子を映像でフェロミナに見せてくれた。
そしてイギリスに帰ったフェロミナは修道院を再び訪れる。
そこで息子がフェロミナを探しにこの修道院を訪ねてきたことなど、全ての隠されていた真実を知った。


寸評
おばあさんが元BBCのジャーナリストと共に3歳で生き別れた息子を探す旅に出て、その過程で色々な真実や闇が明らかになっていくという物語なのだが、僕には宗教界の持つ欺瞞を訴えた作品と思えた。
若い頃のフェロミナは未婚のままで男児を出産し、その事を咎められながらも修道院で働いていたのだが、その子が3歳になった時に彼女に無断で養子に出されてしまう。
50年後にフェロミナはその息子を探そうとするのだが、息子アンソニーを記録した書類は火災で燃えてしまっていて分からなくなっている。
その火災の事実がアンソニーを探す途中で判明するのだが、火災の原因が示されることで物語はミステリー性も含んでくる。
サスペンス映画のような緊迫した盛り上がりはないのだが、フェロミナとシックススミスの会話が随分と楽しませてくれて、逆にほのぼのとした雰囲気を楽しませてくれる。
二人の対比は面白い。
フェロミナは機内の飲み物が無料だと知って喜ぶし、ホテル料金は朝食付きだと知って一杯食べようとしているから暮らしは楽な方ではないのだろう。
アンソニーの暮らしぶりを知って「私といればこの生活はなかった」と度々言っているから、その気持ちは修道院を心底憎む気持ちになれない要因の一つなのだろう。
シックススミスはオックスフォード出身で高級住宅街に棲んでいるから上流社会の人間なのだろう。
その対比も面白いが、宗教に対する考え方の違いが、それ以上に二人の関係を面白くしている。
フェロミナは修道院でひどい仕打ちにあっていながらも信心深い老女である。
一方のシックススミスは神の存在を否定しているような男である。
正反対の宗教観を持っている二人なのだが、激しい宗教論争を展開するわけではない。
シックススミスは何かにつけて皮肉とユーモアを織り交ぜて話すのだが、それを受け流すフェロミナとのやり取りがこの作品の魅力となっている。

アメリカ人の養子となったアンソニーがレーガンやブッシュの法律顧問になっていたことは、これがフィクションなら出来過ぎで白々しくなるエピソードなのだが、話は事実に基づいているということで、こんなことってあるのだなあと驚いてしまう。
アンソニーの足跡を追う中でフェロミナの心は揺れ動くが、彼女がそうなる気持ちは痛いほどわかる。
ジュディ・デンチはやはり上手い。
僕にキャサリン・ヘプバーンを髣髴させた。
アンソニーのパートナーだった男に見せてもらったビデオから驚愕の事実が判明する。
ここから繰り広げられるフェロミナ、シックススミス、修道女の対決が僕には一番印象深い。
僕は断然シックススミス派である。
これはカトリックへの攻撃であると言えなくもないが、それでも普通に見ればシックススミスだろう。
「私はあなたを許します」というフェロミナは心底イエスに帰依している人なのだろうが、仏教徒の端くれである僕は本能的に宗教に対して素直になれていないのだ。
その気持ちがシックススミスに共感させてしまうのだろう。