おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

本日休診

2023-03-25 13:32:20 | 映画
「本日休診」 1952年 日本


監督 渋谷実
出演 柳永二郎 角梨枝子 鶴田浩二 淡島千景 田村秋子
   三国連太郎 佐田啓二 岸恵子 市川紅梅

ストーリー
戦争で一人息子を失った三雲医院の八春先生は甥の伍助を院長に迎え、戦後再出発してから丸一年の記念日に伍助は看護婦の滝さんたちと温泉へ出かけて行き、三雲医院は「本日休診」にした。
八春先生はこの機会にゆっくり昼寝でもと思ったが、婆やのお京の息子勇作が例の発作を起こした。
勇作は永い軍隊生活の悪夢にまだ折々なやまされ、八春先生はそのたびに部隊長となって号令、部下の気を鎮めてやらなければならぬ。
勇作が落着いたら、こんどは警察の松木ポリスが大阪から知り合いを頼って上京したばかりで昨夜おそく暴漢におそわれたあげく持物さえうばわれた悠子という娘をつれて来た。
折りから18年前帝王切開で母子共八春先生に助けられた湯川三千代が来て、悠子に同情して自分たちの家へ連れて帰った。
八春先生はそれでも暇にならず、砂礫船の船頭のお産あり、町のヤクザ加吉が指をつめるのに麻酔を打ってくれとやって来たので、こんこんと意見もしてやらねばならず、悠子を襲った暴漢の連れの女が留置場で起こした仮病に対処し、兵隊服の男が盲腸患者をかつぎ込んで来て手術をしろというのに付き合わねばならなかった。
かと思うとまたお産があるという風で、「休診日」は八春先生には大変多忙な一日であった。
悠子は三千代の息子春三の世話で会社につとめ、加吉はやくざから足を洗って恋人のお町という飲み屋の女と世帯を持とうと考えたが、お町が金のため成金の蓑島の自由になったときいて、その蓑島を脅迫に行き、お町はお町で蓑島の子を流産して八春先生のところへかつぎ込まれた。
兵隊服の男は、治療費が払えず窓から逃げ出すし、加吉はまたまた賭博であげられた。
お町は一時あぶなかったが、しかしどうやら持ち直した。


寸評
今となっては決して撮られることはないと思われる、ほのぼのとした作品で、柳永二郎の老先生を中心に豪華俳優がわきを固めている贅沢なプログラムピクチャだ。
貧乏なために水商売に出た娘のお町に淡島千景、お町といい仲のヤクザに鶴田浩二。
若い看護師の滝さんに岸惠子が扮し、その病院のばあやの息子・勇作に三國連太郎。
18年前の治療費を払うように母親に進言したのが佐田啓二と、それぞれ主演級である。
彼らを通じて三雲先生の回りで起きる騒動を、手を変え品を変えて次から次へと描いていく。
間に余計な説明を入れず、滑稽な騒動を飽きることなく最後まで引っ張り続けるスピード感がいい。
井伏鱒二の原作がいいのか、斎藤良輔の脚本が素晴らしいのか、はたまた監督渋谷実の力量によるものなのか、小市民の悲哀を感じさせるシリアスさとコメディのバランスが良く、喜劇映画として上手くまとまっている。

医者である三雲先生は本日休診の札をかけて休もうとしているが、引切り無しに貧しい患者が現れる。
そういう貧しい人たちを放ってはおけずに診察に応じる三雲先生がなんとも飄々としていて魅力のある人物で、悪人役が多い柳永二郎が正義感のある善人を好演している。
鶴田浩二の加吉というヤクザは渡世の義理から指を詰めなければならないのだが、痛いからと三雲先生の所へ麻酔を打ちに来る。
後年における東映任侠映画全盛の頃の彼を知っているので笑えるシーンだ。
その彼がユスリに訪れるのが有力者夫人である市川翠扇のところなのだが、この豊子夫人が加吉よりも一枚も二枚も上手で、血気にはやる若い組員が大勢いるような芝居をして、おじけづいた加吉をおっぱらうのである。
豊子夫人が三雲先生に向かって猿芝居を演じた時の、三雲先生の態度には笑ってしまう。

望月優子と組んでかっぱらいをやっている男に乱暴されたのが角梨枝子の悠子なのだが、彼女が可哀そうだと面倒を見るのが三千代という佐田啓二の母親である。
彼女は本当にいい人なのだが、息子が悠子と親しくなると彼女の過去にこだわっていい顔をしない。
彼女にいい相手をとまで考えているのだが、自分の息子のことになると事件のことで反対してしまうという人の弱さを見せる。
人にはそのような一面があるのだと、滑稽なシーンが多い中でやけにシリアスな描き方を見せている。
三國連太郎の勇作は戦争によって精神がむしばまれている。
回りの人間を自分の部下だと思い、何かといえば号令をかけて整列させる。
三雲先生は部隊長になって彼をなだめ、時に命令を下して騒動を収める。
どんな人にも慈しみを失わない三雲先生なのである。

お町と加吉、春三と悠子、医院長と看護師の滝さんとのロマンスが描かれるが、そのどれもの結論を描いておらず、その後を観客の想像に任せている。
勇作が号令をかける敬礼の下、みんなで列を作って飛んでいく雁を見守る場面は、それぞれの人の明日への希望と、作られた時代の空気とでもいうべき戦後の復興を感じさせる印象に残るシーンとなっている。
古さを感じさせる作りだが、安心して見ることができる善良な作品である。