おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

まあだだよ

2023-03-27 07:32:50 | 映画
「まあだだよ」 1993年 日本


監督 黒澤明
出演 松村達雄 香川京子 井川比佐志 所ジョージ 油井昌由樹
   寺尾聡 日下武史 小林亜星 平田満 渡辺哲 頭師孝雄
   岡本信人 吉岡秀隆 草薙幸二郎 谷村昌彦 板東英二

ストーリー
昭和18年の春、先生は生徒たちへ作家活動に専念するため学校を去ることを告げた。
生徒たちは『仰げば尊し』を歌い敬愛する先生を送る。
退職後に引っ越した家にも、高山、甘木、桐山、沢村ら門下生たちが遊びにやって来る。
といっても皆、中年のいい大人なのだが。
ある日、先生の家で還暦の祝宴が開かれた。
先生と奥さん、門下生たちの馬鹿鍋を囲みながらの楽しい会話が弾むが、空襲で水をさされてしまう。
先生の家は空襲で焼けてしまい、知人の厚意で貸してもらった、三畳一間の堀建小屋暮らしを余儀なくされる。
先生と奥さんは狭いこの小屋で夏、秋、冬、春……三年半を暮らす。
昭和21年の晩春、門下生たちの画策で第一回『摩阿陀会』が開かれた。
元気な先生はなかなか死なない、そこを洒落で死ぬのは『まあだかい?』というわけだ。
吉例となっていくビールを飲み乾して先生は『まあだだよ!』と答え、宴会は盛り上がり混乱の極致である。
門下生たちの尽力で新しい家ができた。
先生はお礼の申しようもないと感謝し幸せそうで、猫を抱いた奥さんも嬉しそうだ。
ある日、先生もお気に入りの猫、ノラがふいに失踪し、以来先生は哀しみにくれる毎日を過ごす。
ノラを捜す周囲の人たちの善意に、先生の胸は感激でいっぱいになった。
昭和37年、晩春、第17回の『摩阿陀会』。
先生の髪は白くなり、門下生たちは子供や孫を同伴しての出席である。
先生は『みんな、自分が本当に好きなものを見つけて下さい……』と小さな子供たちへ言葉を贈る。
門下生に付き添われて家へ帰り布団の中で眠る先生は、なんだか楽しそうな顔をしていている。


寸評
随筆家・内田百閒とその教え子たちの交流を描いた作品だが、それがどうしたといった内容で、ほのぼのとしていて微笑ましいものがあるが中身はさしてない。
黒澤明の遺作とあって、その思いも見る側としては少し感情移入するところはある。
しかし、さすがは黒澤、老いて益々盛んと言う感じの作品ではない。
夏目漱石の門下生の一人であるらしいが、僕は内田百閒という作家を全くと言っていいぐらい知らない。
無学でもって、この映画を通じて初めて内田百閒を知ったわけだが、ここで描かれたように門下生に随分と慕われた先生だったのだろう。
その門下生との交流がエピソードを交えて次々と描かれる。
黒澤はかつて「良い脚本からひどい映画ができることはあるが、ひどい脚本から良い映画ができることはない」との言葉を残しているが、皮肉なことにその典型のような作品になってしまっている。
旧制中学の先生と生徒の美しい師弟愛と言う平凡なテーマなのだから、もう少しひねりが欲しかった。
登場人物も、演じる俳優も皆大人しくて八歩破れな人物も登場せず魅力がないのだ。

僕が敬遠したのか、それともそれだけのものがなかったのか、僕は師を師と仰ぐ方と巡り合えなかった。
そのことは先生に責任があるわけではなく、すべて僕自身に原因のあることなのだが、ないものねだりで尊敬し敬愛し親しく交流できる先生と出会いたかったという願望はある。
したがって、ここで描かれたような関係はうらやましく思える。
もしかすると、これは黒澤明が得たくて得られなかった人間関係を、自身の願望として描いたのではないか。
立ち読みではあるが、黒澤の弟子ともいえる堀川弘通の記した本の中で「木下恵介と彼の弟子の関係がうらやましい」と言ったことがあるとの表記があったような気がする。
そうだとすれば、この作品を遺作としたことは何だか寂しくて悲しい気がする。

内田百閒はこのような人だったのかもしれないし、門下生と本当にこのような交流をしていたのかもしれないが、映画として内田百閒の松村達郎と所ジョージ、井川比佐志以下の生徒達がいい年をして何をやっているのだということを見せられてもなあという感じなのだ。
確かに僕も未だに学生時代の仲間と居酒屋でバカ騒ぎをすることがあるので、このバカ騒ぎは分からぬでもなく、OB会と称する彼等との一泊旅行は大層愉快なものである。
そんな時、昔に戻って学生時代のバカ騒ぎをやらかさぬわけでもない。
だからと言って、それを素直に見せられてもなあと言うのが正直な気持ちなのだ。

内田百閒に「ノラや」という作品があるらしいから、ノラという野良猫の話は本当だったのだろうけれど、意図したものではないにしろ黒澤には「野良犬」と言う作品がある。
ノラを探し回る所ジョージと井川比佐志を比べれば、野良犬のごとき犯人を捜しまわる三船敏郎と志村喬のなんとエネルギッシュだったことか。
ふと名作「野良犬」を思い出した。
猫より犬の話の方が断然いい。