おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

街の上で

2023-03-30 07:07:18 | 映画
「街の上で」 2019年 日本


監督 今泉力哉
出演 若葉竜也 穂志もえか 古川琴音 萩原みのり
   中田青渚 成田凌

ストーリー
下北沢の古着屋で働いている荒川青(若葉竜也)は、ライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり、基本的にひとりで行動している。
口数は多くもなく、少なくもないが、生活圏は異常に狭く、行動範囲も下北沢を出ない。
付き合っていた川瀬雪(穂志もえか)の誕生日を祝っている最中に、彼女から浮気したことを告白された上で振られてしまったが、いまだに彼女のことが忘れられない。
雪への未練が残る青だったが、行きつけの飲み屋でマスター(小竹原晋)や常連(五叉路)と過ごしたり、古書店で店員の田辺冬子(古川琴音)と「センシティヴ」な会話を交わしたり、ふらっとライブを観に行ったり、路上で警官(左近洋一郎)に身の上話を聞かされたりしながら暮らしている。
そんな青に、美大に通う女性監督・高橋町子(萩原みのり)から、自主映画への出演依頼が舞い込む。
演技経験の無い青だったが、逡巡の末に撮影に参加することにし、田辺に演技の練習に付き合ってもらう。
撮影日になり青が待機場所で出番待ちをしていると、雪がファンだった朝ドラ俳優の間宮武(成田凌)が出演者の一人としてやってきた。
撮影では緊張から自然な演技ができなかった青だが、撮影終了後の打ち上げに参加することになり、衣装係の城定イハ(中田青渚)に話しかけられる。
二次会に行くつもりのなかった青は誘われるままイハの自宅へ行き、恋バナを始める。
一方、雪は青が映画の撮影現場で出会った俳優の間宮武と話し合いをしていた。
翌朝、青が帰宅しようとするとイハの三番目の彼氏(岡田和也)が現れ、無言で立ち去る。
青とイハがコンビニまで歩いていると、雪がマスターと二人で歩いているのに出くわし、そこにイハの三番目の彼氏も加わって言い争いになり、事態は一気に進展する。


寸評
下北沢がどのような土地柄なのか知らないし、今泉監督にとって下北沢にどれほどの思い入れがあったのかは知らないが、場所選定としてはよかったと思う。
映画は、そこでの荒川青を中心とした若者たちが繰り広げる日常の会話劇である。
見終った後に何とも言えないような心地よさを感じさせたのだが、それは登場人物たちが演技を感じさせない等身大の姿で等身大の会話をし、少なからず他人を思いやる気持ちを持っていたからだと思う。
飲み屋での会話は、僕が飲み屋通いをしていた頃を思い出させた。
役作りの為に太っている客がいるのだが、自分ではなく元力士が選ばれてしまい落ち込むことになる。
彼の努力を知らなかった元力士は飲み屋を訪れ「悪いことをした、謝ろうと思って」と言うだけで、寡黙にウーロン茶を飲んで待ち続ける。
青と一時は気まずい雰囲気になった本屋の店員の冬子は既婚者にしか魅力を感じない女性だったが、青の為に演技の練習に付きあうようになり、彼の努力を監督に訴えてやる。
ストーカーのようなイハの三人目の彼氏は、青の存在を知って「イハを幸せにしてやってほしいと」とイハの家の鍵を青に渡す。
出番を全てカットされていることを知っている青は上映会に参加しなかったが、古着屋を訪れたイハは「出ていたよ」と嘘を言う。
青もそれを受け「じゃあ見に行ってみよう。次の上映会が有ったら教えて」と返す。
青には恋バナを聞いてくれるイハ、雪には恋バナを聞いてくれるマスターがいて、それぞれを応援してくれる。
普通の街の普通の人たちが見せるちょっとした思いやりと、彼らが見せる生態と会話が可笑しく、つい笑ってしまうユーモアが満ち溢れていたことも心地よさをもたらしたのだと思う。

青が喫煙場所近くに立っていると、見ず知らずの女性が「煙草を一本頂けません?」と近寄ってくる。
「僕も無いんです」と青が答えると、女性は別の男性に「煙草を二本頂けません?」と声をかけ、男性が二本渡すとその内の一本を青に渡すという思わず笑ってしまうシーンで、しかしそこから何かが起きるわけではない。
ちょっとした出来事を紡いでいるだけのシーンだが、映画はそんなスタイルでエピソードをつないでいく。
飲み屋での会話といい、コーヒーショップでの会話といい、普通の会話を描写しているだけなのだが、その雰囲気が作られたものを感じさせず、まるでドキュメンタリーの一コマを見ているような雰囲気で描かれている。
友達と友人はどう違うのかなどという他愛のない会話が続いていくが、その自然さがいい。
それらの雰囲気は青とかかわる女性たちとの関係においても同様である。
撮影の打ち上げに参加した青は雰囲気に馴染めず、同じ気持ちのイハと仲良くなり彼女の部屋に誘われる。
普通の映画ならそこで二人は結ばれるのだが、ここでは二人はお互いの恋バナを始めるだけである。
青は雪のことを包み隠さず話し、イハも自分の恋を語るが、想う相手には言えないことをお互いに素直に話し合える仲となるのだが、二人の会話は面白い。
彼らが一堂に出会う場面があり、そこは大笑いしてしまった。
暴力シーンがなく、特に誰かが傷ついた風でもない作品で、普通の人々が普通に暮していることが似合う街が下北沢なのだろう。
それぞれの人にちょっとしたドラマがあり、それが普通の人の人生なのだと思う。