おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

有りがたうさん

2024-04-09 06:38:12 | 映画
「有りがたうさん」 1936年 日本


監督 清水宏
出演 上原謙 桑野通子 築地まゆみ 二葉かほる
   仲英之助 石山隆嗣 河村黎吉 忍節子

ストーリー
バスに道を譲ってくれる人全てに「ありがとう!」と声をかける事で、周囲から「有りがとうさん」と呼ばれる人気者の乗り合いバスの運転手(上原謙)が主人公のある日のお話である。
南伊豆を運行している乗り合いバスに3時便の出発が迫っている。
始点の茶屋で、寂し気な様子の母娘(二葉かほる、築地まゆみ)が店の女主人(高松栄子)と会話を交わしているのを、店先で聞くともなく、寝転がって待機していた有がとうさんが聞いている。
どうやら、生活が苦しい母親が、若い娘を東京に身売りさせるらしい。
やがて、駅まで、峠を二つ越える運行が始まる。
乗客は、件の母娘をはじめ、渡り鳥風のいなせなお姐さん(桑野通子)、大きな口ひげが滑稽な太った紳士(石山隆嗣)、村の男衆ら数名で、バスは美しい自然の中を走っていく。
すれ違う人ごとに、美貌の運転手は「ありがとう!」のかけ声。
学校帰りの男の子たちが、数名、バスの後ろにしがみつく。
すれ違い様、馴染みの旅芸人がバスを止め、遅れて来る踊子(伊豆の踊子?)たち宛の伝言をありがとうさんに頼んだり、それはのんびりとしたもの。
乗客たちの車中の会話は、いなせなお姐さんと、威張りくさったひげの男を中心に、ユーモラスに描かれていく。


寸評
横文字タイトルが今とは逆に左から右へ書かれていて時代を感じさせる。
時代を感じると言えば、路線バスが乗り合いバスと呼ばれていた時期があって、名前の通り顔見知りの人たちがバスで一緒になり賑やかに話し込んでいた風景が懐かしく思える。
さすがに「有りがとうさん」のような運転手はいなかったように思うが、舗装されていない道路には車の数も少なくのどかなものだった。
「有りがとうさん」の運転するバスは伊豆の山道を走る路線バスである。
バスの車窓から見える景色は日本の原風景の一端を示している。
峠を二つ超えるために一日で往復することは出来ず、運転手も一泊どまりの行程である。
バスには人生を背負った色んな人が乗ってくる。
主となるのは桑野通子の玄人っぽい女性と、見栄っ張りな嫌味な男に、勤め先に出される娘の親子なのだが、どうやら娘は身売りされるようである。
石山隆嗣と桑野通子は漫才のボケとツッコミのようで、嫌味な石山隆嗣がたびたび桑野通子にやり込められるのが痛快となっている。
「有りがとうさん」は人気者である。
人気の秘密はハンサムな若い男性であることにもよるが、彼がいたって親切だからである。
伝言を頼まれても、買い物を頼まれても拒絶することはなく、明るい笑顔で申し出を引き受けてやり、街道の人たちからの信頼も厚い。
朝鮮人労働者の墓の世話まで引き受けてやる人の良さである。

車内での会話は清水宏らしいユーモアと皮肉が満ち溢れていて実に楽しいものとなっている。
桑野通子がすすめる酒を断った男たちだが、一人がその酒を受けると次から次へと酌を受ける。
”右へならえ”が得意な日本人らしい光景である。
紋付を来た乗客が乗り合わせ、一組は結婚式に出席すると言い、一人は葬式に参列すると言う。
結婚式組は葬式に出る人と一緒では縁起が悪いと下車し歩き出す。
あの人たちを歩かせたのは悪いと、葬式に出席する人も下車して歩き出す。
当時は普通のことであったろう人の世の義理と人情である。
バスは途中で休憩するし、立ち止まっては道行く人と会話を交わしたりするので、時刻表など有ってないようなもののように感じるが、渋滞などないからあれで結構時間通りに運行されていたのかもしれない。
渡り鳥なら帰ってくるが峠を越えた娘は帰ってこないと言うことで、桑野通子が娘の救済を「有りがとうさん」に耳打ちする。
どうやら「有りがとうさん」は中古の車を買う予定のお金を娘親子に融通したようである。
娘が桑野通子に感謝している所を見ると、桑野通子も援助したのかもしれない。
帰りのバスに親子が乗っているのは清水宏らしい描き方である。
セットが一切なしの実写による道行く人々の姿がノスタルジーをそそる。
とうじの街道にはあのような人たちが往来していたのだろう。
時代を感じさせる作品で、なんだかホッとするものがある。